10/19スパークで本にしようとしている話、尻叩きを兼ねて書けているところまで上げます。沖田×土方ですが付き合ったりは最後までしないと思われます。全年齢。
@bbbcde519
スイートルームというとなんとなく高級そうなイメージがあるが、あれは単に寝室に他の部屋が続いた構造になっている部屋を指してそう呼ぶ、らしい。大抵のホテルの部屋はいわばワンルームスタイルだからスイートルームが高級な部類になるというのは間違っちゃいないが、列車の一等席のような明確なランクの違いはない。だからスイートルームと言って期待させて、寝室に気持ち程度のスペースがついたショボい部屋だったなんてザラにあるんだぜと教えてきたのは松平のとっつぁんだった。どうも部屋の不味さが原因で女に振られたことがあるらしい。
しかし今いる部屋は間違いなく高級で、スイートルームと言われて万人が想像するものに限りなく近い。とっつぁんを袖にして帰った女もさぞ満足することだろう。
将軍様が住まう江戸城のすぐ脇に建てられたホテルのスイートルーム。いちばん手前には馬鹿でかいL字のソファと、人一人寝られそうな白い大理石のサイドテーブルが鎮座している。ソファの前に壁掛けられているテレビは、本庁の会議室と似たような大きさ。右手にある寝室への扉は今は閉じられていたが開けたくもならなかった。どうせ同じような静謐な空間が広がっていてげんなりするだけだ。
応接エリアの先には小ぢんまりした丸テーブルと二脚のチェア。磨き上げられた窓ガラスの向こうには和田倉の濠と庭園の常緑樹、高層ビルが立ち並ぶ。窓に切り取られた景色は作り物のような綺麗さで腹立たしささえ感じる。庭園や夜景を楽しみながらルームサービスを食えという趣向だろう。
女を連れ込むというよりはプロポーズに使う方に適してそうな部屋だが、何にせよ田舎者には全く居心地が悪い。慣れない空気に部屋に入る気になれず立ち尽くす。場違いにも程度があるだろう。
俺はなんでこんなところにいるんだ、と思う。
「気に入りませんか。仕事思い出さない方がいいと思ったんですが、将軍様のおわすお城が見えた方が良かったですかィ?」
振り返る。廊下につながる扉のすぐそばには総悟が立っていて、まっすぐこちらを見つめている。いつもの長着に袴だが貴公子然とした見た目のせいか俺よりもずっとこの部屋に似合ってる。このまま女に結婚を申し込んでも様になるだろう、見た目だけは良い奴だから。現実逃避がしたくて普段考えないようなことを考えてしまう。
「新宿の方向いた部屋もありやしたぜ。屯所は流石に無理だろうがかぶき町タワーはきっと見えらァ。そちらがお好みなら変えてきましょうか」
「いらねえ。一泊いくらするんだ、この部屋」
王子様は露骨に鼻白んだ目をして、それでもうっすらと笑う。
「あんたいくらなんでも野暮天すぎらァ。スイートルームにはしゃげとは言わねえがもうちっと喜んだってバチは当たりませんぜ」
「はしゃげるかこんな居心地の悪ィ部屋」
「貧乏性だなあ土方さんは。こんな良い部屋なかなか泊まれませんぜ」
「身の程ってもんがあるだろ、無駄遣いすんな。明らかにバカ高いホテルじゃねえか」
「俺の給料も普段ろくに金使わないのも知ってんでしょ。このくらいなんともねーです」
額の問題じゃねえと俺は言った。総悟が年齢に似合わない金を持ってるのは知ってるが使い道が馬鹿げている。天人か幕府の高官か金持ちの商人かしか泊まらない高級ホテルを取ることはないだろう。
俺の真っ当な主張を総悟は鼻を鳴らして追いやった。
「俺の財布の心配するより、自分の身を心配したらどうですか。なんせあんたはこれから丸二日、泣いても喚いてもここから出られないんですぜ」
そうだった。
俺は今から総悟に二日間、監禁されるのだ。
