人間のひなたと、ゼノ(ゼノヴィア)ことゾロアークの関係性にメインの焦点を当てて、長々と丁寧に書いてみました。
「鬼哭」を急いで雑に書きすぎたので、リメイク版みたいなものと考えて貰えばOK!
そのため「鬼哭」の内容とは一部異なるし、そのまま重複している部分もあります。
なるべく避けてはいるけど、残酷な表現があったりするので、閲覧はかわらず自己責任!
@bakekitunedazo
主な登場人物
ゼノ
本名ゼノヴィア。種族はポケモンのゾロアーク。故郷はガラル地方のヨロイ島だが、人間に故郷を焼き払われ、家族を全員殺される。
自身もサーカス小屋に拾われて、その後ポケモンの身体の実験施設(ポケモンハンターの施設)に売り飛ばされ、散々な目に遭ってきたので、人間が大嫌い。
幻影を見せることが得意。
ひなたと出会い、何かに化ける能力も向上した。
ひなた
キタカミの地方のとある里に住んでいた人間の女性。
キタカミの里とはまた別の、外界とはほとんど遮断された里で暮らしていた。
顔にいくつもの醜い切り傷があり、これは自分のものにならなかった男が、ひなたが寝ている隙に刃物で切り刻んでできた傷。
以来里の中でも忌み嫌われて、山奥へ引き篭もったときに、ゼノヴィアことゼノに出会う。
心穏やかで、ポケモンの医者を志しており、治療技術は一流。
新緑が揺れる木漏れ日の中を長い髪を二つに分けた質素な着物姿の女性がゆっくりと進んでいく。
この山奥の森には、化け狐が出ると噂が流れていた。
その化け狐は、いわゆるポケモンの部類なのは間違い無いが、なんでもここキタカミの地では見たことのないポケモンのようだ。
一見人と同じ姿で近づいてきたかと思えば、恐ろしい幻影を見せて人を化かし、最終的に食べてしまうのだと。
里人たちは実しやかにそう話していた。
女性は歩きながらそっと自身の顔に手を当てる。
ようやく包帯を外せるようにはなったが、残った傷は女性の整った顔を醜くさせていた。
この傷ではもう夢を絶たれたも同然だし、二度と人目のつく里に戻ることはできないだろう。
この地に追いやられた女性は、廃屋となっていたかつての生家に越すための荷物を置き、その足でそこから歩いて間もない距離にある古い神社へと向かった。
この神社には近づいてはいけない。
神ではなく妖怪が出ることなある。
昔々、女性が幼い頃生家にて家族と過ごしていた頃に、そんなふうに言い聞かせられていた。
しかし、女性としては、この山奥の森に帰ってきたからには、神社に奉られた“人ならざるもの”に挨拶に向かわなければと考えたのだ。
崩れかけた階段を登り、朽ち果てた鳥居をくぐる。
神社には、化け狐がいるかもしれない。
そう思いつつ境内に入ると、社殿の近くで何かが横たわっているのが見えた。
「…!」
血のように真っ赤な赤い毛と、漆黒色の毛…。
人間ではなかった。
脇道からその“生き物”の倒れている場所までは、その毛と同じく赤黒い血痕がポタポタとたくさんの丸い印をつけていた。
女性は迷いなくその“生き物”に駆け寄った。
“生き物”は、おそらくポケモンの部類なのだろうが、生まれてこの方この地では見たことのないポケモンだった。
切れ長の目は苦しげに閉じられ、その目尻と口元には紅化粧のような模様がある。
一見すれば、ロコンやフォッコなどの狐のポケモンなのだろうが、そのような可愛らしいポケモンとは打って変わって、こちらはより大きく、凶悪そうな大きな狐だった。
女性は狐に触れて体を確認する。
大きなその毛に隠れて見えにくいが、その背中に深い切り傷があるのを確認できた。
「…!なんて酷い怪我…!!誰がこんなことを、すぐに治療しないと!」
女性が自分に触れていることに気づいた狐は、切れ長の目をカッと見開き、ギョロ、と女性を睨みつけた。
気安く触るな人間め、とでも言いたげなのだろうが、もはや振り払う力もないのは、はくはくと苦しげに口を動かして呼吸している。
「落ち着いて、私はあなたに酷いことはしない!」
「……!!!」
狐が力を振り絞って女性の右腕を噛んだ。…否、傷がつくほどのものではないので、咥えるという表現が正しいのかもしれない。
噛みちぎる、という警告だろうか。それとも、噛みちぎることすらできないほど、弱っているのか、はたまたその両方なのか。
「あなたを助けたいの。」
「……。」
「お願い…私を、信じて」
「…。」
狐は女性を睨みつけると、観念したかのように右腕から口を離した。
そして、狐はもたつく体に叱咤するように無理矢理身体を起こして立ち去ろうとした。
狐の下の血溜まりが広がる。
「ダメ!その傷じゃ、動けないよ…!」
「……。」
「私が支えるから、言うことを聞いて…このままじゃ、あなたが死んじゃう!」
「…………。」
女性のその訴えが通じたのかはわからないが、狐は無理に自分で身体を起こそうとするのをやめ、差し出された女性の手を借りてゆっくり立ち上がる。
女性の小柄な体よりずっと大きな狐だった。
女性は傷に触れないように気をつけながらその腕を支える。
「私の家に来て、こっちよ」
女性の指示に従い、狐はゆっくりと力なく歩いた。
何とか女性の家にたどり着くと、狐はそのまま縁側にうつ伏せで倒れ込む。
「大丈夫、あなたを助けるからね」
「気を確かに」
「しっかりしてね」
女性は何度も狐にそう声をかけて少ない道具に悪戦苦闘しつつも、その狐の大きな傷を治療した。
女性は、ポケモンの医者を志していた。
女性の亡くなった両親は、里でも評判のいい医術の持ち主だったので、幼い頃からそれを習ってきたのだ。
