カルみと
シナリオネタバレあり
刑事探索者宿舎思想
@popo_trpg_ss
「このコーヒー、神無ちゃんが淹れたの?」
それまで新作スイーツのリサーチに追われて端末を叩いていた神無は、聞こえた声にふと顔を上げた。
見ればソファの隣に腰掛けた縞斑が目を丸くしてマグカップを見つめている。
「そうだけど……えっ、毒入ってた?」
「それは神無ちゃんが入れなきゃ入らなくない?」
縞斑の問いの意図が分からなかった神無は、思わず心配になって一緒にマグカップの中を覗き込んだ。
中にはまだたっぷりあるブラックコーヒーが揺れており、苦いものをあまり好まない神無にも分かる香ばしい匂いが漂っている。
「……まずかった?」
縞斑の言う通り、今朝自分の分のコーヒー牛乳を作るついでに縞斑のコーヒーを淹れたのは神無だ。
縞斑の違和感について全く心当たりがないわけではない神無は、眉を下げておそるおそる縞斑を見上げる。
しかし、縞斑はその問いに対して首を横に振るともう一口マグカップの中身を傾けて呟いた。
「いや、むしろものすごく美味しくて驚いてる」
「ほ……ほんと!?」
「うちにあったのってただのドリップコーヒーじゃなかったっけ。新しいやつ買ったの?」
縞斑は頻繁にコーヒーを飲んでいるが、その味に関してはこだわりがなく、配合や豆にもあまり興味がない。
そのため、味よりコストを優先した安価なドリップコーヒーを使っていたのだが、今朝のコーヒーは喫茶店で飲むような上等な味がしたのだ。
神無が自分に内緒で仕入れたのだろうかと首を傾げれば、安堵したように笑っていた彼が得意げに胸を張った。
「ふふふ……実はこの前聖先輩から美味しいコーヒーを挿れるコツ聞いてきたから、さっそく試してみた!!」
「あの人から?」
「そう!聖先輩がコーヒー大好きでさ、だらだら先輩に美味しいコーヒー飲んでほしいって言ったら教えてくれたんだよ!」
過去の世界で出会った刑事の一人である聖心という男はコーヒーが好物らしく、その日の気分に合わせて豆を変えるほど凝っているらしい。
そんな彼の横でコーヒーを淹れる様子を見ていた神無はふと、縞斑もコーヒーを頻繁に飲んでいることをこぼしたのだ。
すると聖は、同じドリップコーヒーでも淹れ方ひとつで変わるのだと言ってコツを教えてくれたのである。
「へぇ、彼に教わっ……」
感心した様子で呟いた縞斑は同時に、聖心という男が同性愛者であることを公言している存在であることを思い出した。
宿舎で共に生活する刑事たちに隙あらばセクハラまがいのスキンシップを働く彼の被害は数知れず、かくいう縞斑も以前宿舎に滞在した際には挨拶代わりに尻と二の腕を撫でられている。
「……変なことされてないよね?」
そんな聖が若く美しい神無と二人きりで練習など、何も起こらないはずがない。
そう縞斑が疑いの眼差しを向ければ、神無は彼の心配を察した様子で慌てて首を横に振った。
「さ、されてないされてない!帰代先輩も一緒だったから大丈夫だって!!」
「あぁ……ならまぁ、大丈夫か」
聖のセクハラから若者たちを守るために奮闘している刑事の筆頭である帰代が同伴していたのであれば、神無の無事は約束されることだろう。
代わりに犠牲になったであろう帰代のことは見ないふりをして、納得した縞斑は改めてカップを傾ける。
鼻腔をくすぐる香ばしく柔らかな匂いは、いつもと同じコーヒーだと分かっていても特別に感じた。
それが神無の特別な淹れ方によるものなのか、それとも神無が淹れてくれたからなのか、突き詰める必要はないと考えを止めた縞斑が笑う。
「……うん、本当に美味しい。ありがとね」
「どういたしまして!」
「それにしても……一体どうやって淹れたの?元のコーヒーは変えてないんでしょ?」
気になる方法を縞斑が尋ねれば、得意げに胸を張っていた神無がマグカップを指差して説明しようと口を開いた。
「ふふん……えっとね、まずはー…………」
ところが、その言葉は途中で途切れてしまう。
どうかしたのだろうかと首を捻ると、神無は気まずそうに視線を泳がせて口を閉ざしてしまった。
「や……やっぱり教えない……」
「おや、門外不出の技ってこと?」
「そういうわけじゃないけどさ……」
他言無用の秘術なのだろうかと尋ねる縞斑だが、そうではないらしい神無は歯切れ悪く首を横に振る。
何か言いにくい理由があるのかもしれないと大人しくコーヒーを啜りながら言葉を待っていれば、こくりと唾を飲んだ彼は蚊の鳴くような小さな声で呟いた。
「だって……今ここで教えたら、先輩ひとりで作れるようになっちゃうじゃん?」
「……なるほど?」
危うくコーヒーを吹き出しそうになった縞斑は、寸でのところでどうにか飲み込んで相槌を打つ。
どうやら神無は、このコーヒーを自分だけが作れるもののままにしておきたいらしい。
「……それじゃあ、また飲みたくなったらお願いしてもいい?」
そう縞斑が尋ねれば、期待していた言葉を掛けられた神無はぱっと明るい顔で頷いた。
「もちろん!いつでも大天才神無三十一様ブレンド振る舞ってあげる!!」
「うん、楽しみにしてるね」
機嫌良く鼻歌を歌う神無はきっと、縞斑と一緒にいるための口実が欲しかっただけなのだろう。
彼の可愛い我儘とずる賢さに、縞斑は思わず頬を緩めてしまった。
「ねぇねぇ逆にさ、先輩当ててみてよ!」
「いいの?」
「うん!当てれるもんならな!!」
「うーん……お湯の温度と蒸らし時間?」
「………………………、」
「え?当たったの?うそでしょ?」
終