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合図は二度目のエンドロール

全体公開 神無三十一受け 3 8 3578文字
2025-06-18 16:52:49

カルみと お誘いの話
シナリオネタバレあり

 

 神無が険しい顔でプリンを食べている。
 さながら戦地に赴く軍人のように険しい顔だ。

 いや、あながち間違っていないのだろうか。
 なぜなら神無は今晩、縞斑に抱かれることが決まっているのだから。

 ※

 「今晩、君を抱いてもいいかな」

 互いの仕事の休みを合わせて神無の家でデートをすることになったその日、笑顔で自分を迎え入れた神無に縞斑は玄関先でそう告げた。
 縞斑と昔の刑事映画を観るつもりで嬉々としていた神無は足を止めて、ぱちりと目を瞬き首を傾げる。

 「……なんか聞き間違えた?」
 「いや?たぶん正解だと思うよ」

 自分の耳を疑う神無にそう告げれば、じわじわとその言葉の意味を自覚した彼の頬が赤色に染まっていく。
 普段ならば、泊まりで会おうと決めた時点で夜にそういった行為をすることはなんとなく暗黙の了解となっていた。
 だから神無は翌日を非番になるように調整していたし、縞斑も出来る限り仕事が残らないように努力していたのだ。
 だからこそ縞斑は、夜伽を予告したら一体目の前の恋人はどんな反応をするのだろうかと興味が湧いた。

 「それとも、今日はそんな気分じゃない?」
 
 暗黙の了解とは言ったものの、どちらかが疲れていたら何もしないまま眠る夜だってある。
 神無が乗り気ではないのであれば、いつも通り無理強いをするつもりはない。種明かしをして今夜はゆっくり寄り添って眠るだけだ。
 そう考えて縞斑が尋ねれば、神無は赤い顔でおろおろと視線を彷徨わせるとやがて俯いてぽつりと呟く。

 「そういうわけじゃ、ない……けど」
 「ほんと?」
 「おれだって……その気で、」

 準備してたし、と形を作ろうとした唇は、はっと我に返った神無の思考によってきゅっと噤まれた。
 どうやら神無も今晩はその気だったらしく、ある程度の支度を済ませてあるらしい。
 そうと分かれば遠慮しなくても良さそうだ。そう安心した縞斑は笑って、神無の顔をそっと覗き込む。

 「それじゃあ決まりね」
 「う……うん」
 「よし、じゃあ映画見よっか。神無ちゃんの大好きなお店のプリン買って来たから、一緒に食べよう」
 「ん……

 空気を切り上げて何事もなくリビングへ向かう縞斑のあとを追う神無は、未だ実感の湧かない様子でふわふわとした足取りだった。
 ひとまず予想していた反応が見れたことに満足した縞斑に促されて、いつも通りの映画鑑賞会が開催されたのである。

 ※

 そして現在、犯人を追い詰めるクライマックスシーンを前に神無は険しい顔でプリンを食べているのだ。
 いつもならとろけた顔で目の前の甘味を丁寧に堪能する彼だが、今日ばかりは味に意識を傾ける余裕すらないのだろう。
 それでも食べ進める手を止める気配がないのは、さすがの食い意地と言うべきだろうか。そう考えながら見守る縞斑の視線の先で、彼はいつの間にかプリンがなくなっていることに気付く。

 「ぁ……

 空の容器を覗いた神無はハッと我に返った。
 大好きなプリンを無意識に食べ進めてしまったことに気がついた彼は、しょんぼりと肩を落とす。
 そんな彼の仕草を眺めてくすりと笑った縞斑は、蓋を開けたきり神無の観察に追われてそのまま口をつけずにいた自身の容器を差し出した。

 「俺のも食べる?」
 「え、で……でも、」
 「一個だけ買うのもなと思って買っただけだし、俺より甘いもの好きの君に食べてもらった方がいいでしょ」

 申し訳なさそうに眉を寄せて遠慮する神無だが、縞斑の言葉に嘘偽りは一切ない。
 特別甘いものが大好物というわけでもない縞斑の胃袋におざなりに収まるくらいなら、甘いものをこよなく愛する神無に食べてもらった方がこのプリンも浮かばれるというものだ。

 「じゃあ……貰っちゃおうかな……

 おずおずと呟いた神無が両手を伸ばす。彼の手にプリンを収めてやれば、その細い指に縞斑の手がとんと触れた。
 途端、びくりと飛び上がる勢いで肩を跳ねさせた神無は動揺して指の力が緩んだのか、手の中のプリンをするりと取り落としそうになる。

