掌編。珍しく牧師視点な気がする。台牧のつもりで書いてるんだけど受を意識するほどなんかスパダリみと拳が出る気がする、牧師。
@neastrig
日が差し込む。次いでまだ回りきらない頭と、胸部に少しの圧迫感。
眩しさに閉じたままの瞼を瞬くよに動かしてからゆっくり持ち上げたウルフウッドはヤニで汚れた天井を見て、同時に視界の端に金色の頭を見つけた。
「……あー」
そういやそうやった。言葉に出さずに空気が抜けるように息を吐く。
今回の宿はやむを得ず狭いダブルだった。おかげさまで、自身の胸にはスヤスヤと気持ちよさそうに眠る人間台風が居座っており、少しばかりのくすぐったさとそれ以上の重みが確かに存在していた。
何しとんねんコイツとは言わない。毎度でこそないが、すでに何度もこういったことがあったのだ。
とある街、平和な朝。この日もウルフウッドは、ヴァッシュにホールドされた状態で目を覚ましていた。
彼らの旅は果てない。
否、正確には果てはある。だが、果てないと言いたくなる程度には終わりが見えない旅立った。そして二人揃って大金を稼ぐ甲斐性も商才もなく、加えて貯めて持ち歩くような性質でもなかった。
つまり、基本的には貧乏旅だ。
ない金を節約し、やりくりし、安宿をさらに切り詰めて泊まるなど当然何度でも起こり得る。そんな二人の選択肢から「シングル二つ」が減ることはわかりきった流れである。よくてツイン、そこそこの割合でダブル。最悪の場合は顔を引きつらせながらも宿の主人に頭を下げて泊まったシングルでベッドの取り合いなんてこともけしてゼロではなかった。
ヴァッシュの悪癖が出始めたのは、それに二人が慣れ始めた頃である。
「何しとんねん」
最初の一回、牧師の第一声はそれだった。当たり前だ。仕方なくとはいえダブルで同衾、最初のころお互いに境界を確認し合い、お互いが寝るのを待ってから眠ったはずの間柄である。
確かに今更「ここからここにはみ出るな」といった会話はしていない。お互いはみだしまくるから意味がないと諦めた。だが、パーソナリティスペースというものがあり、常識というものがあると牧師は思っている。だから、多少寝相が悪くても見なかったことにしてやるが抱き枕にされるのは話が違うと、当然の結論でもって牧師は拳を落とした。
いで、と声をあげつつも未だ半分夢の中の相方は、唸りながらもむにゃむにゃと言葉が形になりやしない。そして剥がそうと思えば、義手を外して片腕のくせにわりと強くしがみついているので手間取った。腕はともかく足が厄介だ。今賞金首に攻め込まれてこれで共倒れだけはご免だと暴れたのは牧師の苦い思い出と言える。
「うーん、レム……」
だからレムって誰じゃっちゅうとんねん。時々この男から聞く名前は恐らく女の名前だ。自分よりガタイの大きな男と間違えるなんぞどれほどの巨女かと思わないでもないが、この星には多少なりとも巨人じみた人間もいるものだから否定もできず、ただただこの男の趣味を疑うばかりである。
ただ、疑いつつも剥がしきれないのはその顔があまりに穏やかだからか、それともどこか寂しそうだからか。
「なんちゅうか、いつも以上にガキやなこれ」
孤児院の頃を思い出す。
普段のヴァッシュはいわば聞き分けのない五、六歳の子供のようなところがある。ギャングとも例えられる年齢は反抗的で、面倒を見るちびっこたちがその年齢に差し掛かると良く警戒したものだ。自身も例外ではなかったろうが、そこは棚に上げて思い出すところである。
それに対して、今のヴァッシュはもう少し下の子供にも似ている。だが、同時にもう少し上の子供の寝顔でもあった。反抗をする前か、反抗を終えたか。そのころの子供たちは親のいない寂しさを思い出してしまうのだろう。悲しい顔で眠り、家族を呼ぶ子供は少なくはなかった。大きな子供でも後から入ってきたメンバーは良くこの状態になったものである。親のことを大して覚えておらず、孤児院前もドブの記憶しかないウルフウッドには少々羨ましい話でも合った。
だから、いうなればこれは人を恋しがる子供の顔だった。埋まらない穴に割り切れず、怒ることもできないガキのそれだったのだ。
「いい年して、何年生きとるんって話やで」
そして、自身にも呆れる。何せこの手は剥がすことをあきらめて、その頭の上に乗っているのだから。
ヴァッシュの髪は全体的に細い。そのせいか、柔らかくこそないが触り心地は悪くなかった。ウルフウッドのそれがごわついて獣のようであるのに対して、少し質の悪い羽毛にも似ている。これが少しのセットでツンととがるのだから面白いとひそかに笑ってみたりもした。
