ワンドロワンライで書いたお話。モブゼクセン騎士とロラン。
@kazane_noname
遮るものなく広がるヤザ平原は、今日も良く晴れていた。憂鬱な雨季は終わりを告げ、空気はカラリと澄んで心地よい。こんな日は愛馬を思う存分に駆けさせて、好きなだけ水浴びをさせてやりたい。
「……ですけどねえ」
あるゼクセン騎士は、平原の数百メートル先に整然と組まれた陣を眺めながら、ふうと重い溜息を吐いた。
ずらりと並ぶ陣は、遠目に見ても色鮮やかだ。カラヤクラン特有の浅黒い肌が映える特徴的な文様の衣服とリザードクランの雄々しい緑の鱗が混ざり合い、独特な色彩を描いている。
「サロメ殿から伝令です。グラスランド部隊は間もなく進軍の兆し。こちらは相手の動向に注意しながら迎え撃てとのこと」
「承知した」
伝令の通達に、隣に立つ部隊長が静かに言葉を返す。
まわりの騎士たちより頭ひとつ以上背の高い部隊長は、薄紫の髪に尖った耳を携えた、ゼクセンでは珍しいエルフ族の弓使いだ。傭兵上がりで部隊長にまで成り上がった弓の腕前は部隊の中でも随一で、冷静な判断力も含めて部隊の誰しもが認めるところ。
隣に立つ騎士もまた彼を認めて付き従うひとりだが、表情ひとつ変えずに敵陣を見据える横顔に、ふと好奇心のようなものが宿った。
「隊長、少しよろしいですか」
「どうした?」
小声で話しかけると、短い返事と共に視線を向けられる。見下ろす瞳は他では見たことのない金色で、少し冷たくも、神秘的なものを感じさせる。
「どうして、彼らとやり合わなきゃいけないんですかね」
言葉を取り繕うこともせずに尋ねると、部隊長は表情こそ変えなかったが、わずかに息を詰めるような間を取った。あまり彼らしくない反応だ。
それに付け入るように、騎士は言葉を紡ぐ。
「俺、リザードクランもカラヤクランも、結構好きなんですよ。田舎育ちだったもんで、リザードクランとは小さい頃に水遊びをしたことがあるし、カラヤクランの子供と釣りをしたこともあって……どっちも、話してみると結構気のいい連中なんですよね」
そう話す騎士の顔は、自然と笑みを象っていた。子供の頃に経験した何気ない思い出は、今振り返っても楽しく喜ばしいものだ。一点たりとも濁りのない、まるで今日の空のような思い出だ。
「悪い奴らじゃないのに、どうして、戦わなきゃいけないんでしょうね」
つぶやきながら、空を仰ぐ。雲の流れは穏やかで、風もほとんどない。至って穏やかな空だ。
「――彼らがゼクセンにとっての『敵』だからだ」
そんな穏やかな空間に、ほとんど感情のない端的な答えが返ってくる。
空を見る視線を少しずらすと、真っ直ぐにグラスランドの陣を見つめる金の瞳が目に留まる。先ほどまでと変わらず神秘的ながらも冷ややかな瞳が、無感情という感情を宿すよう努めている。――騎士には、そのように映った。
「彼らはゼクセンと、その民の安寧を脅かす『敵』。それ以上でもそれ以下でもない。我らはゼクセンの民の平穏のために彼らと刃を交える。それだけだ」
普段から多くの言葉を持とうとしない彼にしてはずいぶん饒舌だと、騎士は感じた。
そうしてぽつりと、彼の発した言葉のひとつをこぼす。
「……敵、か」
その様が危うく思えたのか、部隊長は今一度、騎士に視線を傾けて口を開いた。
「戦いの前の迷いは、自分の首を絞めることになりかねないぞ」
「……大丈夫です。ちょっと聞いてみただけですよ。仕事はしくじりません」
「ならば良いが」
「敵勢、進軍開始!! 総員、迎撃準備!!」
怪訝そうな部隊長の声は進軍を告げる叫びにかき消された。背後に待機する仲間たちも一斉に戦闘態勢に移り、身を潜めて進軍するグラスランドの民たちに身構えた。
同じように腰を下ろした騎士は、背に負った矢筒から矢を一本引き抜いて弓につがえ、先頭を切って迫りくるリザードクランのひとりに狙いを定めた。
「……敵って、なんだっけな」
乾いた声でつぶやきながら弓を引き絞るその指先は我ながら呆れるほど冷静で――騎士は自嘲めいた笑みとともに、正確な一矢を放った。