全ての元凶は正月のクソ忙しい時期に俺が風邪をひいて寝込んだことだった。その前の日に攘夷浪士が立て籠った宿屋で総悟が暴れ、バズーカが火災報知器を壊し、部屋の中で指揮をしていた俺はまともに水を浴びた。当のバカはちゃっかり外に出た浪士を追って水を回避した。捕物の後始末で濡れたまま徹夜したのを差し引いても不覚だった。
正月は近藤さんは挨拶回りに忙しく、隊の指揮をする余裕はない。俺の周りで水に濡れた数人も風邪をひき、動ける人数も少ない。その尻拭いしたのが総悟だった。奴はほとんど寝ずに三が日を過ごし、そして驚くべきことに一つの始末書沙汰も起こさなかった。いつもの無茶はなりをひそめ粛々と取り締まりや隊士の取り回しを行っていたらしい。その様子を山崎も手放しで讃えていた。「沖田さん頑張ってましたよ、アンタがいないとしっかりするんですねあの人」と。そもそもすべての元凶はあいつだろと言いたかったが口を回す気力もなかった。
一月四日に復帰した俺は忸怩たる思いを抱えながら総悟に迷惑かけて悪かったと頭を下げた。総悟はにやつきながら「あんた俺に借りを作りましたね」と言った。うっすらと嫌な予感がした。
「代休どこで取りたい? できるだけ融通効かせるようにすっから」
「そりゃ隊士として当然の権利でしょ。アンタが俺に個人的に借りた分はそんなんじゃ返せませんぜ」
個人的な分とは何だ、それも仕事のうちだろう、そもそも元はと言えばおめーのせいだろという反論を思いついたが口には出せなかった。原因がなんでも一年でいちばん忙しい時期に風邪をひいたのは間違いなく俺の怠慢で、明確な弱みで、情けない気分が尾を引いていた。元凶とはいえ不甲斐なさをフォローしてくれた総悟が何か望むなら聞いてやりたいという気持ちも少なからずあった。仕方ない。俺は「何がほしいんだ」と訊いてやった。
総悟はゆっくりと、一言一句区切るように言った。
「あんたの身柄」
「は?」
「俺ァ三が日のあいだ働き詰めでした、だから休みとあんたの三日、ください」
「おいちょっと待て、意味わかんねーよ」
「嘘ばっかり」
本当はわかってるんでしょ。そう嘯く総悟の眼差しは口調のゆるさとは裏腹に驚くほど研ぎ澄まされていた。
「あんたを監禁してーからその権利を下せェって言ってるんですよ、土方さん」
一応散々抵抗したあと、最終的に条件付きで俺は折れた。いつでも隊と連絡は取れるようにしておくこと。緊急事態の折にすぐ駆けつけられるように、監禁場所は朱引内の宿泊施設にすること。その施設に迷惑がかかるようなことはしないこと。物理的な拘束はするな、怪我させるな、飯を食わせろ、煙草も吸わせろ、とにかく五体満足で返せ。いつだったか首に鎖をつけられてデスゲームをさせられたことを思い出すといくら条件をつけても足りない気がした。更に細々と言い募る俺を総悟はひらひらと手を振っていなした。
「わかりやしたって。前みてーに縛ったりしねえで、飯もちゃんも食わせて、どっかのホテルの部屋の中から出さない程度の監禁なら付き合ってやってもいいって言ってんでしょ?」
こいつらしくもなくあまりに聞き分けが良かったので驚き、俺は呑まれてしまった。よく考えたら監禁したいと言われてる時点で聞き分けもクソもない。俺はもしかしたら総悟に甘いのかもしれない。
「……まあ、そうだな」
「それでいいですぜ。俺だって休み取るんだからどーせならいいとこ泊まりてえし。場所は俺が決めますし、金も出します。あんたは全力で予定の調整をしてくだせえ。みんなには土方さんの奢りで箱根の温泉に行くってことにしますんで」
どうしても一抹の不安は残ったが仕方なく予定の調整をして、予定を空けられたのは二月の末だった。我ながら言い分が苦しいんじゃないかと思いながら「総悟が正月の穴埋めに箱根の温泉連れてけってうるせえんだ」と告げたら、近藤さんは「あいつは相変わらず歳の割に渋い趣味してんな」と大笑いして俺の肩を叩いた。
