@c_love_r123
見つめる瞳が、そのまなざしが、こんな風に意味を変えるなど思いもしなかった。
出会った頃を振り返れば燃えるような瞳や髪の色は自分の未来を焼き尽くしてしまうようにしか見えなかったし、互いの想いが交わる事など決してないだろうとアイビーは思っていたのだ。
ところがどうだ。
恥じらいで逸らした視線は一度名を呼ばれただけで引き戻され、見つめる紅い双眸が帯びる強い熱に容易く囚われてしまう。
初めにこのブロディアの王子を目で追っている事に気づいた時、その無意識を気のせいだと思おうとした。イルシオンへの侵攻を企てた隣国の王子にどうして王女たる自分が惹かれようか。そんなわけがない、錯覚だと『無意識』に気づく回数が重ねられる度に己に言い聞かせた。
だが、向けた瞳が同じように見つめ返された瞬間、もうその視線からも気持ちからも目を背ける事など出来なくなってしまっているとアイビーは気づいてしまったのだ。
その燃えるような色をした瞳で、熱を帯びたまなざしで、私を捕えないで。
そう願う一方で彼女は彼の国の王子へと心の手を伸ばしていた。
私の心を焦がすような色の瞳で、同じ温度のまなざしで、私を捕らえて。
両の矛盾した感情の間で揺れながら、最近はもう後者ばかりが大きく育っていくのをアイビーはこれまで幾度も自覚してきた。
二人の関係は決して簡単ではない。単に愛し合う男女ではいられない。
今日とて決して長くはない逢瀬だ。
そう──陽が落ちて夜が明けるまでの。
「アイビー」
再び名前を呼ぶ声が仄明るい部屋の中に溶けて、かたく大きな手がアイビーの細く柔い手をそっと握った。
力が強い事を自負しているのもあるのだろう。初めて手を握られた時に聞いた「壊しそうで怖いな」という呟きがふと蘇る。
あれから彼のささやかな恐怖は消えたのだろうか。そう刹那だけ頭の隅で考えて、躊躇いなく手を包んだ温もりにその答えは肯定であるとアイビーは思った。
二人の未来はただ眩いものではないと互いに痛い程にわかっている。確かに想いが繋がっていても、身体を重ねたとしても、ディアマンドがブロディアをアイビーがイルシオンを束ねる者である限りは射すのは明るい光ばかりではないのだと。
「──ディアマンド」
名を呼び返せば見つめる先の赤が僅かに揺れ、精悍な顔の口元がふと優しげに緩んだ。
敬称のないこの呼び方が二人がただの恋人同士である事の証のような気がした。そんな些細な事さえもアイビーにとって、口にせずともディアマンドにとっても特別だった。
微かな笑みを浮かべたディアマンドの手に力がこもり、やや強くアイビーを引き寄せる。
踵の高い靴が小さく床を一度だけ鳴らし、彼女の身体は容易に恋人に寄り添った。
誰も見ていない。カーテンを引いてしまえば、空に散る星々さえも二人を見ない。
恥じらい混じりでアイビーが強請るように目を閉じれば、応じて彼女に濃い影が落ちた。
受け取ったのは優しいというには強い欲を纏うくちづけ。求められるのを感じて、アイビーもまた恋人を求めた。
半日にも満たない限られた時間の中で二人きりの世界を過ごす。
広くはない。そう華美でもない。
だからこそ『ただの二人』でいられる。そう約束されたこの場所は──確かに、特別な世界だった。
End.