旅♀視点、付き合っていない🌱🏛
@dounudon
恋人らしいことをしないと出られない部屋、なのだという。
私たちは現在進行形でそんな不可解な場所に閉じ込められている。とても挑戦的な部屋だ。ここまではふつうのよくある秘境だったはずなのに、とある一室に入り込んだ瞬間こんなことになってしまった。だけど、アルハイゼンに――ここまでにいくつもあった見るからに時代がかっている碑文を唯一読むことのできたアルハイゼンに言わせるなら、これはある程度予測できた、ある種の予定調和のような結果らしい。
この秘境にはかなしい結末を迎えた恋人たちの伝承が残っていて、彼らはずっと自分たちがそうなるはずだったしあわせな恋人たちの姿を追い求めている……というようなことを、ややむずかしい詩的論法を交えながらさも周知の事実のようにアルハイゼンは語った。ここに閉じ込められてから。私とパイモンが「知ってたならそういうことはもっと早く言って(言えよ)!」と抗議するまえに、カーヴェが「そういうところだぞ、アルハイゼン!」と漠然とアルハイゼンの為人そのものに抗った。そのせいで私たちのささやかな反発は行き場を失ってしまった。
閉じ込められたメンバーは私とパイモン、それにアルハイゼンとカーヴェだ。これから砂漠に行くのだという同居人たちに道中で出会い、カーヴェの軽率な「時間があるなら君たちも一緒に来るかい? もしかしたらお宝が見つかるかもしれないよ」の誘いにパイモンが例のごとく目を輝かせたので合流したのだ。アルハイゼンは自分から私たちを積極的に誘いはしなかったけど、拒絶もしなかった。「いやだったら強引に撒いてでも単独行動するやつだから、なにも言わないってことはいいってことさ」とはカーヴェ専門家による本人を眼の前にした大胆なアルハイゼン解説だ。もともとカーヴェ自身が朝食の席で耳にしたアルハイゼンの本日の予定に〈暇に飽かして〉〈興味本位で〉乗っかったかたちらしい。まず、彼らがその日の予定を朝の食卓で律儀に共有していることに私は驚いた。でも指摘はしなかった。カーヴェがあんまり当たりまえに言うので、指摘したらたぶん困らせるだろうと思ったからだ。すくなくとも、どうして呼吸をしているのかと質問されたら私は困る。
「まじめに解決策を練ろう。アルハイゼンがひとりでこの場所に囚われるだけならともかく、僕と彼女たちは無事に脱出しなきゃならない」
「俺ひとりなら囚われることはなかっただろう。恋人らしいことはひとりではできないからな。つまり君が俺についてくることを決めて、彼女たちを勧誘したのが悪手だったんだ、カーヴェ」
「こうなることが予測できていたならはじめから言ってくれたらよかっただろ! あの手のメジャーじゃない古代語を自由自在に解読できるのなんか知論派の君くらいなんだから、これは君の責任と言ってもいいくらいだ」
「偉そうに知識をひけらかすな、品がないと昨夜ご立腹だったのは誰だろうな。品性と慎み深さは両立しないようだ。人生はままならない」
ちっとも人生がままならない人間の言い方じゃなかったので私とパイモンが本気にしない一方で、カーヴェはドのつく真剣さでうぐぐと言い負かされていた。なんというか、やさしい灯りをこぼす彼らの立派な家のなかには私の想像よりうんと多くの会話が詰まっているようだ。
そういうわけで、ひと通り責任を押し付けあった私たちは本腰を入れて脱出方法を考えるフェーズに入った。
問:私とパイモン、アルハイゼン、カーヴェの四人で「恋人らしいことをしないと出られない部屋」に押し込められたらどうなる?
解:私とパイモンは真っ先に戦力から除外される。
この場に恋人関係の間柄にある人間はいないという全員の認識をすり合わせた大前提のもと、私はなにか協力できることがあるならなんでもする、のスタンスを見せた。パイモンは最初から「おおおおオイラには無理だぞ!」と逃げ腰だったので、せめて私くらいは力添えしないといけない気がした。けど、それはカーヴェの「ナンセンスだ!」のひと言で迅速に却下されてしまった。私たちを巻き込んでしまったのは自分だから、年長者として自分がなんとかしてみせるというのがカーヴェの主張だった。
恋人らしいことをしないと出られない部屋で、私はいま、パイモンの耳を全力でふさいでいる。「ここからは聞くに耐えない内容の議論になるかもしれない」と危惧したカーヴェの提案で、私はパイモンの聴力を原始的に両手で封じ込め、私の耳は遮音機能を備えたアルハイゼンのヘッドホンによってふさいでもらうことになったのだ。「そうだ、君のヘッドホン、余計な音を遮断する機能がついてるんだろ。うってつけじゃないか!」と思いついたときのカーヴェの誇らしげな顔と、こちらに差し出すアルハイゼンの渋々すぎる動作といったら、まだまだ記憶に新しい。はじめて見るアルハイゼンの耳にぱちぱちと瞬きをして、私はこの世界の音と一時的にさよならした。
はずだった。
「だいたい、恋人らしいことってなんだ? 手をつなぐとか?」
腕を組んでうろうろと歩いていたカーヴェが急に方向転換してアルハイゼンの手を掴む。反応はない。秘境の最奥にある一室で、入口兼出口であろう石扉はうんともすんとも言わない。つなぐというよりは無造作に握ったまま「つなぎ方のせいかな?」と首を傾げて今度は一本一本の指を組み合わせるようにしてみても、やっぱり反応はなかった。