「いいじゃねえか、総悟は意外とレジャーとか好きだし。二人でのんびりしてこいよ」
「なんかあったらすぐ呼んでくれ、頼むから。箱根なんてあっという間だから。すぐ帰ってくっから」
「心配性だなあトシ、気ィ使うなって。俺たちに任せとけ」
いや言い訳さえつけば積極的に帰りたいのだと言うこともできない。お人よしの大将は有給休暇申請に快く判をくれた。きれいに押された朱色の近藤の文字にため息をつくことしかできなかった。
一時間前、タクシーの中でどこに行くのか聞いても総悟ははぐらかすばかりで要領を得なかった。諦めて黙ると、車内はエンジン音だけが響く。俺はそれから車が行く道を覚えることだけに腐心した。逃げる時のために覚えておこうと思ったのだが、その努力は無駄に終わった。なぜなら車はいつも江戸城に行く道を通って濠のすぐ脇のお高いホテルに止まったから。
タクシーから降りた総悟はまっすぐエントランスを突っ切ってエレベーターホールに進む。俺はその背を追いかけた。見知らぬ客がいれば絶対に声をかけてくる訓練されたホテルマンたちは俺たちをあっさりと通して「どうぞごゆっくり」と声をかけてくるだけだった。総悟がどこからか取り出したカードをリーダーにかざすとすぐに扉が開く。乗り込みながら俺は尋ねた。
「ここに泊まるのか」
奴は何ともないような顔で答えた。
「そうですぜ」
「チェックインは」
「もうとっくに済ませてありやす」
屯所の近くでタクシー拾って来たのにいつの間に、と思ったがおそらく早めにチェックインを済ませた後屯所に戻ったのだろう。呆れるほど用意周到だ。
総悟はルームカードを再度かざしながら「エレベーターはこれがないと動かせないんですぜ」と妙に上機嫌で言った。わざわざ言われなくても俺はさりげなく貼られた注意書きに気づいていた。普通のホテルなら何もなくともエントランスには降りれるようになっているが、高級ホテルのセキュリティは一味違うらしい。そもそもルームカードがないとエレベーターが来ない。高層ビルの非常階段は、非常時以外は使えないことも多い。
「ルームカードは俺が持ってる一枚きり。もしあんたがここから出たいなら俺を殺るしかないってわけだ」
「お前わざわざこういうセキュリティのところ探したのか?」
何もボタンを押さなくとも上がってくる階数表示を見つめながら俺は問うた。
「もちろん。監禁するって言ったでしょ」
そのマメさは別のところに使って欲しい。
そう思うより早く二十三階に着いた。
そして俺たちはあの居心地の悪い部屋に入ったのだ。
未だ立ちすくんでいる俺を尻目に、総悟は荷物を放り出すとずかずかと部屋に入ってぐるりと見渡し、そのまま寝室のドアに入った。ややあって、総悟の声だけが飛んでくる。
「土方さん、来てくだせえ」
俺もゆっくりと寝室に移動した。部屋の中央に柔らかくて寝辛そうなベッドが二台、俺の歩幅分くらいの距離を空けて置かれている。当然だと思いつつなぜだか無性に安心した。
総悟は寝室に繋がった洗面所にいてバスルームを覗き込み「サウナありますぜサウナ。すごくないですかィ」と言った。
奴が指差す方を見る、大理石で出来た大きめの浴槽とシャワー、片隅に透明なガラスで区切られたスチームサウナがある。
「お前普段は暑がってサウナなんか入らねえだろ」
「でもこーいうところにわざわざ付いてると入りたくなりやせんか」
その感覚は分からないではない。
「まあスチームサウナならそんなに暑くもねえから、お前にはおあつらえ向きなんじゃねーの」
ふうんと総悟は呟いてバスルームから出た。俺は二つボウルが設られている豪華な大理石製の洗面台と、洗面所の隅で存在感を放つ便器を見比べる。