「んん」
唸ったのでさて起こしたかと手を止めるが、そのままヴァッシュも小さく笑う。きっとろくでもない、だがおかしな夢でも見ているのだろう。眉を下げて、だが「へへへ」と愉快そうに笑っていて。
「ほんっと、アホ面やなあ……」
思わず起こすのを忘れ、そのまま微睡みに身を任せた。
その日は案の定チェックアウト時間間近に目覚めて慌てて飛び出ることになったのだが、先にヴァッシュが起きていたものだからウルフウッドは叱り損ねてしまったのである。
そして今。もう何度目かわからないそれを叩き起こせないという状態に陥っていたウルフウッドは頭を抱えていた。今更抗議したとして正直なところ彼にも分が悪い。引っぺがして殴る前に、相手がどれくらいこの状態を認識しているかを把握する必要があった。
「こいつ、毎度先に起きとるんどういう心境なんじゃっちゅう話やで」
そう、初回以外も何度かこの状態にはなっている。だが、いずれも放置して二度寝をし、次に起きたときにはヴァッシュはすでに着替えを始めていたり顔を洗っていたりと元気に歩き回っているのだ。おはようウルフウッド。挨拶する男は、この時ばかり寝起きがいい。別で寝るときはウルフウッドが叩き起こすことも少なくはないというのに。
果たして、寝ぼけて起きて覚えていないのか。それともバレていないと思ってすっとぼけているのか。どちらもあり得るものだから、ウルフウッドは出方がわからなかった。
寝ぼけて覚えていないのであれば初回のふりをして殴って終わる。バレていないと思ってすっとぼけている場合も、ウルフウッドが何度も先に起きていることさえバレていなければ同様の方向にもっていくことができるだろう。
問題は、ウルフウッドが一度起きては放置することを繰り返している、この状況をヴァッシュが把握していた場合だ。これで気配に敏いガンマンの端くれ、相棒の気配だからと寝ているかもしれないが察知している可能性だってゼロではない。加えて、何度か寝ぼけたウルフウッドが頭を触っていたことに気が付いていたら反撃されるに違いなく、ウルフウッドは明らかに不利であった。
そんなこんなで、ウルフウッドは未だヴァッシュを叩き起こすという選択肢を失って通算五度をとうに超えて数えていない朝を迎えていた。
だが、ウルフウッドは思っていた。このままはあかん。なんというか、開いてはいけない扉がそこにあるようで落ち着かず、そろそろきっちりと戸締りをしてバリケードを作りたいと思い始めていたのだ。
「……って、言うてもな」
いつの間にか頭にのびていた手をぐっと止める。耐えろニコラス・D・ウルフウッド、否パニッシャー。選ばなあかん時が来たんや。心中で独り言ち、抗うことを選んだウルフウッドは手をそっと脇に下ろした。
うーんと唸って頬を擦り付けるヴァッシュにイラッとする。だが、ここで起こすのも得策ではないだろうと半出して、そのまま観察を始めた。
顔は、相変わらずの間抜けヅラだ。美味いサーモンサンドにかぶりつくときの顔だったから食べ物の夢でも見ているのかもしれない。だらしなく上がった口角とさがった眉はこの朝の定番となっていた。見ようによっては金色のまつげなんぞは女が喜びそうなものだが、目が覚めてこれでは百年の恋も冷めるだろう。
「アホやなあ、ほーんと」
やはりおかしくなってしまう。撫でる以外ならいいかとウルフウッドはその前髪を少しつまんで持ち上げた。くすぐったかったのか、少し寄った眉間と力の入った両足に思わず緊張が走ったがすぐに解けてほっと胸をなでおろした。
身体こそ傷だらけだが、顔はきれいなものだ。彼自身が急所への攻撃を意識して避けている証拠だろう。それでも奇跡的には違いなかった。その失った腕や金属で補われた胸や背のように目の一つは二つだって吹っ飛んでいてもおかしくない生き方をしているのだから。
くりくりと眉の間を指で触ってみる。手は銃の形だ。多少は牧師が必ずしも味方ではないと気付いていそうなものなのに、どうしてこうも急所を晒してしまうのか。それがウルフウッドには面白くなくて、だというのにおかしかった。
「………ん? 」
しばらく元の悩みも忘れてバカ丸出しの顔を眺めていたウルフウッドが、あれと思ったのは指の銃を突きつけるのに飽きて再度手を下ろした頃だった。んふふ、と漏らした寝言らしきの後、もぞりと動いた男の身体が小刻みに震えていたのである。
固まること、五秒。
ウルフウッドの動きは早かった。その豊かな胸筋に男が乗ったまま、素早くベッドサイドのハンドガンに手を伸ばしていた。
