カルみと pkmnパロ
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
チャンピオンである神無三十一には、ポケモンバトル以外にもやらなければならないことがたくさんある。
日々のトレーニングはもちろん、雑誌のインタビューや撮影をこなすことも少なくなく、更には他の地方へ泊まり込みで視察に行くことだってあった。
「神無ちゃん、忘れ物はない?」
「大丈夫!ばっちり!」
玄関先に立つ縞斑に向けて、大きなキャリーケースを引いた神無が明るく笑う。
その日は、エレズンが生まれてから初めて決まった視察の出発日だった。
それまでは生まれたばかりのポケモンがいるからと視察の予定を出来る限り先送りにしてくれていたようだが、今回ばかりはどうしてもチャンピオンである神無が行かなければならない事情があったらしい。
移動先で仕事をしながらエレズンの面倒を見ることはさすがに難しいと考えた神無は、縞斑に彼の世話を任せることにしたのである。
「それじゃあいってらっしゃい」
「うん!行ってきます!!」
見送る縞斑の腕の中でエレズンは、きゃっきゃと楽しそうに笑っていた。
「いい子にしてろよー?」
「ぷぃ!」
おそらく、これから神無がいなくなるなど想像もしていないのだろう。そう困ったように小さく笑った神無は、エレズンを抱える縞斑ごと抱きしめて頬擦りをしてから扉を閉めた。
ぱたんと再び薄暗くなった室内で、小さく息を吐いた縞斑が腕の中を見下ろす。
「……ぷ?ぷぃ?」
「神無ちゃんはお出かけだよ。明日には帰るからね」
不思議そうに腕の中できょろきょろと辺りを見回したエレズンは、自分も神無に着いていくと信じて疑っていなかった様子で両手を扉へと伸ばした。
「ぷ!ぷぃ!ぷぃー!」
いつもならエレズンが呼べばすぐに駆けつけてくれる神無は、いつまで経っても扉を開ける気配がない。
やがて彼がもう扉の向こうにはいないことに気がついてしまったエレズンは、大粒の涙を目に浮かべて泣き出してしまった。
「ぷぃや〜!!」
「いてててて……大丈夫だって、すぐ帰ってくるから」
ばちばちと電気を迸らせながら泣くエレズンを抱えた縞斑は、痛みに呻きながらも泣き止ませようと声を掛ける。
ところが神無がいないことがとにかく気に食わないらしい彼は、縞斑の言葉など耳に入っていない様子で両腕を振り回して神無を追い掛けようとしていた。
ひとまず縞斑がそんなエレズンを連れてリビングへ戻れば、彼の泣き声を聞きつけたらしい縞斑のポケモンたちがボールから顔を出す。
「レディたち、少し手伝ってくれる?」
マスターの頼みを聞いて、特に面倒見の良いウルガモスとユキメノコが率先してエレズンの顔を覗き込み声を掛けた。
ところがそんな彼女たちでもエレズンは泣き止まず、それどころか泣き叫んだことで発生した電流に二人は弾かれてしまう。
「うーん、困ったな」
その後もあの手この手でエレズンを泣き止ませようと奮闘する縞斑だったが、その度に流される電流に身がもたないと早々に白旗を上げようとしていた。
不幸なことに縞斑のパーティには彼の電流が効かないものがおらず、ぐったりと疲れた様子の彼女らにこれ以上無理をさせるわけにはいかないとボールに戻す。
「……仕方ない、彼らを頼ろう」
呟いた縞斑は端末に手を伸ばした。
間違いなく小言の一つや二つどころか、五つや六つほど投げられるかもしれないが、エレズンが泣き止まないよりはずっと良い。
そう覚悟した彼は、間も無く繋がった通信に向けて救援要請を出したのだ。
※
「……それで、私たちを呼んだと」
情けない父親だと言いたげなアサギリの視線が突き刺さり、縞斑は覚悟していた言葉の鋭さにぐっと堪えて頭を下げる。
「二人なら電気は大丈夫かなと思って……」
アサギリの腕の中には今も尚べそべそとぐずっているエレズンが抱えられており、その周りにはびしばしと電流が迸っていた。
ところが、そんな彼を抱えるアサギリはもちろん、隣で顔を覗き込んであやしているディーノはその電流を受けても平気な様子である。
電気の効かないポケモンは身の回りにいないが、赤子程度の電流など通用しない頑丈なアンドロイドの相棒たちには縞斑も心当たりがあったのだ。