「なんで高級ホテルも洗面所と便所はくっついてんだろうな」
「独立したトイレもあっちの部屋にありやすぜ。俺、一人一個便器ある生活憧れてたんでィ」
「妙なもんに憧れるな」
総悟は寝室を通り過ぎ、どっかりとソファに腰を下ろした。奴の腰のものがなくなっていることに、その時初めて気がついた。立ったまま煙草に火をつけると、総悟がちらりと上目を遣ってくる。
「座らねーんですか」
「お前なんでこんな真似してる?」
「こんな、って?」
「こんな無駄に高えホテルで俺を監禁するなんてどう考えてもおかしいだろ。目的を教えろって言ってんだ」
「目的、ね」総悟は意味ありげにぐるりと目線を回してみせた。「監禁して土方さんの自由を奪ったら面白いかなァって思ったんで」
あと高えホテルって一度泊まりたかったし、こーいうところのルームサービスも食ってみてえし、二日間ゴロゴロするのも悪くねえかなと思ったんでと総悟は澄ました顔で指折り数える。ここ泊まってる間の金は俺が持つんでご心配なく、とさえなんでもないような顔をして言ってのけた。
「分かんねえな。かける金に見合ってないだろ絶対」
「そうですかねえ、俺はあんたがビクビクしてるの見れて楽しいですぜ」
「誰がビクビクしたってんだ」
この期に及んで刀を手放してないのが証拠ですぜと奴は両手を広げてにやりと笑った。
「俺は早々に丸腰だってのに、意気地がねえったら。まあ何言っても無駄かもしれませんがね、約束通り危害を加える気はねェんで。あんたは明後日のチェックアウトまで部屋から出なけりゃいいんだ、気楽に過ごしてくだせェよ」
「お前の約束ほどアテにできねえものもないな」
「だってせっかくの高級ホテルですぜ」
こんな機会がないと泊まることもないし、大枚はたいてんだし、俺も楽しみてえや。土方さんの監禁はオマケでさあと総悟は言った。
「……そうかよ」
俺は自分でも驚くくらいあっさりと諦めた。俺がいくら警戒しても奴を面白がらせるだけで、それならば休みと割り切った方が良い。何か仕掛けてきたらその時はその時だ。ホテルに迷惑をかけないという約束がある以上、大事にはならないはずだ。多分。
「おい、刀掛けどこにあった」
「寝室の、ベッドと反対側の壁にありますぜ」
寝室に戻り、下段に総悟の菊一文字RXが収まった刀掛けに村麻紗を置く。最近だと刀掛けがあるホテルも少なくなってきているという。廃刀令のこのご時世、ほとんどの客には必要がないからだ。
俺がソファに腰を下ろすと、総悟は「あの壁掛けの刀置き、取り外せるようになってんですぜ。天人からのクレーム対策で」と言った。それは知らなかった。
「天人の中にゃ刀毛嫌いしてる奴もいるからな。幕府の関係者が来た時だけつけてんのか。よくできてるな」
「俺だったら刀掛けをコート掛けって言い張りやす」
「お前ホテルマンは向いてねーよ」
総悟は至極どうでも良さそうに「ネトフリでドラマでも見やせんか」と言った。
「いいけど、なんか見たいのあんのか?」
「池袋ウエストゲートパーク。一回見てみたかったんでさァ」
実は俺もちゃんとは見たことはない。再放送でチラッと見たことが何度か。
「なんでまたそんな懐かしいモンを」
「屯所じゃ見辛くねーですかアウトローの話。いちお、ケーサツでしょ俺ら」
「そうか? 別にいいんじゃねーの、フィクションなんだから。近藤さんだってこの前ルパン見てたじゃねえか」
妙なところに気を遣う奴だなと思ったが、開始数分で俺は理解した。一昔前のカラーギャングが大暴れしているその絵はさながら、俺と万事屋が入れ替わった時の真選組のようだった。
「これあいつらに見せたらなんか影響されそうだな……」