「待って待って待て待て待て! 」
必死の声とともに飛び起きた男の名前は言うまでもない。ヴァッシュ・ザ・スタンピードである。
「あ? 遺言か? 」
「飛びすぎ! 反応速度も判断も早すぎ! 待って、わかった! 俺が悪かったから! とりあえずそれ下ろしてもらえますか!? 」
そうだ、こいつはこういうところがあった。ウルフウッドは自身のうかつさに歯軋りをした。四つ目のパターン、気配がどうの以前に気付いていて面白がっている。何せもしウルフウッドが逆の立場なら弱みとしてきちんと把握しておくポイントなのだから、こいつだってやらないわけがないのである。もっとも、ウルフウッドはこのような寝方は死んでもしないと自負していたが。
「いやいやいや、誤解。誤解です。さすがに僕もですね、毎度起きてたわけではないです! 」
言葉からして、ウルフウッドが起こすに起こせなくなった流れまでしっかり予想がついていたのだろう。弁解するヴァッシュは、残った右手をホールドアップしていた。そのくせ、絡みついていた足は解き忘れているのだから抜けているとしか言えなかった。
「ほーん。なんや、つらつら弁解が出るほどパッチリお目目が覚めとったんやなあ、トンガリ。何度かなんぞ聞かん。ここで頭を吹っ飛ばせばゼロやからな。なんとかの猫ってやつやろ」
「シュレティンガー! この間酒の席で話したやつ半端に覚えててくれてありがとう! いや本当に待って、悪気はないんです。なんかあの、起きたら抱き着いてたときが数回あってヤバいなと思いつつ隠してて、その後そういえばお前一回起きてるんじゃないかと思ってたけど、こうしてしっかり意識あるのはまだ二度目っていうか」
「は? 前があるんか? 」
「あー! セーフティ外すな! ある! あるよ! 先週の宿! お前が泥酔してたけど僕は頭から水ひっかけられた夜! あの日は結構早くに目が覚めちゃったんだけどお前が起きてたから、その、狸寝入りしてました! 」
そしてまあ、頭を撫でられていることにまあまあ動揺したわけだけども。ぶつぶつと小声がより小さくなっていき、引っかかった脚は縮むように畳まれて結果として間に挟まっていたウルフウッドの片足が巻き込まれていく。
「その、本当悪気はないんだよ。その時だって目を開けるなんてしたらバレるからお前がどんな顔してたのかも知らないし。ただ、ええと。いつもこういうとき……お前、満足そうに寝てるから。嬉しくて。言い出せなかったのは一緒と言いますか」
だから、これをネタに揶揄ったりする気はないんだ。ヴァッシュは確かにそういう意思をもってウルフウッドを見た。グリーンの瞳は、そもそもくっついていた自身の気恥ずかしさを湛えている。
敵意も悪意もありません。必死に表明する様子はウルフウッドにも覚えがあった。ささやかな悪戯がバレたときとも違う顔だ。どちらかというと、よかれと思って、しかし叱られるとわかっていたことをやったときの顔だった。多分、鏡越しに何度か見たそれである。
子供っぽい年上の男の瞳に映る自分を見て、ウルフウッドはバツが悪くなった。メラニィおばちゃんのようにはいかない。自身こそ、拗ねたようなガキの顔をして見えたからだった。
「………そうかい」
だから、ウルフウッドは自身の沽券のためにこそハンドガンを下ろした。けして、許したわけではない。村内とともに睨むが、ヴァッシュがそっと胸をなでおろすのだから愉快な気分ではなかった。
「へへ、いや。なんというか僕もさすがにちょっと恥ずかしかったっていうか。その、お互い忘れてたことにした方がいいとは思ったんだけども……」
今日は耐えられなかった。謝る男は、先と異なって悪びれていない。お互い様だろ? そんな雰囲気を出していた。ヴァッシュの中では解決したらしい。その様子に、ウルフウッドは流しかけていた苛立ちを水に手を突っ込むように拾い上げる。そしてそれをかざすかのように拳を上に掲げた。
「ん? ウルフウッドさん? どうしましたか」
「いやな? どうもワイもオドレもあまり覚えておきたくない話やったし。今日は特にそうなんやないかって思うてな」
「はい」
「ほら、頭に衝撃与えたら忘れる言うやろ? 」
「………はい? 」
拳と頭突き、どっちにしよか。
ウルフウッドの言葉に、ヴァッシュは今度こそベッドを飛び出した。のっそりと起き上がったウルフウッドは、冗談半分だったが本当にどっちにしようかと迷い出す。いっそお互い忘れたほうがいいだろう。
追いついた肩を掴んで思い切り頭をぶつけた。記憶が飛ぶことはなかったが、その分気持ちのいい大きな音が響いていた。