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花も恥じらう|33×45

全体公開 Ever 3095文字
2025-08-12 02:03:30
Posted by @otohitoe_



しばらく前から、なんだか話がありそうな雰囲気だなということには気付いていた。最初はあまり良くないニュースなのかと身構えもしたがどうもそうではないらしい。ただ、ずっと何かを言いたげにそわそわと落ち着かない空気を醸し出していたのは確かだった。
尋ねればきっとクロウリーは答えてくれるだろう。五年ほど前だったら耐えきれず訊いていたかもしれないが、さすがのアジラフェルにもそれなりの余裕を持てる程度の成長はあった。気付かない振りもずいぶん上手くなったと思う。

「アジラフェル」

シャワーも食事も済ませてリビングのソファでだらだら過ごしていたときだった。
とうとうきた。トーンでわかる。いつもとほとんど変わらないけれど、どこか芯を持ったような、若干強張った声。アジラフェルはうん、と気のない返事をして、読んでいた本から目線だけをクロウリーに移した。こっそりと盗み見たクロウリーは頭を軽く肩に預けてきているせいで表情を覗うことはできない。それが狙いでこうしてぴったり寄り添っているのかと逸る気持ちから勘繰りかけてしまう。冷静に考えればあまりにいつもの光景だというのに。

「あのさ。今度の木曜日」
「明後日?」
え、あ、そう。明後日」

アジラフェルの木曜日はといえば午前に外来診療のみで、そのため大抵は水曜日に当直を入れ、木曜の昼過ぎに帰宅したあとクロウリーの帰宅まで休むのがいつもの流れだ。ちなみにクロウリーのお店の定休日は今日。縁起的な意味で火のつく火曜日。グリーンショップを連想させる木曜日は当然通常営業日だ。

「お店のこと?何か手伝う?」
「いや、夜
「ご飯でも行く?」
あー、それのことでもあるんだが

どうやら核心に近付いたらしいと察し、アジラフェルは黙ってクロウリーの言葉を待つことにした。ほんの少しだけ顔を向けると、テレビで映画かドラマを観ていると思っていたクロウリーの手に画面の点いたスマートフォンがあることに気付いた。長い指先がもじと側面をなぞっている。その光景にどこか既視感を覚えた。いつだったか、似たようなことが

(あったような)

気がする。画面に何が映っているのかまではわからない。ニュースやSNSではなさそうだ。どこかのホームページか地図だろうか?カレンダーのような表がぼんやりと見える。アジラフェルが覚えている限り、何かの記念日でもないはずだ。

「その夜、ちょっと出掛けたくて」

ああ、なんだ。そういうことか。
アジラフェルはすぐに合点がいった。つい先週も友達と飲みに出て行った夜があった。それで気まずそうにしていたらしい。良くないニュースではないとわかっていたもののほっと胸を撫で下ろし、読んでいた振りを続けていた本を閉じて膝に置いた。

「もちろんいいよ。楽しんで」
「え?」
「先週とは違う人?」
あ、違う。いや、違うってそういう意味じゃなくて」
「うん?」
「おまえとって言ったんだ。おまえと一緒に出掛けたい、ていうか、行きたいところが
………、」
あって」
うん」
………
クロウリー?」

さすがに様子がおかしいかもしれない。やっぱり拭いきれない既視感の正体を探りながら、身を乗り出して肩を抱き、顔を覗こうとした。残念ながら高い鼻先しか見えない。

「どこでも行くよ。遠いところ?」
「植物園
植物園?」
「何十年かに一回咲くって花の展示があって花って言っても全然花っぽくないし綺麗でもないんだけど」
うん」
「あちこちにあるし、別に何年かしたらまたどっかで見れるし、何なら個人の庭とかで育ててるとこもあるし、言うほど珍しいわけでもなくてただ、今ちょうど夏休み期間だからって、夜も開放するとかで」
「うん」
「夜に見れるのはちょっと珍しいかもしれなくて、そのいや、土日は家族連れも多そうだし夏休み期間だから

今度こそ本当に合点がいった。クロウリーにとって、これは“いかにもそれっぽいこと”なのだ。アジラフェルは唇を噛んで頬が緩むのを堪えた。今クロウリーはものすごく照れているのだ。
あまりよく理解はできていない。なにせ普段家や店の近所で手を繋いで歩くことだってあるし、まだ付き合っている時期でも昔からの知人に対して何も隠していなかったし、外でハグだってキスだってするし、左手の薬指には片時も離れない指輪もある。そのうえ出掛けるとき、例えば先週だってそうだ、友人と飲みに行くような用事でもあればクロウリーはエンゲージリングのほうも重ねてつけていく。マリッジリングを揃えるまでそうしていたように、青い石を内側に回して、今でも当たり前のように日常にある。
そんなことを平然とするクロウリーが、してのけるクロウリーが、古典的なデートプランや恋人的なイベントを殊のほか恥ずかしがるのだ。数少ない弱点であるとも言える。既視感の原因はこれだ。前にも同じようなことがあった。一緒に暮らし始めてから初めてのクリスマスの夜、わざわざケーキを焼いて帰りを待ってくれていたとき。テレビだか動画だかを観ていて、そこで紹介された水族館に何気なく行ってみるかと尋ねたとき。一度お昼ご飯を用意してくれたときもこうだった。夕飯の余ったオムライスを掌サイズにラップで包んで持たせてくれて、たったそれだけのことだったが、うれしくて喜んでいたら照れて気まずそうにしていた。
バレンタインや記念日には全くそんなことにはならないし、何なら自分からかなり楽しんであれこれ用意してくれるのに、基準がまったくわからない。だから時々こんなふうに突然かわいいいところを浴びせられて戸惑う。困ってしまう。かわいくて。

「もしかして今ホームページ見てた?」
「うん」

差し出されたスマートフォンの画面には簡素なホームページが表示されていた。さっきぼんやりと見えた地図やカレンダーらしい図は開花予想の表とこの植物園へのアクセスマップだった。ああ、照れている一番の理由がわかった。ほんのささやかなものだが、夜間はライトアップされているらしい。ホームページの作りからしても地元の小さな植物園といった趣で、たぶん本当に好きな人しか見に来ない気もするが、クロウリーにとってはそんなの関係ないのだろう。
クロウリーはこれをアジラフェルと見に行こうと思いついて、それで何日も前からそわそわとしていたのかと思うとこっちまで照れてしまいそうなくらいかわいくてうれしい。

「時間はおまえに合わせる。いつも通りゆっくり寝てていい。でもそんなに遅くならないようにする。どのみち休日前じゃなくて悪いけど
「平日のほうが空いてそうだもんね」
「うん」
「夏休み期間だしね」
「うん
「誘ってくれてありがとう。すごく楽しみだ」
「そんな期待しすぎないほうがいいぞ」
「きみに誘われて損したことないよ」
「明後日が初めてになるかも」
「言い方変える。きみといて損することないよ」

スマートフォンを膝に返しながらつむじに口づける。

「木曜日、仕事終わったらここじゃなくてきみのお店に帰るね」
「うん」
クロウリーごめん、やっぱり」

体を左へ向け、肩に乗せられていた頭を両手で包んで持ち上げる。クロウリーは驚いたような、眠そうな、少し緊張したような、そんな面持ちだった。

「キスさせて」
「う、

唇を重ねて目尻を撫でる。親指に感じる体温はいつもよりほんのり高かった。








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