狐は、少なくともこの人間が自分のために献身的に働いていることを知った。
治療は困難を極め、止血のために圧迫したり傷を焼いたりもして苦痛も味わったが、狐はそれ以上抵抗することはなかった。
物好きで、面白い人間がいるものだと、せせら笑っていた。
そしてそのうち、夢か現かわからぬまま意識を手放した。
───────
次に狐が目覚めた時には、柔らかな布団の上で、うつ伏せになっていた。
狐はあれから何日も眠り続けていたのだ。
細い体の女の割には、運べるくらいの力があるんだなと冷静に思いつつ、少し顔を上げる。
背中に痛みは残るが、出血はどうやら治っているようだ。
「あ!目、覚めた?」
己をここまでつれてきた女の声だと耳を動かして、しっかり顔を上げると、そこで初めて狐は女性の顔を見る。
「…!」
…狐は、ひゅ、と僅かに息を呑んだ。
…女性の顔が、見たこともないくらいの酷い切り傷の跡だらけだったからだ。
「…ごめんなさい、驚かせてしまって。背中痛い?大丈夫?」
狐は驚いた表情を隠せぬまま、思わず素直に頷くと、女性は傷だらけの顔でにっこりと微笑んで「よかった」と言った。
「でも、まだダメよ。安静にしてね?他の人はここには来ないから大丈夫。…私、一人だから。待ってて、今新しい水枕を持ってくるわ。」
そういうと、その女性は一度その場から離れる。
枕元のひんやりとして心地よいこれは、水枕というのか。
狐は重い体を何とか動かして、半身起き上がると、周りを見渡した。
女性のいうとおり、その家には誰もおらず、誰もくる気配はなかった。
「お待たせ!あら?起きあがっちゃったの?痛くない?はい、どうぞ。」
枕元の水枕が取り替えられる。
同時に、お粥のようなものをスプーンで掬われ、口元に持ってこられた。
狐は再度女性を見た。
自分を騙そうとしているのかと警戒する。
「熱そうかしら?冷ましたんだけど…あ、そっか…」
女性は粥を自分の口元に持っていき、そのまま一口食べてみせる。
「美味しいわよ、栄養つけないと治りが遅くなるわ」
「……。」
狐は目を丸くしつつ差し出されたお粥の乗ったスプーンを口に含み、ゆっくり嚥下した。
「よかった…!まずは一口食べられて…!」
「……。」
「ああ、ごめんなさい。私、ひなた!元気になるまでここにいていいからね!」
「…。」
今まで人間に家族を殺され、自分自身も人間の遊戯やら実験台やらとして散々弄ばれ、暴力を受け続けていた狐にとっては、なぜ人間が自分を助けるのか理由が分からなかった。
民家の近くには畑があり、ひなたは狐の看病の傍ら、ひなたは畑仕事にも勤しんだ。
ひなたの周りには、たくさんのポケモンたちが遊びにくるようになり、ひなたは時折、狐の他にも傷ついたポケモンを軽く看病したりもしていた。
そのポケモンたちの様子を見て、狐も自分の傷が癒えるまではこの人間を利用してやろう、と心に決めた。
そうして暫くはひなたの家で過ごしたが、傷がある程度塞がった後、狐は忽然と姿を消した。
人間と馴れ合ったところで、また別の人間に売り飛ばされるかもしれないと警戒した狐は、再び自らの棲家に戻ったのだ。
この間、治療した大きな狐は大丈夫だっただろうか。
そう思いつつ今日もひなたは、木箱に油揚げと漬物を入れて持っていく。
不思議なことに社殿にお供えすると、いつも食べ物はなくなっていた。
その神社に巣食う“人ならざるもの”が、自分を受け入れ、食しているのか…はたまた別のポケモンが持って行っているのか…それとも、里人が噂していた化け狐とやらの仕業か。
わからなかったが、ひなたにとっては、別にどうでも良いことだった。
ともかくその神社で食すその何者かは、“油揚げ”と“漬物”が大変お気に召しているようで、他のものだと残っていることもあるのだが、この二つだけは毎回平らげられていた。
ひなたはこの森の奥にある神社でお参りをするのが日課になった。
毎日毎日、神社に赴き、物を供えると祈りを捧げる。
「傷つくポケモンが、一匹でも減りますように」と。
軽く声を上げてお祈りすることもあった。
そのうち、ひなたの家の前に新鮮なきのみが無造作に、山のように置かれることが多くなった。
日によってきのみは異なるので、自身の腹ごしらえにもなるし、ポケモンの治療にも役立った。
「もしかして、神様のお返しなのかしら」
などと不思議に思っていたそんなある日のこと、ひなたは神社の境内に木箱を忘れたことを思い出し、引き返した。
「あ、あれ?ここら辺に置いたと思ったんだけどな…」
「探してんのはこれ?」
声をかけられて、振り返るとそこには見知らぬ青年がいた。
和服を気だるげに着こなし、黒く跳ねた短髪で毛先が赤みを帯びている。
切れ長の目に生える透き通った水のような美しい青色の瞳がひなたを捉えていた。
青年の手には目的の木箱がある。
「え、あ、ありがとうございます!それ、探していたんです!」
「いえいえ〜、気にすんな!」
にぱ、と屈託のない笑みを浮かべて青年はひなたに木箱を渡すと、すぐに踵を返して立ち去ろうとする。
絶対に里の人ではない、とても不思議な雰囲気を醸し出す青年だった。
何より一番不思議だったのが、ひなたの顔の傷を見ても嫌悪したりすることがなかったことだ。
ひなたはそれに驚くと同時に、思わず普通に接してくれたことが嬉しくなって呼び止めた。
「あの!」
「ん?」
「あなたもここの森に住んでいるの?」
「そうそう、お前いつもここでお祈りしてるだろ?見てたよ」
「え…?」
