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ロスト・ジュライだった日(VWV風味・原作後V)

全体公開 VWV 単発・短編 2 3 3761文字
2025-07-21 23:05:48

07/21記念、原作版。ヴァッシュはどこかで牧師がそこにいないのわかってるので毎年同じ話をしています。どこかで「ボケたんか、ジジイやし」って言われるの待ってると思います

Posted by @neastrig

 ヴァッシュに限った話ではないが、このノーマンズランドでは日付を見る習慣のない旅人も少なくはない。
 ノーマンズランドに季節というものがなく、また日付がわかったところでメリットも多くはないからだ。そして日付が必要な場所というのはだい」いそれが確認できるようになっている。
 それでもラジオを熱心に聞くタイプであればチェックはしていたろうし、最近ではテレビジョンも出てきて日付を意識する感覚ができた者も多くなっていた。だから以前に比べれば日付をきちんと記録している者は旅人にも増えている。だが、百五十年の生活を変えるに至らないヴァッシュは未だその習慣と無縁のまま旅を続けていた。それでいいと思っていた。
………げ、今日ってあの日だっけ」
 ヴァッシュはそのことを、この日改めて後悔した。通算三度目、毎年同じ日に胸に刻んでは忘れるのが、すでに恒例行事となり始めている。
 そんな今日は、七月二十一日。
 かつてロスト・ジュライの日だったこの日は、今では地球との邂逅の日として、そして長く続いた戦いがオクトヴァーンで終結した日として祝われるようになっていた。 
 正直なところ、ヴァッシュはこれを素直に喜べないでいる。


 ほら、祭りの記念にどうだい。そんな声をかけられ、いつもならわくわくと覗く出店を足早に通り過ぎる。
 しくじった。ヴァッシュは心底歯噛みしながら、甘い香りやソースの香りにぐっと耐える。街の外れにあるという宿に向かうのは他でもない、この祭りの空気から逃れるためであった。下ろした黒髪を揺らしながら、人ごみを器用にかき分ける。
「次こそは気を付けて避けようと思ってたのになあ」
 毎年これだ。去年は乗り込んだバスの中がだんだん明るくなるので「あれ? 」と思っているうちに到着、その場で宴に巻き込まれかけて逃げた。その前はバス待ちのために二泊を決めてから翌日に祝いだと聞いて宿に引きこもったが中心街だったので逃げきれなかった。
 そして今年はトマに乗って数日かけて移動した結果この日に到着、トマ屋に短い相棒を引き渡しながら頭を抱える羽目になった後の、今であった。
「いやね、別にいいんだよ。みんながお祝いするのは、うん」
 ただなあ、と苦笑いして振り返る。気付けば中心街を抜けて人通りは減っていたが、それでもお祭り騒ぎが聞こえてくるのだから、ヴァッシュは驚きを隠せそうにない。
 小耳にはさんだ話が確かなら、この街はかつてプラントを失って滅び、事件終結後に住民が戻って復興させたのだとか。その成り立ちを思えば盛大に祝うのはわからないでもないが、それでも三年もすれば落ち着くと思っていたヴァッシュには不意打ちに近いパレードで少し居心地が悪かった。
 そう、居心地が悪いのだ。何せ星歴一〇四年から十年ほどこの日は街のどこかからヴァッシュの罪を問う声が聞こえた日、ロスト・ジュライの日だったはずなのだから。
「偶々とはいえ、ねえ」
 数年前まで恐ろしい事件の日だった。それがめでたい日に変わったこと自体は悪いことではない。だが、ヴァッシュにとってもそうなることは未だにありはせず、今もなお胸の痛い日で、だからこそこの祭りに加わることができないことが申し訳なくすらあった。
 ジュライの人々を殺めてしまった日であることは変わりがない。何より数年前の終結の日とて自身の意思で信念を曲げて人を殺した日であることは変わらず、悪いことばかりではなかったが手放しで良い日だと思うことはできなかったのである。
 迷った末、ヴァッシュは昨年、そして一昨年と同じ選択をとることにした。進むのはまっすぐ、予定の宿と、その隣にあるという酒屋である。

 適当な酒を一本買い、一部屋借りた安宿でグラスを二つ頼む。
 宿の主人が一人客の注文に疑問も持たずに渡してくれるのがありがたかった。きっと似たような客がいるのだろうと少しだけ耳を澄ませながら、無音の廊下を進んで鍵を渡された部屋に入る。
……悪いな、いつもついでみたいにさ。もうちょっとだけ待ってくれよ」
 無人の部屋で呟くそれは、残念ながら独り言だ。それでもまるでそこに誰かがいるようにヴァッシュは振舞う。そういう弔いをすることにしたのは、一昨年の成り行きだったろうか。
 荷物を片付け、ボトルとグラスを机に置いてシャワーを浴びる。少し髪を湿らせたまま部屋着で戻って椅子に腰を下ろすのも例年通りだ。そして、椅子もない向かいの席にグラスを置いて注ぐのも。
 自分のものも注いでかちんと鳴らす。音は紙吹雪のあの日と変わらなかった。
「元気にしてるよ、僕は」
 語りかけるのは、きっとこういう日のサシ飲みだって付き合ってくれる友人だ。彼に話しかけることで、この日この時だけヴァッシュの部屋は過去を思い出すための空間となるのである。

