□とうとう二宮匡貴が自覚した模様です
@wtkotaji
「おはようございまー…、」
自隊の作戦室にて。
犬飼澄晴が口にした挨拶は、それを視界にいれたあと曖昧に消えた。
入室した途端、テーブルに置いた文房具を睨みつける自分の隊長が目に飛び込んで来たからだった。
当たり障りない笑みを浮かべながら、敢えて二宮には声を掛けず、犬飼はそそと足を進めてオペレータールームにいる辻新之助達に近寄った。
「どうしたの、あれ」
「わかりませんが、30分くらいあの状態みたいです」
「考え事してるんじゃない」
「ふーん?」
それ親の仇に使われた凶器とかだったりします?と、直接本人に突っ込みたかった気もするが、そういう雰囲気ではないと判断し、口にするのはやめておいた。
(あれって、珍しく二宮さんが気に入ってるボールペンだよね)
二宮匡貴は物持ちが良い。
小物をほいほいと失くしては、近場にいる者に貸してくれとへらと笑ったりする某攻撃手一位とは違う。そんな同僚に軽蔑した視線を投げ、誰が貸すかと黙殺する程度には普通に物を大切に扱う。
因みに二宮が太刀川慶に物を貸さないのは、返却がほぼ期待出来ないもしくは破壊を懸念している為である。
『奴に貸すくらいなら初めからくれてやった方がマシだ』
『そうなんですねぇ』
忌々し気に言った二宮に、何となく事情を察した犬飼はそれ以上尋ねたりはしなかった。
そんな二宮が、あのボールペンを丁寧に扱っていることを、犬飼は少し意外に思った。
二宮は物を大切に扱うが、それは一般的な人の感覚と同様であり、どちらかといえば物に対する執着や拘りは薄い。
なのにあれに関しては別らしい。
貰い物のようだが、贈り主までは犬飼は知らない。
そこでふと、犬飼の脳裏に一時期よく隊室を訪れていた少年の顔が思い浮かんだ。
(……いやいや、まさかね、)
直ぐにその考えは打ち消した。
そこまで彼等は仲が良い訳ではない、筈だ。
仲良くなられては困る理由などないが何やら面白くないしモヤッとする。
そんな曖昧なものを犬飼は持て余していたりするのだが、根本的な理由を考えようとはしなかった。
隊員達にそっと見守られているとは気付かず、見た目からはそうとはわからないが、二宮匡貴は思いあぐねていた。
先日、二宮は修に誕生日祝いを貰った。
これはその時のボールペンだ。
特段親しい仲ではないが、普段から世話になっているからと渡された。
その時はよく分からない感情を持て余し、二宮は礼を言うことも出来なかった。
それから数日後に気付いた。
貰ったのならお返しをするべきなのではないか、と。
しかしそれは流石に二宮も躊躇した。
三雲の誕生日に、自分がプレゼントを渡す。
それを想像した二宮は苦虫を噛み潰したように呻いた。出来るわけがない。そもそも二宮は、修の誕生日も知らないのだ。
だが態々訊くのもどうなのか。
「…………」
いつか機会があれば訊けばいい。
面倒になった二宮は考えるのを止めた。
それから驚くほどその機会は巡って来なかった。
先ず、修が二宮に近付いてこない。
そして二宮には修に近付く用事は特になかった。
同じ射手なのに、修は二宮には何も訊いて来ない。本人的にはまだその段階にないと判断しているだけなのだが(後は単純に断られると思っている)、二宮にはそれも面白くなかった。
米屋陽介辺りが聞けば、大爆笑しながらひきつけを起こしそうな漫才のような擦れ違いばかりしていた。
一年越し
「お前の誕生日は、いつだ」
「……は、え?」
壁際に追い詰められ息を切らした修は、よく聴こえなかったのか訊き返した。
数分前、修はラウンジで二宮と目が合った。
二宮は明らかに不機嫌で、周囲に人を寄せ付けない雰囲気に包まれていた。
それが何時ぞやの気圧の変化に苛まれていた時の様子と非常に似ていたので、修は軽く会釈するだけにしておいた。
(あの時のことを思い出させたら、また不愉快にさせてしまうだろし)
目が合ったのは偶々だろう。
修は基本的に、二宮が自分を視界に入れると不愉快にさせてしまうと認識していた。
なので必要最低限の挨拶や質問はするが、それ以外の接触は控えていた。その癖、質問に関してはとことん聞いて回るので些か矛盾しているが、当人は気付いていない。
だがここ最近、何故だか二宮から殺気のようなものを修は向けられている気がしていた。
そこまで二宮の神経を逆撫ですることをした記憶はない。ないが、不愉快を加速させるのも申し訳ないのでなるべく視界に入らないことが最善だと、修は判断していた。
