ワンドロワンライで書いた話。クイーンとアラニス。
@kazane_noname
アラニスがビュッケヒュッケ城に戻って来たのは、陽もとっぷり暮れかけた頃だった。
朝方から友達のメルヴィル、エリオットとともに城を発ち、少し遠出をしての探検。今日は平頭山まで足を伸ばして、少し奥まった茂みを探索した。平頭山はゼクセンからもそう遠くはないはずなのに、生息している植物や動物は異なっているものが多い。見たこともない植物や昆虫の数々は、アラニスの探究心に刺激を与え、夢中にさせた。今日も歩き疲れて休憩をとっているメルヴィルやエリオットをよそに、ひとりで散策に耽ってしまったくらいだ。
――そして、夢中になり過ぎてしまった結果が、現在。すっかり時間を忘れて長居してしまい、慌てて戻って来てみれば、両親に決められた門限まで残りわずか。破っては後が大変と、全速力で城に駆け込む。
エントランスの階段を駆け上がると、下から「城の中は走らないように!」と誰かの声が聞こえたが、もちろん相手になんかしていられない。二階の通路を駆け抜け、角を曲がれば自分たちに割り当てられた寝室だ。
――これなら、なんとか間に合いそうね……!
思いながら、アラニスは曲がり角に差し掛かったところで軽く片足でブレーキをかけつつ、ラストスパートをかけようとそのまま地面を踏み込んで助走をつけた。――その瞬間。
「きゃ!」
アラニスは何者かと衝突し、思い切り尻餅をついてしまった。
「いたたた……」
「おやおや、こんな狭い城で走っちゃ危ないよ」
頭上から聞こえる、女性の声。アラニスは痛む尻を撫でながら、声のする方へと顔を上げた。そして、その人物の顔を見た瞬間――尻餅の痛みもすっかり忘れて、目を見開いてしまった。
「あ、あなたは、傭兵隊の……!」
自分を見下ろすのは、傭兵のクイーンだった。
さまざまな人間が集まるこの城の中でも、とりわけ凄味を感じさせるのが、傭兵隊の人間たちだった。騎士はビネ・デル・ゼクセでよく見かけて気さくに話をしてくれる人もいたし、リザードたちとも大空洞で仲良くなれた。そんなアラニスでも、傭兵たちは少しばかり近寄りがたい存在だった。
――戦いに出て、お金をもらう人たち。もちろん騎士だって戦っているけれど、それとはまた違う、もっと荒々しい殺気を感じさせる人たち。その血生臭い気配は、子供のアラニスでもなんとなく感じ取ることができていた。両親からも、できるだけ傍に行ってはいけないと言われている。
「ご、ごめんなさい! 私、すごく急いでて……!」
アラニスは慌てふためきつつ、声を張って謝罪する。
クイーンは眼帯をつけた傭兵隊のリーダーとよく一緒にいる女性で、ツンとしていて怖そうな印象があった。そんな人にぶつかってしまうとは、大変なことをしでかしてしまった。もしかすると、斬り殺されてしまうかもしれない――!
半ばパニック状態で冷汗をかきながら見上げると、クイーンはそんな自分を見下ろしながら、クスと口端を上げて笑ってみせた。
「なるほど……。その様子だと、遅くまで遊びすぎちゃったってところかい?」
「え……? あ、はい……」
「そりゃあ急いでも仕方ない。ただ、曲がり角には気を付けることだね。――ほら」
微笑みながら、クイーンはすっとアラニスに向けて手を伸ばしてきた。
「あ……えっと……」
「可愛い女の子が、こんなところにずっと座り込んでるもんじゃないよ」
「はい……すみません……」
ほとんど言われるがままに、アラニスはクイーンの手を握り、それを支えにして立ち上がった。
「怪我はしてないかい?」
「はい……大丈夫です」
「そう、なら良かった」
言いながら、クイーンは先ほどよりも更に柔かな笑みを浮かべてアラニスを見下ろした。アラニスは、そんなクイーンをぽかんとしながら見上げることしかできない。
怖いと思っていた傭兵の女性が、自分の不注意でぶつかってしまったにも関わらず、怒りもしないで手を差し伸べて笑いかけてくれている。一瞬、斬り殺されてしまう想像をしてしまったのが申し訳なく思うほど、その眼差しは優しかった。思わず、じっと魅入ってしまうほどに。
「ぼーっとして大丈夫? 戻らないとまずいんじゃないかい?」
「あっ!」
「ふふ、これからは気をつけることだね」
「す、すみませんでした!」
ぺこりとお辞儀をひとつして、アラニスはぱたぱたと部屋へと向かう。
「ああそうだ、お譲ちゃん」
「は、はい!?」
部屋の扉の前に辿り着いたところで、まだその場にとどまっていたクイーンに呼びかけられた。何事かと思い振り向くと、クイーンは先ほどまで浮かべていた微笑をそのままに、何かをこちらに放って来た。
「わ、わ!」
反射的に手を伸ばし、それを両手でキャッチする。手の平サイズに収まるそれは、薄紅色のクリームのようなものが入った小瓶だった。
「これは……?」
「手荒れに効く薬だよ。冒険するのは結構なことだけど、女の子ならその辺のケアもしないとね」
はっとして小瓶越しの自分の掌を見つめる。その手には、茂みを夢中でかき分けたせいか、あちこちに擦り傷ができていた。恐らく、先ほど握ったときに気付かれたのだろう。
――こんなことって……。
アラニスの心の中に、震えるような感情が芽生える。その気持ちは、すぐに言葉となって現れた。
「あの……ありがとうございます! 大事に使います!」
声を張り上げて伝えると、クイーンは目を細めてニコリと微笑む。
その顔は「綺麗」というよりも、「格好良い」という言葉がぴったり当てはまる。
「お構いなく。それじゃあね」
そう言って、クイーンは去っていった。颯爽とした背中はアラニスの心を更に奪い、虜にしてしまう。昼間に見かけた植物や昆虫たちのことも、この時ばかりはすっかり頭の中から吹き飛んでいた。
「明日、セシルちゃんにお話ししなくちゃ……!」
つぶやきながら大きく頷くと、アラニスは受け取った小瓶をきゅっと握り、自室の扉を開けた。
門限はギリギリで、両親からは少しばかりお小言を受けた。しかし、アラニスの胸の高鳴りはそれで静まることはなく、眠りに就くまで、弾み続けていたという。