「いないいない、ばぁ」
「ぷぴぃ?」
「こちょこちょこちょこちょー」
抑揚のない声でエレズンをあやすディーノは、アサギリの腕の中で泣きべそをかくエレズンの腹をくすぐる。
静電気によって彼の髪が激しく逆立っているが、本人に痛みはないらしく、ばちばちと音を立てながら彼らは戯れ合っていた。
「頼ってよかった……体は平気?」
「問題ありません。彼の電力はバッテリーに蓄電されているので、これで今夜は寝ずに動けそうです」
「夜はちゃんと寝なさい、ディーノ。今夜は神無さんが居ないのですから」
むしろ調子が良いらしくピースを作って見せるディーノをたしなめたアサギリは、やがて腕の中のエレズンがうとうとと船を漕いでいることに気がつく。
昔眠れないニトやリトにそうしていたように抱き上げた腕をそっと規則的に揺らしていれば、やがて腕の中の彼から静かな寝息が聞こえてきた。
「寝てくださいました」
「ありがとう……だっこ代わるよ」
安堵した縞斑は、任せてばかりも申し訳なくなって眠ったエレズンを預かる。
ところが縞斑の腕の中に移った彼は薄目を開くと、自分を抱える存在が神無ではないと気がついた様子で再び泣き声を上げてしまった。
「ぷぃ、ぷぃわ〜〜〜!」
「え、わ、いだだだだ」
「マスター、こちらへ」
ばちばちと流れる電流の痛みに悲鳴をあげる縞斑を見かねて、アサギリはもう一度エレズンを預かる。
電流を気にせずゆらゆらと体を揺らしていれば、やがて彼は再び穏やかな寝息を立て始めた。
「……もうしばらく抱いていましょうか」
「よろしく……なんでかな…………」
「赤子は相手の痛みに敏感と聞きますが……それにしても嫌われていますね」
「神無ちゃんが好かれすぎてるって言ってもらえる……?」
アサギリの思う以上に堪えているらしい縞斑は、ぼそぼそと呟いて机に突っ伏す。
二人で孵化を見届けたエレズンだが、建前上は神無の手持ちポケモンであるため主な世話は神無が引き受けていた。
出来る限り頻繁に顔を出すようにしていたつもりだが、離れて暮らしている縞斑よりも神無に懐くのは当然かもしれない。
「ママは強し、なのかな……」
「今日一日で打ち解けられると良いですね」
「うーん……勝てる気がしない」
果たして自分は、抱っこを交代しただけで泣き出してしまうエレズンと夜を越えることができるのだろうか。
さっそく自信が持てず項垂れてしまう縞斑を心配したディーノが、分からないなりにぽんと彼の背を撫でるのだった。
ばちん
「いっっっだ!?」
「すみませんだらだら先輩、静電気が」
※
真夜中、案の定ぴぃぴぃと泣き出した子供の声を聞いて縞斑はベッドから身を起こした。
すぐ横に用意した赤ちゃんポケモン専用のベッドの上では、エレズンがぱちぱちと静電気を散らしながら泣き声を上げている。
「ミルクでもおむつでもないよねー……」
痛みを堪えて抱え上げた縞斑は、腕の中でなおも啜り泣くエレズンの背を撫でた。
「さびしいの?」
「ぴぃ……ぷぃ……」
元々夜泣きをすることは知っていたが、今夜は神無が居ないこともあって心が不安定になっているらしい。
上手く眠れないことに加えて、神無が宥めてくれないことが気に食わないらしい彼は、縞斑の腕の中でべそべそと涙をこぼす。
「分かるよ、確かに今日は寂しかった」
泣いているエレズンに話しかけた縞斑は、窓辺にもたれると暗い室内をゆっくりと見回した。
神無が居ない夜はいつもよりずっと静かだ。
胸元で泣いているエレズンがいなければきっと、この家は今以上に静まり返ってしまうのだろう。
エレズンを慰めるうちに彼の寂しさが伝播してしまったのか縞斑は、いつもころころと賑やかに表情を変える恋人の姿を思って眉を下げた。
「……早く帰ってくるといいね」
不意にぺち、と縞斑の頬をエレズンが軽く叩く。
何事かと視線を下げれば、えぐえぐと泣きじゃくったままの彼が両手で縞斑の頬を押さえて擦り寄った。
「なぁに?」
「ぷぃい……ぷいぃぃ……」
「ふ……ひょっとして心配してる?」
縞斑の感情を読み取ったらしいエレズンはいつのまにか彼を慰めようとしているらしい。
ついさっきまで神無を恋しがって泣いていたくせにと笑った縞斑は、可愛くて仕方がない腕の中の小さな命に頬擦りをした。