 「っと、危ない」
 「わ……っごめん!」

 咄嗟に手を伸ばして受け止めた縞斑が神無の手の上に戻せば、慌てた神無が何度も謝りながら慎重に持ち直した。
 意識しているとありありに語る神無の姿に笑みを隠しきれない縞斑は、いい加減に知らないふりを突き通すことも限界に感じて口を開く。

 「いいよ。次は味わって食べな」
 「…………あんたがあんなこと言うからだろ」
 
 心ここに在らずであることを指摘された神無は、赤い顔で俯いてもごもごと縞斑に抗議した。
 今朝の時点で見たかった反応を見ることができて満足していた縞斑だが、ますます悪戯心が湧いた彼は神無の顔を覗き込んで視線を合わせる。

 「あんなことって?」
 「それは……その、つまり」
 「つまり?」
 「言わせんなよ!揶揄ってるだろ!!」
 「あはは。揶揄い甲斐があるなぁ」

 真っ赤な顔で怒る神無のことを笑った縞斑は、彼の手の中からテーブルにプリンのカップを避難させると、改めて神無へ手を伸ばす。
 その指先にぎょっと目を丸くした神無は、慌てた様子で視線を彷徨わせた末にぎゅうと固く目を閉じて唇を尖らせた。
 そんな彼の反応が楽しくて仕方ない縞斑は、必死で声を上げて笑いそうになるのを堪えると、神無の唇の端に居座るカラメルを指先で拭う。

 「ん、ぇ……

 予想していたものとは違う感触が触れたことに驚いた神無が顔を上げれば、拭ったカラメルに舌を這わせる縞斑の視線が絡んだ。
 キスだと勘違いしたことや、その色気に満ちた仕草を前に、ますます羞恥を覚えた神無は首まで真っ赤になってぱくぱくと口を開閉させる。
 舌先に残るほろ苦いカラメルを味わった縞斑は、そんな神無を煽るように小さく唇の端を持ち上げた。

 「そんなに心配しなくても、夜まで手は出さないよ」
 「だ……出しただろ今!!」
 「出してないって」
 「出したったら出した!触ったし!!舐めた!!!」
 「期待してたくせに?」
 「し、してねーし!!してねーよな!?」
 「あはは、俺に聞かれても」

 焦って混乱した神無は縞斑に掴み掛かって問い詰めるが、その行為がなにより自身の動揺を知らせる墓穴であることに気付く余裕すらないらしい。
 がくがくと縞斑を揺さぶって照れ隠しをしていた神無はふと、テレビモニターにいつの間にかエンディングロールが流れていることに気がついた。
 新たな話題を逸らすきっかけを見つけた神無は、迷わずその助け舟に飛び乗って画面を指差す。

 「先輩が変なこと言うから犯人逮捕のシーン見逃しちゃったじゃん!!」
 「えー、俺のせい?」
 「先輩以外に誰がいるんだよっ!早く巻き戻して!!」
 「はいはい。素直じゃないねぇもう」
 「うるさい!!!」

 きゃんきゃんと元気に騒ぐ神無を宥めた縞斑は、これ以上揶揄って夜に拒まれたら堪らないと思い直すと、大人しく神無に従ってリモコンを手に取った。
 画面を巻き戻す縞斑の傍らで、照れ隠しに譲り受けたプリンを手に取った神無は、蓋を開けて中身を掬い上げる。
 ふわんと甘い匂いを纏ってそれを口に運んだ神無だが、やはり緊張でまともに味が分からないのか涙目でしょんぼりと肩を落とした。

 「また今度買って来ようか?」
 「……ん」
 「これに関しては本当にごめん。まさか味が分からなくなるほど緊張されるとは思わなかっ」
 「もぉおおお!!だからそれを言うなって言ってんの!!分かっててやってんだろ!!?!」

 縞斑にそのつもりはなかったのだが、自身の緊張を言語化されることに耐えかねた神無が癇癪を起こして縞斑に掴み掛かる。
 再びがくんがくんと勢いよく揺さぶられた縞斑は、目の前の叩けば良い音がなるおもちゃにほうと感心の声を上げた。
 これはあと数回くらい趣向を変えて遊んでみたいかもしれない。そんな不穏な考えを敏感に感じ取った神無は、ぶるりと身震いをすると縞斑から距離を取って警戒するように睨みつける。

 「……これ以上俺で遊んだら今夜はしないから」
 「ごめんごめん」

 今日はこのあたりでやめておこうと素直に両手を上げて降参のポーズを取れば、ようやく神無は座り直して巻き戻しを終えた映画に視線を戻した。
 おそらく序盤から内容なんて頭に入っていないのだろうが、建前として最後まで見終えたいのだろう。
 そんな神無の横顔を眺めて、改めて今夜が楽しみだと小さく笑った縞斑は、何度も見て内容を空で言える映画へと意識を向けるのだった。




 


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