青年は「あ」と口を漏らすと、視線を彷徨わせる。何か考えるような素振りを見せた後に平然と再びにぱ、と明るく笑った。
「俺はそこの神社に住んでるの。まあ、神様みたいな感じのものだって思ってくれていいよ。」
「えー?神様…?」
「いつもいつもお祈りしてくれるし?色々お供えしてくれるし?そろそろ出てきてもいいかなーって思って」
飄々とそう言って見せる青年。
お供え物が消えていたのはこの人の仕業ね、と思いつつもどこか憎めない人懐っこい笑みを浮かべる青年に、ひなたは目を奪われた。
ひなたにとっては、神だろうが人間だろうが、そんなことはどうだってよかった。
「そうなんだ!ひな、ずっとここで一人で暮らしていたから、お話し相手が増えて嬉しい!私はひなた!あなたは?」
青年は、無邪気に笑ってみせた。
「俺はゼノ。いやー、いつもいつもお供えしてくれるなんて、感心感心。お前気に入った。これからも話し相手になってやるよ!」
「よろしくね、ゼノ!…って、もしかして、ひなの家に最近きのみとか置かれてたのって、ゼノの…?」
「へへ、いいだろ?流石に貰いっぱなしはアレだなって思ってさ。お返し!」
「ふふ、やっぱりそうだったのね、ありがとう」
ひなたは、年相応の笑みで笑う。
いつも里の人に罵られ、山奥に追い込まれたひなたにとって、ゼノの存在は異質でありながらも心を穏やかにさせる何かがあった。
「良ければうちにきて?お話いっぱいしましょうよ!」
「お、いいの?」
「うん!」
こうして二人の奇妙でありながら不思議な生活が始まる。
ゼノは、神社とひなたの家を行き来する生活が続いていた。
お互いにだいぶ打ち解けてきて、色んな他愛のない話をするようになった。
山の中を二人で歩いたり、時には食材やかまどに焼べる薪を求めて遠くまで出かけたり…
やがて、ゼノはひなたの家に住み込むようになっていった。
ひなたの元に訪れるポケモンたちへの治療の補助や、食事を作ったり、布団を干したり、畑の作物の様子を見に行ったり。
ひたすらに、ひなたの手伝いに勤しんだ。
時には、ゼノは里に降りられないひなたの代わりに、採取した山菜やきのみを里に降りて売りに行くなどもしてお金を稼いでいた。
まるで、何かの恩を返しているかのように。
夏はかき氷を二人で食べて、秋は月を見ながら団子を食べた。
冬は火鉢の近くで二人寄り添って、春になるとまた山の中を散策して、二人だけの秘密の花畑を見に行った。
「ひな、この顔だから、もう里には降りられないの。」
ある春の日、花畑の中で、ひなたはそう言って微笑んだ。
ひなたの顔の傷は、自分のものにならなかった男が、ひなたが寝ている隙に刃物で切り刻んでできた傷だった。
以来里の中でも忌み嫌われて、山奥へ引き篭もったときに、ゼノと出会った。
これまでの経緯を初めて誰かに打ち明けた。
「降りられなくてもいいじゃねえか。俺がずーっと、ここにいてやる!」
ゼノがそう叫んでひなたの頬を撫でる。
「だって、ひな、ひな…こんなに醜い顔をしてるし…。ゼノ、いいんだよ?私のために、無理してここにいなくていい。あなたは、自由なんだから…」
「ひなは、醜くなんかねえ!!綺麗だよ…。この春の花畑よりも、秋の月よりも、ずっと…」
ひなたは驚いたように目を見開いた。
つい本音が出てしまい、ゼノは「あ」と声を漏らして顔を赤くする。
「俺は別にその…好きでここにいるんだよ!…ずっと、お前を支えたいんだ!」
ひなたは目を見開いて、やがて笑いながら泣き出した。
「あはは、面白い…それ、告白の言葉みたい…」
そう言われて、思わずゼノは顔を真っ赤にして背けた。
「なっ…!……ま、まあお前が望むんなら、俺…俺は…このまま…」
その時、ゼノの頬にちゅっと柔らかいものが当たる。
一瞬すぎて思考が停止したが、それが口づけだったことがわかると、さらに顔を赤らめた。
「…ふふふ、ありがとう、ゼノ。ひな、嬉しい。」
そう言って微笑むひなたの目には、わずかに涙が光っていた。
「…?…?……お前…!今…!」
「にーげろー!」
「ちょっと待て!?ずるいぞ!」
ひなたも顔を赤らめながら笑い逃げ出した。
二人が幸せに過ごす日々は、そうしてあっという間に流れていき、二人が出会ってから一年は経過していた。
「ゼノは本当にお揚げ好きだねー」
二人で食卓を囲んでいる際、ひなたはくすりと笑った。
美味しそうに油揚げと野菜の炒め物を頬張るゼノが眩しかった。
「おう!一番の大好物だからな!それにしてもひなたの料理は美味いねぇ〜…ずっと食べていられる」
「ほんとに褒め上手なんだから。じゃあ次はいつものようにお揚げの味噌汁でも作ってあげるね」
「やったぜ、ありがとよ!」
にこにこと笑って嬉しそうに食事を進めるゼノに、ひなたもつられて笑った。
「そういや最近、里の連中が色々準備をしてるみてえだな。なんかお祭り?だかの準備をさ。」
もぐもぐと食事をしながら突然そう呟くゼノに、箸を咥えたままのひなたが首を傾げた。
「そうなの?」
「おう、何でも花火ってやつを打ち上げるらしい。…綺麗、なのかなぁ…」
ゼノは花火を見たことがない様子で「ひゅーん、バーン…」とぶつぶつ呟いている。
「…行ってみる?」
「え?でも…お前、里は…」
「お面を被れば大丈夫よ、ほら!」
ひなたは立ち上がると、押入れの中にあった竹籠の中から、黒い狐のお面を顔につけて手を挙げてポーズをとって見せる。
それは、ゾロアを模した狐の面で、ゼノはそれを食い入るように見つめる。
「それ…」
