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キリシタンすり抜け主と歌仙兼定〜歌詠む蝶とかぐや姫〜

2025-07-03 18:56:11

歌仙と主が歌を詠む話

自ら蒔いた種ではあるが、こう咲くとは普通なら思わないだろう、と歌仙兼定は主張している。
「何事も最初はあるものさ。就任四周年を迎えた今の気持ち、詠んでみてくれないかい?」

それは、四周年の慶事で浮き立つ本丸の中で、不意に歌仙が提案したことだった。
祝いの宴もすっかりたけなわで、美味しいご馳走をお腹いっぱいに食べた彼女は、ほわほわと幸せそうに歌仙の隣で腹休めをしていた。どんちゃんどんちゃんと酒盛りは激しく、そんな雅の似合わぬ騒がしい中ではあったが。
「歌? わたしが?」
「ああ。この機会だ。肩肘張らず、気楽に挑戦してみてはどうかな」

歌仙がそう笑って提案すると、華やかで楽しい宴の空気に背を押されてか、彼女は一度は興の乗ったような顔をしたが、少し考えてぺちょんと耳を垂らすみたいな顔をした。

「短歌俳句えっと、五七五、七七、だっけ、季語? とかよく分からないし、歌仙みたいに綺麗に読めないかも」
「拙くとも、字余りでもいいさ。歌の真価は美しさではなく、愛ではないかな」

歌仙はそう、目元を細めてふわりと微笑んだ。
とろけるような歌仙の笑みに、彼女はぱちぱちと瞬いた。

「美しさじゃなく、愛?」
「そう、たとえば、ちょっとした記念を残すようなものだと思うといい。ふと写真を撮るのは、ただそれを留めたいと思ったから。腕が良い写真家だけが撮る資格があるわけではないだろう? 第一歩はそうやって、ただ楽しめればそれでいいのさ」

たとえば今日は楽しかったとか、嬉しかったとか
そんな想いの一欠片でいいんだ。

何事も最初はあるもの。
就任四周年を迎えた今の気持ち、詠んでみてくれないかい?

そう歌仙が、ただきみの気持ちが聞きたいのだとあたたかに笑えば
大事な主は、背を優しく押されたような顔をして
「じゃあ、やってみようかな」
と愛らしく両の拳をぐぐっと握った。

「その意気だ」
歌仙がそう笑いかけて、常に携帯している短冊と筆を取り出してそっと手渡すと、穏やかに見守られる中、彼女は「ううーん」と首を捻って、目を閉じたまま考え込んだ。

「考えてみたら、書き残したい楽しかったとか、嬉しかったとか……そういうの、いっぱいあるなあ」
彼女はそう口にしながら、この余興がとても素敵だったとか、あのご馳走はすごくおいしかったとか、指折り挙げて数え始めた。
「あ、歌仙が作ってくれたそのお皿のやつ、すっごく美味しかったなあ。ふかふかで甘くて」
「それはよかった」
「いっつも美味しいもの作ってくれて、いっぱい助けてくれる歌仙がそばにいてくれて、わたしは幸せ者だなあ」
「こちらこそ」
「あ、そっか、わかった、こういうことを書けばいいんだ。じゃあ歌仙にありがとうって書くね」

どうやら題材は決まったらしい。
ぱちっと目を開けた彼女が、筆を取って、短冊にたどたどしく書き込み始めた。

「大好きだよ、じゃあ歌っぽくなくてお手紙だもんね、うーん、こうして……歌仙大好きだよ、がんばるね……うーん? あ、そっか、歌仙はちょうちょだよね、うーんと……
あれこれ取り留めなく口に出しながら首を傾げる。
「ちょうちょは蜜を吸って止まって休むから……あっじゃあ歌仙が休めるお花の役目ができたらいいなあ」

書き書き、と末筆を払うと、彼女は「できた!」と破顔した。

どうやら主は、最初の一筆の題材に、自分への感謝を選んでくれたらしい。
それだけで十分すぎるほど嬉しいことだが、歌仙の大事な主は、ぱっと華咲くような飾らない笑顔で
「歌仙大好きだよ、わたしも歌仙を支えられるようにがんばるね!」
と言いながら、その一筆を歌仙へ差し出して贈ってくれた。

「これはこれは、とても光栄だね」
穏やかな心地で、その短冊を大事に両手で受け取る。
「では、大切に拝見させて頂こうかな」
主のことだ、きっと素朴な感謝が素朴に綴られているのだろうな、と思いながら、至って幸福な想いで裏返し、目を通した

