@remuremuremm
⚠️6章後、学園で再会するイデアズです。
ワンライで書かせていただきました。
***
ハッピーエンドへの道のり
冥府の門が開いたと知り、一目散に駆けつけた。オルトの手を取ることに迷いなどなかった。弟と共に生きることが自身の幸せであり、同時に贖罪でもあった。
しかし戦いに敗れ、”彼”の居場所が文字通り壊された今、ハッピーエンディングは塵と化したのだ。
勝手知ったる部室を前に俯き、両手をぎゅっと握るイデアは、さながら断罪を待つ囚人のようであった。そして、執行人は。
「わかっていますね、シュラウドくん」
「ハァ……つら……」
S.T.Y.X.による学園の破壊、ならびに学外でのオーバーブロット。イデアは先の一件で、報告という名の謝罪行脚をする羽目になっていた。
謝罪というのは、あくまでイデアの感じ方にすぎない。なぜならば、オーバーブロットにより負傷を与えた前例はあったからだ。どんな問題児でも、学びたい意志さえあれば受け入れるのがナイトレイブンカレッジ。叱られることはあれど、責任問題とまではいかなかった。
それでも決して逃げないのは、自身の場合、ひとえにその”責任”を果たさなければならないと思ったからだ。
クロウリーが扉をノックする。後ろに控えながらも、胸がつまり、口の中が渇いていくのを感じた。
「入りますよ」
「どうぞ」
年季が入った扉は、ギギ…と音を立てて開かれる。その先には、やはり声の主が座っていた。長らく連絡を絶っていた恋人――アズールの姿が視界に入る。ぱっと目が合ったが、反射的に逸らしてしまった。
「どうされました?……おや、後ろにいるのは」
「……あー、その、………」
言おうとしたはずの言葉が出てこない。もごもごと唇を動かすものの、どれも形にならず口を噤む。一方、彼はわずかに口角を上げたままで。イデアたちの来訪に対して、全く驚く様子はなかった。
イデアの葛藤を知ってか知らずか、クロウリーが声高に切り出した。
「いやー、S.T.Y.X.の件が一段落ついたので、各寮長に報告をして回っていまして」
「なるほど。それで、イデアさんがここにいるということは、復学が決まったんですね」
「さすがアーシェングロットくん、話が早いですね。これからも彼と仲良くしてあげてください」
「ええ、もちろんです!ところで学園長、我がモストロ・ラウンジの損害賠償についてですが……」
胸に手を当て、本来得られたはずの利益を主張するさまは、相変わらずである。会話に入る隙は一切ない。否、もしや入ることさえ許すつもりがないのか。
張り付いたような笑顔。自己肯定感の低さの裏返しであることには、とうに気づいていた。だが、この表情の正体は、本当にそれだろうか。イデアは初めて、彼に対して”恐怖”という感情を覚えた。
沈黙しているうちに話が片付いたようで、クロウリーがこちらを振り返る。結局、イデアは一言も発しなかった。
「私は忙しいのでこの辺で失礼しますが、シュラウドくんは残っていきますか?」
「……いや、帰るよ」
「おや、そうですか」
仮面の下に隠れているが、彼が目を丸くしているのだろうということだけは伝わってきた。そのまま部活をしていくとでも思ったのだろうか。挨拶にきておいて、口を利かないのも変なので、最後に挨拶だけしていくことにした。
「……じゃ、…………アズール氏?」
「何を勝手に終わらせようとしてるんですか」
小声で呟き、そっと踵を返そうとしたところ、腕をつかまれる。先程までの笑みは消え、鋭利な瞳がイデアを貫いていた。ああ、彼は間違いなく怒っている。
「とりあえずここに座ってください」
「え、はあ……」
言われるがまま、入口に近い席に座ろうとすると、そっちじゃないこっちである、と言うかのように、机を2回叩かれた。まさか正面に座れということなのか。
2人きりの空間。幾度となく経験してきたはずなのに、これほどまでに気まずいのは入部直後以来だ。耐えきれず出口に視線を向けたが、すでにクロウリーの姿はなかった。
「えーっと、君のラウンジからの損害賠償請求なら、実家を介してもう解決したはずだけど…まだ足りなかった?」
