@tirichann
夏の風物詩と言えば、私にとってラジオ体操である。この片田舎には夏祭りも花火もなく、うだるような暑さの中虫の声が響いている。町内は高齢化が進んでいて子供は少なかったが、その数少ない子供のために今も行われているのがラジオ体操だった。私達大人は、子供が起きる朝早い時間に合わせて順番で早起きし、集まった子供達に判子を押してやる決まりになっている。今日は私の当番で、眠い目をこすって体を動かした。子供達が楽そうに動く中私は時折息が切れていて、日々の運動不足を実感する。
「お姉ちゃん判子ー」
終わりざまに子供が私めがけて集まってくる光景はまあ、可愛いのではないかと思う。
「ちょっと待っててな」
私はバッグの中身を探る。続いてポケットを探ったが判子はない。私は絶望に襲われた。一体何のために早起きしてまでラジオ体操に参加したのか。子供達に判子を押すためである。
「使う?」
すると当番でもないのに毎日ラジオ体操に参加している北さんが、自らの判子を差し出した。いつ当番が来てもいいように毎日判子を持っているようだ。多分、宅配便を受け取る時用なのだろうけれど。私は素直に受け取ることにした。
「ありがとうございます」
待っている子供達のスタンプカードに判子を押す。押されたのは、当然ながら私ではなく北さんの苗字だった。
「お姉ちゃんの苗字ちゃうー北さんのや」
「結婚したん?」
「してへんよ」
こういうことに子供は目敏い。私が否定しても、好き勝手に騒ぎ立てる。
「結婚したんや!」
「北さんと 苗字さん結婚したー!」
大声で言うものだから申し訳なくなった。私は北さんの方を向いて謝る。
「すみません」
田舎の世界は狭い。明日には町内中に広まって、私と北さんが結婚していることになっているかもしれない。
北さんは柔和な笑みを浮かべ、私に向かって言った。
「ええよ、役得やしな」
その意味を深く考えるのはよそうと自戒のように思った。多分、勘違いしてしまいそうだから。来年や再来年のラジオ体操の判子が変わっていることもあるかもしれないな、と入道雲を見上げて思った。