兼さんが自分の刀の成り立ちを語るところから始まる物語
粋で頼りがいがあってみんなをよく見ていてどこまでも優しい。そんな兼さんの魅力が出た話になってると思います。
@fu_re_re_ra
《兼定の刃金》
鋼とは刃金を語源とする言葉。
日本刀は柔らかい心鉄を固い皮鉄で包んで作るが、造込みの流派によってはさらに刃鉄と棟鉄を組み合わせる。
U字に曲げた皮鉄で心鉄をぐるりと包んだものが甲伏せ鍛え。こちらが主流。
一方、心鉄の左右を皮鉄、刃を刃鉄、棟を棟鉄で四方向から囲んで作るのが四方詰め。いくつかある作刀法の中でも四方詰めが最も難しいとされていて、すべからくこれを用いるのが美濃伝だ。
そして美濃伝の代表的な刀工こそが兼定。
歌仙兼定、そして和泉守兼定は、この最も難しいとされる四方詰めで作られた、心鉄と皮鉄に加えて刃鉄と棟鉄で作られた刀だった。
「つーわけで、俺と之定は、特に難しいとされる鍛え方で打たれた刀っつーわけだ。見た目も実用性も両立させるからには、それなりの理由があるっつーわけだな」
「わーっ、そうなんだぁ!」
「つっても、俺もさすがに打たれた当時のことまで逐一覚えてるわけじゃねえ。美濃伝の刀は全部四方詰めだからな、だから俺も之定も刃鉄と棟鉄が使われてんのが分かるってだけだ。他の連中は自分の鍛え方を知ってるのと知らねえやつとまちまちだな」
「えっと、心鉄が柔らかくて折れないようにするもので、包んでる皮鉄が固いんだよね? 刃鉄と棟鉄はどう違うの?」
「刃鉄がいちばん固い。積み沸かし前の皮鉄と同じ材料から作るからな。棟鉄の固さはまちまちだが、心鉄ぐらい柔らかい場合もあるな」
「へえ…!」
「炭素の含有量でだいたい決まるが、刀剣男士の場合は心鉄と皮鉄と刃鉄と棟鉄で霊力の通りやすさが……って、その辺は嬢ちゃんにはまだ早えか。霊力が上手く扱えるようになったらまた教えてやるよ」
「うんっ! ありがとう、兼さん!」
「いーってことよ」
わしゃわしゃ、と大きな手で頭を撫でくりまわした和泉守に、彼女は嬉しそうに笑った。
和泉守兼定の今代の主人となった彼女は、事情により審神者学校も政府の研修も経ていない。ほとんど放り込まれる形でこの本丸へとやって来たという彼女は、審神者として必要なほぼ全ての知識を刀剣男士からの教えに頼っている。
この本丸の古株連中が手分けして教えているようだが、それでも足りない部分が多々ある自覚があるのだろう。彼女はしきりに、自分たちに様々なことを教えて欲しがった。
単に審神者としての領分としてだけでなく、刀そのものにも純粋に強い関心を持ってくれるのは正直な話ありがたい。
見た目と実用性を両立させた華やかな兼定であるが、だからこそ付喪神としての外見だけに偏って関心を寄せられることは少なくない。性能は戦で証明できるが、名刀としての中身も自負もルーツもまた和泉守の誇りである以上、そちらを知ろうと努力してくれる主だったことは幸運の類いだろう。
審神者も色々いる。
歴史に関心を持つ者、偉人に関心を持つ者、戦に関心を持つ者、武芸に関心を持つ者、刀剣男士に関心を持つ者、そのどれにも関心を示さぬ者、色々だ。
刀と言っても様々な物が在るように、人間だって色々だ。こちらの士気は大きく変わるが、そこに本質的な優劣は無いと和泉守は考えている。
自分を上手く扱えて、できれば心優しい相棒を始めとした他の連中も連中らしく刃を振るえるなら言うことはない。
そして今代の主は、その『できれば』をより良い形で導ける人間だった。
それだけで充分だ。後のことは自分たちがやればいい。
「そら、そろそろ之定が待ってる時間じゃねーか?」
「あ、ほんとだね」
之定からは作法や社交的な部分を教わっているという話だ。寸暇を惜しんで、ずいぶん勉強熱心な姉ちゃんだなあ、というのが和泉守の印象だった。
「また教えてね、兼さん」
