@c_love_r123
「スタルーク様、どうして」
戸惑いと幾らかの悲しみが混じった恋人の表情にスタルークはうっとなった。
彼女曰く、今日のスタルークは様子がおかしいらしい。目は逸らすし、言葉につまるし、触れようともしてこない。
最後のひとつを指摘した時のラピスの真っ赤な顔を見て衝動的に手を伸ばしそうになった事は伝えてはいないが、どれをとってもスタルークには思い当たる節がありすぎて──残りのふたつについてはいつもそうだとも言えるが、僅かな否定もできなかった。
本当は瞳を見つめたい。用意していた言葉を伝えたい。そして、抱きしめる事だって。
そう思いながら思うようにできない自分の情けなさにぎゅっと手を握り込めば、それに合わせるようにラピスが萎れた花のように俯いてしまう。
「ラ、ラピス?」
しょんぼりと視線を下げた恋人の姿に焦りが生まれた。そして、その感情のまま名を呼べば「あたし」と短い呟きが零れ、その続きが控えめな声で紡がれる。
「あたし、何かしてしまいましたか? スタルーク様を、困らせるような事を」
最後はもう消えそうになったその言葉たちにスタルークは驚きと焦りを覚え、目を丸くして大きく首を横に振った。
そんな事ありません、と言おうとして一文字めを五度も繰り返してしまう。慌てたせいで舌はもつれ、否定の言葉は曖昧に空回りした。
上手く伝わっていない、と。それを証明するようにラピスの視線は床を見つめたままだ。
残った焦りに加え、去った驚きの代わりにスタルークの中に生まれたのは己を情けなく思う気持ちだった。上手く自分の気持ちを伝えられないのも、恋人を不安にさせてしまうのも、そしてそのせいで笑顔を消させてしまっている事も。
──いつだって、僕はそうだ。
スタルークは胸の内で呟いた。
時には呟きとなって零れた事もあるその言葉はもう幾度目かわからない程だ。
だが、以前とは──特にラピスと恋仲になるより前とは大きく変わった部分も少なからずあった。
恋人と同じように視線を下へと向けかけたスタルークは両の拳をぎゅっと握ると、軽く唇を噛み、次いで結んだそれらを開く。
小さく一歩前に出ると、彼は左手でラピスの指先を握り、もう一度首を左右に動かした。
ゆっくりとかぶりを振る間に握った指はぴくりと反応を見せ、それに合わせて薄紅の髪が揺れると驚きと戸惑いが混ざったまなざしがスタルークへと戻ってくる。
その表情を見つめながら、ほんの少し前の自分も似たような顔をしていたのだろうと彼は思った。
以前、自分たちをよく知る従姉妹から「あなたたちって本当に似た者同士ね」と言われた事があり二人で首を傾げたものだが、考えてみればこういうところだったのかもしれないともスタルークは思う。
「ラピス。君が何かをしたなんて、そんな事はないんです。ただ、僕が──望みすぎなのではないかと、強欲すぎるんじゃないかと、思っただけなんです」
いつものように焦りすぎて早口にならぬよう呼吸する事を混ぜてみれば、区切りながらではあるが本心を告げる事ができた。
スタルークは今一度深く息を吸うと、僅かに丸くなった赤よりもずっと淡い色のラピスの瞳を見つめ、その続きを紡ぐ。
二人きりになってから上手く視線を合わせられなかった原因も、普段以上に言葉につまった訳も、心のままに触れる事を躊躇った理由も。
「……最近、軽率に君に触れたり、抱きしめたりしすぎなのではないかと思っていて。でも、上手く自制する自信もなくて。それで、その……上手く目を合わせたり、会話をしたりができなかったんです」
我慢ができない、などとなんて恥ずかしい告白なのか。そう思ってもスタルークにはもう隠す事ができなかった。
これ以上、恋人がうなだれる姿を見たくはなかったし、何よりそうであってほしくなかったのだ。
スタルークの本音を目を逸らす事なく聞いていたラピスはゆっくりと瞬くと、ほっと安堵を含んだ息をひとつ吐き表情を緩めた。
見つめたままの瞳を細め、柔からかだとスタルークだけが知っている唇を微笑みの形に変えて、彼女は「よかった」と小さく呟く。
「安心しました。あたしといる事がスタルーク様にとってご負担ではないとわかって」
本当に安堵したのだろう。少し泣きそうな表情に見えるのはスタルークの気のせいではなかった。
彼の視界の中でラピスは、再び深く息を吐くと握られた手はそのままに今度は彼女の方から二人の距離を縮めた。
ただでさえ近かった距離が更に埋められて、その答えだとばかりにスタルークの体に別の体温が混ざる。
ほんの一瞬ともいえる時間で今日の彼が躊躇ってできなかった事をラピスが成し遂げていた。
いつのまにかするりと抜け出した彼女の手は背に回り、離れないようにぎゅっとスタルークを抱きしめる。不慣れなそれは些か力加減を迷っているようであったが、苦しくはなくむしろ心地よい温かさが彼を包み込んだ。
「ラ、ピス……?」
名前を呼ぶと「はい」と返ってきて、ラピスが心臓の音を聞くように頬を擦り寄せてくる。
「あたしは──いつだってスタルーク様に触れていただきたいし、抱きしめて欲しいって思っています。軽率だとも思いません。だけど、あなたが躊躇う気持ちもわかるから。だから……これからはあたしからもこうするようにします。したいと思った時に、気持ちのとおりに」
恥ずかしくて毎回は無理ですけど。
言葉の終わりはまた震えて消えかけていた。
しかし、先程のように影が差した声音とは違い、今度は明らかに恥じらいを帯びた幸せ混じりのそれだった。
そして、今度安堵の息を吐くのはスタルークの番だった。躊躇いや迷いは溶けていき、数多の喜びが胸に溢れていくのを彼は自覚した。
ごく自然にスタルークの腕は恋人を求め、重みをかけるようにして抱きしめ返す。
当然、それを拒むものはなく、むしろしがみつくようにしてその愛情は返された。
求めて求められる事がいかに幸せなのか。
その想いで体中を満たしたスタルークが「もう少しこのままで」と呟くと、くぐもった甘い声が「はい」と優しく愛らしく応えた。
End.