@xxxyueyunxxx
久し振りに来たこちらの世界は、以前とは随分と変わっている。
それが、ジェフの率直な感想であった。
そびえ立つビル群、道を行き交う自動車。そして、日常で扱わなくてはならない様々なことを成す便利な機械たち――変化のほとんど無い魔界の感覚でいると、すぐに置いていかれそうになる。
人間は皆、これらのものを難なく扱っている。それを思うと、その刹那の生の中でどれほどに高度なことを成し得ているのかと、ジェフはただただ感銘を受けるしか無かった。魔族はもしかして、ただ無駄に長い生を享受しているだけなのではないかと。
「今日もまた、一日が始まるか……」
身支度を終えて、低い机の上に放り出してあったスマートフォンを手に取りながら、ジェフは小さくため息をついた。
仕事――清遊堂の経営には、そこまでの苦労はしなかった。淡々とこなし、そして慣れていったから。
だが、それ以外のことと言うと――
「清遊堂さん。悪いけど、今度の会議の資料作成をお願い出来るか?」
「……分かりました」
断ってばかりだと角が立つ。ジェフは隣の文房具店の店主の頼みを引き受けた。
資料と言うと確か、三番街の近況報告だったか――ジェフは自室からノートパソコンを持ってくると、立ち上げる。普通に立ち上げたのだが――ノートパソコンの挙動は、いつもと異なった。
音が、鳴らない。起動したときの音が、全く無い。
どういう、ことだ――?
ジェフはボリュームを確認した。変えた覚えの無いそこにはやはり、変化が無い。
また妙なことになったか――時間を確認すると、もうすぐ日が落ちるかという時刻だ。この手の道具の扱いに慣れている同族、長い付き合いの相手であるランフォードは、まだ会社の業務中だろう。
仕方ない、連絡を入れておくか――仕事机の上に無造作に置いてあったスマートフォンを取ると、ぎこちなく操作する。タップだとかフリックだとかややこしい――やっとのことでランフォードにメッセージを送ると、今度はスマートフォンの方も動作がおかしくなってきた。どういうことだ。一体何が起こっているのか少し調べてみたが、徒労に終わった。
仕方ない。ランフォードが来てくれるのを待つか――
仕事帰りに面倒事を頼むのだ、クッキーでも焼いておいてやるか。
ジェフは店を使い魔に見張らせると、キッチンのある二階へと向かった。
「遅くなって悪かったね、ジェフ」
「いや。――面倒事を頼んで悪いな、ラン」
いいんだよ、と微笑んだランフォードはノートパソコンをチェックする。
「――ああ、ここだね。ここを直せば大丈夫だよ」
ランフォードはいともあっさりとノートパソコンの不具合を直してくれた。元通り全ての音が、鳴っている。
「――お前はよくわかるな、ラン」
「そうでもないよ。私の方が君よりこの時代に慣れている。それだけのことだよ。パソコンは慣れれば、便利なものだからね」
機械たちを信頼すればいいんだよ、とランフォードは笑う。――信頼、か。ランはまたなかなか難しいことを言う。
「こっちの不具合も見てくれ。お前にメッセージを送ってから具合がおかしい」
「スマートフォンかね? これはね。ちょっとおかしいなって思ったら大抵再起動すれば直るよ。やってみてはどうだね?」
ランフォードに言われて、ジェフはスマートフォンを再起動する。するとどうだ、本当に不具合が解消しているではないか。
「――どういう、ことだ……?」
「どういうことと言われてもねえ。こんなものだよ。困ったら再起動。そう覚えておいたらいいよ」
事も無げにそう言うと、ランフォードはジェフの焼いたクッキーを口に頬張りはじめた。それはそれは、幸せそうに。
「他に質問はあるかね? 私のわかる範囲でなら、何でも答えるよ」
「今は大丈夫そうだ。また困ったら直してくれ」
ふたりはそれからしばし、紅茶とクッキーを前に話し込んだのであった。
――それから、数日後。
「まただ! またおかしいぞ、これは!」
ジェフはスマートフォンを置きながらため息をついた。困ったときには再起動――ランフォードに言われた通りにやってみたが、直らない。
「どういうことだ。今までこんな画面にはならなかったぞ?」
また、ランフォードを呼ぶしかないか――ジェフはメッセージをランフォードに送信する。仕事帰りに寄って、スマートフォンを見てくれと。
「こっちは変換がおかしくなったまま戻らなくなったぞ……」
ノートパソコンの方も妙な具合だ。変換がおかしいのだ。少し前までは普通に入力出来ていたのに。
――機械を信頼しろ、とランフォードは言っていた。だが、この調子でどうやって信頼すれば良いのだろう……?
慣れれば便利と言われても。これらは文明の利器だと、頭では知っていても。
異常が簡単に起こるたび、ジェフはそれに関しての信頼は、揺らぐばかりだったのである。