「それに関しては、あなた個人に責任を問うつもりはありません」
「なら、取引相手の斡旋?シュラウド家(実家)とのコネが欲しくなった?それとも、卒業後も高価な変身薬を調達してほしいとか?」
ありえもしない可能性を矢継ぎ早に挙げては、自嘲する。その口調がかえって余裕のなさをあらわにしていることは、自身が一番理解していた。
ぱちぱちと瞬きとしたのち、アズールは目を瞑って大きなため息をつく。
「あなた、わざと話を逸らしていますでしょう」
「何が?」
「とぼけないでください」
こちらをキッと睨む瞳は、今度こそ目を離すことを許してくれなかった。スカイブルーは煌めき、生命力に溢れている。
ああ、彼は出会った瞬間から、眩しいほどにギラギラしていた。
「またゲームの続きをしましょう、僕そう言いましたよね?他に何があると言うんですか」
「なら、僕から”アズール氏、ゲームやりましょうずー”なんて言い出せると思う?無理だろ、そんなの」
「僕にとっては、約束を果たさずに立ち去ることの方が理解できません」
「君に遊んでもらえる価値なんて僕にはないよ」
「どうしてそう卑屈になるんですか」
押し問答が続くばかりで、らちが明かない。わかっている、後ろめたさを必死で隠そうと意地を張っているだけなのだ。自分が折れれば済む話なのに。もう止まれなかった。
「君は、もっとやりたいことあるでしょ。だからさ、僕なんかに構ってないで……」
「みくびるな!」
悲痛な叫びに、ヒュッと息を呑んだ。こんな大声、聞いたことがない。それほどまでにアズールは怒っているのだ。
「取引相手など、自分自身でどうにかしてきました。コネクション?あなたの出自がどうかなんて関係ない。僕は、僕は……ただ、これからも、あなたと、イデアさんと遊びたかっただけなんです…」
声がくぐもっていったと思えば、すぐに鼻を啜る音がした。自分は、目の前の愛しい人間を泣かせてしまったのか。
「あなたはどうかわかりませんが、少なくとも僕は、あなたがいてくれないとハッピーエンドを迎えられないんですよ」
瞳を潤ませながらも、必死で笑みを作ろうとする姿は健気だった。そんなの、そんなの。
「僕も一緒だよ」
部室も、彼との関係も元通りになった今、もはや幸せになることを諦める必要はなかった。
チェスの盤面は、何1つ違わずに復元されていた。そして、次はイデアの番。ハッピーエンドへの道のりは、まだ始まったばかりだ。
⚠️途中、オルトくんが登場します。
ワンライで書かせていただきました。
***
おやつタイム
ボードゲーム部の活動は、原則として火曜日、木曜日、金曜日の週3回だ。いかんせん緩い部活なので、参加報告の必要もない。気が向いたら部室に来て、気が済んだら帰ってよし。それはイデアも例外ではなく、2回出席するときもあれば、1回も出ない週だってあったのだ。
だが、お気に入りの後輩ができてからというもの、彼が参加する日は必ずイデアも出席するようになり、彼が遅れる日は、今か今かと待ちわびるようになり。そして今日も、その彼――アズールと机を挟んではゲームに勤しんでいた。
「アズール氏、今日も長考でござるか?そろそろカップ麺が伸びそうなんですけどー?」
アズールは、またいつもの煽りだな…とスルーしようとしたが、彼の言葉につられてうっかり腕時計を確認してしまった。
なんと、自身のターンだけで5分も経過しているではないか。イデアの表情は、退屈どころか意気揚々としていたので、指摘されるまで全くもって気づかなかったのだ。
「全く、また呼吸するかのように煽ってきて……邪魔しないでください。大体、カップ麺なんてどこにも無いじゃないですか」
「言うと思った。残念、実は持ってきてるんだよね」
いつの間に準備していたのか、机の上には想像していたよりもミニサイズのそれが鎮座している。カップ麺の類を好まないアズールであったが、一般的な形状くらいは知っていた。
「驚いたでしょ?これ、一応駄菓子でして。お湯を入れるのが定番だけどそのまま食べてもおいしいし」
