贈られる花束の話
長谷部が愛の受け止め方を知るまで。
@fu_re_re_ra
俺の今代の主は、とにかく言葉を惜しまない。
嬉しい。とっても嬉しい。ほんとに嬉しい。
ありがとう。すごいや。優しいね。
カッコイイなあ。すっごくおいしいよ。助かったなあ。
きれいだね。きらきらしてるね。素敵だなあ。
心強いよ。安心だなあ。頼りにしてるね。信じてるよ。
明日もよろしくね。会いたかった。一緒に行こうよ。
そばにいたいな。ずっとずっとだよ。
長谷部がいてくれて、よかったなあ。
時に面映いほどに言葉を惜しまない主は、俺にも慈雨のようにきらきらと言の葉を注ぎ、ためらわずに贈る。
無邪気で素直な生来の気性も相まってか、決して俺だけに限った話ではない。
それでも。
言の葉が花なら、俺の両手には既に持ち切れないほどの花束が贈られている。
《溺れよ、下げ緒の端まで》
「わあ、ありがとね、長谷部! すっごく助かったなあ」
「過分な御言葉です。どうぞ、俺にそのような」
さして難しくもない、戦武功でもない、たかが事務仕事程度の話だった。
確かにこの本丸は、他と比べても異常なほどに書類が多い。現世で過ごす代わりに主人に課されている、政府の新制度の影響らしいが、適正のある長谷部が力を発揮する場面は多かった。
とはいえ、それだけのことだ。
お仕えしている身には過分なほどの労いをたびたび贈られ、すすんで長谷部が辞意を示せば、主は少しの間不思議そうにきょとんとされた。
「んと、あのね、長谷部」
「はい、なんでしょう」
「わたしね、たぶんね、口下手? だと思うんだ」
「は、」
長谷部は思わず「は?」と臣下に相応しくない間抜けな返答をしそうになり、途中で慌てて飲み込んだ。
出し抜けに口にされたその自己評価は、あまりにも主人に不釣り合いだったからだ。
「だってね、えっとね、うーんと、伝わってないと思うんだよね、ほら」
大きく首を傾げ、腕を組み、しきりにうんうん唸りながら、長谷部の主人は何かを一生懸命に伝えたそうにしていた。
「うまく言えないんだけどね、あのね、あのね」
あ、と探していた言葉を見つけたように、主はぱちっと目を開けて長谷部に向き直った。
「たとえば、たとえばだよ。ここにね、長谷部とおんなじくらい書類ができて、おんなじくらい仕事手伝ってくれて、おんなじくらい強い刀がいたとしてね」
考えたくもない悪夢のような想定が主人の口から出てきて、長谷部は、反射的に顔をしかめそうになるのを堪えねばならなかった。
いるのだ、この本丸には。主が着任したその日から共に並んで、頭を悩ませて主のために書類を捌いてきた初期刀が。軽く目を通しただけでほとんどの計算を終えてしまうほど卓越した頭脳を、驚きと称して普段は馬鹿馬鹿しいことにしか使わない初鍛刀が。
そいつらは、今の長谷部よりずっと強い。
ぐっと俯いて、瞬時に表情を取り繕った長谷部は、再び顔を上げた。
だが、そこには。
見つめ返すのを躊躇うほどに、長谷部をまっすぐ見つめる真剣な眼差しがあった。
「でもね、わたしがいて欲しいのも、ありがとうを言いたいのも、今わたしの目を見てる、わたしの長谷部」
思わず目を丸くした長谷部に、主は明るくぱっと破顔して「ほら、驚いてる、伝わってない」と笑い飛ばした。
「だからね、ありがとうって、そういう意味だよ。あなたじゃなきゃやだよって意味だよ」
二の句を継げずに固まっている長谷部の両手をたやすく拾い上げた主が、花咲くように、笑った。
長谷部の腕に
大輪の花束が、またひとつ。
「当たり前になるまでがんばって伝えるから、受け取ってね」
長谷部は続く言葉を失って、大きく息を呑んだ。
「それ、は」
それは、あまりに、酷だろう、と思った。
ただでさえ、もう既に溢れんほど花束を受け取っているのに
主人は、長谷部に。
これ以上に、まだ、ずっと。
溺れるように、と仰った。
