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キリシタンすり抜け主と刀剣男士〜夏祭り鬼ごっこ大会!〜

2025-08-03 13:16:26

近侍の座を賭けて、鶴丸主催の鬼ごっこを全力でやる刀たち。
こーゆー明るくて軽やかな楽しい話も増やしていきたいですね!

1〜3p 本編
4p 後日談(和泉守兼定)

ある朝、朝餉もまだの時間からむくりと起き出して、お玉を手にした鶴丸国永が、カンカンカンと愉快に鍋を叩き歩いた。
欠伸をしながら多くの者は「ああ、また鶴丸がおかしなことを始めたな」と、よくある光景としか思わなかったが。

「ふわぁ鶴丸さん、今度はなあに?」
「ふふん、聞いて驚け。夏祭りの伴の座を賭けて、第一回、鬼ごっこ大会を開催するぜ!」

《夏祭り鬼ごっこ大会》

この本丸は要人警護本丸。
前線任務より後方支援が主体の本丸で、最たる特徴は『主の帰還が月に一度』という点だ。

現世で審神者の警護に就ける刀剣男士はその仕組み上、一振りだけと決まっており、慕われている主の隣は常に奪い合いだ。
そんな中、主が夏祭りに行く、その供を決めるという。我こそはと名乗りを上げる者が多いのは至極当然だった。

普段、刀剣男士の現世への派遣は、近侍の鶴丸国永がおおむね公平にシフトを組んでいる。
どうやら鶴丸は今回、誰かを指名するのではなく、誰にでもチャンスがある大会を開催し勝者に権利を与えると決めたらしい。

「なるほどな。誰を選んでも不公平になる。なら正々堂々決着をつけよう、ってわけか」
「その通り! どーせなら驚き甲斐のあるやり方がいいだろ? んじゃ、ルールを説明するぜ!」

集まった面々の前で、鶴丸が楽しげに丸い風船を掲げた。
人の頭ほど膨らませた、愉快に舌を出した顔が描かれた橙色の風船だった。

「参加者にはこれを取り合ってもらうぜ」

場所は裏庭の竹林
抜刀、鞘の使用は禁止。
周囲の竹を傷付けるのも禁止。

風船は割った方も割られた方も脱落
タイムリミットは、陽射しが頂点に掛かるまで。
その瞬間、風船を持ってたやつが優勝だ。

「なるほど、竹は人混み、風船は主の代替だな」
察しの良いメンツがさっそく意図を解して唸ったので、鶴丸は満足げにニカッと笑った。

「薙刀や体のでかいものは不利だな」
「公平だろ? 祭りでごった返す人混みでの警護だからな。これで短刀や脇差に勝てるなら資格大有りだ。堂々と主の隣に立てばいい」
「うむ、確かに。異論は無い」

軽装で集合、と事前に申し渡されていたため、皆着流しだ。
現世の夏祭りに溶け込める服装で、ということらしい。動きやすい内番着や戦装束とは勝手が違う。

「ただの追いかけっこじゃ短刀が有利だからな。それなりに妨害させてもらうぜ?」

鶴丸がよく悪戯に使用するペイント弾らしきボールを掲げて、たいそう楽しそうに笑った。

「急所にペンキを食らった者も失格だ。脱落したメンバーには妨害役を手伝ってもらうぜ? 後半になればなるほど風船の維持が難しくなるわけだ」
「ふむ、先に周りを蹴落とすか、それとも漁夫の利を狙うか……
「1対多数を想定した訓練は積んでるけど……
「駆け引きはもう始まってるってわけだね」

「さあて、みんなルールは呑み込めたな? それじゃあ────驚きの結果を期待してるぜッ!」

鶴丸が宙に放った風船めがけて、皆が一斉に飛び上がった。





序盤はやはり極短刀が有利だった。
機動に特化した短刀は、生存と統率の低さが最大の弱点。
抜刀して斬りかかりダメージを与えること、鍔迫り合いに持ち込んで衝力で押し切ることが叶わないこのルールは、一見、短刀の独壇場に思えた。

「あっ!!」
「うわっ!!」

事前に仕掛けられた罠が威力を発揮し始めたのは、極短刀たちが揉み合いの形で竹林の奥に入り込んだ頃合いだった。

極短刀達の本領は夜戦。目の良すぎる彼らにとって、昼間の光は明るすぎる。
そこを巧妙に突いたトラップは、打刀や太刀では潜り抜けられない高さにばかり仕掛けられており、短刀たちを一網打尽にペイント弾の餌食にした。