「はあ……まさかここで食べると?」
突然アニメやゲームについて早口で語り始めるのはいつものことだが、部室でお菓子を取り出すとは思ってもいなかった。呆気にとられつつ、部室での飲食が禁止されているわけでもないから、ボロボロ落とさないように、とだけ伝えることにした。
「ご明察ー!そこで君に提案なんだけど」
リュックから、あれもこれもと万国旗のように駄菓子が出てくる。棒状のスナックにポテトチップス、グミ、それからチョコで覆われたマシュマロ。普段はボードゲームやカードで埋め尽くされる机が、一瞬にして様変わりした。
「休憩しましょうぞ。どれ食べたい?」
特徴的なギザ歯を見せながら、どれでもどうぞ、と左右に手を広げた。
「……全部カロリーが高そうですね」
「最初の感想がそれ!?アズール氏らしいけどさ」
机に散らばった駄菓子を眺めながら、アズールは考え込む。彼が好意的に誘ってくれているのはわかるが、脳裏に過るのは、ありとあらゆる菓子をつまんでは寝るという、生産性のない行為を繰り返していた自分。躊躇わずにはいられない。
それに、本来はイデアが食べるはずだったものが、好きでもない自分のせいで消費されてしまうのは忍びなかった。
「僕のことは気にせずに食べてくださって構いませんから」
言ってしまった、と感じたのは、イデアの口角がゆるやかに下がっていくのを捉えてからだ。冷たい返しとして伝わってしまったかもしれない。そんな彼は、動揺を隠すかのように手を組み替え、声を上ずらせていた。
「ええと、モスラでハロウィンキャンペーンやるって話してたよね、今年もお菓子プレゼントがあるなら参考に持ってくのも悪くないんじゃない?
…………あ、でも、どうしてもっていうわけじゃないし、それっぽい言い訳したけど拙者に口出しする資格ありませんでしたわ」
変なこと言っちゃったね、と眉を落とす。どう返していいかわからず、そのまま沈黙してしまった。
結局、駄菓子がアズールの手に渡ることも、当のイデアが駄菓子を食べることもなく、リュックにしまわれていくのだった。
1つだけでも手に取れば、彼は喜んだだろうに。彼の動きをを目で追いながら後悔しても、もう遅かった。
「アズール・アーシェングロットさん、こんにちは!」
翌日、いつものように食堂を訪れたところ、彼の弟と邂逅した。このタイミングでという後ろめたさ半分、嬉しさ半分。オルトのことは、もし自分の弟であったらどんなに幸せだろうかと考えるほど、一目置いていた。もちろん、兄であるイデアのことも。
「おや、オルトさん。最近は授業にも参加されてるようですが、様子はいかがですか?」
アズールの問いかけに対し、目を細めて浮遊し、全身で喜びをあらわにする。屈託のない笑みが、今の自分には眩しかった。
「新しい友達もできて、すごく楽しいよ。グループワークだと、ヒトそれぞれの思考の違いがよくわかって興味深いな」
「それはよかった!何か力になれることがあれば、いつでもおっしゃってくださいね」
「うん!ありがとう、アズールさん」
この間、アズールの内心ではもくもくと不安がつのっていた。部室での件は耳にしているだろうか。仲の良い兄弟だ、とっくに知られているかもしれない。もし、彼を悲しませたとわかれば――――。
それとなくイデアの様子を尋ねたものの、昨日から彼とは会話していないのだという。それもそのはず、オルトは正式に編入して以来、4人部屋に移動したのだ。毎朝顔を出すようにはしているが、今日はオルトの来訪に気づかないほど深く眠っていたようだ。
「実はね、普段の兄さんは、放っておくと食事をおろそかにするし、代わりに駄菓子やエナジードリンクを摂取してることも多いんだ」
だから、今朝もご飯を食べたとは思えなくて心配なのだと。胸が苦しくなった。
「それほど、あの人は駄菓子が好きなんですね」
「うん!本当は、バランスよくご飯を食べてほしいんだけど、それで好きなものを取り上げるのも可哀想だし……」
表情とともに語尾がしゅんと萎んでいったので、どうしたのか尋ねると、オルトは、自身がイデアとは共に食事できないことについて触れた。