「おう。まっ、俺の知ってる範囲にゃなるが、また日本刀のことが知りたきゃ教えてやるさ」
「ありがと、嬉しい。あのね兼さん」
「ん?」
「わたしね、日本刀のこと知るのは好きだけど、日本刀だから好きっていうのはちょっと違うかもしんないんだ」
「あん?」
「わたしね、みんなが大好きなの。兼さんたちがみんな大好き。だから、みんなの大事なものをもっと知りたい」
彼女はひどく嬉しそうに、花が綻ぶみたいに笑った。
「だからね、今度また、堀ちゃんや歌仙のこと教えてね」
「あ?」
「だって、兼さんの大事なものでしょ?」
手を振ってぱたぱたと駆けていく嬢ちゃんを見送って、和泉守はしばらく天を仰いでから、「あ〜〜〜」としばし意味の無い言葉を発して
「その理屈だと、そん次は嬢ちゃんの話ししねーとなんねーだろ」
と独りごちた。
和泉守はこの本丸では、相棒の国広とほぼ同時に呼ばれた。
主は歌仙兼定と共に刀工の縁を辿り、加州清光や大和守安定が持ち主と新撰組の縁を手繰り、そうして和泉守に直に声を届けたのだという。不思議な話だった。
仕組みや絡繰はよく分からないが、あの嬢ちゃんは望んだ刀剣をたった一度で呼び出せる、特殊な才覚の持ち主らしい。
俺から国広、国広から山姥切の奴をそれぞれ呼び出すために、俺に助けを求めたのだと。
それにまさに応えた俺は、求められるままに自分の知る国広のことを語り明かし、それを縁に嬢ちゃんは見事に一度で国広を呼び当てた。
俺たち刀剣男士は、本霊という付喪神を元にした、神として様々な顔を持つその一部だ。
和泉守兼定という存在に関して言えば、刀工に打たれた数多くの和泉守兼定が、歴史に残る最も有名な持ち主である土方歳三の佩刀としての強い物語を核として顕現したのがこの俺。
土方歳三に歴史の切り口によって様々な顔があったように、和泉守兼定という存在にも様々な側面があって然るべしだ。それは、鬼の副長に相応しい冷酷な顔も、その反面、情に厚い顔もあったあの人がそうだったように、どれか一つだけが正解というわけではない。どれもあの人だったように、俺もまたどの和泉守兼定でもある。
それは、どの国広もまた国広だということと同じだった。
呼ばれた相棒がどういう側面の強い国広であっても俺の知る国広であることに変わりはないが、結果としてやってきた国広は、俺の語り口を縁に引き寄せたからだろうか、いかにも俺の知る国広らしい国広だった。
時にうっとおしいくらいのお節介焼きで、マメで世話好きで、情に厚くて、涙脆くて、時にはびっくりするぐれえ強情で、優しすぎる。冷酷な目で激怒することもあれば、ふにゃふにゃとろけるみたいに笑うこともある。
俺から見た国広はそんな、生きるっつーことの全部を、不器用なくらいに一生懸命なやつだった。
そんな国広は、この本丸で笑って生き生きと日々を過ごしている。
俺の周囲でちょろちょろと世話を焼いたかと思えば、主の世話係争奪戦にも余念が無いし、鍛錬に明け暮れるあいつの兄弟たちを支えることにも精を出している。
それが楽しみでたまらないという顔をしていて、あいつなりに毎日が楽しいんだろうとすぐわかった。
半ば俺の手であいつを呼んだようなものであるこの場所が、あいつが擦り切れることなく健全に生きていける場所だったことは幸運だと思う。
審神者と刀剣男士という在り方は、必ずしもそうとは限らない。
「和泉守、ちょっといいかい」
「ん? 之定?」
部屋の外から声を掛けてきたよく知る声音に、和泉守は首を傾げた。
襖を開けて入ってきた歌仙兼定は、和泉守の部屋をきょろきょろと眺め回した。
「どうした?」
「主を見てないかい?」
「あん? 嬢ちゃんならついさっき、そろそろ之定に教えてもらう時間だっつーんで送り出したぞ」
「しまった、入れ違ったか」
歌仙は困った顔をして、厨の方向を指差した。
