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天威星と天貴星

全体公開 幻水 3 1632文字
2025-07-02 19:39:11

ワンドロワンライで書いた話。ルシアとサロメ。

「ああ、良い所にいた。ちょっと付き合ってくれないか?」
 思わぬ人物からの思わぬ誘いに、サロメは困惑した。沈着冷静で通っている彼のらしくない反応を目にし、誘い主は口端を上げて悪戯っぽく笑む。
「なに、悪いようにはしないさ。席は取ってある。ついて来な」
 言いながら踵を返して進んでいく背は、拒むことを許さない。サロメは少しばかり迷った後、渋々、彼女の後を追うことにした。

 湖の城――ビュッデヒュッケ城の敷地の一角。カラヤ族のアンヌが切り盛りする酒場は、今日も今日とて大繁盛していた。席も既に埋まり切っていて――と思いきや、隅の一席だけが不自然に空いているのが目に止まる。よく見ると、テーブルの上には『予約席』と書かれたプレートが置かれており、プレートの下には手書きで誘い主の名前が小さく記入されていた。
「さ、そこに座んな。アンヌ、頼んでいたものを持ってきてくれ!」
 誘い主に促されるがままそこに腰かけると、酒場の店主がてきぱきとした動作で皿や酒を運んできた。テーブルに載せられたのは、嗅ぎ慣れない匂いのする酒が注がれたジョッキと、山菜を和え物にしたような、見慣れない肴だった。
「今日はこちらの酒と肴を用意させてもらった。ゼクセンの酒はまだよくわからなくてね」
 言いながら、向かいの席に着いた女性――カラヤクラン族長・ルシアは笑んで見せた。一族を束ねる者らしく、その仕草は堂々として女性ながらに勇ましい。
「お言葉ですが、ルシア族長。なぜ私を? クリス様と飲みたいというのであれば、話はわかりますが」
 不敵とも取れるような彼女の笑みに、サロメは遠慮がちに疑問を投げかける。
「ん? クリスとはとっくの前に飲ませてもらったよ。傭兵隊の連中も途中で混ざって来て、なかなか楽しかった。白き乙女殿も、酔うとなかなか可愛いところもあるもんだ」
 ルシアはくすくすと楽しげに笑む。
 その話はクリスから聞き及んでいた。どうやら「年長者のアドバイス」と称して色々とからかわれたようだが、交流そのものは楽しかったらしく、嬉々として語っていたのが印象的だった。しかし、それならば尚のこと、疑問は募る。
「それで……なぜ今度は私なんです?」
 問うと、ルシアは頬杖をつきながら、薄紫の瞳をふと細めた。
――なに、大した理由はないさ。日頃から会議で顔を合わせる人間と酒を飲み交わしてみたいと思うのは、ごく自然なことだろう?」
「ですが、私はあなたの村を焼き払えと命令した――
 言いかけた言葉は、すっと向けられたルシアの掌によって制止させられた。
「無粋な話は今日はなしだ。私は敵としてのあんたじゃなく、同胞としてのあんたと飲みたいと思っている。その心意気を踏みにじろうってのかい?」
 掌越しに見るルシアの瞳は、鋭くも確かな理性を湛えていた。
 ――ふと、カウンターに戻っていたアンヌが、切なげな視線をルシアに向けているのが映る。そこでサロメは理解する。
 ――彼女は、民たちに示しているのだ。自分は、彼女らとって殺したいほどに憎い相手。本当ならば、その掌をさらに伸ばして首を締め上げたいはずの人間だろう。だが、彼女は己を制して、そんな憎き相手と盃を交わすことを望んでいる。族長たる自分が率先して向き合い、民たちにその姿を示しているのだ。――彼女が族長として民に慕われている理由が、よくわかったような気がした。
……ご無礼をお許しください」
「構わないさ。で、どうだい? 付き合ってくれるのかい?」
「ええ、喜んで。あまり強くはありませんがね」
「それもいい。カタブツなアンタが酔う姿を見るのも一興だ」
「お手柔らかに頼みますよ」
「ふふ、それじゃあ、乾杯といこう。ゼクセンにも乾杯の文化はあるだろう?」
「ええ、そこは共通しています」
……じゃあ、“我らの勝利”を願って」
 掲げられたグラスが、テーブルの上で重なる。その音はとても澄んだ、耳触りの良い音だった。


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