「一緒におやつを食べて語り合いたいんだけど、僕は”情報”でしか把握できないから、兄さんはいつも1人で食べてて。食事もおやつも一緒に楽しめる相手がいれば、きっと兄さんは嬉しいだろうな」
相槌をうちながら聞いているうちに、オルトの思いが心に染みわたっていった。交友関係の狭いイデアのことだ、食事面については、オルトくらいしか指摘してくれなかったのだろう。そして、そのオルトも、食について語り合うには限界がある。
ただでさえ、イデアを悲しませてしまった負い目があるうえに、先ほど「何か力になれることがあれば」と申し出たのはアズール自身だ。ここで協力しないわけにはいかなかった。
「オルトさん、僕にお任せください」
明くる日の夕方、アズールはいの一番に部室に来ていた。もしかしたら、彼は気まずさを理由に来ないかもしれない。今週だけでなく、下手したら数日は言葉を交わせないのかもしれない。それでも、一縷の望みにかけて待っていると、ギギギ……と扉が開かれる。
イデアは、隙間から恐る恐る顔を出して、中の様子をうかがっていた。やがてアズールと目が合うと、狼狽えつつも足を踏み入れる。
彼の正面まできたところで、椅子にはすわらず、そのまま俯いて話しはじめた。
「ええと、その……この間はごめん。急に、興味のないもの出しちゃって、ほんと迷惑だったよね…………」
「その件ですが、謝罪しなければならないのは僕の方です」
そのまま頭を垂れるアズールに、イデアは驚きと混乱で慌てふためいていた。まさか、彼が謝るだなんて。
「いやいや!謝るのは僕だってば……」
「いえ、こればかりは譲りません。お詫びに足るかはわかりませんが、渡したい品を用意してきました」
アズールの手にあるのはあっさりとした味わいが特徴の焼き菓子。丁寧にラッピングまでされていて、どこかのブランド品かと錯覚するほどだ。
「今日はあなたの嗜好にお付き合いしますよ」
「へっ!?」
いいの?本当に?駄菓子に興味なかったんだよね?と質問攻めをするイデアに、1つ1つ丁寧に返していくと、しだいに彼の頬は緩んでいった。
「駄菓子はもちろん、好きなお飲みものもご用意ください」
その一言にぱあっと顔が明るくなった彼は、いそいそとリュックを漁り始めた。
「じゃあ、遠慮なくエナドリで……アズール氏は?」
その質問に答えるかわりに、上品なティーカップとパックを掲げる。彼もまた、柔らかく微笑んでいた。
「陰キャのたまり場であるはずのボドゲ部が、アフタヌーンティーと化していく……」
「頭を働かせるためには、糖分も摂らなくてはと思いまして」
「でしょ?ほら、おやつタイム恒例の駄菓子交換しましょうぞ」
その日から、毎週木曜日の15時は、おやつタイムとなった。やがてそれは、部内へと広まっていくことになる。
以下は、Xにおける企画「無限進化の可能性」に参加させていただいた際のお話です。部活中に🐙が発した、「そう言えば僕、好きな人が出来たんですよ」という台詞から始まるシチュエーションとなっております。
***
「そういえば僕、好きな人が出来たんですよ」
目の前の後輩は、穏やかな微笑みを浮かべながらイデアを見つめてきた。
サイコロの目は5。
「……ん?好きな人?」
「ええ」
好きな人。他人を信用せず、仮に”善意”を向けられようものなら困惑するか、すぐさま「何がお望みで?」と疑ってかかる、あのアズール・アーシェングロットに。そんな彼が好意を抱く相手は、ただ者ではないのだろう。
例えば、身近にいるリーチ兄弟。あの物騒な双子は、アズールの幼馴染(本人は腐れ縁と言い張るが)なのもあり、よく付き従えて歩く様子を見かける。自分だったら絶対にお近づきになりたくない。
信用して傍に置いているわけだし、親しいといえば親しいだろうか。でも彼は、好きな人が”出来た”と言った。先ほどの発言をもとに場合分けすると、彼が好意を抱いた人間は次のどちらかに当てはまりそうだ。
① アズールが最近出会った人物
② 以前からの知人だが、アズールにとって好意を自覚したのが最近である