「ずっと昔に、お父さんがお祭りで買ってくれたの。他地方にいる狐のポケモンのお面だよ!確か…ゾロアっていうのかな?」
「…そう、なんだ…」
「そういえば、ゼノと出会う前に会った大きな狐、ゾロアに似てたなぁ〜…ゾロアの大人の姿なのかなぁ〜…」
「……。」
ゼノは複雑そうな顔をしたまま、視線を彷徨わせた。
ひなたが心配そうに首を傾げる。
「どうしたの?あんまり、似合わないかな?子供っぽい?」
「いや、すっげぇ似合ってるよ。可愛い!それにひなたが子供っぽいのはいつものことだろ?」
「ひ、一言余計よ!」
「ククク…じゃ、それを付ければ里に降りられるってことだな!せっかくなら行ってみるか!」
ゼノのが子供っぽいじゃない、と思いつつ、ひなたも笑って頷いた。
───────
そして、数日後の晩。
黄昏時になり、祭りへ行く準備を済ませていると、ゼノが里から帰ってきた。
背中に担いだ竹籠の山菜は全て売れていた。
「ただいま!」
「おかえりなさい!今日は繁盛したのね?」
「おう、いつも以上に気合い入れちゃってさぁ〜…」
「いつも以上に…?」
ひなたが首を傾げていると、ゼノは竹籠の底にあった風呂敷を取り出す。
「…ほらよ、今晩お前が着ていくやつだ」
「…え…!?」
風呂敷を開けて見せると、そこには綺麗な柄の浴衣と帯があった。
ひなたの目がパッと輝く。
「綺麗…素敵…!」
その顔が見たかったとゼノは満足そうに微笑んだ。
「へへ、今まで貯めたヘソクリを全部使ったぜ!」
ひなたがおそるおそる浴衣に手を伸ばす。
上質な布が使われていることは一目瞭然だった。
「…すごく素敵な色と柄…しかも、私の好きな色だ…で、でも…私なんかが、こんな素敵な…綺麗な浴衣を着ても…」
「はぁ〜?お前の悪口言う奴はお前でも許さねえぞ?そういう遠慮とかいいから、早く着てこいよ!」
「う、うん…ありがとう…!」
ひなたはそうお礼を言って、風呂敷ごと受け取ると、一度部屋の中へ入り襖を閉めた。
ゼノが祭りに行くための自分の支度をしている間に、ひなたがおずおずと着替えを進める。
ゼノは、自分の支度を終えてそのままひなたを待っていたが、早くひなたの姿が見たくて待ちきれず、何度か「もーいいかー?」と声をかけた。
その度に「ダメー」と言われ、痺れを切らしたゼノがイタズラに襖を少し開けると、その隙間から伸びてきた手にすぐにぺしんと叩かれた。
やがて、衣が擦れる音がなくなると、「もーいいよ」と襖の中からひなたの声がした。
すぐにゼノが襖を開けると、美しい浴衣に身を包んだひなたの姿があった。
髪も、いつも二つに結んでいるのを解いている。
「…ど、どう…?着てみたんだけど…似合ってる…?」
「……。」
「ぜ、ゼノ…?」
「…いや、お前が綺麗すぎて…。悪い……。言葉が、上手く出てこなくて…」
ゼノが顔を赤くしながらそう言うと、ひなたもボンっと湯気が出る勢いで顔を赤くした。
「…!ゼノ…!」
勢いのままひなたはゼノに抱きついた。
「お、おい!やめろって…!」
「ありがとう…!ひな、嬉しい!こんなに綺麗な浴衣初めて…!」
「わかったわかった、わかったから!早く行くぞ!」
「はーい!」
まったくもう、とゼノは自身を落ち着かせながらも、ひなたとともに家を後にした。
ゼノは初めて人間の祭りの会場へ足を踏み入れた。
案外夜でも提灯の明かりで明るいんだなと感心する。
「わ、すごい人ね。お店もたくさんあるわ。」
お面をつけていてもわかるくらい目を輝かせてはしゃぐひなたを微笑ましく思いながら見つめている。
「……ね、ゼノ。逸れちゃわないように手繋ごうよ」
「あ……お、おう…仕方ねえなあ…」
少し恥ずかしそうにしながらも、手を繋ぎながら二人は人の波をかきわけて祭りを楽しんだ。
りんご飴を食べたり、やきそばを食べたり、輪投げのゲームなどにも挑戦した。
しかし、やはりどうにも人混みは落ち着かなくて、少し経つと結局祭りの会場の外れにある芝生の上に二人は腰を下ろした。
祭りの灯りも少し遠のいたその静かな場所で、二人はため息をつく。
「疲れたねー」
「だな、やっぱ静かな方がいいわ」
「でも、楽しい」
ゾロアのお面を頭上にずらして、ひなたは微笑む。
ゼノはその笑顔を直視できずにすぐに顔を背けると、空を見上げた。
「お、ほら、そろそろじゃないの?」
ゼノがそう言ったのでつられてひなたも顔を上げると、ちょうど夜空に花がひとつ咲いた。
それは二つ、三つと立て続けに咲き続ける。
「わぁ!!綺麗ね」
「結構音が鳴るのな…初めて見たけど、悪くはねえかな。」
「家族と行ったきり、こうして誰かと花火を見たのは初めて…ゼノと、見にこられてよかった」
「……。」
ゼノが地面に置いていた手に、そっとひなたの手が重ねられた。
「ひな、ゼノと会えて本当によかった」
「……っ。……お、おう……。」
(俺もだよって言いたいのにな……。)
ゼノはそう心の中で呟くが、口では別のことを言っていた。
「ま、まあ?俺は別に一人でも良かったけどな!」
「もう!またそんなこと言うんだからー!」
そんなやりとりをしながらも、花火は上がり続ける。
夜空に咲く花のように美しい浴衣姿のひなたを見つめながら思うのだ。
(俺じゃ、釣り合わねえ。)
彼女の頭にあるゾロアの面が、花火の光に照らされて、色とりどりに輝く。
(俺の“本当の姿”を知ったら、ひなたはどう思う)
それでも、重ねられた手を解きながら、ゆっくりと手をひなたの頬に伸ばす。
(俺は、“化面”を被り続けて)
心臓がどきりどきりと早鐘を打つ。
(関係が壊れるのを恐れて)