「だめみたいだ」
「君がいまの背丈の半分以下の年齢だったら、これで許されただろうな」
私は目を瞑った。アルハイゼン、これ遮音機能がオフになってる……。
かなしいことに私にはなにもできない。私の両手はパイモンの耳をふさぐのに使っているし、たとえ自由だったとしても、どうやってヘッドホンを操作するのかなんてわからない。ヘッドホンで物理的にカバーしていることですべての音が若干遠ざかってはいるものの、きこえのよいカーヴェの声は易易と貫通してきた。
「じゃあこの背丈の僕たちならなんなんだ、キスとかか?」
そこで私はびくっとしてしまった。さっき気軽に手を取りにいったように、カーヴェが堂々とアルハイゼンにくちびるをぶつけにいったらどうしようと思ったのだ。
幸いにもそんなことは起こらなかった。アルハイゼンから手を放したカーヴェは自問自答の体で「そうでもないか。キスなんてべつに恋人同士でなくたってできるものな」と呟きはじめる。
「ほう。我らが大建築士殿は経験豊富なようだ」
「そういうわけじゃない、昔なにかのプロジェクトの打ち上げで悪酔いした同僚にされたことがあるってだけだ。とてもいい経験とは言えなかったけど、酒場でいちばんいい酒を開けさせて、一晩周囲に愚痴を言っていたら忘れられるくらいのアクシデントだった。当時スメールではめずらしい金髪の相手に恋をしていたから酔って勘違いしたんだってさ。彼も僕もかわいそうな両損の出来事だよ」
急にパイモンが痛いぞと身をよじったので慌ててちょっとだけ手を緩めた。知らないうちに力を入れすぎていたみたいだった。だって、アルハイゼンを見ていたら、思わず……。
目をまるくして振り向いたカーヴェになんでもないと首を振ってみせる。カーヴェの意識はすぐに議題へと戻っていった。
「手をつなぐでも、キスでもない。なら君の考える恋人らしいことは?」
「僕の考える恋人らしいことは……すくなくとも、こんな息をするたびに砂埃が口に入ってくる劣悪な環境ですることじゃないな」
「ふむ」
「まず清潔なベッドは絶対だろ」
「君のベッドはやわらかすぎる。いつか腰をやるだろう」
「なんだって? 僕のベッドで寝たこともないくせに知ったように! でもまあ、そうだな、飛んだり跳ねたりするなら君のベッドくらいの弾力はあったほうがいいかもしれない。ふふん、酔った勢いとはいえ僕は君のベッドで寝たことがあるから大手を振ってこれを言えるわけだ。それに君のベッドのほうがおおきいからな。リネンも上等だし」
「飛んだり跳ねたり? ずいぶんアグレッシブな趣味をお持ちのようだ」
「言葉の綾だよ。僕たちくらいの背丈になったら単に一緒に並んでおやすみなさいで終わりじゃないってことはわかるだろ」
指先がふるえる。ぴくり。どうしてか私は緊張している。なにもきこえていないパイモンにこの緊張を悟らせまいと努めているせいでより強張ってしまう。
「それにここは広すぎる。やっぱりああいうことには、ある程度の閉鎖性が不可欠だと僕は思うね。それは心理的な落ち着きにもつながるはずだ。心理的な落ち着きといえば間接照明もはずせない。もちろん暖色で、壁や天井に影が映るくらいがちょうどいい。調光をしくじると知恵の殿堂を思い出して雰囲気が台無しになるから、それは気をつけないとな。あとは……香りか! でもこれは事前に湯を浴びておくことで無理なく解決できるだろう」
そのあともカーヴェはそういう状況に欠かせない条件を次々と列挙した。どれもこれもいまの状態とはかけ離れていて、むしろこの場からの脱出を遠ざけているとしか思えなかったが、アルハイゼンは一向に止めなかった。それどころかやたらと神妙な傾聴の姿勢を見せて、時にはカーヴェのとめどない思考にアシストさえしてみせた。まるでカーヴェの理想的状況についてすべて吐き出させようとしているみたいに。
「つまり、愛情を交わす場にはそれにふさわしい雰囲気とそれをもたらすための構造が必要ってことさ。誰にも邪魔されず自然とリラックスできて、でもだらしないわけじゃない場所……こう考えてみると、僕だけじゃなく多くの人々にとってそれが家になるのはまったく必然で、」
重々しい音と振動がカーヴェの言葉を遮った。全員の視線が入口兼出口に向かう。
「やった! 開いたぞ!」
もっとも早く反応したのはパイモンだった。私の手からするりと抜け出して、さっきまで閉め切られていたとは信じられない開放的な石扉に飛んでいく。
「……なんで開いたんだ? なにもしてないのに? アルハイゼン、君の読みは誤っていたんじゃないか?」
ぽかんとしているカーヴェを横目に、私は頭からはずしたヘッドホンを持ち主に返却した。
なんでもなにも、仮想のあいだじゅう、カーヴェは恋人らしいことを試す相手がアルハイゼンであることに疑問を抱いていなかったのだ。このなかに恋人同士の人間はいないという認識を共有した際にはフラットだったからほんとうにそういう関係ではないのだろうに(そもそもカーヴェはそういう嘘を平然とつき通せないだろう)、一度として「絶対に無理だ」とは言わなかった。
恋人らしいことをする環境について、ふたり一緒にまっすぐ考えるということ自体がこの秘境を満足させたのなら……。
付き合いきれない。私は足早にパイモンのもとへと急いだ。
(20250622)