「ははっ、甘い甘い!」

最も高い位置から審判として俯瞰していた鶴丸が、素早く竹串を投げ落とした。
パァン!と派手な音を立てて風船が割られ、高い機動で周囲より有利に立ち回っていた乱藤四郎が脱落した。
「ああん!」
「注意散漫、油断大敵だぜ」
「鶴丸さん、そんなのって無いよぉ!」

笑った鶴丸が、懐から新しい風船を膨らませ、上から投げ落とした。

次にそれをキャッチしたのは、火車切。
支援に特化した脇差は、周囲の観察に優れた者たちだ。短刀達が引っかかった罠を上手く潜り抜け、時には逆に利用しながら上手く周囲を引き離している。

「おお、火車坊のやつ、がんばってるじゃないか。だが、オレの予想ではそろそろ

にたりと笑みを浮かべた鶴丸が見下ろす足の下、火車切に加州清光と山姥切国広が、挟み撃ちする形で同時に迫った。

「くっ」
「貰いっ!」

脇差の機動なら、極打刀のギリギリ圏内だ。
最初はバラバラに動いていた打刀や太刀だったが、短い時間であっという間に協調して動き始めた。
短刀と脇差に比べて不利を悟った連中が、先に競争相手を潰しに掛かっているのだ。

「さすが、打刀連中は戦略の切り替えが早いな。思ったより脇差の脱落のペースが早い。となると、次に来るのは」

風船を奪った加州清光が逃走したその先に、太郎太刀と次郎太刀がぬっと待ち構えている。待ち伏せだった。

「勝負ッ!」
「おらあ!」

逃げ場が少ない岩陰でじっと待ち構えていた連中が、一斉に加州清光に襲い掛かった。挟み撃ちを紙一重で回避した加州が、崖の壁を蹴って宙を舞う。

次いで巴形と静形が立て続けに迫るが、縦横無尽に飛び回る加州の方が一枚上手だった。

「さっすが、初期刀殿はそう簡単に捕まらないか。んじゃ、そろそろ頃合いだな。驚きの増援の投入だ」

脱落した短刀や脇差が待機している場所に向けて、鶴丸が高い位置から合図を出す。
早々に脱落して体力が有り余っている連中が、両手にペイント弾を持ってわあっと竹林に殺到した。

「うわっ、ちょ、どわあ!?」

一斉に加州へ殺到するペイント弾に、悲鳴を上げながら加州が神がかり的に回避する。
すると粟田口の短刀たちが目配せし、やがて見当違いな所へとペイント弾を投げ始めた。

「こなくそっ!」

極短刀達の包囲網を何とか潜り抜け、崖から身を投げた加州が、宙を舞ってからぎょっとする。

拓けた着地地点に、ペイント弾を山ほど叩きつけた水たまり。着地方向を回避する術が無い。

「しまっ!」

着地した両足が、水たまりを跳ね上げて、加州の服を汚す。
胸に跳ねた汚れに、加州が「あああ!」と頭を掻きむしった。
目を凝らして観ていた鶴丸は、「おおっ!」と歓声を上げた。

「こりゃお見事! 逃走経路を誘導されたな。さすが粟田口の連携は大したもんだ!」

くっそぉ!と大きく悪態を吐いた加州が潔く風船を手放し宙に放った。
次にそれを取ったのは和泉守兼定だったが、粟田口の連携に苦慮しているようだ。

「さて、太刀も交えて乱戦の様相になってきたな。そろそろタイムアップだが、果たして……

乱戦の向こう、竹藪の奥から一気に駆け抜けてきた山姥切国広が、短刀が残したペイント弾の名残に自分から手を突っ込み、混戦の最中で和泉守兼定の背中に手形をつけた。
「あ゛っ!! 野郎ッ!!」
脱落が決まり隙ができた和泉守から、山姥切が風船を逆の手で掠め取る。
混戦の中に自分から突っ込んだ山姥切は、そのまま乱戦を利用して向かってくる連中の胸に手形を付けて脱落させていく。一方、抱えた風船には汚れひとつ付けていない。

