ワンドロワンライお題「ひげ」で書いたお話。ヒューゴとレオ殿とムーアさん+シーザー。
@kazane_noname
広大なヤザ草原のただ中にしかれた戦陣は、寄せ集めの軍勢と呼ぶにはあまりに壮観であった。
編成されたひとつひとつの部隊は三十名程度と一小隊程度のものでありながら、その数は数十にのぼり、秋風に棚引く旗は薄曇りの空の中で鮮やかに泳いでいる。部隊の人員も多種多様で、甲冑に身を包んだゼクセン騎士に始まり、独特の文様の衣服をまとったカラヤクラン族、強固な鱗に守られたリザードクラン、ふわふわの羽毛をまとうダッククラン族などがひとつの部隊の中で入り乱れている。彼らは生まれも文化も信奉する神も異なる者たちで、つい数か月前までは剣を交えていた者同士だが、今は同じ目的のために手を結び、こうして同じ方向を見て戦いに臨んでいる。
同じ釜の飯を食い、何度かの実践を経たのもあってか、彼らの間にあったわだかまりは少しずつ解れ、部隊としての団結力も高まっている。
足並みが揃うようになれば、立てられる策は増え、またその成功率も自然と上がってくる。
ひとまとまりになった部隊の群れからひとつ抜けた最前線に固められた部隊もまた、炎の運び手正軍師を務めるシーザーの新たなる秘策のひとつだった。
「ヒューゴ殿、そう緊張なされるな」
「あ、う、うん……」
部隊のリーダーであり、その背後に立ち並ぶ軍勢のリーダーを務める炎の英雄ヒューゴは、ひりついた緊張感を隠し切れない面持ちで頷いた。
「これはあくまで演習。実戦さながらの気持ちで臨むのは良いですが、体を強張らせては自慢の身軽さも活かされぬ。もっと楽に」
落ち着いた声色で若きリーダーの緊張を解そうとするのは、同部隊に配置されたムーアだ。カマロ自由騎士団より駆けつけた歴戦の騎士であるムーアの落ち着き払った佇まいは戦経験の浅いヒューゴにいくらかの安堵をもたらした。
「ムーア殿の言うとおりだ。リーダーの部隊が突出しての突撃となれば緊張もするだろうが安心しろ。俺たちが傷ひとつつけさせずに敵将まで突っ切ってみせるさ」
そう言って続くのは、強固な甲冑に身を固めたレオだ。ゼクセン騎士団の誉れ高き六騎士のひとりであり「鋼鉄のレオ」との異名を誇る男の説得力は絶大なものがあり、ヒューゴの身と心は確かに軽くなっていく。その隣に立ち、飄々と流れゆく空を眺めていたシーザーは、ふ、と自信ありげな笑みを浮かべた。
シーザーが打ち立てた今回の策は、破壊者の軍勢と次にぶつかった際、リーダーのヒューゴに護りの固い戦士たちを護衛につけ、一気に敵将に攻め入ってその首を取るというものだった。恐らく敵将には黒ずくめの男、ユーバーが立ち塞がる。人間離れした奴の剣に真正面からぶつかるのは得策ではないと判断したシーザーは、豪胆な男たちとヒューゴの素早さによる奇襲に賭けようと踏んだのだ。
「我らカマロ自由騎士団の騎士たちと、レオ殿率いるゼクセン騎士団の重騎兵隊ならば、あの男と化け物の軍勢の攻撃も長く耐えられましょう。ヒューゴ殿はあの黒い男の首だけを見ていて下され」
ムーアは旅先の道中で出会い、戦いの中で幾度も助けられ、レオは敵対する相手ではあったが、その手ごわさは身をもって実感している。そのふたりの守りは、この炎の運び手の中でも随一を誇るだろう。
「うん、ありがとうふたりとも。だいぶ落ち着いたよ」
