@tirichann
「ああ、名前 !」
向こうから寄ってくるのは土井半助、私の恋人だ。忍術学園の教師をしており、多忙な合間を縫って私と交際している。それなのに、彼の唇には赤がついていた。彼は気付いていないのか、嬉しそうに私の方へ駆けてくる。浮気するくらい私のことがどうでもいいならば、会えて嬉しい気持ちもないだろうに。
私は立ち止まった彼の唇に手を伸ばして、残った口紅を拭った。突然唇に触れられたことに、彼は驚いたようだった。
「ついてましたよ」
それだけ言い残して去る。口紅をつけた女と口吸いをした後痕跡を消し忘れるなど、忍者にあるまじき失態だ。逆に言えば正常な判断力を狂わせるほど浮気相手に夢中なのだと思ったら、どうしようもなく悲しかった。
彼を避け始めて数日が経つ。無理に会おうとはしてこなかった彼だが、姿を変えて私の前に現れた。女物の着物を着て、長髪のかつらを被っている。
「その姿……」
「女装した私だ! だから見せたくなかったんだ!」
彼が任務で女装することがあるとは知っていたけれど、その姿を見たことはなかった。彼の言う通り、私に女装姿を見られたくはなかったのだろう。
「じゃあ何で」
今見せるのか。彼は口紅を取り出した。
「君に勘違いされたままよりいいだろう」
その色は、あの日つけていた紅の色と同じだった。私の勘が正しいと言うように、彼は言葉を続ける。
「口紅がついていたのは、女装していたからなんだ」
女装した後、口紅を落とし忘れていたのだろう。抜け目のない彼がどうしてそんなことをするのか。私に早く会いたかったから、という答えが頭に浮かぶ。流石に自意識過剰だろうか。でも、目の前で微笑む彼の姿を見るとそうも思えない。
「わかってくれたか?」
返事の代わりに、私は彼へ抱き着いた。