にまっと笑った鶴丸が、竹串を構えてじっと待つ。
大接戦の最中、陽射しが頂点に差し掛かり、皆の視線が自然に上空へと誘導される。

山姥切国広が上を見た瞬間、強い逆光の中から、鶴丸が投擲した竹串が迫る。

国広は、素早く宙を蹴って草履を跳ね上げた。
飛ばされた草履が、鶴丸の攻撃を撥ね付ける。鶴丸は満足げに、にんまりと笑った。

……お見事!」

ピーッ!!っと鶴丸の指笛が鳴る。
タイムアップだった。

「終了っ!! 勝者、山姥切国広っ!!」




「まんばちゃんと夏祭りだーっ!!」
主は、ぴょこぴょこと仔兎のように跳ねて喜んだ。
見事に優勝を勝ち取った国広は、晴れて主の伴の座を獲得して上機嫌だった。
「まんばちゃんまんばちゃん、いっぱい遊んで、一緒に美味しいものいっぱい食べようねっ! あ、まんばちゃんいっぱい食べるもんね、ちょっとお財布足りないかも。途中で郵便局に寄っていい?」
「いや、そこまで額を用意しなくても大丈夫だ。実はここに来る前、歌仙に『きみが食べまくったら主を破産させるだろう!』と言って米櫃の中身を十合も食わされた」
国広がややげんなりした調子でそう口にした。
「いくらオレでも遠慮ぐらいする、と主張したが全く聞き入れて貰えなかった。歌仙はどうしてこう力技なんだ」
「あははは!」
あまりにも彼ららしいエピソードに腹を抱えた主は、涙が滲むほど笑った後に、「じゃあ腹ごなしに少し歩こっか」と手を差し出した。
国広は翡翠の瞳をやんわり細めて、白く華奢なその手を取った。

納涼の花火大会に合わせて行われたその夏祭りは、有名飲食店の宣伝も兼ねているらしく、多種多様な出店で大いに賑わっていた。

射的や弓当ては身体能力が高い刀剣男士の独壇場なので、国広が主人の好きそうなものをあれこれと獲った。
景品を抱えて笑う主が嬉しそうで、国広も供をしながら非常に喜ばしく思った。

ちなみに、彼女は何故かくじ引きの類いには近寄らなかった。引けば確実に当たりを取れる力があるのにだ。
聞けば「手をかざしても光らないんだよね」と苦笑していた。どうやら最高額の景品は最初から入っていないことがほとんどらしく、それが分かってしまうと少しがっかりするからと。
加えて「あまりにも当てすぎて出禁になった」というエピソードもちらほら聞かれた。自分たちをただの一度の試みで引き当てた主らしい話だった。

「楽しかったあ。花火すごかったね」
「ああ。すごい。綺麗、だったな」

閃光弾が三発鳴って、鮮やかな花火の終わりを皆に告げる。
ふと彼女が首を傾げた。

「そういえば、花火っていつからあるんだろ。まんばちゃんの頃にはあったの?」
「ああ。今のような形になったのは江戸期だな」
天正十八年、つまり江戸時代に入る前の安土桃山時代に打たれた山姥切国広は、食べ終えた焼き鳥の串を軽く振るようにしながらそう彼女へ教えた。
「徳川将軍家が主体になって大名の間で流行して、後に庶民へ広がり、大飢饉の後に鎮魂と悪疫退散を願って花火大会が開催されて今の形に落ち着いた。だから盆の時期の近い夏に催されるようになったんだ」
「わ、そうなんだ。ぜんぜん知らなかった。楽しいだけじゃなくて、願いが込められてるんだね」

花火を終えた夜空に目を凝らし、彼女は笑った。

「かみさまにも見えたかなあ」
「そうだな、きっと」
「飢えることが無くなった今は、たくさんの人が築いてくれた願いの先にあるんだね」

遠い昔に想いを馳せて、しみじみとそう口にした。

「悪疫退散かあ。じゃあ、まんばちゃん達の生きる未来のために、今の病気をいっぱい治していかなきゃなあ」
「あんたにはそれができるんだな。すごいことだとオレは思う」
「ありがとう。まんばちゃんたちもずっと元気でいてね」
「ああ、あんたがそう望むなら、病だって切ってみせよう」

国広は誓い立てるようにそう口にすると、次いで柔らかく目を細めた。

「なあ、未来のために願いを繋ぐのもいいが、お前自身の望みは無いのか?」
「わたしの?」
「花火には願いを掛けるものなんだ。現代では少し廃れてしまったが、オレ達にとっては馴染み深い。花火は終わってしまったが、オレでよければ代わりに聞く」
「わたしの願い……

それきり、ぷっつりと黙り込んだ主は、表情を曇らせてしまった。国広は眉根を寄せた。

「どうした? 浮かない顔だな」
…………ほんとはね、まんばちゃんだけじゃなくて、みんなと来たかったんだ、夏祭り」

予想外のことに国広は目を見開いて、瞬いた。

「毎年別の誰かと来ても、全員と来るのは無理だよね。うんとうんとおばあちゃんになっちゃう」

国広は無言で目を細めた。
彼女らしく柔らかい言い回しになってはいたが、自分の寿命では間に合わない、という意味だった。頭の良い主は、だからこそ遠い先のことまで見越してしまうのだろう。