「実は厨の方で釜戸にトラブルがあってね。それそのものはすぐ解決したんだが、調理工程がかなり遅れてしまって。僕も今から応援に行くことになったから、主には…」
「あー、了解。たぶん之定の部屋の方にいんだろ。俺が言っとく」
「すまないね、頼んだよ」
急ぎ足でとんぼ返りしていった之定を見送って、和泉守は「よっと」と胡座を崩して片膝を立てた。
今度こそ入れ違いにならないように、ゆったりと道行きを辿る。
之定が部屋に留守なのを知れば之定の部屋で待っているか、周囲に行き先を聞くかしているだろう。
短気な自分はどうせ料理の手伝いには向かないので、遣いの一つや二つ構いはしない。
なのだが。
「あん? 来てねえ?」
しかし、途中で行き当たった国広と山姥切は、揃って主はこの道に来ていないとそう証言した。
之定の部屋を覗いても誰も居ない。之定の部屋に向かうには、この洗濯処の前を必ず通るはずなのだが。
どこかで誰かに捕まって道草でもしているのだろうか。
いや、厨がバタバタしているという話だし、途中で不在の理由まで聞き付ければ厨に向かって之定や他の連中に手伝いを申し出ているというのもありそうな話だった。
和泉守は方向を変えて厨に向かったが、それでも結局主を見つけることはできなかった。
「え、彼女がいない?」
「ちょっと鶴さん! 手止めないで! 最後まで手伝うって約束したでしょ!」
「ちょ、待て待て光坊、和泉守、それもう少し詳しく」
「鶴さん!」
「どわあっ」
厨でトラブルと言うから何があったのかと思えば、要は鶴丸国永の行き過ぎた悪戯がうっかり釜戸を爆発させたという話だったらしい。
厨仕事に詳しくない和泉守にはよく分からなかったが、本来釜戸にかけてはいけない食材を勝手にぶち込んだせいで破裂して大変なことになったらしい。ちょっと前に鶴丸が電子レンジに卵をぶち込んで爆発させたあれみてえなもんか、と和泉守は首を捻った。
よりによっていちばん厨が忙しい時間にやらかさなくてもいいだろうに、当たり前のことだがこってり絞られた上で掃除と厨の手伝いを申し渡されたらしい。
待てよ、と和泉守は眉根を寄せた。
普段なら主人の側に張り付いて離れないトラブルメーカーの近侍殿がさっきからずっとここにいるということは、今頃嬢ちゃんは独りなのではないだろうか。
ざらりと和泉守の背を、戦に優れた勘が妙に逆撫でする。
慣れた本丸の中で迷子ということもないだろうが、ああいう生きる力がどこか希薄なタイプは、目を離した隙に何があるか分からない、というのが和泉守の持論だった。事実、一度は火車切と大倶利伽羅がわずかに目を離した隙に大事になっている。
片手間でなく本格的に居場所を探そうと踵を返した途端、和泉守はぴく、と足を止めて窓の外を見た。
足の下から竜脈のように金色の霊力が流れてくる。
その先には、裏庭の一番向こうにある桜の樹。
季節外れの金色の桜が、その花弁を散らしていた。
「あ?」
和泉守に限らず、そこに居る全ての者が手を止めて同じ方を見た。
あれは霊力過多な主が余剰の霊力を流している霊木の桜だ。あれが咲いたということは、主が今まさにあそこで霊力を流していることを指す。
今回の帰城では朝一で舞うほど散々花を咲かせたというのに、再び咲かせたとなると、もしかして。
「きみ? どうした? ……まさか」
「あー待て待て待て! 俺! 俺が見てくっから! あんたはここにいろ!」
顔色を変えた鶴丸国永を制して、和泉守は代わりに窓から素早く飛び出した。
こと主の事となると暴走しがちな近侍より、自分の方が良いと直感したからだ。
和泉守の勘は当たった。
主は霊木の幹までたどり着けず、地面に這い出た根の端に辛うじて触れた状態で動けなくなっていた。
「ったく! こんなこったろうと思った!」
和泉守は素早く主を抱き上げて、その細腕を幹の部分まで連れて行った。
