@tirichann
教科書を貸してほしいと去年同じクラスだった 苗字がやってきた。 苗字を好いている者として、忘れた時俺の元へやってくるのは嬉しいことだ。意気揚々と教科書を取り出そうとしたところで、俺はとあることを思い出した。同じように英語の教科書を古森に貸したとき、”SEX”の単語にマーカーを引かれたのだ。くだらないと呆れて放置していたものの、 苗字に貸し出すなら大問題だ。俺が下ネタ男だと思われるどころか、セクハラにすらなってしまうだろう。
「やっぱりお前には貸せない」
最悪の事態を想定して言うと、 苗字は案外簡単に引き下がった。
「じゃあ佐藤から借りるからいいや」
佐藤とはこのクラスに男子一人しかいない。女子に借りるならばいいが男子に借りるのは避けさせたい。
「それはダメだ」
俺が言うと、 苗字が不思議そうな顔をする。
「何で? じゃあ貸してよ」
「それもダメだ」
自分でも理不尽なことを言っているのはわかっている。教科書を貸さない、他の男に借りるのも許さない。女子に借りるのがベストだが、このクラスの女子に知り合いがいないのだろう。 苗字を男に関わらせず、かつ 苗字を救う方法を考える。
「正直に教科書を忘れたことを申告して罰則を俺に受けさせてくれ」
英語の教師は忘れ物をした人に単語の書き取りをさせる。借りさせない代償に、俺がそれを引き受けると申し出た。
「佐久早ってドMなの?」
苗字は眉をひそめた。変な勘違いをされているのではないかと焦ったが、俺の男に借りさせたくない気持ちは伝わったようだ。
「わかった。誰にも借りないよ」
苗字は去っていった。俺はとりあえず安堵する。これで 苗字に下ネタ教科書を見せることも、 苗字が男と関わることもなくなった。
昼休み、罰則の書き取り用紙を受け取りに行くと 苗字はあっけらかんとして言った。
「隣の人に見せてもらったからないよ」
苗字は忘れ物を正直に申し出るのではなく、隣の人に見せてもらったのだ。俺の責めるような視線を受けてか、 苗字は言い訳をする。
「だって部活で忙しい佐久早にペナルティさせられないじゃん」
「だからって男と机をつけるな!」
俺の気持ちはだだ漏れだろう。そんなことも気にせず、 苗字が男と関わることばかりを危惧している。
「隣女だけど」
「ならいい」
それだけ言って、俺は教室に戻った。俺の教科書にマーカーを引いた古森には、何らかの制裁をしよう。