モストロ・ラウンジを経営するにあたって、内装から食材の発注、取引に至るまで、彼は多くのビジネスパートナーと関わっていることだろう。休日には市場調査に赴くようだ。とはいえ、彼がやすやすと人を信用するとは思えない。アズールが信頼関係を築くとしたら、長期戦のはずだ。
「ち、ちなみに…その人との付き合いは長いの?」
ようやく返答できたところで賽を投げる。目は3。
アズールはイデアの駒を一瞥するが、サイコロは手に取らない。じっと考え込んでいた。
「長い、ですか……そうですね、ナイトレイブンカレッジに入学してからですので、かれこれ1年ほどでしょうか」
アズールは1年を「長い」と認識した。となると、彼が少なくとも複数回は話したことがある人物の可能性が高い。遠距離恋愛の可能性もあるから、最近会っているかまではわからないが、①の線は消してよいだろう。
「ふーん…で、どんなところが好きになった?」
「その方、最初は目も合わせてくれなくて、所謂塩対応だったんです。でも、お話するうちに表情が柔らかくなってきて。人嫌い……というより、人と関わって傷つくのを恐れている、と言ったほうが正確でしょうか。なのに、僕には自分から話しかけてくれるんですよ。……なんだか、面と向かって言うと照れますね」
アズールは目を細め、それはそれは愛おしげに微笑む。それにひきかえ、イデアは困惑したような不満げなような、何とも言えない表情。
この情報だけでも絞れそうなものだが、あいにく、動揺により視野の狭まった彼には厳しいようだった。
「めっちゃ挙げるじゃん……そんなに好きなんだ」
「ええ。好きですよ」
それでは、と律儀に告げると、アズールは再び賽を投げた。目は6。
「待って、カーレースに出て優勝してるアズール氏、激レアでは!?リアルじゃ絶対ありえない……井戸に願い事ごとでもしてきた?」
「失礼ですね。運ではなく準備の結果です。ついに、3回に2回は狙った目を出せるようになったのをお忘れですか、イデアさん?」
ふふん、と自慢気にサイコロを掲げてくる。思えば、今日この表情を見るのは初めてかもしれない。イデアもまた、自分の口角が上がっていることに気づいた。
「フヒッ……だからVRマジカルすごろくを作ったんだよね。ああそうだ、このあと遊ぶ?今のアズール氏なら圧勝かもしれませんな〜」
「結構です!」
運だのみは嫌ですから、と即答する。イデアに乗せられ、文化祭直前の記憶を手繰り寄せてしまったアズールは、慌てて咳払いをした。その記憶とは、動作確認テストを兼ねた部内杯のことなのだが、結果は言うまでもない。
「取り乱しました。次のご質問をどうぞ」
「このまま続く感じね……」
「もう飽きてしまいましたか?」
「いや、どうせなら最後まで聞くよ」
出した目は2。今日は小さい数字しか出ていないようだが、それが偶然なのか、はたまた。
「それって僕の知り合い?アズール氏って学園からわざわざ出てまで人と関わってると思うけど、懐に入れてるのは多くないよね」
「ふむ… 知り合いかという質問にはNOと答えますが、あなたがよーくご存知の方です」
「……矛盾してない?」
「いいえ」
「もしかして、拙者たち◯キネ◯ターしてる?」
訝しげな視線。とぼけるように首を傾け、イデアを見つめ返した。
「さあ?ですが、もうすでに答えが出てもおかしくない頃かと。……おや、『学校を卒業した。みんなからお祝い2000マドルずつ受け取る』だそうですよ」
イデアは、おもちゃのマドルを渡しながら思案した。アズールの好きな人が、自分の身近にいる。
「……それで、君がその相手を好きだったとしてどうするの?」
「どうする、とは?」
アズールは、質問の意図を掴みかねてきょとんとした。彼は、徹底的なまでに効率重視の男だ。先ほどの視線から察するに、自分の話に今度こそ飽きて、結論を欲しているのかもしれない。その困惑を察してか、イデアが続けて説く。
「好きという感情は自由。けど、それを態度なり言葉なりで相手に明かしても、相手が君のことを嫌いだったらどうする?相手を好きにさせようとしてもできなかったら、結局君が傷つくだけ。好かれてるかもわからない人間に、わざわざ労力を費すなんて、拙者からしたらナンセンスですわ」