そんな修の間違った気遣いを蹴散らすように、二宮はこちらへやって来る。苛立ちに拍車がかかっているように見えるのは気の所為だろうか。
追いつかれてはいけないと、よくわからない使命感に駆られ、修は最早早歩きではなく軽く走っていた。数分で息が切れる。
体力がないにも程がある。修は自分の体力の無さにがっくりした。やはり、基礎体力をある程度は向上させないといけないかなどと考えている間に、足の長さの違いか運動神経の違いか。修は二宮に追いつかれた。
「なに逃げてんだ」
ガッと肩を掴む姿は、さながら逃走犯を捕まえた警察官のようだった。普段よりも威圧感が増している。
「そんなつもりはなく、進行方向が同じだなとは、思ったんですが…、」
二宮にはいつも何だか壁際に詰められているなと考えながら、息を整えた修は改めて尋ねた。
「ところで、ぼくになにかご用だったんでしょうか」
「………」
実は先程、二宮は修の肩を掴みながら既に尋ねていたのだが、修はあまり聴いていなかったらしい。
何故か嫌そうに顔を顰められた。
そんな顔で沈黙されても困る。
呼び止めたのも何か理由があるのだろうが。
(余程言い難いことなんだろうか)
二宮隊に何度も情報収集に行くのを諌める苦言か、普段の修に対する指摘か。
なんにせよ二宮に迷惑をかけたのだろう。
申し訳ないなと神妙な気持ちになった修は、そこでふと二宮の手元の紙袋に気付いた。
こういったものを二宮が持ち歩くのは珍しい気がする。
(そういえば、ここ最近これを二宮さんが持ち歩くのを見たような気がするな)
修の視線が自分の手元にいったことに、益々微妙な顔をした二宮は、観念したようにそれを持ち上げた。
「?」
差し出された紙袋に、修は首を傾げる。
誰かへ渡せということだろうか。
そういうことならと、自分の任務を理解したように頷いた。
「どなた宛でしょうか」
「お前だ」
そんなボケはいらねぇとばかりに睨まれる。
理由がわからなかったが、自分への物らしいと判断した修が紙袋を受け取る。
(なんだろう、資料、にしては軽すぎるし、USBに入ったデータ?二宮さんが追いかけてくるぐらいなら、もしかして麟児さん関係の何かが?)
ハッと真剣な顔でこくりと頷いた表情から、修が何を渡されたか全く理解していないことが分かり、疲れたように二宮は息を吐いた。
(……そういえば、コイツとはいつもこうだな)
当たり前だが、ちゃんと言わなければ伝わらないらしい。
言わずとも伝わるというには、まだ早いのだろう。
「──可愛がっている後輩に何かやりたいと思うのは、おかしなことか?」
二宮が淡々と言ったことに、修の思考が停止した。
可愛がっている?
誰が誰を??
本当に、何を言われたのかがわからなかった。
恐らくたっぷり一分は固まっていただろう。
二宮の眉間が15秒ごとに険しくなっていく様子に、修は正気に返った。
「いえ、そんなことはないかと」
じっと二宮が見つめるのに慌て「開けても構いませんか?」と確認し、ぎくしゃくと紙袋から小箱を取り出し開封した修は暫し絶句した。
「これは、」
「……書きやすかったから、その礼だ」
それは以前修が二宮に贈ったボールペンと同じものだった。
違うとすれば青みと黒みの強い濃い緑色をしていることぐらいだろうか。なめらかな曲線は美しく、サテン仕上げがまた品があり、上質なものだとひと目でわかる。
しかし修はそこではなく、別なことに驚いた。
「書きやすかったってことは、あのボールペン、もしかして使ってもらえたんですか?」
「ペンは使うもんだろう」
逆に胡乱な顔をされる。
てっきりどこかに仕舞い込まれているのだろうと思い込んでいた修は、思わぬ返答に呆気にとられた。
「そう、ですか」
「? なんだ」
訝しげな顔の二宮に、いえと修が首を振る。
次にボールペンを見つめながら噛み締めるように小さく笑った修に、二宮は硬直した。
「二宮さんにお渡ししておいてなんですが、まさか使ってくれるとは考えてなくて。相手のことを考えて贈ったものを使って貰えるのは、思ったよりも嬉しいものだなと再確認したので。勝手に顔が弛んだといいますか」
「…………、ちょっと黙ってろ」
「は?」
何故か顔を背けた二宮の耳は、若干赤いようだった。
(頭痛じゃなくて、熱があるのかもしれないな。東さんに連絡しておこう)
それに気付いた修は、指摘はしなかったものの、連絡の為にスマホを取り出した。
...end?
「結局お前の誕生日はいつなんだ」
「今日ですが」
「……」
そういえばと尋ねた二宮に、知っていたのではと修が首を傾げ、知らなかった二宮はよく分からない感情にまた苛まれた。