手のひらが幹に触れた途端、細すぎるストローで辛うじてちびちび水を飲むような状態から、一気に過剰な霊力があふれだして桜に流れていく。
黄金の桜は、途端に視界が効かなくなるほど舞い散り始めた。桜でなく銀杏の嵐と錯覚しそうな光景だった。
「どーして誰も連れてかなかった」
「……ごめ、…かねさ……」
発熱して真っ赤に茹った顔色が、少しずつ色が引いて、浅い息が楽になっていく。
途切れ途切れの謝罪の言葉を拾って繋げるに、どうやら自分と別れた直後、之定の部屋に向かう途中で気分が悪くなり、先に霊木で霊力を流して体調を整えてから、何食わぬ顔で之定と合流しようとしたようだった。
だが、その途中で動けなくなってこの通りというわけだった。
「呼びゃあ誰だって着いてっただろうが。引き返して俺を呼んだってよかった」
「……ごめん……なさい……」
「あー、ったく、違え。怒ってんじゃねえ。俺はそんなに頼りねえかっつってんだよ」
和泉守は声を低めた。
「鶴丸だろ。気持ちは分からなくもねえ。嬢ちゃんのこととなると周りが見えなくなりやがるからな。今も言い付けて厨に置いてきた」
「……り……がと、兼さん……」
「一緒に隠してやったって良かったんだ。ったく、後で之定と国広に説教されやがれ」
丘の上から見渡せば、気を利かせた連中が医務室から薬研藤四郎を呼んだようだった。
こちらに向かってくる薬研にバトンタッチすればひとまず和泉守の仕事は終わりだ。後のことは連中がなんとかするだろう。
だからこそ和泉守は、まだ微熱でぼうっとしている主人に「いいか、嬢ちゃん。よく聞けよ」とその場で念を押した。
「こんなにかっこよくてつおーい俺を呼ばねえってことは、俺の手なんかいらねーって言ってるって解釈すっからな」
「……ちが……」
「わーってるよ。だから、……いいか? こういう時は俺を呼べって。古株の連中じゃ不都合なこともあんだろ。わかったって言わねーとぜんぶ近侍に言い付けんぞ」
「…………わかった………」
「いい子だ」
汗で張り付いた前髪を払ってやって、くしゃっと髪を掻き乱してやると、安心したように主人はかくんと眠りに落ちた。
くったりと落ちた主人の意識に、和泉守は黙って目を細めた。
時に垣間見えるこいつの強情さは、お世辞にも良いとは言えない環境で虐げられた時の国広に似ている。
その後、ようやく熱の引いた主は、医務室で薬研藤四郎の丁寧な診察を受けた後、近侍と初期刀にめちゃくちゃ心配されながら、目覚めてから之定と国広にしこたま説教を食らったようだ。
今はすっかり夜だ。嬢ちゃんは寝床に下がって、不寝番の短刀と、念のため薬研藤四郎が付くことになったらしい。
「和泉守、どう思う?」
「ありゃ手強いな。根深いぜ」
歌仙と和泉守は、酒盃を挟まず茶だけを間に置いてそう意見を交わした。
当然だがいつもの宴は中止だった。主役が居ない中では意味が無いし、他の連中も気が気でなくて酒どころではないだろう。之定によれば、まだ身体も怠いだろうに、そのことを申し訳なさがってばかりいたという。
そんな様子の主人に、厨番の燭台切が
「どうせ鶴さんの悪戯のせいでご馳走も間に合わなかったよ」
と鶴丸の耳を派手に捻り上げて、それに鶴丸が悲鳴を上げ派手に転げ回ってようやく表情が少し和らいだと。
もちろん主人が心穏やかに休めるように、という優しい茶番だろう。きっと主の方もわかっていたはずだ。
「ありゃ相当厳しい宿世の下に生まれてんな。乗ってるとんでもねえ加護でようやく釣り合いが取れてる」
「やはりそう思うかい」
「ああ。多分、そいつが無きゃとっくにお陀仏だったレベルだろうな」
それを聞いた之定が、暗い顔で嘆息しながら首を左右に振った。心当たりがあるのだろう。
聞き及ぶところによれば、審神者として自分たちのもとに辿り着くまでにも、平和なはずの世で独り死にかけたことが一度ではないらしい。