「ママは明日になったら帰ってくるからね」
「ぷゅ……?」
「そう。だから今夜は頑張って一緒に寝よう」
「……ぷぅ」
「よしよし、いい子」
縞斑の言葉を聞いたエレズンは、まるで意味を理解したかのようにこくんと小さく頷いて縞斑の胸に顔を埋める。
縞斑を慰めるようにぎゅうっと抱きついて目を閉じる彼は、神無がいつも自分にそうしている真似なのか縞斑の胸をぽんぽんと軽く叩いていた。
拙い小さなその手のひらがやがて寝息と共に動かなくなる様子を眺めた縞斑は、ふっと笑って目を閉じる。
ぽっかりと浮かぶ月の光が、部屋に転がる穏やかな二つ分の微睡みを静かに見守っていた。
※
カーテンの隙間から朝日が差し込む。
その眩しさに思わず小さな呻き声を上げて寝返りを打った縞斑はふと、そんな自分の前髪を撫でる手のひらの存在に気がついた。
「……?」
重たい瞼を持ち上げてその手の先を辿れば、そこには朝日を浴びて柔らかな笑みを浮かべる神無の姿がある。
「神無ちゃん……?」
「うん。ただいま、先輩」
神無の帰宅は夕方から夜にかけてだと聞かされていた縞斑は、なぜ朝から彼が家に居るのか寝ぼけてよく回らない頭をゆっくりと傾けた。
そんな縞斑のことを愛おしそうに笑った神無は、彼とその腕の中で眠る小さな命の頭を撫でながら言葉を続ける。
「ふたりが心配で急いで帰ってきたんだけど、気持ちよさそうに眠ってたから安心したよ」
扉越しに泣き叫ぶエレズンの声に後ろ髪を引かれた神無は、彼らのことが気になっていつも以上に仕事を早く終わらせることに尽力したらしい。
明け方無事に仕事に区切りをつけた神無は、残りが持ち帰っても支障のない仕事であることを確かめるや否やアーマーガアタクシーに飛び乗ったのである。
縞斑の家に到着した神無が合鍵を開けて真っ先に寝室に向かえば、そんな神無の心配をよそに縞斑とエレズンが仲良く抱き合って寝ているのだから安心してしまった。
「んぷ……ゅ?」
それまで寝息を立てていたエレズンも、覚えのある手の感触に気がついた様子で目を開ける。
そこにいる笑顔の神無を見た彼は目を丸くすると、そのまま丸い瞳にいっぱいの涙を浮かべて縞斑の腕の中から抜け出し神無へと両手を伸ばした。
「ぷぃ、ぷぃい〜!!」
「ただいまエレズン。良い子にしてたか?」
「ぷぃわ〜〜!ぷぃゆ〜〜!」
「よしよし、そんなに泣くなって」
何かを訴えながら泣いているエレズンを抱き上げてあやしていた神無は、自分がいない間の縞斑の苦労を悟った様子で苦笑いを浮かべる。
「先輩ありがと。一日大変だったろ」
きっと夜泣きをして縞斑をほとほと困らせて、ようやく明け方になってから眠ったのだろう。
そうでなければ、神無が帰宅した物音で縞斑が目を覚さないなどあり得ないことだ。
まだ寝ぼけているらしい縞斑の頭を撫でた神無は、エレズンを預かってもう少し眠らせてあげようと口を開く。
しかし、神無が睡眠を促すより早く、彼は両腕を持ち上げるとエレズンごと神無の体を抱き寄せた。
「んむ……なーに?先輩まで」
「…………俺までつられて寂しくなった」
「あはは!寂しがり屋のパパだなぁ」
困ったように笑った神無は、縞斑のことをぎゅうと愛しさが伝わるように強く抱きしめ返す。
二人に包まれたエレズンはようやく泣き止むと、きゃっきゃと嬉しそうな笑い声を上げて負けじと二人に抱きついた。
頬擦りをするたびにぱちぱちと静電気が発生して小さな衝撃が肌を叩くが、それも気にならないほどの愛しさが二人を包む。
「このまま少しだけ寝直さない?」
「賛成!タクシーでちょっと寝ただけだからへとへとなんだよね」
いつもならだらだらするなと苦言を呈する神無だが、昨日から働き詰めでほとんど眠っていない彼は珍しく同意して欠伸を漏らした。
三人はベッドに川の字に並んで横になる。いつの間にか二人の間でぷやぷやと寝息を立てるエレズンを見下ろした彼らは、顔を見合わせると声を潜めて笑い合った。
「言い忘れてた。おかえり、神無ちゃん」
「へへ、ただいま先輩」
触れるだけの口付けを交わして、二人は微睡みに身を任せる。
そんな彼らの平和な眠りを、ボールの中から仲間たちが穏やかに見守っていた。
終