(ああ、そうか)

夏祭りの伴を決めるのに、鶴丸国永主催で派手な催し物を経たことは伝えてある。
主はその話を聞いて始終楽しそうに笑っていたが、本当は心の中では、参加した全員の希望を全て叶えてやりたいと思っていたのだろう。

彼女の願いはいつだって、オレ達の願いを叶えることだ。

「ごめんね。みんながずっと本丸に居てって言っても応えられないのに、わたしがみんなと一緒にお祭り行きたいって言うのはずるいよね」
「そんなことはない」

俯いてしまった彼女の肩をすかさず掴んで、ぐいっと自分の方へ向けさせた。
まっすぐに目を見つめ、真摯に言い聞かせる。

「あんたが望みを口にできずに噛み殺す。そんな思いをさせる方がよっぽど悔しい」
「まんばちゃん
「どんな願いでもオレに言え。どれだけ途方の無いものでも構わない。そのためにオレたちは、お前のそばにいる」



「というわけなんだが、何か良い方法は無いだろうか」
「なるほど、オレに妙案があるぜ」

本丸に帰還してすぐ、ゲートを操作して交代の刀を自分と入れ違いで送り込んだ鶴丸国永に、国広はあった出来事を伝えた。
こういうことは仲間の知恵を借りるのが一番だろう、と判断して、まず真っ先に鶴丸を頼ったが、期待通りすぐに智慧を巡らせて応えてくれた。

「よくやった、山姥切。大手柄だ。あの子、そういう類いのことは差配してるオレを困らせると思って、なかなか口にしてくれないんだよなぁ」

誉の功績だとばかりに、鶴丸が国広の背中を大きく二度叩いて称えた。
そのままぐいっと肩に腕を回して、たたらを踏んだ国広に、まるで内緒話でもするように、鶴丸はにやっと笑ってウィンクした。

「さぁて、オレ達で主の願いを叶えてやろうぜ。もちろん驚きのやり方で、な」




次の暦がひとつ巡る頃、月に一度の主の帰還の日が来た。
転移ゲートが開き、現世で警護に就いた刀と共に帰ってくる。
いつもゲート前は主人の帰還を待ち侘びた刀達でごった返している、はずなのだが。

「ただい……あれっ?」

国広と共にゲートを潜った主は、誰も居ないゲート前に目をぱちぱちさせた。

「みんなどうしたんだろ。あれ、わたし帰ってくる時間、間違ってないよね」
「そうだな」
「あれ? あれれ? まんばちゃん、何か知ってる?」
「さて、どうだろうな?」

国広が悪戯めいた微笑みを浮かべ、主人の手を取って導いた。

「まんばちゃん?」
「裏庭の方に回るぞ」

主人の手を引いて誘導したその先で。
彼女は大きく目を見開いた。

「「いらっしゃい!!!」」

裏庭は屋台でずらりと埋め尽くされていた。

「わ、わぁ!」

色とりどりの屋台たち。
綿菓子にチョコバナナ、射的に水風船すくい、焼き鳥に焼きそば、お面屋にくじ引き。
思い思いに構えた店々が、笑顔で来客を待っている。

「まんばちゃん、これって!」
「鶴丸国永が案を出してくれて、オレ達で屋台を作った。花火も用意してある」

国広は主を案内し、柔らかく目を細めた。

「長谷部たち番長連中が急ぎの書類は全て捌いてくれたらしい。夕餉の時間になってからやれば充分間に合うそうだ。それだけあれば、屋台係と交代で遊んでも充分全員で回れる」
「まんばちゃん!」
「言っただろう。花火の代わりにオレが願いを聞くと。まあ、オレが直接やったのは力仕事ぐらいだが、みんな快く力になってくれた」

