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deVotion

全体公開 12 1989文字
2025-07-14 03:33:15

越知

Posted by @uk_plus_



 たとえば、もしたとえば彼女が自分の目の前からいなくなってしまったら――死んでしまったとしたら。

 室内の常夜灯がうすらと照らす彼女の頬につうと指先で触れて、越知はそんなことをぼんやりと思った。
 時刻は恐らく午前二時過ぎ。暗闇の音が聞こえる中、越知はぽとりと降りた思考に囚われてしまっていた。何も身に着けずに寝具に潜ってしまったから体が冷えて寂し気なことを思うのかもしれないと一寸考えた越知は、同じく素肌のまま己の腕の中で眠る彼女を見やり、ほんの少しだけその温かさを抱く腕に力を入れる。起こさないように、慎重に。それはそれは壊れ物を扱うように、少しだけ彼女を近くに抱き寄せた。しかし越知がそんな杞憂を孕む動作をしても、腕の中の彼女はすうと寝息を立てて深く深く眠ったままだった。安堵の気持ちと同時に不安も募った越知は彼女の額に己の唇を寄せる。触れたそこは温かく、落ち着く匂いがした。今たしかにこの腕の中にある温かさは現実であり本物で、そしてそれはやんわりと越知の不安を和らげるのだ。

 緩やかに心が軽くなったのを感じて、越知は小さく苦笑いした。先ほどまであんなにも深く気持ちと熱を彼女と共有したというのに、こんな答えのない不安に襲われてしまう己の弱さに。

 彼女の隣にいる己に自信がないわけではない。越知にはその隣に見合う自負があり、しかしそれは驕りや慢心ではなく“彼女にとっての一番”と“それを想える己自身”を尊んでいるからだ。だからこそ――だからこそ越知の心にひとつの薄膜のような不安が、時たま襲ってくるのだ。

――彼女と共に在れなくなった時、俺は――

果てのない不安だ。それがどういう形で訪れるのか。命の最果てなのか否か。それは若年過ぎる越知には到底わからないことだった。それでも彼女に愛おしさを感じる度、たしかにそう想う度に越知はうっすらとこの不安を抱いていた。日々に支障をきたすほどではないがこの気持ちを御す術が、未だ越知は掴めずにいるのだ。もちろん彼女へこの心を吐露することなどできるわけもなく、ただ己の熱を激しくぶつけることでしか表出できずにいるのが現状だった。そんなことが続く毎、情事の後に眺める彼女の寝顔を物寂しく感じることが増えていったのだ。たしかに彼女を想う気持ちはあるというのに。こんなにも、強く。自身の心に難儀を感じながら、越知は今晩もこうして彼女の頬に触れていた。

 今日も思考の先で寝落ちてしまうだろうと思っていた越知が、頬を伝い触れる己の指先で彼女の唇に触れた瞬間だった。

「つき、みつ?」

舌足らずな甘い声が、静寂にぽつりと聞こえて越知ははっとする。さっと唇から指先を離して、越知は先ほどまで触れていたその頬をそっと撫でた。

「起こしてしまったか?」
「ううん……ねつけない?」
「じきに寝る、問題ない」

未だ微睡みの中にいつつも己を心配する彼女の声音に目を細めて、越知は静かに言う。するとそんな越知の頬に小さく白い彼女の指先が寄せられ、少し眼前にかかっていた青髪をさらりと除けた。その先に見えた彼女の瞳はぼんやりとしているのに、たしかに、たしかに越知を見つめていた。

「どう、し――
「だいじょうぶ」

え、という越知の声が零れる前に彼女はその白と青の頭にそっと触れて、ぽんぽんと優し気に、まるであやすようにふたつほど撫でる。

「月光、だいじょうぶだよ」

頭部の柔らかく温かな感触と、その声色と同じくらい朗らかな彼女の表情に、越知の喉奥は詰まってしまったようだった。そうして越知が何も言えない間に、髪を撫でた手からは力が抜けていき、体の位置を直すように越知の胸元に近付くように身じろぎをひとつして彼女はまた健やかな寝息を立て始めた。

 愛しい寝息だけが聴こえる静寂が再び訪れて、ふっと越知はひとつ息をした。寝息と合わせて動く小さな肩に寝具を静かにかけ直し、ぐっと身を寄せて乾いた己の唇で、越知は彼女の柔らかい唇に触れる。

 いつもの薄膜の不安は、彼女をひっそり抱き寄せた時よりも幾分もましになっていた。そう感じれば、不思議と越知の双眼は眠気を覚えて重たくなっていく。その重みに任せて瞼を閉じればすぐ越知の視界は暗闇になるが、そこには何ひとつ恐ろしいものは無い。温かさを腕の中に在ることを認めながら、越知はただ単純に彼女との“今”を想うことを強く思うだけになっていた。

――おやすみ」

優しい声音は、まろやかな常夜灯の光と暗闇の音に解けていく。



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