ようやく肩の力が抜いて笑んだヒューゴに豪胆なふたりは顔を見合わせ、うんうん、と頷き合う。身の丈はレオの方がひとまわり以上も大きいが、そのがっしりとした面持ちや立ち居振る舞いはどこか通じ合うものを感じさせる。
「ん? ムーア殿」
「む。どうされましたかな、レオ殿」
「いや失礼。自慢のひげが少々……」
「なな、なんですと!」
かっと目を見開いたムーアは慌てて右手に握っていた剣を鞘に収め、懐から手鏡を取り出した。
「おおっ、なんということだっ!」
鏡で自分の顔を覗き込むなり、ムーアは悲鳴のような声を上げる。先ほどまでの威厳たっぷりな声色とは正反対の様子に、シーザーは何事かと振り向いた。
「ひ、ひげがこんなに萎れてしまうとはっ……!」
ムーアの口元には、りっぱな髭が蓄えられている。ゆるいブイの字にそろえられたひげはムーアのトレードマークとも呼べるもので、噂によると夜はカーラーを巻いて眠るほどの徹底した手入れ振りらしい。今、そのムーアのひげは、確かに……いや、それとなく曲がっているような……。
「え、萎れてる? 俺にはいつもと同じように見えるけど……」
「何を言いますかヒューゴ殿! いつもはこの曲がりがピン! としているのに今はこんなにしょぼくれてしまっているではないですか!」
「え、えぇ……?」
「そうだぞヒューゴ。お前にはまだわからぬかもしれんがな、このちょっとした角度で印象はガラッと変わるものなんだ」
「おおお、レオ殿! 武器や騎士たちの扱いだけでなく、ひげのたしなみにまで通じているとは!」
「もちろんだとも。俺のこいつも、長い付き合いだからな」
言いながら、レオは自分の口ひげに軽く指を添え、満足そうに笑う。
「そうだ。応急手当程度にはなるが、俺が使っている塗り薬を貸そうか」
懐から手のひらサイズの塗り薬を取り出したレオが、ムーアに差し出す。
「おい、おっさんたち」
演習とはいえ突撃前とは思えぬ空気に、シーザーが思わず言葉を挟む。しかし、当のふたりはまったく耳に入っていないようで、ひげと塗り薬に夢中だ。
「これは初めて見るタイプの薬ですな」
「ああ、ゼクセの紳士たちからの人気が高い新作でな。ひと塗りでパリッと固まるんだ」
「なんと! それは魅力的な……!」
「戦の先陣を切る者、ひげはしっかりと整えねば」
「ごもっとも。では恐縮ながらここは言葉に甘えてひとつ……」
「……おいっ」
「あ、ムーアさん。鏡、俺が持とうか?」
「これはヒューゴ殿、かたじけない」
「……あのなぁ」
流れに乗せられてか、なぜか鏡を持つことを名乗り出たヒューゴに、シーザーはがっくりと肩を落とす。
その間も薬のサラサラ感や塗り心地の感想や、ひげの固まり具合に歓喜する声で部隊は賑わい、必要な緊張感もすっかり抜け落ちてしまった。彼らの背後に集う戦士たちも、ひげひとつを話題に談笑し、本拠地の酒場にでもいるような気の抜けっぷりだ。戦力や人間同士の相性なども鑑みながら組んだ部隊だったが、まさかこんなところに落とし穴があろうとは。共通点・ひげ。これが俺の未熟とするところなのか? ――いや、そんなもんわかるもんかっ。
「よしっ。これで準備は万端ですぞ。シーザー殿、お待たせした。いつでも始めて下され」
ひげの手入れをして気合を十分に入れなおしたムーアが、力強く呼びかける。協力したレオ、ヒューゴも満ち足りた面持ちで視線を投げかけてくる。三人の絆は、ムーアのひげによって強く結ばれたらしい。
シーザーは、勇み昂る三人に冷めた視線を投げかけ――
「……部隊、組みなおし」
ぼそりとつぶやき、ぐったりと項垂れた。