花火の音よりも、その音は大きく強く。
(自分の姿を偽りつづけて、ひなたを騙しているというのに。)
「ゼノ?」
ひなたと目が合う。
ハッとして手を引っ込めたが、すぐにひなたがゼノの手を優しく取った。
自分の手が震えている。
ひなたは心配そうに声をかけてきた。
「どうしたの?ゼノ…」
「……いや、なんでもねえよ!」
「そんなことないわ。ね、ゼノ。…私…あなたにそんな悲しい顔してほしくないよ。」
「…!」
ひなたに表情を見透かされていた。
ひなたは何かに怯えた様子のゼノの頬に優しく手を伸ばし撫でた。
「…ゼノ。言って。お願い。」
「……。やれやれ、お前には敵わねえわ。」
自身の頬に当てられたひなたの手を取る。
「…たとえ俺が…」
「うん」
「人じゃ、なくなっても…」
「うん」
「俺のこと、好きでいてくれる…?」
花火の音にかき消されてしまいそうな弱々しい声で、ゼノはそう問いかける。
ひなたは目を見開いたが、すぐにくすりと笑った。
「ゼノは、いつまでもゼノでしょ?少しイタズラ好きで、でもすごく頑張り屋で、私のことを大切にしてくれる…私の大好きな、ゼノでしょ?」
「……そっか……そう、言ってくれるんだ…」
「ふふふ、安心してよ…私、あなたが思う以上に、あなたが好きだよ。ずっと一緒にいたい…。」
「…ひなた…!」
ゼノはゾロアの面をそっと取ると、ひなたに口付けた。
ひなたもいきなりのことで驚いていたが、目を閉じてそれを受け入れる。
誰にも見えないように、二人の顔をそっと面で隠しながら、愛おしさを噛み締めるように、長く口付けた。
口付けを終えると、ひなたは顔を真っ赤にしながら文句を言う。
「い、いきなりは、反則じゃない…?しかも、初めてだった…」
「悪い悪い!お前が可愛すぎてつい…!」
「な、何それ…!」
ゼノはひなたを優しく抱きしめて言う。
「……ありがとう……ひなた、大好きだ。」
「それは、私もよ」
いつか終わりを迎えてしまうかもしれないという恐怖があったが、そんな恐怖をも忘れさせてしまうほどに、幸せな時間だった。
ずっとこうしていられればいいのに。
ゼノもひなたも、そう思いながら再び夜空に咲く花火を見上げていた。
夏を終え、秋も過ぎて、粉雪がふわふわと舞うようになった頃。
いつものように里へ降りて山菜を売り終えたゼノが家に帰る。
(今夜は俺が何か料理を振るってやろう。)
空になった竹籠を持ちながら、ひなたはアレが好きかな?コレがいいかな?などと考えていたが、不意に竹籠を落とした。
うすら積もった雪の上に、ぱさりと竹籠が落ちる。
全身の毛が逆立つような衝撃が走った。
庭先で、ひなたが倒れていた。
「ひなたっ…!!!!!!!!!」
ゼノが急いで駆け寄り、抱き起こすと、ひなたは少しだけ顔を上げた。
体の上に少しだけ雪が積もっていた。
「あぁ…ゼノ…?おかえり、なさい…ごめんね…心配…かけ…」
「いいから話すな!待ってろ!」
雪を払ってひなたを横抱きにすると、急いで布団に運ぶ。
火の消え掛かった火鉢にマッチ棒で火を灯して、布団をかける。
とにかく部屋を温めなければ。
「どうしたんだよ、何が…」
「持病、なの。咳が止まらなくなって…こほっ、こほっ…。今までは、実は、こっそり里を降りたりして、薬を、貰ってた…高いお薬だから…お金、足りなくて、ね…。頑張って、貰って…」
「金ないのに、貰ってたって、まさか…」
ゼノは口を手で覆った。
何となくその“意味”を察してしまった。
下賎な人間への恨みつらみが、ゼノの声色を強めた。
「お前!なんでそんな大事なこと言わないんだよ!!」
「昔から、薬が切れたら、そうしてたもの…。薬はくれるし、家を荒らしに来たりしない…って、約束してくれてる、から…。」
ひなたは、はあはあと苦しげに息を吐き、無理矢理笑顔を作る。
「それに…ゼノに、心配、かけたくなかった…」
「ふざけるな…!心配するに決まってんだろ!俺やポケモンのことばかり優先して、自分は後回しかよ…!」
「…ごめんね…。うん…今回で、もう終わりにしたい、お金で買いたいって話したら…薬は、あげないって、言われちゃって…貰えなくて…」
弱々しくそう言うひなたに、ゼノは拳を血が滲むほど握りしめた。
「…待ってろ」
「…え?」
「薬、買ってくるから!いいか、待ってろ!」
ゼノは家を飛び出した。
里に降りると、すぐに分かった。
あの太った中年の男が、いつもひなたに薬を売る薬売りだと。
里には、その男しか薬売りはいなかった。
ゼノは今まで気づかなかった自身にも苛立ちながら、薬売りに近づいた。
「すみません、薬を売ってくれませんか」
ゼノがそう声をかけると、薬売りはまるで品定めするように上から下まで舐め回すように見つめてきた。
薬売りの相棒のニョロボンも鋭い目つきでゼノを睨んでいる。
「…金は?」
「あります。」
「ふん?どのくらいか見せてもらおうか」
ゼノが財布を見せると、薬売りはニヤリと一瞬笑ったのちに首を振った。
「あー、お客さん、このお金だとダメですね〜、もっとないと売れませんよー?」
嫌味を含んだ言い方で見てきた薬売りを、ゼノは今すぐに引き裂いてやりたい気持ちをぐっと堪えて、平然を装って頼み込んだ。
しかし、男は首を振り続けた。
他の裕福そうな客には売るのに、ゼノには売らなかった。
時間がないというのに、ゼノは苛立ちを隠せず、冷静さを保つこともできなかった。
そして、男が接客をしている隙を狙って、男から薬を盗もうと画策した。
しかし、失敗した。
「この野郎!舐め腐りやがって!ニョロボン、やっちまえ!」
