カルみと オメガバースパロ(αΩ)
微えろ匂わせ程度
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
「それじゃあ……そろそろ行ってくるね」
ベッドからきしりと立ち上がった縞斑は、後ろ髪を引かれる様子で膝を折るとシーツに包まる神無の顔を覗き込んだ。
声を聞いて薄く瞼を持ち上げた神無の赤く火照った顔と荒い呼吸を見かねた彼は、慰めるようにそっと頬を撫でる。
「ん……っ」
ひんやりと冷たい手のひらの感触に詰まった息を吐いた神無が目を閉じれば、潤んだアメジストの瞳からは一粒の涙が転がった。
それを指で辿ってシーツに落ちる前に掬って見せると、神無がすりとその指先に擦り寄って唇を開く。
「だいじょぶ、へーき」
「……そうは見えないけど」
「まだしょにちだし…くすりのんだから、」
どうしてもスパローのリーダーである縞斑にしか出来ない緊急の仕事が彼の元に舞い込んだのは、昨日の夜のことだった。
間も無く番の神無がヒートを迎えるため、彼は二日前から神無の仕事を休ませて家で安静にさせていたのだ。
ところが、そんな神無がヒートを迎えた直後に縞斑の呼び出しが来てしまったのである。
最初はヒートを迎えた神無を置いてはいけないと抵抗をしたが、申し訳なさそうに自分を呼ぶアサギリの声からはすでに、出来る限りの策は練ったという疲弊がひしひしと伝わっていた。
「……絶対にインターホンが鳴っても出ないで。俺やアサギリちゃんは必ず鍵で入るから」
「つがいなんだから、へーきだろ」
「だとしても、こんな姿誰にも見せたくない」
とろけた瞳で物欲しそうに縞斑を見上げる顔は、今すぐにでも抱いて欲しいという欲情に溢れていた。
それでも縞斑の仕事を邪魔してはいけないと考えているのか、きゅっと口を噤んで待ってると言った健気な恋人に縞斑は愛しさが込み上げる。
こんな可愛い恋人の姿を他人の目に触れさせることなど、絶対にあってはならない。たとえ番になった今の神無が無差別にアルファを誘惑するフェロモンを発していなくとも。
「何かあったらすぐに連絡して」
「へへ……しんぱいしょー」
どこか嬉しそうに笑って頷いた神無の額に口付けを落とすと、縞斑は今度こそ寝室をあとにする。
手を振って見送った神無は、彼の気配が遠ざかり玄関の扉が閉まった音を聞き届けると同時に小さく息を吐いた。
「うー……」
縞斑の前では平気だと強がっていたが、いざ居なくなってしまうと心細く感じてしまうのはオメガの性だ。
発情期のタイミングでパートナーが不在となり、発熱も相まって不安に陥りやすい心を抱えた神無はきゅっと唇を噛んで身を起こす。
「……すづくり…しなきゃ………」
少しでも自分の近くに縞斑の匂いを集めて安心したい。気を遣った縞斑が今朝から寝室のシーツを自分のものと取り替えてくれたが、これだけでは足りそうになかった。
よたよたと覚束ない足でベッドから降りて歩き出した神無は、近くのクローゼットを開く。
途端ふわりと香る縞斑の匂いにほっと息を吐いた彼は、手前にしまってある匂いが強いものを片っ端から掴むとベッドへ放った。
「……たりない…」
元々はセーフハウスとして利用しているこの部屋は、縞斑の匂いが残る服があまり多くない。
普段は縞斑自身が四六時中そばにいてくれるため困ることはなかったが、今日のような事態に備えて今後は縞斑に衣服を持ち込んでもらった方が良いかもしれない。
茹だる頭で考えながらふらふらと脱衣所に向かった神無は、昨晩服を入れた脱衣カゴに視線を落とす。
「ぁ、え……?これ、せんぱいの……?」
そこにはいつもと違って、小さな洗濯カゴがふたつ並んでいた。
見れば片方には神無の衣服が纏められており、もう片方には縞斑の服が詰まっている。
おそらく縞斑の匂いを探した神無が巣作りを行う可能性を考えた縞斑が、あらかじめ自分の服だけを分けておいてくれたのだろう。
神無はさっそく目についた縞斑の部屋着へと手を伸ばす。愛する雄の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ神無は、安心したように深い息を吐いた。
「ありがと、せんぱい……」
発情期中の過敏な時期は、縞斑の匂いに混ざるものが柔軟剤であろうと自身の匂いであろうと不安につながってしまうのだ。