おまけに総悟は街のシンボルのふくろう像を盗むシーンでなんだか喜び「警察じゃなかったら俺もやってみてえ」と言い出したので、屯所で見せなくてよかったと心底思った。
一話見終わったところで総悟が「おやつの時間ですぜ」と言いルームサービスのメニューをめくり出す。
「俺ケーキ食いまさあ。土方さん何にします?」
「あー……」
ずいと差し出されたメニューに目を走らせ一瞬迷った。甘いものは嫌いじゃないがわざわざ食うほど好きでもない。高級のルームサービスらしい値段とここの払いが総悟であることがないまぜになったから。その逡巡を見抜いたらしい奴は「チョコケーキでいいですかィ」と言った。頷くと総悟はそのままフロントに電話をかけだした。
煙草を吸いながらその背中を見つめる。勘違いじゃなければ、俺はもてなされている、気がする。あの総悟に。
運ばれてきたケーキとコーヒーにはきちんとマヨネーズのボトルが一本付けられていて俺は逆に怖かった。
「お前これ頼んだのか。俺マヨネーズはちゃんと持ってきたぞ」
というか俺の鞄には二泊の着替えと三日分のマヨと煙草しか入っていない。
総悟はふふんと鼻を鳴らして「全部の食事にマヨつけてくれって最初から頼んでありまさァ」と言った。
「土方さん犬の餌にする前にそっちのケーキ一口くだせえ」
フォークでチョコケーキの最初の一口を持っていくのを確認してマヨをかける。食べてみるとそのマヨは明らかにいつも食べているものとは違う味がした。
「美味いな」
「マヨが? それともケーキが?」
「どっちも」
ケーキをつつきながらドラマの続きを見る。しばらくやいやい言っていた総悟が急に静かになったと思ったら奴は目を閉じていた。寝息すら立てていないが寝ているらしい。昔から静かに寝る奴だった。動画を停止しても身じろぎもしない。ベッドに連れて行った方がいいかとチラリと考え、そんな選択肢が浮かんだことそれ自体に驚いた。武州にいた頃、宴会で寝入ってしまった総悟を布団まで運んだせいだろうか。今やったら殺し合いに発展するだろう。
なんだかんだ面白く見ていたドラマが止まったので一気に手持ち無沙汰になった。一応社用携帯を見たがメールも着信もなく、いよいよ暇だ。フロントに電話をすれば新聞か雑誌くらい手に入りそうだが、そこまで読みたくもなかったのでやめた。総悟にならって目を閉じて考える。
今の所監禁されているというよりは高い宿で高い飯を奢られている。確かに鍵は持たされてないが、総悟が持ってるルームキーを奪うこともできなくはない。総悟が寝入っている今ならこっそり非常階段から降りることだってできるかもしれない。監禁というには中途半端で面倒なことを金をかけてじっくりやっている。こいつは何がしたいんだろうか。かかった金を俺が奢らされることになる方がまだ納得がいく。
まあ別に破産するような額じゃねえからいいか。
そんなことを考えていたら俺も眠ってしまった。
目を覚ました時、総悟はもう起きていてまたメニューを眺めていた。俺の気配に気づいた総悟は顔を上げて「あんたが寝てるから暇でしたぜ」と言った。
「おめーが先に寝たんだろ」
「そうでしたっけ?」
空っとぼけた総悟はメニューを投げ出して、伸びをした。
「腹減ってます?」
俺は首を振った。不規則な勤務のせいで飯は遅くなることが多い。さっき間食した上にまだ十八時だ、夕飯には早い。
「ならもう風呂入ったらどうです」
「お前が入れよ、サウナ入りてーんだろ」
なぜか総悟は一瞬考え込んで、俺は身構えた。
「ま、そうさせてもらいやすか」
土方さん続き見てていいですよ、あんた風呂入ってる間にそこ見ますんでと総悟は言って寝室に消えていった。言われた通り続きを再生し始め、もはや見慣れてきたオープニングを眺める。別の番組を見たっていいのに、なんで俺は素直に総悟の言うことを聞いてるんだろうか。監禁すると言われるとなんとなく主体があちらにあるような気がするから? あの廃ビルで監禁された日を思い出す。あの時と比べると自由があるから、俺も甘んじて受け入れてしまっているんだろうか。
