カルみと 帰りを待つ話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
夜明け前の街に、控えめなバイクのエンジン音が響く。
目的地である神無の自宅の車庫にそれを止めた縞斑狩魔は、窓越しに見える電気が消された暗いリビングを確かめて眉を下げた。
「さすがに寝てるよなー……」
その日、神無の家に行く約束をしていた縞斑は、予想外に立て込んだ仕事に追われてしまったのだ。
夕方の時点で、終わり次第向かうけれどいつまで掛かるか分からないから気にせず眠っていてほしいと連絡はしているが、寂しさを隠して物分かりよく返事をしていたそのときの神無の姿が頭から離れない。
今回の件は縞斑でなければいけない仕事であったため仕方のないことだが、それでも恋人に我慢をさせてしまったという罪悪感は拭えないものだった。
そろりと扉の鍵を開けて家の中に入った縞斑は、お土産と謝罪の気持ちを込めて買ったケーキの袋を手に室内を歩く。
ひとまずソファで仮眠をして、神無が起きてきたら謝ろうと考えた縞斑は、ケーキを冷蔵庫にしまうべくリビングへ足を向けた。
「……?」
そうして薄暗いリビングに足を踏み入れた縞斑は、部屋の中から聞こえる小さな寝息に気がついて足を止める。
ソファの方からかすかに聞こえたその音に、まさかと不安を覚えた縞斑は慌てて部屋の電気を付けた。
「神無ちゃん……」
ゆっくりと明るくなった部屋の中、灯りに照らされても起きる様子のない神無がソファの上で小さな体を抱える。
寝間着に身を包んで眠る彼の机の上にはスマートフォンが置かれており、縞斑が帰ってくるまで待っていようとしたことが見て取れた。
仕事なんだから仕方ないだろ。俺のことは気にせずに頑張って。そう気丈に笑っていた神無だが、やはり寂しくて堪らなかったのだろう。
寂しさを抱えてひとり夜中までこの場所で自分を待つ恋人の姿を思った縞斑は、そのいじらしさに眉を下げて小さく笑った。
「寝ててよかったのに……」
過ごしやすい季節とはいえ、毛布もかけずにソファで眠れば体を冷やしてしまうかもしれない。
すぐに寝室から毛布を拝借した縞斑は、すやすやと眠る神無の体にそっとそれを掛けてやった。
体の上に何かがのし掛かる感覚を覚えたらしい神無は少しだけ眉を寄せて身じろぎをしたが、やがて柔らかな布を口元に押し当てて穏やかな寝息を漏らす。
「……ごめんね、神無ちゃん」
明日の朝、彼が目を覚ましたら真っ先に謝罪をしてスイーツを献上しなければならない。
今日の頑張りのおかげで明日一日の自由を勝ち取ることができたため、明日は寂しい思いをした神無のことをめいっぱい甘やかさなければ。
そう考えた縞斑はソファのそばに腰を下ろすと、何気なく眠る神無の顔を覗き込んだ。
「それにしてもよく寝てるなぁ……」
縞斑がここまで近づいても起きる気配がないのは刑事としては如何なものかと心配になるが同時に、自分に気を許してくれているのだろうと思うと胸の奥が温かくなる。
「おやすみ、神無ちゃん」
我ながら神無に甘すぎるのではないかと笑った縞斑は、眠る彼の額にひとつ口付けるとその場で目を閉じるのだった。
※
目を覚ましたら、恋人がそばで眠っていた。
ぱちぱちと瞬きをした神無は、カーテンの隙間から差し込む朝の日差しに照らされた室内でまじまじと恋人の横顔を眺める。
腕を組んでソファにもたれるようにして眠る彼は、神無が起きた気配にも気づく様子がない程度に熟睡しているらしい。
彼が掛けてくれたのであろう毛布の端をきゅっと握った神無は、目の下に隈を浮かべて深い寝息を立てる縞斑の姿に思わず眉を下げた。
「来てくれたんだ……」
仕事によって会う予定が潰れてしまうことは二人にとって茶飯事だったけれど、昨晩はなぜか縞斑の背を見送ることがどうしようもなく寂しくて堪らなかったのだ。