笑って手を離すと、国広はそっと彼女の背を押して送り出した。

「あんたの願いがオレ達の願いだ。存分に楽しんでいってくれ」

国広と入れ替わるように、ばさりと『祭』の字を背負った半被を翻し、捻り鉢巻をした鶴丸が降ってきた。

「よっ。どうだ、驚いたかい?」
「鶴るん!」
「仕上げはきみだ。似合いの夏の景観を頼むぜ?」

この本丸では、主人の意向で、現世と本丸で季節の景観が反転するように組まれている。
現世が夏の終わりの今、本丸は冬の終わりの小春日和だった。

「うん!!!」

綻ぶように彼女は笑み崩れて、景観を二十四節気の向日葵へと変えた。
ぶわあああと本丸中の空気が塗り替えられていき、夏の熱気が青空を覆い尽くした。









「まったく僕らの主と来たら、僕らには全員必ず軽装を仕立ててくれるのに、自分は浴衣ひとつ無いと来た」

針を抜き、最後の糸をぴっと切って、丈合わせを終えると、歌仙がひと仕事終えた顔で「ふう」と満足げに微笑んだ。

可愛らしい兎の絵柄の浴衣を着付けられて、主は仔兎のようにぴょんぴょん跳ねて大はしゃぎだった。

「わあ、わあ、わあああああ!!」
「楽しんでおいで」
「ありがとうっ、ありがとう歌仙っ!!」

彼女は大はしゃぎで歌仙に抱き付いた。
歌仙が「おっと」と剣山を遠ざけた。少し咎めるように片眉を跳ね上げながらも、その眼差しはどこまでもあたたかく優しい。

「こら、針物を持っている時に抱き付いてはいけないよ」
「歌仙、歌仙っ、ありがとう、本当にありがとう!! 嬉しい、ほんとに嬉しい!! ずっとずっとずーーっと宝物にする!!!」
「喜んでもらえて何よりだ。さ、夏は短いんだ。早く行くといい」
「うん!!!! いってきまーす!!!!」

きらきら輝かせた瞳。弾むように大はしゃぎで駆けていく主を笑顔で見送って、歌仙は螺鈿細工の裁縫箱をパタンと無言で閉じた。
すると後ろから逆側の襖を開けて、山姥切が覗き込んで「主は行ったか」と、はしゃぎ声が聞こえてくる方を柔らかく見遣った。

「鶴丸から伝言だ。半刻後に和泉守と交代だと」
「ああ、僕も着替えたらすぐ行くよ」

すぐに踵を返そうとした山姥切を「少し良いかい?」と歌仙は引き留めた。
中に入って後手で襖を閉めた山姥切に、歌仙が静かに目を伏せた。
「ここだけの話にして欲しいんだが、実は少し前、短刀たちと遊んでいる途中で、主が枝に引っ掛けてシャツの裾を破ってしまったことがあってね」

姿勢を正して山姥切へ向き直ると、歌仙は抑えた声音でそう言の葉に乗せた。

「彼女が入浴している間に、洗濯前に側仕えの短刀に頼んで拝借してね。繕っておいたんだ。別にたいしたことじゃない、そう難しい作業じゃなかった。でも、彼女と来たら、本当に喜んで」

初夏の光がきらきらと差し込んでくる窓辺を遠く見遣りながら、歌仙は記憶の中の彼女の春をなぞった。

「嬉しい、嬉しい、ありがとう歌仙、繕ってもらったの初めてだ、嬉しい、本当に嬉しい、と。泣きそうなぐらいに喜んでた」

国広はぐっと眉根を寄せた。
歌仙もやり切れなさそうに首を左右に振った。

「裁縫ひとつでこれだ。身内に服を仕立ててもらったことなんてあるはずがない。あの子が忘れた頃に、なんとしても何か仕立ててやらなくてはとずっと思っていたんだ」

そう言って歌仙は深々とこうべを垂れた。

「良い機会をくれて感謝している。きっと皆も。今日は少しでもあの子が、幸福な子供時代を取り戻せると良いのだけど」
…………あれだけ喜んでるんだ。きっとあんたの思いは届いているさ」






「すごいすごいすごいすごい!! わたあめの機械って作れるの!?」
「ホットプレートを熱源にして砂糖を溶かして、ハンドミキサーで回転させて飴の糸を作るんだ。面白いだろう?」

燭台切の手作り機によるわたあめ生産器は大盛況だった。
ハンドミキサーに繋いだ茶こしの中から砂糖の糸が飛び出して、割り箸でぐるぐると巻くと完成。

巻いてパクッと口にした彼女は目を輝かせた。
「わたあめだぁ!」
「今度は作る側やってみる?」
「いいの!? やりたいやりたい!」
「どうぞ。ここからお砂糖入れてね」
「おっ、じゃあ大将、俺のぶん作ってくれよ」
「あるじさん、僕も僕も!」
「わぁい! わたあめ屋さん開店です〜!」



「伽羅ちゃん焼きそば屋さんなんだね!」
……単に自分の食い扶持を自分でやってるだけだ。今夜は宴の飯が出ない」
「伽羅、コテ使わせると上手いんだよなー。今度お好み焼きパーティー派手にやろうぜ」
「わぁっ!」
「おい貞、余計なことを言うな」
「照れるなって」
「違う、面倒なだけだ」
「またまたぁ」