のだが。
歌仙は目を通すや否や、思考がショートしてそのまま卒倒しそうになった。
書かれていた文言は、こうだ。


愛おしの 蝶が揺蕩う夕暮れに 羽根を休むる 花であれたら


ぶわ、と歌仙の桜が咲き誇った。

意味を解した瞬間、灼熱でショートする頭が
カッと火照って強烈な熱量に溺れ、良き先達として穏やかに返すはずの言葉の全てを放り捨てた。

与えられた鮮烈な言の葉の威力で茹だるようだった。クラクラする。
胸をどっと刺し抜かれた思いだ。
理性は何処かへ吹き飛んで、手にした短冊をどう扱えばいいのかもわからない。
あまりに率直で、あまりに純粋な、その一筆。

これは本当に——いやしかし——いや、これは——

……っ」

脳裏を言葉にならぬ叫びが駆け抜ける。
隣でくつろいでいた主は、きょとんとした顔で首を傾げている。
まさか、当の本人は、この一首にどれほど破壊力があるか分かっていないのだろうか。
あくまで真心のつもりで差し出しただけだというのか。
だとすれば、それがなおさら始末に負えない。

歌仙の思考が目まぐるしく空転する中、どこからか白い袖が伸びて、ひょいと手元の短冊を覗き込んだ。
「おいおい、なんだなんだ?」
その声に振り向くと、鶴丸が、目を丸くしている。
まるで百年に一度の珍事でも目撃したかのように。

「こりゃ驚いた驚いた!!」

これは本丸の歴史に残すべき百年に一度の事件だぞとばかりに
神出鬼没な鶴が一羽、良く通る大声で
宴会の端まで届くような声を張り上げた。

「おい見てくれよ、歌仙が主から恋文貰ってやがるぜ!?」

まさに鶴の一声、その声は雷鳴のように宴席を揺らした。
次の瞬間、ざわめきが騒然と広がる。

誰かが酒をブーッと吹き出し、誰かが馳走を盛った椀を取り落とす音が次々と重なり、誰かが足をもつれさせてドンガラガッシャンと縁側から転げ落ちた。

「え!?」
「なになに?」
「はぁ!?」
「なんだって!?」
「恋文ぃ!?」
「は!? どういうこと!?」

ざわっと騒めきが広がって、たちまち飲めや歌えや騒いでいた連中が、歌仙の周囲にどっと群がった。

花弁に埋まりそうなほど桜吹雪を散らせながら、歌仙は完全に固まったままである。
たちまち皆にもみくちゃにされて、こだわりの着物に皺が寄るのにも声を上げず、らしくもなくされるまま。

取り囲んだ面々は、歌仙が握り締めたままひたすら硬直している短冊に目を通すなり、きゃあっと声を上げたり赤くなったり奇声を上げたり茶化したり大わらわだ。

「こりゃすげえ、之定も隅に置けねえなあ!」
「わぁ! 凄く熱烈な恋札ですね!?」
「やるなあ! 大将!」

一方の主は「恋文!?」と声をひっくり返しながらぶんぶん首を横に振った。
「ちがうよ、ただ、歌仙ありがとう大好きだよ、わたしも歌仙を支えられるようにがんばるね、って」

修行から帰ってきた歌仙兼定は
華やかな牡丹の花を美しい桔梗に持ち替えて、目にも鮮やかな蝶の両羽根を模した外套を羽織っている。

愛おしい蝶の貴方
蝶が留まる花になりたい

初期刀の加州清光が、物凄い顔で眉根を寄せて腕をTの字にしてタイムを請求すると
「審議!」
と声を上げた。
「恋文、じゃあ、無い!? これで!?」
「いや、これはさすがに恋文じゃない?」
「どう見ても恋文に一票」
「俺も」
「右に同じく」

票が明らかに偏る中、清光は自分で言いながらだいぶ言い訳が苦しそうに「いやいやいやいや」と手で待ったを作った。
「みんな落ち着けよ、そう、そうそう、ほら、主に他意は無いって。あるじ、経緯を教えてくれる?」
「歌は美しさより愛だって歌仙が言ってたから
「やっぱラブレターなんじゃん!!!!」
加州が悲鳴を上げた。

その後ろで、鶴丸が床を転げ回って爆笑しており、息も絶え絶えにこう声を上げた。
「き、きみが和歌を送り合う時代に生まれていたら、ふは、とんだかぐや姫だっただろうなぁ!」

《歌詠む蝶とかぐや姫》


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