人間の身体のまま、ゼノは里の外れまで引き摺られると、ニョロボンの攻撃をもろに受けて吹き飛んだ。
同時にイリュージョンが解かれる。
本来の姿があらわになった。
「ぞ、ゾロアーク…!?人間に、化けていたのか…!?」
これには薬売りの男も呆気に取られている。
ゼノは頭を垂れた。
「お願いします。薬を売ってください。」
人間にも通じるように、イリュージョンの力で、人間の言葉を伝える。
腹部を殴られた影響で、口からは出血していた。
「もしかして、里の連中が言ってた化け狐って、こいつのことかなー?」
「…」
「こいつを退治すればまた大儲けできるかも!よし!やれ!ニョロボン!」
主人の命令とはいえ、流石のニョロボンも戸惑うが、薬売りは「やらなきゃお前の首輪の電流を流すぞ!」と脅しをかけた。
全身を殴られながら、それでもゼノは頼み込んだ。
「ごふっ、薬を、売っ…て、ください…。なんだってします、から…おねがっ……ぎゅううん…!」
「化け狐め!人を騙す悪狐の分際で!人間様の言葉を話すとは!懲らしめてやる!」
「ごめ、なさ……がはっ…ゆる、し……薬、を…」
「喜べ!お前の毛皮を剥ぎ取って来週にでも俺の愛用コートにしてやろう!あ、でもその前に人間の女に化けろよ、“お得意様”から断られちまったからな!ははは!」
ニョロボンは熟練だった。
ゼノの幻影を打ち破り、容赦なく力を振るってくる。
ゼノとしても、命令を受けたニョロボンを傷つけるのが心苦しく、だからといってこの人間の男を殺せば、ひなたの薬が得られなくなる。
大人しく、耐えるしかなかった。
「よーしよしよし、そろそろいいだろう」
倒れてほとんど動かなくなったゼノに男は近づく。
「あの薬を所望したと言うことは、お前、“お得意様”と出来てんだな?」
「…」
「とっくに先にいただいちゃってごめんね?まあ元よりポケモンよりも人間の俺とのが釣り合いは取れてるか!あいつ、よく頑張ってくれてたよ、ふふふふ…」
そう言いながら、男はゼノの顔に手を伸ばした。
「くひゃひゃ、こいつはなかなか…綺麗な女に化けてくれそうな面して…」
ゼノはカッと目を見開くと、力尽くで男の腕に噛み付いた。
「ぎぃやあああああっ!!!!!」
男が怯んだ隙に咄嗟に男の腰にある薬を強奪しようとする。
しかし、攻撃を一方的に受け続けて体力もほとんど削られたゼノは、またも失敗した。
「この化け狐が!!!!殺してやる!」
男の足がゼノの腹部を蹴り上げた。
ゼノは血を吐きながらのたうち回り、やがて再び動かなくなった。
男が、山菜を取る用の鎌を手に近づいてくる…。
「ひな…た…」
(悪い、情けないったらないな、俺は…。
あんなに息巻いて出てきたのに…俺、冷静になれてなかった…お前を助けるどころか、ここで、無様に…死ぬんだ…)
そう思うと、笑いが込み上げてきて、ゼノは「ククク…」とくぐもった笑い声を上げた。
ついに頭がおかしくなったと男は口角を上げると鎌を振り上げる。
切先が、怪しく光った。
思わず目をギュッと閉じる。
家族の光景、今までの自分の生き様、そして、最後に浮かんだのは、ひなたの笑顔だった。
が、次の瞬間、青い光の玉のようなものが、男とニョロボンを遠くへ吹き飛ばした。
男らの悲鳴が聞こえて、ゼノはゆっくりと目を開ける。
そこにいたのは、白いTシャツに、オレンジ色の短パンを履いた見知らぬ少女とルカリオだった。
ゼノを守るように目の前に立ち塞がるその背中は勇ましかった。
ギブソンタックにまとめられた少女の黒髪が、陽光に照らされ僅かに薄紫色にも輝いた。
「よし、行くよ!」
「全く…仕方ないですね、ここまで来たら、とことんやってやりましょう!」
ルカリオもテレパシーでそう話して、二人は男らを睨みつける。
「ま、まさかその制服、オレンジアカデミーのガキか!?面白い、ガキの分際でこの俺に勝負を仕掛けようとは、後悔させてやろう!ニョロボン!」
ニョロボンは首輪で無理矢理命令され、二人に襲いかかる…が。
「…レホール先生には、怒られちゃうかもだけど、これは仕方ないよね!」
「はい。お灸を据えてやらないと、俺の気も済みません。」
ルカリオは再び波導の力を高める。
倒れているゼノにも、ルカリオの波導がひしひしと伝わってきて、このルカリオがとんでもない実力者ということがわかった。
ルカリオはニョロボンよりも何倍も素早く懐に潜り込むと、至近距離ではどうだんを放った。
これまでのゼノへの攻撃で多少なれど疲れが蓄積していたニョロボンは、すぐに吹き飛ばされた。
その間に、ゼノの元に、カイリューとニャローテとイーブイとキルリアが近づいてくる。
「これは酷いね…」
「大丈夫!?な、なんて酷い怪我なの…!?」
「う、ううう……酷いよ、い、痛そう…」
「僕に任せて下さい…少しでも、時間を稼ごう…」
キルリアがいやしのはどうを放ってくる。僅かながら、ゼノの身体は楽になるのを感じた。
状況にゼノも目を見開いて呆気にとられている間に、ルカリオは相手のニョロボンを難なく倒してしまった。
「ひ、ひいいいい!強い!こうなったら、そこの化け狐だけでも、俺が直々に、殺」
鎌を振り上げ襲いかかってきた男に臆することなく少女は立ち塞がると、回し蹴りで勢いよく鎌を弾き飛ばした。
そして間髪入れることなく男の腕の関節をキメて体制を崩す。
「ひぎいいい!?痛い痛い痛いいいい!!!」
「私を相手にしたことが悪かったね!こう見えて私、空手と柔道の世界チャンピオン、だよ!」
「ぎょえええ!?」