「…………」
問いただすイデアに、沈黙を続けるアズール。サイコロは何かの拍子に床へと落下したが、気づく様子もない。2人の雰囲気は、もうゲームどころではなかった。
「そういう所が臆病で、そしてあなたの優しさなんですよね」
声を潜めたひとりごと。当然、イデアから聞き返されたが、大事なのはここからである。アズールは、机に身を乗り出した。
「では伺いますが、あなたは僕のことが嫌いですか?」
「へぁっ!?急に僕の話、なんで?」
「いいから答えてください」
いつになく真剣な表情。質問の真意はともかく、鋭い眼差しを前にして答えないわけにはいかなかった。
「嫌いかって言われると、それだけはありえないけど……それがどうかした?」
彼は断言した。アズールが嫌いではない。そして、先ほどの忠告はアズールを論破しようとするものではなく、イデア自身の優しさゆえである。それはつまり……。
みるみるうちに、アズールの表情がやわらいでいく。
「なら、先ほどのあなたの質問は、それこそナンセンスだったということになりますね」
「どうして?」
「だって、僕が好きな相手とは、イデアさんのことなんですから」
イデアは目を見開いて、10秒ほど沈黙。じわじわと、身体中が熱を帯びていくのを感じた。
「え、僕!?そりゃあ、アズール氏とは1年以上の付き合いだし、それなりに話もしてるけどさ……」
「驚きました?」
「うーん、ストレートに言われたことにはびっくりだけど……え、なんか拍子抜けかも」
「拍子抜けとはなんですか」
いくらなんでも、勇気を振り絞って恋心を明かしたら拍子抜けだなんて心外である。目を逸らして拗ねる彼が視界に入り、イデアは慌てて否定した。
「いや、嫌われてはないとは思ってたけど、アズール氏が僕のこと好きっていうなら、わからなくもないというか。改めて考えたら、別に意外でもなんでもなかったなって」
「え、僕、見るからにイデアさんのことが好きって言動してました…?」
「君だって、普段人を信用しない癖に、僕の言うことなら訝しんでも最後には頷いてくるでしょ。なんとなく特別感はあったし、一度懐に入れたら甘そうで、心配なくらいというか」
今度は、アズールのほうが頬を紅潮させていった。まさか、イデアに特別な相手であると感じてもらえていたなんて。
「それじゃあ、僕たち両想いですね…!」
「両想い…?」
「え、両想いじゃないんですか?」
ぱあっと目を輝かせるアズールに対し、イデアはつれない表情をする。あるいは、アズールの言ったことが処理しきれていないのか。
「だって、僕はあなたのことが好きで、あなたも僕のことを特別に想ってるんですよね?」
「え、うん……こうやって生身でゲームしたいくらいには特別だけど」
会話が成り立っているようで、成り立っていない。お互いに好きであり、特別だと思っているのに、イデアだけ浮かない顔をしている。しばらく考え込んだすえ、アズールはようやく、その原因に思い当たった。
「どうやら、僕たちの間には認識の齟齬があるようだ」
「齟齬?」
「イデアさんあなたの”好き”とは、僕という一人の人間に対する好意ということですね」
「あ、はい……」
「僕の言う”好き”とは、恋愛感情によるものです。早い話、手をつなぐ、キス、それ以上に踏み込めるかという話です」
これは、恋愛偏差値0のイデア・シュラウドが、後輩からの好意を受け取った日。そして、後輩に対する恋心を自覚した日の話である。
好きになるということ
⚠️7章前設定です。
ワンライで書かせていただきました。
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内緒の夜食
「何ですか、これは…!」
「あ、アズール氏…!?納期が近い案件があって、今日のクエは一応突破したから食事でもと…」
自室の机に散乱する、色とりどりの駄菓子にゼリー。それから、山積みのインスタントラーメン。その惨状を目の当たりにしたアズールは呆れ果てた。堕落した食生活とは、まさにこのことである。