……で、その日の後はうまく保険屋さん、じゃないな、テレビ屋さんたちをまいてるからまだ会ってないんだけどね。そろそろ彼女らも出世して僕を離れるべきだと思うんだけどなあ」
 はははと笑って四杯目を煽る。否、正確には七杯目だ。相手の酒も盗み飲んでいるからカウントしていないだけだけれど。
 ヴァッシュは会話を途中で切って、おもむろに窓の外を見る。まだ明るく、賑やかな街の様子が聞こえてきた。ふふと笑う顔に、先の複雑な色はない。
「きっと、ジュライでもこういうお祭りはしてたんだろうな。君の年齢……は結局聞けてないけど、どうせあの頃ってまだガキんちょだったんだろ? なら知らないと思うけど、僕あの頃コンラッド……偽名でジュライにいた知人に会いたくて、偶々外に出てるっていうから戻るまで滞在してたんだ」
 とぷとぷと、空になっていた友人のグラスに注ぐ。飲め飲め。結局自分が飲むというのに、ヴァッシュは愉快そうに注ぎ、話を続けた。
「それでまあ、すごく結構賑やかな街で。野垂れ死にそうなところ助けてくれた家族の食堂で働いてたっけ。そこの子供らが元気でさあ、お前も会わせてやりたかったな。多分僕と一緒にもみくちゃにされてたぜ? 」
 くつくつと笑うヴァッシュは目を閉じた。温かく迎えてくれた家族。常連のお爺さん。向かいの店の奥さんに、いつも遊びにくる子供たちのグループ。いつだって思い出せる顔だ。
 そして瞼をあけて、前を見た。空白の誰かのシルエットは、まだ見えない。
……相変わらず意気地なしだよなあ、僕も」
 くいっと自分のものをあおった。毎年こうだ。きっとあいつは付き合ってくれるんだろうなと思いながらもしもの話をして、空想ですら返事をしてもらえない。そのことを毎年残念にも思って、よかったとも思っている。
「ほんっと、遠慮なくて好き放題してたくせにこういうとき融通利かないんだよな」
 お前か僕、どっちだろうねそれ。自分の言葉に返ってくるのは、冷静な部分のヴァッシュの言葉だ。それに拗ねるでもなく、本当そうと笑いながらヴァッシュは友人の分の酒もあおった。
「本当、みんなもお前と会わせたかったな」
 そんなもしもがないことは、何よりヴァッシュが知っている。
 ジュライの人々が生きていたら、ヴァッシュは友人に出会えていないだろう。友人を失っていなかったら、あの日の結末はなかっただろう。そしてあの日がなかったから、今この街で楽しそうなお祝いの今日はきっと訪れなかったのだ。
 全ては通り過ぎた列車のレールのごとく、別の道が存在しないものである。
 それでも皆がお祭り騒ぎをしている間、弔うばかりじゃ叱りそうな彼らに甘えてヴァッシュは「もしも」を考えるのだ。
……レムとお前が会ったら、どうだったんだろうね。気が合ったかな、叱られたかな。お前がレムに叱られてるのを見て大笑いするのも楽しそうだけど、それがジュライでならそんな暇もなく食堂で働きながら遠目に二人を見てるのかなあ」
 他にも、たくさんのもしもを浮かべてみる。最後はいつも林檎の木の下に辿り着くけれど、ヴァッシュの友人はそこまで付いてきてくれなくて「お前、そういうとこだよ」と誰もいない道を振り返るのが恒例行事だった。
「今年は、これやらずに済むように一人で飲もうと思ったんだけどなあ」
 一番最初の一昨年はこの祝日の喜びの席に混ざれない自分なりの選択だった。昨年は反省しね他の弔い方法を選ぶつもりが、結局街の空気が同じだから同じような形になった。
 そして今年は言わずもがな。ヴァッシュはまた過去の友人たちに甘える日を過ごすらしい。兄は、未だここに加えていいかわからない。
「まあ、あれだよ。誕生日とかまで付き合えとは言わないからさ、今日くらい我儘聞いてくれよ」
 我ながら結構図太くなっただろうか。酔いのせいか、彼が愉快そうに笑う声が聞こえた気がした。なんだよ、かっこ悪いって? それともこういうのを喜んでくれるんだろうか、お前は。
 残念ながら返事はない。ヴァッシュは未だ姿も見せずまともに声も聞かせない彼の名前すら呼べないまま、それでも今日だけは過去を見て酒をもう一杯足した。
 明日を進むために、少しだけ休む日だ。誰かがヴァッシュのこれをそう呼んでくれる日は、もう何年か後のことである。


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