「チョコバナナくださいっ!」
「あいよ。そら、飾りもいっぱい盛っとくぜ」
「わぁい! ありがとう兼さんっ!」
「なぁに、いーってことよ」
「えへへ、チョコバナナにこのカラフルなのあるとお祭り! って感じするねえ」
「あーっと、何だったかな、カラフルカラなんだったか」
「カラースプレーだよ、兼さん」
「そうそう、カラースプレー、それだそれ。之定が気合い入れて作ってたぜ」
「えっこれ歌仙が作ったの!? これ作れちゃうんだ!? わーっ!? すごい!」


「あるじさんあるじさん、僕、かき氷食べたいなぁ」
「うん、乱ちゃん一緒に食べよ。何味が良い?」
「ブルーハワイ!」
「じゃあわたし、いちご! 半分こね。かき氷二つください!」
「ほい、ゆっくり食えよ。頭痛くなっちまうぜ?」
「ありがと薬研」
「あるじさん、あーん」
「んむ」
「ふふ、あるじさん、舌が青色だね」


本丸開催夏祭りは大盛況のうちに幕を閉じた。
綿菓子やチョコバナナ、りんご飴や焼き鳥、皆好きな物を手に、最後に花火を見上げた。
花火が打ち上がると、刀剣男士たちは思い思いに自分の願いを祈願した。

「無病息災。綺麗ですね」
「延命息災、っと。うーん、良いね。大将がいてこその俺たちだ」
「健康第一。すげえ迫力ぅ!」
「病気平癒。うん、うん」
「悪疫退散! 美しいものですね」
「身体強健! 綺麗に咲いたねぇ。ふふーん、肴は花火、横にはアンタたち、お酒飲むには最高の環境だね」
「しょーばいはんじょ~! 千客万来! よーし、これからも、主人のために頑張るけんね」
「悪疫退散! ってな。お、また上がるぞ」

鶴丸が主の肩を叩き、「こーいうのは声に出さないともったいないぜ?」と笑った。
彼女は、美しい花火を見つめ、やがて小さな声で「……情深友誼」とぽつりと述べた。

「相互信頼、一致団結、同苦同楽」

ずっと一緒に。苦楽を共に。
彼女が口にした言葉は、そこに集まった全ての者に聞き届けられて。
鮮やかな夜の華の記憶を、より鮮明なものにした。






「また写真を見てるのか?」

山姥切は書類を手に主人の執務室を訪れ、後ろ手で襖を閉めながら、優しく静かに目を細めた。

写真立てに大事に飾られたあの日の集合写真が、夕暮れの皆の笑顔を鮮やかに写し取っている。

とびきりの宝物だと。
そう口にして憚らない主は、いつもとろけるような笑みであれを見ている。

そのまばゆく輝く笑顔こそが、山姥切の何よりも誇らしい夏の勲章だった。



《仔兎の浴衣、その後》

初夏の陽射しが少しばかり傾いてきた頃合いだった。和泉守と堀川が茶を飲んでのんびりとくつろいでいると、そこに、ひょこ、と柱の影から主が顔を出したのは。

控えめな足音で当然気付いていたが、さも今気付いたかのように揃って顔を上げてやる。
「あ、あるじさん」
「おう、嬢ちゃん。どうした」
きょろ、と視線を彷徨わせた彼女は、遠慮がちに「歌仙、いる?」と口にした。和泉守も堀川も揃って首を傾げた。
「之定? あー、二刻ぐれえ前にちらっと顔出したが」
「この時間はたぶん厨じゃないかなあ」

それを聞いた嬢ちゃんは、まるで、耳をぺしょ、とするみたいにしょぼくれた顔で「そっかぁ」としょんぼりした声を出した。
意気消沈を見て取るや否や、すぐに国広が素早く席を立って「あるじさん、どうかしましたか?」と寄り添ってやった。
見れば、手提げ袋に入れた何かを後生大事そうに抱え込んでいる。

「あのね、あのね」
大事そうに抱え込んだのは、たとう紙に丁寧に包まれた桜色の浴衣だった。
うさぎが愛らしくぴょこぴょこ跳ねたその浴衣は、半年ほど前に本丸を挙げて夏祭りをした際に、之定が仕立てたものだ。
嬢ちゃんと来たら、この浴衣が本当にお気に入りで、しばらく会うたび、夏祭りと浴衣がいかに嬉しかったかで話題が埋まるほどだった。その度に之定が、誇らしげに胸を張って自慢していたものだ。

