@xxxyueyunxxx
この国には、毎日何かしらの記念日があるようだ。
最近、ジェフはそう感じるようになった。
伝統的な行事の日だけではなく、何かの事業が始まった日、はたまた語呂合わせやこじつけのようにして決まっている記念日もあるのだから、目が回る。
何故、この国の人間達はそんなに記念日が好きなのだろう――ジェフはひとり、考えてみる。そんなに記念日を制定したいということは、最早記念日を愛好しているようにしか思えなかったから。
恐らくひとつの理由としては、なんとなくめでたい気がするからであろう。一般的には喜ぶ者が多い、誕生日と同じことだ。そう言えば、ジェフが店を出している商店街、彩花商店街にもそんな記念日はある。商店街が始まった日がそれで、その日は記念日として大々的なセールや催し物があったりするのだ。
あとは何が考えられるだろう。面白さなども、重視されるのだろうか。パフェの日なんかは無茶苦茶なこじつけで決まっているが、そんな日は少なくない。
何にせよ、この国には記念日が多い。
今日は八月十六日。伝統的な五山の送り火などを除いても、きっと記念日は存在するのであろう――
「何を難しい顔をしているんだね、ジェフ?」
声をかけられて、ジェフは我に返る。
正面に座って冷たい緑茶を飲んでいたランフォードが、気遣わしげな顔をしてジェフのことを見つめていた。その穏やかな黒曜石の瞳までもが、どうしたんだね、と言いたげである。
「――別に、どうということは無い。ただ――」
「ただ?」
「この国には、記念日が多いなと思ってな――」
ああ、と呟いてランフォードが微笑んでいる。ゆっくりと手元に置いたスマートフォンに手を伸ばしたかと思うと、ジェフにその画面を見せてきた。
その画面に表示されているのは、漫画の画面。
「ねえジェフ。知っていたかね? 今日は、電子コミックの日らしいよ」
「……何だそれは」
「記念日だね。大手の電子コミック会社が電子コミックを配信しはじめた日ということで、制定されたみたいだよ」
当然ながら、初耳であった。ジェフにとって電子コミックは、縁遠い代物だから。
「あれ? 興味無いかね?」
「無いな。そもそも俺様は、その手のものを読まないからな」
電子コミックどころか、この時代の漫画本さえジェフは読んだことが無いのだ。いまいち興味がもてなかったから。
「そう言えば、君が漫画を読んでいるところは見たことがないねえ。では、電子書籍だったらどうだね?」
「それも読んだことが無いな。本は紙の本に限るぜ」
紙をめくる感触や、ほのかに漂うインクの香り、そして一ページずつ読みすすめていく感覚が、存外好きなのだ。電子書籍を読みたいと思ったことは、ただの一度も無い。
「ランは、その手のものを読むのか?」
「私かね? 電子コミックはたまに読むよ。通勤電車の中で手軽に読めるのがよくてね」
「俺様、スマートフォンの画面を長時間見るのが苦手なんだが、ランは平気なのか?」
「……そう言えば、大丈夫だねえ。だから荷物にならない電子コミックのお世話になるんだけど。同僚にもいろいろ漫画をすすめられたりして、コミュニケーションも取れていいんだよ」
なるほど。会社員も大変だと、いつも感じることをジェフはまた思う。と、同時に自営業を選んで良かったとも。
「君もたまには漫画を読んではどうかね? 電子コミックから紙の本になっている漫画もあるし、私のおすすめもいろいろあるよ」
「断る。どうにも漫画は性に合わなさそうだ」
「そうかね? いつでも気が向いたら言ってくれたらいいからね。たまには君と本の話もしたいから」
「それならラン、この本をお前が読んだら共通の話題が出来るぜ? これは最近買った本だが、なかなかの出来だった」
「それは君の好きな推理小説だろう? 私はあまりそういうのは読まないんだよ」
ふたりは顔を見合わせると、小さく吹き出す。瞬間、自然と部屋に笑い声が満ちた。
――記念日から、思わぬ方向に話が弾んだものである。