今日のニュースを見たら真選組が映っていて帰る口実になるかもしれない。そう思いながらチャンネルを変える気にもなれないのは自分でも不思議だった。
携帯はまだ、鳴っていない。
総悟はいつもよりもずっと長風呂をして、頬に赤みを帯びて出てきた。入れ替わりで風呂に入る。スチームサウナはいつものドライサウナと違って暑くないので物足りなく早々に出てきてしまった。それでも湯の温度はちょうど良くて満足だった。俺はいつもの屯所の風呂だともの足らない。こんな熱い湯に浸かれるのは銭湯に行った時くらいだ、と湯船で足を伸ばしながら考えていてふと気付いた。総悟はわざわざちびっこ風呂に入るくらいだから熱い湯が苦手だ。この温度の湯に入れるわけがない。
「あいつわざわざ温度を上げたのか」
「なんか言いやした?」
独り言に返答があって、思わず水音を立てるくらい驚いた。曇り硝子の扉に、見慣れた頭が丸い影が映り「なにビビってるんですか」と含み笑いの声がする。
「ビビってねーよなんでお前んなとこいるんだよ」
「ドライヤー取りに来たんでィ」扉に映った影は手に持ってるらしいドライヤーを振った。「そしたらなんか一人でブツブツ言ってたから」
「風呂がちょうどよく熱かったんだよ」と俺は言った。
「お前いつこんな熱い湯に入れるようになったんだ」
「入れるわけないでしょ、俺にとっちゃ三十九度が適正ですぜ」
扉越しのあいつの声はいつもの通りだった。温度は低め、ただし少しだけざらついている。その声は事務連絡のように「出る前にあんたが好きな四十二度に変えたんでさ」と言った。
絶句した。あまりに意外すぎて。
礼を言っても良い場面だった。だが俺が何も言えないうちに総悟は感謝を強要するでもなくさっさと立ち去ってしまう。
閉まる扉の音にとり残された俺は熱い湯船に体を深く沈めながら長く息を吐いた。
部屋に戻ると、総悟は退屈そうにTVを眺めていた。きちんと乾かされた髪はいつもより艶があった。いつも髪を乾かすのを億劫がりそのまま寝ることも珍しくないのに今日はちゃんと乾かしたらしい。総悟はかったるそうにリモコンを操って停止ボタンを押し、「そろそろ夕飯入りそうですかィ」と聞いた。
「ああ、ちょっと腹減ったな」
先ほどと同じようにメニューを二人で覗き込む。ホテルに入っている格式ある割烹や寿司屋が作るらしい、うどんや蕎麦などは比較的安い、だが市価の三倍は取るだろうか。ステーキ丼や寿司の盛り合わせなんぞはなかなかいい値段がする。バカ高い料理を眺めていたら武州から上ってきた頃を思い出した。蕎麦屋くらいしかろくにない田舎と違って江戸にはたくさんの店がある、このお江戸にゃおめーらのちっちゃい常識じゃ測り知れねえ店がたくさんあるんだ、信じられねえような金取られるとこもあるから間違っても飛び込みで寿司屋なんぞ行くな、出てくる奴の身なりをちゃんと見てお前らとおんなじような格好したやつが行く店に行け、あとふぁみれすと書かれた店は値段もしれてるからしばらくはそこに行けと松平のとっつぁんにくどくど言われたことも今は懐かしい。その時は酷ェこと言うおっさんだなと思ったがすぐになかなかに正しい忠告だとしれた。将軍家とも親戚筋という生粋の殿上人のくせに、あの親父にはびっくりするほど気の回るところがある。
そういえば真選組が発足すると近藤さんと俺はまず立ち振る舞いを学べと料亭に連れてかれたのだった。おどつくと田舎モンだと舐められる、どんなに高くても驚くな、金惜しみは一番しちゃならねえ、見栄を張るのも伊達のうちだと。