少女は、そのまま背負い投げで思いっきりぶん投げた。
まだ幼さの残る少女の技とは思えない。
自分より何倍も大きな男を軽々と薙ぎ倒したのだから。
男はそのままろくに受け身を取れることなく落下し、気絶した。
「ふう、よーし!正義は勝つ!なんちゃって!」
「はあ…ご主人…ヒヤヒヤするので、刃物相手には積極的に向かわないで下さい…。それで、ゾロアークは!?」
少女とルカリオはこちらに向かって来たが…そこでゼノは意識を手放した。
次にゼノが目覚めると、そこはベッドの上だった。
飛び起きて外へ飛び出そうとするも、何本もの管が体に繋がれていてガチャガチャと音が鳴り響いた。
「ああっ!こらこら、ダメでしょ!まだ安静にしてないと…!」
桃色の髪の女性が慌てた様子で声をかけてくる。
医者のような格好をしている。
ゼノは管を無理矢理引き抜くと、治療室の外へと飛び出した。
待合室には、先ほどの少女とルカリオがいた。
「あれ!?目覚めるの早っ!」
「何事なんだ…?」
ゼノは構わず辺りを見渡している。
「ちょっと!まだその傷の状態じゃ…!」
先ほどの女性…ジョーイが引き留めようとする。
構わずゼノは、ルカリオに詰め寄った。
「おい!ここはどこだ!?」
「どこって、キタカミの里のポケモンセンターだけど…君は集中治療を受けて…」
「…戻らないと。薬を、届けないと…」
ブツブツと念仏のようにそう呟くゼノを見て、少女とルカリオは顔を見合わせる。
ルカリオからゼノがなんと言っているのか通訳を受けた少女は、ゼノににっこり笑って、「大丈夫!」と明るく言った。
「君、寝言で喘の薬…ヒナタ…ってずっとブツブツ呟いていたらしいから、欲しいのかなって思って…実は、もう用意してましたーっ!」
「…は?」
「これ、あーげる!」
少女は大きな巾着袋をゼノに手渡した。
ゼノは目を丸くして少女と巾着袋を交互に見つめた。
「私も昔、身体が弱くてさ。よく咳き込んでいたから気持ちわかるし、薬もどれがいいかわかるんだ。つらいよね。ヒナタさん?って人に必要なんでしょう?」
「遠慮なく持って帰っていいよ!ただ、君も無理しないでね!」と少女は笑った。
そこでゼノは自分を治療するために、ポケモンの医者の場所へ少女たちが連れて来てくれたことを悟った。
「…ありがとう…」
「いえいえ!困ってる人やポケモンを放っては置けないから!ね?ルディ!」
ルディと呼ばれたルカリオはやれやれとため息をついた。
「…また、これで先生にこっぴどく怒られますけどね…」
「うげ、そうだった!勝手にキタカミの里を離れたことで、レホール先生の雷が!クワバラクワバラ…って、あれ?」
いつのまにか、目の前にいたはずのゾロアークは消えていた。
ふたりは顔を見合わせる。
連れ戻そうとしていたジョーイも、首を傾げている。
「いなくなった…幻のように…余程急いでいたんだな…」
「そうだね…でも、命が無事で本当によかった!またいつか、会えるといいねー!」
ふたりがのんびりとそう話していると、カンカンに怒った女性がポケモンセンターに上がり込んできた。
「こら!ミカン・サヤナギ!…キタカミの里から出るなとあれほど言ったのに…いい度胸だな…」
「ひえ!レホール先生!どうか課題の罰だけは…!ご慈悲を…!」
「貴様の行動がどうであれ、ダメなものはダメだ。よって貴様には、歴史ワーク100ページ10周!この林間学校期間内にやるが良い!」
「そ、そんなーーーっ!」
少女の悲痛な声が、キタカミの里の中で響き渡った…。
───────
見知らぬ少女がくれた薬を毒味しつつ、ゼノは脇目も振らずに家に戻った。
毒はなかった。
それがわかると、人間に再び化けて、ゼノはすぐにひなたにその薬を飲ませた。
ひなたは、みるみるうちに回復して、数日後には再びいつもの日常生活へ戻ることができた。
ゼノは、救ってくれた少女たちへ改めて感謝の念を抱きつつ、再び化面を被った生活に身を委ねた。
ある、春の日のことだった。
ゼノがひなたの家から出て山菜をとりに行っていた時、家で料理の支度をしていたひなたの元に、見知らぬ若い男と、その他の部下の者たちがやってきた。
男は、ひなたの家の戸を叩くと、対応したひなたに尋ねた。
「このキタカミの山奥に、秀でた幻影を見せるゾロアークがいると聞いた。…君は、何か知っているかい?」
ひなたは息を呑んだ。
心当たりは、確かにあった。
しかし、その男の異常なまでの綺麗な瞳と、怪しげな雰囲気に、ひなたは一歩、また一歩と後ずさった。
ゼノを狙っている。守らなければ。
強くそう思ったひなたは、静かに首を振った。
「知りません。あなたたちは?一体…?」
「そうか…あくまで知らないというのか…なら、仕方ない…。聞き出すのは諦めよう。失礼したね。」
男は一礼すると、ひなたに背中を見せた。
ひなたがホッとしたのも束の間、男の腰から出て来た鋭い刀が、ひなたの身体を貫いた。
「あ……ぁ…あ…」
ごぽっとひなたの口から血が溢れた。
「おっと、私たちの姿を見た以上、ここで死んでもらおうか。言うのが遅くなった。」
ひなたがゆっくりと倒れ伏すのと同時に、狐の咆哮が聞こえる。
男らがその声の方向を見ると、怒りのあまり元の姿に戻ったゼノが、山菜の入った籠を勢いよく落としていた。
山菜が地面に散らばる。
爛々と目を光らせ、悲しみを帯びた唸り声をあげて、全身の毛を逆立たせて憎悪を肥大化させていく。
「ひなた…ひなたが…?…ひなた…ひなた……ひなた……ああ…あああああ…ひなた…!!!!!!!!!」
「やはり現れたか、捕らえよ」