長谷部は、それきり口を固く閉ざし
ぐっと、己の鞘を握り締めた。
バラバラに解けた下げ緒は、未だ結ばれていない。
そう、これは、まだ、長谷部が。
修行に向かうのを躊躇っていた時分のことだった。
「「────あるじ、誕生日おめでとー!!!」」
時は流れ、今日は本丸で重ねる幾度目かの主人の祝いの席だった。
クラッカーの渦の中で、紙テープまみれになった主が、ひどくくすぐったそうに笑っている。
例年この本丸では、就任記念日と同様に、俺たちで主の誕生日を派手に祝うことにしている。
それまで紆余曲折あったが、今は既に本丸の全ての者にすっかり受け入れられた行事ごとだ。普段は集まりにまともに参加しない大倶利伽羅のようなタイプの者まで、端の端の方とはいえ顔を出しているぐらいには。
長谷部は真っ先に進み出て、進行を務める総務番長として皆を代表して祝意を述べた。
祝宴はまだまだ始まったばかりだ。
「主、今日という日を心よりお喜び申し上げます。まずは僭越ながら、俺からこちらを」
手渡された大輪の花束に、長谷部の主人は顔を埋めながらひどく嬉しそうに「わあ! ありがとう、嬉しい!」と笑った。
大きく息を吸い込んで、花の香りを楽しむ主は、蕩けるように幸せそうだった。
事前に皆と打ち合わせしてあった本来の演目では、ここで次の祝いの余興に移るはずだった。
だが長谷部は、ダンスのために待機している粟田口の短刀たちを無言で手で制し、裏に隠して置いてあった別の花束を主へ手渡した。サプライズだった。
「こちらを」
「わ」
「そしてこちらも」
「ん?」
「さらにこちらも」
「あれ?」
「こちらもです」
「あれれ??」
次から次へと奥から出てくる色とりどりの花束。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつと、カラフルに歳の数だけ重ねられていく。
これは、あの日の貴女に。
こちらは、あの日の貴女へ。
この花は、俺たちと出会った貴女に。
この花は、いずれ俺たちと出会う貴女へ。
この花は、そう。
遠い旅路を歩いて、俺たちのもとへ来てくださった、幼き日の貴女へ至るまで。
見る見る内に両腕の中で増えていくブーケに、始終ぽかんと目を丸くしていた主は、いよいよ二十を重ねたところでついにすっかり埋もれて「あはははっ!!」と笑い声を上げた。
「ふはっ! あはは! 長谷部、溺れちゃうよお!」
「お嫌ですか、あるじ?」
微笑んだ長谷部の問いかけに、大量の花に溺れたまま、主は向日葵のように破顔した。
「もちろん、嬉しい! しあわせ!!」
ええ、俺もでした、主。
そう長谷部は、心の中で応えた。ついぞ何も答えられなかったあの日の答えを。
「あはは! こんなに貰ったの初めてだあ!」
無邪気に喜んだ主は、ふっと目を細めて、まるでチョコレートが熱で蕩けるように微笑んだ。
「長谷部はいつもほんとうに、素敵なものをたくさんくれるね」
いいえ、いいえ。
頂いたのは、いつだって俺の方でした。
刀剣は鏡、付喪神は想いの器。
貴女が降らせた花束が、俺をこんな男に育て上げたのです、主。
下げ緒は既に固く結ばれている。
愛情にすすんで溺れることは怖くはないのだと、もう一度貴女が教えてくださった。
主は、溺れるほどに花束に抱き締められたまま、ひどく幸せそうに笑った。
花渦の中でなお一層華やかに咲き誇る向日葵のように。
「ありがとう、長谷部!!」
はい、ここにおります、貴女の長谷部が。
藤色の瞳を柔らかに細め、長谷部はそう胸の内でいらえた。
貴女の声を、言葉を、想いを。
どう受け止めて良いか分からなかった、あの日の俺も。
きっと、今なら受け取ることができる。
はい、主。この長谷部、貴女の望むままに。
これからもずっと、絶えず、いつまでも。
俺は、貴女の愛に溺れていたい。
耳の奥に、貴女の優しい主命が聴こえる。
《溺れよ、下げ緒の端まで》