@tirichann
「あの、鉢屋三郎先輩ですか?」
最近様子のおかしい食満先輩に対し、私はこう尋ねずにはいられなかった。だがそれは食満先輩が食満先輩らしくないということであり、考えてみれば鉢屋先輩が性格も模倣しないわけがないのだ。
食満先輩は面食らったような顔をし、私に向き合った。
「何を言っているんだ」
「いや、いつもの食満先輩と違うので……」
食満先輩とは、上級生らしさとクールさが同居した頼れる先輩であったはずだ。ところが最近はどうだろう。「好きだ」に始まり頻繁に甘い言葉を囁いたり、手を握っているだけで幸せそうな顔をしてずっと隣にいたり。とてもではないが、食満先輩がやりそうなことではない。私の言いたいことを理解したのか、食満先輩はやや照れたような表情をした。
「俺だって恋人相手には気も緩むというものだ」
「恋人」と改まって言葉にされると、私も感じるものがある。食満先輩はこうやってまた簡単に空気を甘くする。だが今回は、私を責めるような言葉を放った。
「恋人なのに見分けもつかないのか?」
「そ、そんなことは……」
私が恋人として好意が足りていないと言われているみたいだ。そんなことはない。私は食満先輩が大好きだし、食満先輩に優しくされて嬉しいと思っている。
「じゃあ頬に触れてみればいいですね」
鉢屋先輩ならば、それで変装かどうかわかるだろう。食満先輩は「俺の感触を覚えていてくれ」とでも言うと思っていた。実際は私の手を掴み、いつもの精悍さで言った。
「俺以外の男に触れるんじゃない」
その独占欲を含んだような言葉に、私の頭はまた眩む。結局鉢屋先輩かどうかを見分けるためには食満先輩を良く知るしかないのだ。それもまあいいだろう。食満先輩が甘いのは自らの性質だと知ったことだし、これからもどんどん新たな食満先輩について知って行ける。私にしか見せない食満先輩の顔に、慣れるとは限らないが。