察しの通り、イデアは朝昼晩ぶっ通しで作業に没頭して、22時をすぎた今、ようやく食事にありついたのだ。
「全く、胃もたれしても知りませんよ。オルトさんも心配されていたではありませんか」
「ウッ、オルトの名前に弱いとわかってて言ってるよね……?」
仕方ないというかのようにため息をつくと、目をしっかりと合わせて告げた。
「必要以上に口を出すつもりはありませんが……あなたを気にかけている人間がいるということ、忘れないでくださいね」
弟思い、そして恋人思いのイデアは、この一言にあっさりと陥落した。これで、彼の食生活も微粒子レベルで改善することだろう。
一方で、かくいうアズールにもささやかな秘密があった。モストロ・ラウンジの作業が終わった深夜、彼は誰にも内緒で唐揚げを食べてしまうのである。もちろん、カロリーを気にして1日の摂取量を定めているので、食べるのは2週に1度、それもたった1個という条件付き。だが、彼にとっては非常に大きな隠し事だ。
もし、事実が恋人に露呈しようものなら、「おまいう〜?」などと悪魔のような笑みを浮かべて揶揄われるに違いない。ゆえに、絶対に隠し通さなければならないのだった。
研究熱心な彼を慮ったアズールは、翌日もひとり恋人の元へ向かおうとしていた。外泊届は提出済みとはいえ、寮長が深夜外出していると騒がれてはたまったものではない。この逢瀬は誰にも内緒である。慣れた仕草でパーカーを被ると、アズールはひっそり自寮を抜け出し、鏡の間へ。それから、イグニハイド寮へと渡った。
「でさ、今度のマルチなんだけど……」
深夜の密談でもするのだろうか、談話室に向かおうとしていた3人の寮生。その横を、風を切るようにそそくさと歩いていく者がいた。
「誰?」
「さあ……どうせ、渋々外出して戻ってきたどっかの寮生だろ」
「でも、ここまできたんだからフード取ればいいのに。陰キャの同志ばかりだからって、寮長すら外してる時あるくね?」
イグニハイド寮では、問題さえ起こさなければ、深夜の廊下での雑談や談話室利用も黙認されている。寮の規則は、7寮のなかでも1番を争うほどに緩かった。それは、外来者に対しても同様である。しかも、相手は寮長。アズールにとっては非常に都合が良かった。
寮長室の前で立ち止まると、即座に虹彩認証が行われた。電子音とともに自動でドアが開く。初めて訪れた際は、最先端の技術に驚いたものだが、今やすっかり慣れてしまった。権限は部屋の主であるイデア、弟のオルト、それから恋人であるアズールにしか持たせていない。他人には滅多に心を許さない彼による、信頼の証だった。
「あ〜、適当にそのへんに座ってて」
イデアは、23時を回ってもなお作業中らしく、昨日とは打って変わって平坦な声色である。客人をもてなす余裕がないほどに、納期が差し迫っているのが伝わってきた。
主の言葉に従ってベッドに腰かけると、アズールはハンドバッグから本を取り出す。しばらくは構ってもらえないのを予想して、暇つぶしになるようなものを用意してきたのだ。特に読書したい気分でもなかったが、とりあえずはこれで時間を費やそうかと思案していたところ、直方体の家電が目に留まった。こんなところに電子レンジがあったのか。
「これは……?」
イデアの部屋には異質とも思える、お皿いっぱいに盛られた唐揚げ。どうやら加熱したてのようで、じゅわじゅわと油が染み渡っている。カリカリの衣が照明に反射して、艷やかにみえた。それもそのはず。最近の電子レンジは、冷凍食品や2日目の料理でさえも、揚げたてのように蘇らせてくれるのだ。
――待て。これは加熱して数分も経っていない。なのに、イデアは目もくれずに作業に没頭している。つまり彼は、わざわざ作業を中断して唐揚げを電子レンジに入れたにもかかわらず、それを忘れて作業に戻ったというわけだ。
でも、昨日は作業が終わるまで一切食事を取らなかったはず。それが、昨日の今日で改善されるとも思えない。そして、効率を最重視するイデア・シュラウドという人間が、とんだ無駄な行為をするはずもなかった。