彼女が歩いてきた日々はどうにも容易くないのだ。
加護とは、神々が与えた祝福だ。神々が手助けしたくなる資質があるということだ。
重い宿業が加護で釣り合いが取れているということは、神々達が少し目を離したらその隙に何があるか分からない、ということだ。
「どうにもチラつく過去が脚を引っ張ってんだよな。なかなか斬れねえ」
「魂そのものが傷を内包したかたちで形勢されてしまっているからね……そう簡単には、といったところなのだろう」
「だよなあ」
ガリガリ、と頭を掻いた和泉守が、つい、と視線を窓の向こうへやった。
金色の桜が満開だった。
夜だというのにまばゆく光り輝いている。
自分たちの主人にあふれんばかりに降り注いでいる天与は、彼女に良いものも悪いものも一緒くたに空から与えてくる。
だからこそ自分たちが、あざなえる禍福から災いだけを斬り捨てなければならないのだ。
「今日の不寝番は?」
「確か不動行光だったはずだね」
和泉守は胡座を崩し、片膝を立てた。
立ち上がり、遠くを見据えてじっと立ち尽くした和泉守が、やがて自らの結い紐をするりと抜き、ゆるりと流した髪をぐっと高く結い上げた。
「行くのかい」
「ああ」
ばさりとぬまたばの髪を払い流した和泉守は、一つ結いの髪を風に靡かせ、はっきりとそう答えた。
歌仙兼定は向き直り、姿勢を正し、美しい空色の瞳を優しく細めた。
「では、見送りを。行っておいで、兼定の系譜を継ぐ子。きみの旅路に、幸多からんことを」
「夜分悪りいな嬢ちゃん。少しいいか」
寝床についたばかりの彼女に外から声を掛けると、幸いまだ眠気は遠かったらしく、すぐ「兼さん?」と返事が返って来た。
寝巻き着の上に一枚羽織っただけの主人にばさりとだんだらを掛けてやり、和泉守は屈んで背中を向けて「ほら」と招いた。
和泉守は、まだ少しふらつく主人を軽々と背負って、夜桜の元へ繰り出した。
「見事なもんだな」
黄金の花弁は花も盛りとばかりに散り乱れて
闇を煌々と照らしてまばゆい
散り行く桜はまぶしい金色
銀杏の嵐のようなまばゆさが咲き誇る
「なー。ちょっとばかし話を聞いてくれねーか?」
そうゆったりと口火を切った和泉守は、美しい金色の桜のたもとをゆったり巡りながら、ことさら静かに口にした。
「なあ嬢ちゃん。そいつは重てえか」
ぴく、と背中の上で肩を跳ねさせた気配が、背中越しに鋭敏に伝わる。
和泉守は「あー、いい、いい。言いたくねーなら聞きゃしねえよ」とことさら軽やかに告げた。
「強情で頑固なやつをよぉく知ってる。今に始まったことじゃあねえや」
よっと肩を跳ねさせて主人を軽々と背負い直し、和泉守はこう口にした。
「なら、あんたがあんたのままやってけるように。俺らの方が変わってやるべきだろ」
迷いの無い声が夜桜へ溶ける。
「俺らはあんたの刀だ。あんたが上手く周りを頼れねえなら、もっと頼りがいのある刀になって帰ってくるだけだ。なにも心配するこたぁねえ」
ざぁぁ、と風が和泉守の髪を舞い上げた。
金色の桜吹雪が、高く空へと昇っていく。
「なあ嬢ちゃん。刀の刃金には、何が通っていると思う」
「人間の真ん中には血が通う。命が通う。信念が通う。祈りが通う。────誠が通う。なら、刀は」
「霊力巡るその奥に、固い刃金を刃たらしめているもんは、なんだと思う」
金の散り咲くまばゆい夜空を見上げて、和泉守は遠くを見つめるような声を出した。
「信念か、忠義か、想いか、祈りか、優しさか、愛情か、それとも、……さあ、なんだろうな」
桜の根本に主人を下ろし、太い根にそっと腰掛けさせて、和泉守は片膝を折って傅くと、主をまっすぐ見つめた。
「けどな、そういう全部ひっくるめて、なんて言うか、俺ぁ知ってるぜ」
小さなその双肩に、迷わず力強く両手を置いた。
「あんただ、嬢ちゃん。あんたが俺たちの刃金を、鋼たらしめる」