そんな神無のことを気遣って匂いが混ざらないようにしておいてくれた恋人に小さく礼を言った神無は、いそいそと自身の部屋着を脱いで縞斑のものを頭から被る。
すっぽりと恋人の匂いに覆われてほっと息を吐いた神無は、洗濯カゴを抱えてベッドへ踵を返した。
「ん……しょ、」
ベッドに着くなりカゴを逆さにした神無は、どさどさと広いシーツの上に縞斑の衣服を纏めていく。
山になったその場所に飛び込んだ神無はまだだと踏みとどまると、匂いのより強いものが枕付近に来るように丁寧に選別して置き換えていった。
一刻も早く巣の中で縞斑を待ちたいが、彼が帰ってきたときに粗末な巣で迎え入れるわけにはいかない。そう考えてしまうのはオメガの習性らしい。
「これで、よし……と」
小さな囲いのように衣服を並べた神無は、満足げに声を上げると改めて巣の中に倒れ込む。
大好きな縞斑の匂いに包まれた神無は、それまでの不安が嘘のように消えていく感覚を覚えた。
安心に満たされた今なら、少しだけ眠ることができそうだ。ヒートの間は子を成すために体がエネルギーを欲するらしく、些細な行動でも簡単に体力を消費してしまうのである。
休めるうちに休んでおこうと考えた神無は、うとうとと重たい瞼に抗うことなく目を閉じることにした。
※
ふわりと香る甘い匂いに導かれて落ちていた瞼を持ち上げれば、頭を撫でる心地良い手のひらの感触に気がついた。
「せん……ぱい…?」
呟いて視線を上げると、そこにはベッドに腰掛けて微笑む縞斑の姿がある。
気付けば部屋の窓からは橙色の夕日が差し込んでいた。どうやら、そのまま縞斑が帰宅する夕方まで眠ってしまったらしい。
「ただいま、神無ちゃん」
「ん……おかえり……」
「熱上がってきたね。解熱剤飲もうか」
嬉しそうに笑う神無の頬は茹だるほど熱い。
ヒートの間の発熱は付き物だが、体の弱い神無には負担となるためあらかじめ解熱剤が用意されていた。
この調子だと、縞斑が出掛ける前に与えたゼリーを食べたきりで何も食べていないのだろう。消化に良いものを食べて薬を飲むことを提案する縞斑だったが、赤い顔の神無はふるふると首を横に振った。
「へーき、せんぱい…きたから」
呟いた神無はゆっくりと身を起こすと、縞斑の手を引いて自らの巣へと誘う。
枕元に水のボトルを用意したことを横目で確かめた縞斑は、ひとまずその誘いに乗ってベッドへ乗り上げた。
「みて、できた」
「本当だ、上手にできたね」
「へへ……うんっ」
一生懸命作った巣を褒めてもらった神無は、嬉しそうに目を細める。大好きな匂いがいっそう強くなった巣の中で、あとはひたすらに愛されるだけだと思うと喉が鳴った。
そんな神無の期待に比例するように、部屋の中に徐々に神無のフェロモンが広がっていく。
「……ね、せんぱい」
「なぁに?」
「いいこ……ごほうび、ちょーだい?」
生クリームと蜂蜜が溶け合ったような甘い匂いを纏って両手を広げる神無の姿に、千切れそうになる理性の糸を懸命に繋ぎ止めた縞斑は優しく神無をシーツへ押し倒した。
「起きたらご飯だからね」
「ふふ……うんっ」
「避妊薬は……昨日飲んだから大丈夫か」
実のところ縞斑も限界なのだ。自分という番を健気に巣の中で待ち望み、嬉しそうに抱いて欲しいと両手を開く恋人の誘惑に耐えられるほど聖人にはできていない。
それでも神無の体調を気遣い、頭の回らない彼に代わって薬まで管理してくれる縞斑の優しさに、神無はますます愛しさが込み上げて笑みを浮かべた。
「きて?」
「……あんまり煽らないでくれ」
「おれだけなんてくやしーもん。はやくせんぱいもめちゃくちゃになってよ」
見上げた縞斑の瞳には、隠しきれない興奮と欲情の色が見て取れた。神無のフェロモンに当てられて、アルファとしての本能が疼いて仕方がないのだろう。
いつか叶うなら縞斑の子を孕みたい。そう呟いたらきっと今は困らせてしまうだろうと、神無は最後の理性で言葉を飲み込んで笑う。
今はただ、大切な人に余すことなく抱かれる幸せを噛み締めることにしよう。
「せんぱい、だいすき」
「俺も…君のことが好きだよ」
窓から差し込む夕日が、ビルの間に隠れて途絶える。
薄暗くなったその部屋で二人は、これから飽きるほど交わすことになる愛言葉を合図に夜へ溶けることにしたのだった。
終