カルみと 呼び出しの話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
夜、寝室に小さな着信音が響いた。
「ん……」
その音は神無が寝返りを打つ僅か1コールの間に止まると、隣に横になっていたはずの気配がするりと音もなく遠ざかる。
まだ覚醒の曖昧な意識だったが、恋人がそばを離れてしまった不安で眠り直す気になれない神無が静かに聞き耳を立てていれば、端末を手に隣室へ向かったらしい縞斑のひそめた話し声が届いた。
「何があった?」
眠気を一切感じない真剣さを帯びたその声はおそらく、端末越しの相棒に向けたものなのだろう。
彼と相棒のアサギリの間に築かれた信頼関係は、神無との恋人や協力者という関係とは少し異なっていて、比べるものではないと分かっていても時々妬いてしまいそうになる。
「……分かった、ひとまず応急処置にブルーブラッドを投与して様子を見てくれ。俺もすぐに向かうよ」
通話相手の返事を静かに聞いた縞斑は、簡潔に指示を飛ばすと通信を一度切断した。
小さく息を吐いて音もなく寝室に戻ってきた縞斑は、床に落ちるシャツを拾って袖を通す。
しゅるりと聞こえる布擦れの音を聞いた神無は、堪らず体を起こしてコートを羽織ろうとしていた彼の裾を小さく引いた。
「……なにかあったの?」
「神無ちゃん……起こしてごめん。ちょっと急ぎで戻らないといけない用事ができた」
それまで神無は眠っていると思っていたらしい縞斑は、少しだけ驚いた様子で裾を引いた手を取ると顔を覗き込む。
その仕草と通話の内容を照らし合わせて不安を抱いた神無は、繋いだ手のひらをきゅっと握り返しておずおずと口を開いた。
「危険なこと……?」
「……いいや、変異したアンドロイドを保護したっていう報告だから大丈夫だよ。怪我をして興奮してるらしいから手当てをして話をするだけだ」
誤魔化すことなく正直に告げられた言葉は自分への信頼の証だ。
それが分かっていても探るような視線を送ってしまうのは、目の前の恋人が元公安局所属の刑事であり、嘘をつくことが自分より遥かに上手いことを知っているからである。
そんな神無の視線を察して苦笑いを浮かべた縞斑は、空いた手で神無の頭を撫でながら安心するように語りかけた。
「危ないことじゃないから、神無ちゃんはまだ寝てて」
「……うん。気をつけてね」
まだ不安はあるけれど、物分かりがいい恋人のふりをして頷いた神無は繋いだ手を離す。
できることなら寂しいと駄々をこねたいところだが、そんなことをして縞斑を困らせたり嫌われたくはない。
きゅっと唇を噛んで俯く神無の我慢まで察しているらしい縞斑は、申し訳なさそうに眉を下げて神無の額にキスを落とす。
「ごめんね、今度必ず埋め合わせる」
「んーん……それより、ん」
ふるふると首を横に振った神無は顔を上げると、ねだるように小さく唇を尖らせて見せた。
キスは額じゃなく唇に欲しいという可愛らしい仕草に、ふっと小さく笑った縞斑が望み通り唇を落とす。
昨晩重ねた呼吸を奪うようなものではなく、優しく触れ合わせるだけのそれだったが、十分に満たされた神無は唇を離して笑った。
「いってらっしゃい先輩」
「うん。ありがとう、いってきます」
笑顔で手を振る神無の頭を撫でて、縞斑は後ろ髪を引かれながら急ぎ足で部屋を出ていく。
廊下を歩く気配が遠ざかり、玄関扉が出来る限り静かに閉じた音を聞いた神無は、それまで無理をして浮かべていた笑顔を曇らせるとベッドに倒れこんだ。
「……仕方ないし、俺だってすることあるもん」
ぱたぱたと両足を広いシーツに泳がせた神無は、言い聞かせるように何度も口の中で「仕方ない」と呟く。
ドロ課で刑事として働く神無だって、有事の際は深夜だろうと関係なく呼び出されるときがある。
そんなときの縞斑は突然途切れた恋人との時間を決して咎めることもせず、いつものように笑って送り出してくれるのだ。
自分がしてもらって救われたことはできる限り返したいと、精一杯縞斑と同じように彼を送り出した神無は、それでも一人になった途端押し寄せる寂しさに眉を下げる。
「先輩も同じ気持ちだったりするのかなぁ……」
だとしたら尚更、そんな寂しさをおくびにも出さずにいつも自分を送り出してくれていた彼に改めて礼を伝えたい。
幸いなことに明日は休みだ。疲れて帰ってきた縞斑の気が少しでも休まるように、甘いものを作って出迎えよう。
「……よし」
そうと決まれば笑って出迎えるためにもしっかり寝なければならない。ひとり意気込んだ神無は、今度こそ微睡みに意識を溶かすのだった。
終