大きく目を見開いた彼女に、和泉守はにっと笑いかけ、悪戯めいてひとつウィンクしてみせた。
「だからあんたは、どーんと構えて、俺のかぁっくいい衣装変えでも楽しみにしときゃあいい」
翌朝、和泉守は発った。
無事に熱の下がった主、そして堀川国広に見守られながら。
「さ、お見送りしましょう。すぐ帰ってきますけど、それでも大事です」
そう微笑んだ堀川と共に朝早くから支度をして、出立する大きな背中を見送った。
まぶしい朝陽の中、浅葱のだんだらは迷うことなく鮮やかだった。
「今からどんな姿で帰ってくるのか楽しみですよね」
そう微笑んだ堀川の手の中には、和泉守が残したピアスがある。
煌びやかな金環の中に紅の宝石
吊るしの三揃いの流線の赤い石が、堀川の手の中でチャリ、と音を立てた。
出立の間際、交わす言葉は少なかった。
ただ和泉守が静かに笑い、片方のピアスを外し、相棒の手に乗せただけ。
堀川はそれを受け取り、微笑んだだけ。
「いってくらぁ」
「いってらっしゃい、兼さん」
ただ、そう。
互いの瞳を見つめ合って、ふっとほどけるように眼を細めあっただけ。
ただ、それだけだった。
そうして、肩越しに軽く手を振って、そのまま和泉守は未練なく旅立った。振り返らなかった。
「ねえ、堀ちゃん」
旅立った和泉守の姿がすっかり見えなくなってから、彼女はそうぽつんと口にした。
「わたしもね、なりたいな。堀ちゃんみたいにうんと、うんと、どこまでも兼さんを信じられるように」
それを聞いた堀川は、和泉守と揃いの美しい青空色を細めながら、晴れやかに笑った。
「簡単ですよ、だって、兼さんがそうさせてくれますから」
「オレは和泉守兼定。侍の時代の終わりを見届けてきた、当時最先端の刀だぜ。もちろん、今の主に振るわれる限り、オレは今でも最先端ってわけだな!」
誓いは、鋼を鍛える火花
刃金は固く、鋭く、ただ、主のために。
跪座して背筋を伸ばし、堂々と名乗りを上げた和泉守は、目にも鮮やかなだんだらを颯爽と翻して破顔した。
「へへっ。衣装替えしてみたんだ。強さのほうは試してみな」
愛情深く双眸を細めて、和泉守は優しく笑った。
「たでーま、嬢ちゃん」
《和泉守兼定の旅路》end.
《参考資料》
・四方詰め:日本刀の教科書.13p.著 渡邊妙子・住麻紀
・甲伏せ鍛え・皮鉄刃鉄:山姥切国広展ー名匠の軌跡、名刀の誕生ー93p 発行 足利市美術館
・刃鉄、皮鉄、棟鉄、心鉄の柔らかさの違い
・四方詰めが最も難しいとされる
・四方詰めで作る刀は抜群に頑丈で切れ味が良い
・美濃伝と呼ばれる日本刀はすべて四方詰め
関市で生まれた美濃伝の鍛刀法 四方詰め/ホームメイト
https://www.touken-world.jp/tips/21517/
《補足》
・四方詰めは二代目兼元(関の孫六)が考案
・二代目兼元は初代兼定のもとで修行を積んだ(二代目兼定の兄弟弟子に当たることに)
・二代目兼元と二代目兼定(之定)は兄弟の契りを交わした仲(互いに影響を及ぼし合っている)
→美濃伝の鍛刀法が確立した後年に打たれた和泉守兼定は、四方詰めの可能性が高いのではないかと推測できる。一方、歌仙兼定は必ずしも四方詰めされている歴史的確証は無いものの、時代的に四方詰めが考案された後に打たれたのではないかと思われるため否定はできない。(よってこの世界線では、時の政府の詳細な調書によってその辺りの事実がおおむね判明しているものとして執筆)
・ちなみにこの四方詰めを用いた二代目兼元は、良い日本刀の条件とされる有名な「折れず曲がらずよく切れる」という言葉をスローガンとしてよく掲げたことが知られている。つまり「四方詰め」=「折れず曲がらずよく切れる」の代名詞、ということである。
孫六兼元(関孫六)/ホームメイト
https://www.touken-world.jp/tips/21501/