そんな薫陶を垂れながら芸者と野球拳をして下帯一枚になって腹踊りをする上司を見て俺は「コイツについて行って大丈夫だろうか」と本気で思った。近藤さんはその帰り道「アレが江戸の粋な遊びって奴か」と熱い息を吐いていたのでバカ素直もいい加減にしろと言ってやった。忠告は効かず近藤さんは程なくしてスナックやらキャバクラやらに出入りするようになったが。困ったもんだと思いながらも見栄を張るのも伊達のうちだという言葉は妙に心に残り、俺はどんなところに行っても値段を見ても眉一つ動かさない癖がついた。
柄にもなくのんびり過ごしたからそんな昔の馬鹿馬鹿しい思い出に引っ張られたのかもしれない。気がつくと総悟が「何一人でぼーっとしてんですか」と顔を覗き込んでいたから、素直にそんな話をしてやった。とっつぁんが腹踊りをするくだりで総悟は珍しく唇を緩めた、そういえばこいつは昔からとっつぁんの腹踊りが好きで、見るたびにおもしろそうに笑う。俺の前じゃ滅多に笑わねーくせに、という妙な感情が腹の中をよぎり、すぐに消える。
総悟はお高いステーキ重と日本酒にすると言った。考えるのが面倒くさくなり同じ店のサンドウィッチにしようとしたら総悟が不機嫌そうな顔をした。
「土方さん、考えてもみなせえよ。あんたの残り短い人生、俺に奢られるなんて機会はそうそうないんですぜ。適当に選ぶなんて勿体ねえ」
「俺の人生を短ェって決めつけんな」
結局俺も同じステーキ重を頼むことになった。全てを丸め込まれてる気がしないでもないが、なんで総悟が俺を丸め込もうとするのか分からない。
夕飯を食い酒を飲みながらドラマをだらだら見続けた。味は文句なく美味かった。
総悟が食べ終わったルームサービスを廊下に出しているとき、ふと俺は窓に近づいた。とっくに日が落ちて城は見えない。変わりに高層ビルから瞬く橙色のやわらかな光が上品に眩く映る。同じ夜景でもピンクライトやらが混じった近所の光景とはえらい違いだなと思いながら煙草に火をつけると、背中から肩にかけてなにかあたたかいものが当たる。
総悟が俺の背中に張り付いて肩に顎を乗っけているのだと気づくのに少し時間がかかった。
「何見てんですか」
総悟が問いかけてくる。夜の硝子に反射する自分の顔が動揺していて、その事実に思わず息を詰めた。
「いつもの夜景とはえらい違うなと思ってたんだよ」
俺はちゃんと声を出せているだろうか。
「当たり前でしょ、将軍様がご覧になる景色ですぜ」
「そーだったな」
いつものように会話をしながら総悟は動かない。俺も動けない。こんな時に限って、煙草が燃えるのはひどく遅い。
「土方さんは分かりやすいなあ」
硝子に映る総悟が笑った。
「教えてあげましょうか、俺がなんでこんなことしてんのか」
あんたを籠に入れてみたかった、と総悟は言った。
「自由を奪ってみたら、ちったあエサやる気になりやしたぜ。それが分かったのがいちばんの収穫かもしれねーや」
昏い鏡に映る奴の表情は口だけ笑っていて、おれはびっくりするほど簡単に、いつもは見抜けない奴の嘘がわかった。
「お前、それ嘘だろ」
背中の重たくあたたかいものはぴたりと動きを止めて、肩に置いていた顎を引いた。その隙に俺は振り向く。当たり前だが総悟の顔はびっくりするほど近くにあった。
「あんた、なんでこんな時だけ鼻がきくかなあ」
総悟は俺の目と鼻の先で破顔した。それだけ近かったのだから、俺は総悟になんだってできた。殴ることも突き放すこともできた。手を伸ばすことも頭を撫でることもその頬をつついてやることも、きっと。
だけど俺は何もしなかった。どうすればいいのか分からないから。俺は近藤さんでもこいつの姉貴でもないから。
俺が俺として総悟に触れたことなんて、もうずっとなかったのだと、今気がついた。