いつ、何で書いたのかも覚えていない短文。父を想うクリス。
@kazane_noname
何年目かの父の墓参りの日。その記憶を唐突に「思い出した」のは、私自身の覚醒などではなく、右手に宿った紋章の力によるものだろう。
それは、私が幼すぎて忘れていたはずの父との別れの記憶。
うす曇りの白い空の下、父はいつもどおりに母と私に見送られてビネ・デル・ゼクセの自宅からブラス城へと発とうとするところだった。
「おとうさま、いってらっしゃい!」
そう父に声をかけるのは、幼い私だ。声には寂しさと、それを隠そうとする精一杯の明るさが宿っている。
そんな私を見下ろす父はというと、笑っているような、今にも泣きそうな、なんとも言えない表情を象っている。
「クリス、母さまのいうことを聞いていい子にしてるんだぞ」
「うん!」
「……いいお返事だ」
そう言って、父は膝を折って腰を下ろし、その大きな体で包み込むように幼い私を抱きしめた。
長い抱擁は、別れの儀式。少し苦しいほどにきつく私を抱きしめる父のぬくもりはあたたかくも、切ない。別れ難い想いが全身から伝わって、やるせなさばかりが募る。
「……おとうさま?」
長い別れになることを知りもしない幼い私の不思議がる声に、父は抱擁を解いて笑いかける。その顔はやはり切なげで、無理に象った笑みが余計に辛さを感じさせる。
その後、父は涙ながらに何かを告げる母と言葉を交わし、抱きしめ、最後のひと時を噛み締めて旅立った。そのときの顔は、もはや無理に笑うこともできなくなり、悲痛そのものだった。
父がどんな想いで家を出たのか――以前ならば想像などできなかったし、しようとも思わなかった。そんなに辛いのなら置いて行かなければ良かったんだ。自分から去っておいて身勝手すぎる――なんて、悪態すら吐いただろう。
……けれど、今ならば、わかる。
「……本当に、もう少しちゃんと話してくれていたら良かったのに」
つぶやきながら跪き、抱えた花束を墓前に供える。
ゼクセの空を包むのは、別れの日の記憶に見た、うす曇りの白。その下で、静かに祈りを捧げた。
「――ちゃんと愛してくれていて、ありがとう」
目の前の墓石にだけにしか届かないであろう声で告げると、雲越しに差し込む陽光が少しだけ強く、クリスを照らし出した。