「今日はお祭りじゃないけど、その
ぎゅう、と大事そうにその桃色の浴衣を抱いて、
「夏の間、宴の時、これがいいなあって」

国広はパァッと明るい表情で「わぁ、いいですね」とぱちんと両手を合わせた。
和泉守も素直に同意して「おお、いいじゃねえか。之定の自慢話がまた長くなるなぁ」と笑った。

この本丸では鍛刀すると、自ら主人に仕えると決めるまで、全ての刀に猶予期間が与えられる。そうして刀剣男士自身が正式に主に仕える、と意志を表明すると、祝いと同時にいつも最初に行われるのが軽装の贈与だった。

質の良い布で一振り一振りに仕立てられる軽装は、この本丸に根付いた最初の証。皆それを大切にしている。
宴の夜は皆、慣れた戦装束で過ごす者もいるが、こうした経緯から軽装に着替えて酒盛りする者の方が多い。

ところが、そんな中、その中心で笑う主と来たら、ひとりぽつんと、動きやすいスエットだとかジャージだとか、いかにも洗いやすくて手が掛からなそうな安価な装いばかり。
軽装の中で一人だけ内番着、といった具合だ。

汚れても洗濯機にぽんと放り込むだけですぐ乾くような、機能性以外に興味がないと言わんばかりのシャツ。
聞くところによれば、日中に短刀と無邪気に遊んだり、酒盛りのどんちゃん騒ぎに揉まれて汚れたりしても、側仕えの短刀が夜の内に簡単に洗えるように、という配慮らしい。
短刀や脇差は、むしろ主人のためにあれこれ手間を掛けることを喜ぶ気性の者の方が多いのだが、嬢ちゃんはどうにもその辺りの遠慮が抜けないらしい。
実用性にやや思考が偏りがちの主人なので、実用だけでなく華も重要だと考える和泉守のような者は、充分に見目の良い主人のそういった側面を、いささか惜しいと思っていたのだが。

中でも輪をかけてそれを気にかけていた一振りが、他ならぬ歌仙兼定だったらしい。先日サプライズで仕立ててやったというその上等な淡い桜色の浴衣は、之定のこだわりの甲斐あって主人に本当に良く似合っていた。

せっかくの宴の席だ。皆が軽装を纏っている中、あの浴衣なら負けず劣らず華やかで場に馴染むだろう。
これを機会に嬢ちゃんも、そういった形で自分を遠慮なく華やかにみせてやればいいだろう。
そう考えた和泉守は、うんうんとしきりに頷いて、本心から良い案だと思って同意したのだが。

肝心の嬢ちゃんは何故か、恐々と様子を伺うように「そう、かな?」と口にするだけだった。
和泉守も国広も互いに見合わせて「?」という顔をした。 

「うん、だって歌仙さんてば、その話になるといっつもご機嫌だよ。ねっ、兼さん!」
「おうよ。之定のやつ、ここんとこ酒が入るとしょっちゅうそれだぜ?」

事実だった。
ことこの件に関する之定の浮かれようと来たら。

「着付け、お手伝いしましょうか」
「ありがと、ほりちゃん。嬉しいよ、ほんとだよ。でも、でもね
ぎゅう、と不安そうな顔をして、嬢ちゃんは言い淀んだ。
「歌仙がいい。歌仙がいいの
でも、歌仙、お夕飯の前はいちばん忙しい時間だから

不安そうに視線をゆらゆらさせる嬢ちゃんに、和泉守はすぐに察した。

ああ、なるほどな。甘え方がわかんねーのか
自分のことになると、急に不器用になるんだよなあ、嬢ちゃん

さっと無言で目配せした和泉守は、堀川が小さく目で応じるのを受け取ると
にぃっといかにも大きく口角を吊り上げて、俯いた嬢ちゃんの前に片膝をついてやった。

「之定の喜ぶ顔が目に浮かぶぜ。そら、オレも付いてってやるからよ。勇気を出してみな、嬢ちゃん」

ためらいがちに嬢ちゃんは、こくん、と頷いた。ひどく不安そうだった。

和泉守が共に行ってやると、この時間はいつもそうだが、厨連中が忙しなく走り回っていた。
恐々と暖簾の奥を覗き込む嬢ちゃんの横顔は、どこか少し、青ざめているように見えた。

「おや、なんだい?」
厨でパタパタと走り回るように宴の準備をしていた之定は、主人の来訪を知ると意外そうに目を瞬かせた。

「ごめん、ね歌仙……今いちばん忙しい時間なのに」
「なに、きみより優先することなんてないさ。どうしたんだい? なんでも言ってごらん」

そら、と和泉守が軽く背を押してやる。嬢ちゃんはごくんと小さく息を呑んだようだった。

「あの、あのね、その……
嬢ちゃんは、喉がつかえたみたいに、何度も何度も言い淀んだが、こちらを不安そうに見上げてきたのを笑って励ましてやると、一生懸命、といった具合にようよう口にした。