明け方まで仕事をして、その足で戻ってきてくれたのだろう。物分かり良く「また今度にしよう」と提案することができなかった己の幼稚さを嫌悪した神無は、慈しみを込めてそっと彼の髪に口付ける。
「……お疲れさま」
きっと縞斑は、神無が自分のわがままで彼を振り回してしまったことを謝っても喜んではくれないのだろう。本当なら無理をしてでも戻ってきてくれた縞斑に謝罪と感謝を丁寧に伝えたいが、かえって疲れた彼に気を遣わせてしまうに違いない。
だから、彼が目を覚ましたら怒るふりをして子供らしいままに振る舞うことにしようと神無は心に決める。
たとえそれで可愛げのないクソガキだと笑われてしまったとしても、落ち込む自分を慰めることに労力を割かせてしまうよりずっとましだ。
「せんぱいありがと」
せめてと身を乗り出した神無は、心からの感謝を込めて眠る彼の唇に口付ける。
ちゅ、と小さなリップ音を立てた神無がもう少しだけ寝直そうと唇を離したそのときだった。
「ぅえ、?!」
がしりと後頭部が誰かに掴まれる。
それが“誰か”だなんて分かりきっていた。
そのまま強く引き寄せられた神無は、素っ頓狂な声を上げた唇を強引に塞がれる。
「ん、んっ……ふ、」
いつもと違う不安定な体勢では逃げることもできず、されるがままに口内を貪られた神無はたまらずくぐもった声を漏らした。
歯列をなぞり、上顎をくすぐるその動きはとても寝起きとは思えない。おそらくずっと前から目を覚まして神無の様子を伺っていたのだろう。
「んん……っ、ん!ん"ん"ーっ!」
やがてうまく呼吸ができなくなった神無がどんどんと何度も腕を叩いて抗議の声を上げれば、ようやく重なっていた唇が解放された。
ぷは、と息継ぎをした神無が顔を上げれば、そこには案の定にこにこと楽しげに笑う恋人の姿がある。
「お、起きてたなら言えよ……!」
「いやぁ、言わなかったらどこまでしてくれるのかなって気になって」
神無が目を覚ました時点で意識は覚醒していた縞斑だが、声を掛ける前に顔を覗き込んでいた神無が髪にキスをしたことに気がついて彼の思考は一度止まった。
彼も彼で罪悪感を抱えているのか、複雑な様子で擦り寄る子猫のようなその仕草を見ていた縞斑は、このまま黙っていたら神無は何をするのだろうかと気になったのだ。
そうしてしばらく神無の様子を伺っていたところ、唇へのキスでひとしきり満足した様子を見せたため狸寝入りを切り上げたのである。
「先輩のそういうことほんとやだ……!!」
「愛嬌だと思うけどなぁ」
「自分で言うところもやだ!!」
「あっはっは」
神無が唇を尖らせて分かりやすく拗ねれば、けらけらと楽しそうに笑った縞斑が彼の膨れた頬を突く。
「機嫌直してよ神無ちゃん。お土産にケーキ買ってきたからさぁ」
「スイーツさえあれば俺の機嫌が直ると思ったら大間違いだからな!」
「じゃあ食べない?」
「もったいないから食べる!!」
ぷりぷりと怒っていても食い意地は変わらない神無の様子に、縞斑はますます楽しげな笑い声を上げた。
目に涙を浮かべて笑う彼の姿を膨れた顔のまま見ていた神無は、彼のどこか張り詰めていた空気が和らいだような気がして内心で胸を撫で下ろす。
「っていうか、まだ朝早いし寝直そうよ」
「ふふ、そうだね。そうしよっか」
少しでも縞斑を休ませてやりたいと考えた神無がそう提案すれば、そんな彼の気遣いを汲み取ってくすぐったそうに笑った縞斑が立ち上がった。
縞斑に手を引かれて寝室へ向かった神無は、まだ少し眠たげな縞斑を見上げていつもの挨拶を口にする。
「おかえり、だらだら先輩」
「うん。ただいま、神無ちゃん」
安心したように表情を緩める彼の手を握り返して満足げに笑った神無は、明日もとい今日のデートを家でのんびりケーキを食べながら過ごそうと心に決めるのだった。
終