「…人間…人間どもめ…!!ひなた…を…!!!!!」
部下たちが動く前に、巨大な幻影が一気に男たちに襲いかかった。
部下たちは恐ろしさのあまり頭を抱えるが、その若い男だけは興味深そうにそれを見つめていた。
「噂以上だ、素晴らしい。でも、もう少しその憎悪、育てがいがありそうだ。今捕まえるのはやっぱり惜しいかな。」
男はそう言って怪しく微笑む。
「ぜ、の……」
弱々しい声が聞こえて、皆殺しをする勢いで攻撃しようとしたゼノの手が止まった。
「帰ろう、みんな。“寄り道”はここまでだ。本来の目的へ向かおう。また会おうね、ゾロアーク」
男は、手持ちのユンゲラーを出すと、瞬時に自分と部下たちを移動させてどこかへ消え去ってしまった。
「ひなた…!!」
ゼノが駆け寄り、倒れているひなたを抱き起こす。
ひなたは口から血を流しながら、ゼノに向かって微笑んだ。
「平気、だよ…」
そこでゼノヴィアは、自分が、ひなたと初めて出会ったときと同じ、ゾロアークの姿に戻ってしまっていることに気づいた。
「ゼノ…あのね。ひな…わかってた。あなたが…ヒトじゃない…って、ことくらい…。」
「…!!!!!!」
「あなたが、ヒトかポケモンかなんて、そんなこと、どうでもよかった…。
…どうでもよかったの。
あ、ゼノ、こんなに綺麗な毛で、こっちの姿も、かっこいいね…綺麗よ…」
ひなたの手が伸びて、ゼノの毛並みを優しく撫でた。
「やめて……やめてくれ、そんなこと、言わないで…」
「……ゼノ…怖いの…ひな、あなたに抱きしめられてる今が、一番…幸せ…幸せすぎて、死んじゃう、のかなあ…」
「何言ってんだ…!?これからも、ずっと一緒…だろ?そんな、これじゃ、まるでお前が、今から…死ぬみてえじゃねえかよ…!!!!!」
「待ってろ、絶対助けるから!」と叫んで止血のために布を持ってこようとしたゼノを、しがみついてひなたが止めた。
「ゼノ…愛してる…あなたは、生きて…。あなたは、ひなの分まで、これから、たくさん、幸せ…を…見つけるの…」
「…だから!そんなこと言わないでくれよ!花畑、見に行くんだろ!?今が見頃だぞ!夏になったら、また花火を見てかき氷を食べて、秋になったら、紅葉を見に行って、冬は鍋でも囲んで…」
「…そう、ね…お花畑、また、見に行き、たかったな…」
「……っ…」
出血が多すぎる。
もう、助からない。
ひなたが治療するさまざまなポケモンたちを見て来たゼノは、それを静かに悟る。
しかし、でも、認めない、と頭の中で叫ぶ中、ひなたを抱きしめながら…
化け狐は、幻影を見せる。
気づけばそこは、美しく咲き誇る花畑。
空は青く澄み、色とりどりの花々が空へ向かって咲き誇る。
ふたりが見て来た景色の中で、最も美しかった景色。
特別な思い出の場所。
ひなたは閉じかけていた目を開いて、ゼノに抱きしめられながら、ゼノとともにその幻影に手を伸ばした。
「わあ、綺麗ね、ゼノ…」
最期にそう言って、ひなたの手は力をなくして静かに地面に落ちた。
幻影は、一瞬で消え去る。
「…ひ、なた…?」
もう、返事はなかった。
その日、かつて山奥の神社に潜んでいた化け狐の慟哭は、亡霊が浮かばれずに哭き叫ぶが如く、延々と山の中でこだましていた。
神様、どうかお願いします。
時間を戻して下さい。
ひなたを救えるのなら、この命さえ差し出してもいい。
ひなたに会いたくて、人間に化ける練習もした。
ひなたと生きたくて、化面を被り続けた。
ひなたが、俺の全てだった。
それなのに。
神は、人間は、お前たちは、ひなたまでをも俺から奪うのか。
許せない。
人間が許せない。
苦しい、悲しい、憎い憎い憎い憎い憎い。
無力で愚かで、どうしようもなくて、情けなくて、そんな自分が、狂おしいくらい、憎い。
「………。」
静かにひなたの額に口付けを落とした。ひんやりとしていて、とうに命の温もりはなかった。
そうして、ゼノはリザードンに姿を変えて、焼き尽くす炎を吐き出した。
古い神社が、たくさんの思い出と、ひなたを連れて燃え上がった。
ただじっとゼノは、その炎を見つめて、やがてはその炎が消えるまで、じっとその場から動かなかった。
焼け跡に全てを埋めると、ゼノは再び歩き出した。
「あなたは、生きて」
ひなたの“幻の声”が耳を貫く。
すべてに絶望し、闇に堕ち、それでもその言葉の呪いで、死ぬことも許されなくなった化け狐は、もう、振り返ることはなかった。
俺は、悪タイプのゾロアーク。
遠い昔、名を、ゼノヴィアと名付けられたが、その名を自ら名乗ることはもう、ないのかもしれない。
遠い遠い地、ガラル地方と呼ばれる地方の中の、ヨロイ島という小さな島の森の中で生まれた。
父と、母と、兄と姉と…弟や妹たち、俺にはたくさんの家族がいた。
沢山の人間に、裏切られ、罵られ、酷い目に遭わせられた。
だから、こちらも憎んで、騙して、人の不幸を喜んだ。
そんな俺が今、人間の秩序を正す警察官というバカみてえな役割を持つ人間の、ポケモンとなっている。
皮肉な話だ。
俺がそうなったのは、人間の中でも、とんだお人よしだった奴らに出会ったからだ。
そいつらが、俺を変えたんだ。
今日も、眩しいくらいの、たくさんの幻の思い出を、消えないよう…消さないよう…大切に大切に、温め続けながら、平然と誰かを欺いたりしている。
呪いの言葉は消えない。
俺が生きる限り、その呪いは消えない。
いつまでも、死んでからも、きっとずっと、残り続けるんだろう。
それでも構わない、むしろそれがいい。
それが、ひなたと俺を繋ぐ、唯一の呪いなのだから。