「その、今日は、夏のお祭りじゃないけど……

後ろ手に隠していた紙袋をおずおずと前に出して、嬢ちゃんはぎゅうっと怖がるように目を瞑った。

「夏時期は、宴で、これ、歌仙がくれたこれ、着たいなぁ、って……その、」

「着付け、歌仙が、歌仙がいいの……だめ、かなぁ」

聞くや否や、ぶわ、と喜びの桜が舞うのが目に見えるほどだった。

ぷるぷると身を震わせながら歌仙は口許を抑えてしばし耐え、和泉守の生温かい視線に対して、こほん、と咳払いしてから、素早く振り返って「燭台切っ、燭台切、聞いたかい」といかにも浮かれた声を出した。光忠が実にイイ笑顔でサムズアップすると「任せて!歌仙くん!」と快諾した。

「あの、迷惑、その」
「何が迷惑なものか。嬉しいとも。ぜひ僕にやらせておくれ」

之定の快諾を聞いて、嬢ちゃんがようやくパァッと明るい笑顔を見せた。

嬉しそうに弾んだ足取りが、歌仙と一緒にパタパタと厨から遠ざかると、残った和泉守は「あー、手伝うか?」と燭台切に申し出た。之定の穴を埋めてやるためだ。あまり器用でない自覚がある和泉守は、余計な手出しかもしれないとは思ったが、燭台切は「ほんと? 助かるよ」と柔和に笑った。

「ありがとう、和泉守くん。彼女についてきてくれて」
「何でか知らねえが、えらく不安そうだったんでな。ありゃ一体全体どうしたんだ? 之定に叱られでもしたのか?」
「いや、きっとそうじゃなくて、……たぶん、場所の問題かな」
「場所?」
「彼女、厨が調理で忙しい時間帯が苦手みたいなんだ。後片付けをしてる頃合いは大丈夫みたいなんだけど、……多分、怖がってて」

裾を紐で手早くたくし上げるのを途中で止めて、和泉守は眉を顰めた。

「生まれの話か」
「詳しく確かめたことはないけど、恐らく」

なるほど、合点がいった、それでどうにも厨に近付けず、和泉守と国広がいた辺りをうろうろと不安げにうろついていたのか。

「付いてくるんじゃなく、厨から呼んでやった方が良かったか」
「いや、多分あれで正解だったと思う。大丈夫、安全だって、教えてあげた方がいいと思うから」
「ならいいんだが」

和泉守は、頭をがしがしと掻こうとして、途中で止めた。厨で髪を触るのは良くない。

「あー、くそ、難儀だなぁ」

あの能天気で幸せそうな笑顔が翳る機会は、できれば無くしてやりたいものだが。




それ以来、夏場になると毎度、之定が嬉々としてあの浴衣を着付けてやっているらしい。
嬢ちゃんはあれで器用なので、多分自分一人で着付けようと思えば難なくできるのだろうが、仕立てて貰った浴衣を之定に着付けられる一連が嬉しいのだろう。まったく、健気なことだ。
宴の度に嬉しそうに浴衣でぴょこぴょこ跳ねる嬢ちゃんを目にする度に、之定の浮かれようと来たら。

「あのね、あのね」
あの夜、宴もたけなわ、といった頃、嬢ちゃんは不意に和泉守の裾を引いて、ふわ、と安心したようにほのかに笑み崩れた。
「ありがとう兼さん。一緒に付いてきてくれて。ほんとに、ほんとにね、ありがとう」
兼さんがいてくれて、よかったなぁ。

わがままとも言えないような、ささやかで小さな甘え。
あんな些細な望みをねだるのに、ああも青ざめてうろうろと躊躇い、たどたどしく喉を詰まらせる。
そんな、酷く不器用な、ままならなさを。
切なく思うと同時に、愛おしいとも思う。

幸せにしてやりたい。
嬢ちゃんのあの小さな背中が、寒そうに凍えるのは見ていられない。手助けしてやりたい。

そう願うのは、恐らくオレだけではないはずだが、差し出されたそれを、嬢ちゃんは時折、受け取り方が分からない顔でゆらゆらと視線を彷徨わせる。
その、歯痒さ、もどかしさすらも、愛おしい。大切にしてやりたいと思う。

どうか、能天気に笑っていてくれよ、と。
慈しみ、願う。

この愛くるしいひとひらが
ただ、あるがままに花咲けるようにと。




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