ここで記しておきたいことがある。アズールは、彼の食生活が全く改善されないのを見越して、モストロ・ラウンジのまかないを持ってきたのだ。そして、イデアに食事をとらせる口実として、ともに食事をすることを決めていた。要は、腹が空いて仕方がないのだ。
まかないを再加熱するには時間がかかる。一方、目の前にはできたての唐揚げ。アズールの目と鼻を誘惑しているのはいうまでもない。
しかし、またもここでアズールの理性が働く。ここで唐揚げに口をつければ、本来イデアの食べるはずだったものを奪うことになる。日ごろ、同僚のつまみ食いを叱っている立場としては、仕事でないとはいえ、自らが同じ行動をするのは耐えられなかった。それに、今ここでつまみ食いをすれば、アズールが内緒にしてきた習慣がバレてしまうかもしれない。
そういえば、なぜイデアはこんなにも大盛りの唐揚げを食べようとしていたのか。彼が食べるとしたら、昨日のように駄菓子かインスタント麺、ゼリー、あるいはアイス程度のものだ。1度に食べきれないレベルの、袋いっぱいの冷凍食品をまるまる使い切ってしまうほど、作業に追い詰められ理性が効かなかったのか。いや、そんなはずはない。だいいち、イデアは唐揚げなど――。
アズールは、唐揚げを前にしてあれこれ葛藤していた。
だから、背後から忍び寄ってくる影にまったく気づかなかったのだ。
「そんなに気になるならさ、食べちゃえばいいじゃん」
「わっ!!」
鼓膜を揺らすウィスパーボイス。背中にぎゅっと密着し、それから長い腕が回されて、アズールは身動きがとれない。一瞬にして赤らんだ顔は、彼にもうバレバレだろう。
「拙者だったらとっくにつまみ食いしてますぞ〜?まあ拙者、揚げ物は食べませんが」
「は……え?」
やっぱりそうか。アズールの脳内で冷静に導き出した結論。それが解決したと同時に、なぜ?どうして?という疑問が湯水のように湧き上がる。
「イデアさん、作業に熱中していたはずでは?」
「キリのいいところまで終わったから、ブレイクタイムにしようかと思って」
「いや、その……」
どうして唐揚げがここにあるのか。これは誰のために用意されたのか。アズールが本当に尋ねたいのはその2つである。彼の疑問などイデアには丸わかりだったようで、ギザ歯を見せて笑った。
「だって君、唐揚げ好きでしょ?ほら、ここなら夜食食べ放題だよ」
終わった。いつ、どこでイデアに知られていたのか。
絶望するアズールを狙った悪魔の囁き。彼は、天使と悪魔なら、まちがいなく悪魔だ。
「なぜ……?」
「さすがのアズール氏も、チートデーくらいは作ってるだろうと踏んでたんだけど、僕だって詮索するつもりはなかったよ。そしたら、廊下で双子の論外な方が急に話しかけて来て」
「あいつのせいか!」
念入りに痕跡を消しているつもりのアズールだったが、ラウンジの幹部である双子に、いつまでも隠し通せるはずもなかったのだ。そして、気分屋のフロイドがイデアに口を漏らすのも、時間の問題だった。
一度は怒りが芽生えたが、何が面白いのかくつくつと声と立てて笑い始めた。
「どうかした…?」
「いえ、ついに僕も悪魔に憑かれたのかと」
「待って悪魔って僕のこと?」
さっきまでアズールを色気たっぷりに追い詰めていた人物とは思えないくらい、微妙な表情をしている。それもまた可笑しくて、ついに高笑いするかのように破顔した。
「アズールのために用意したんだけど、拙者が悪魔!?恩知らずにも程がありますわ」
「ならあなたは天使ということですか?」
「う〜ん、そう言われると否定するしかないですな」
「では、あなたが口癖のように言っているように、僕が天使だと仮定して」
彼らしからぬガサツな手つきで、唐揚げにフォークをつき刺す。がぶりと一口。やがて咀嚼し終えたアズールは、空のフォークをこれ見よがしに掲げ、ニヤリと笑った。
「これで、晴れて僕も天から追放ですね」
唆されたすえに禁断の果実を食べた人間は、エデンから追放された。その後、二度とエデンに戻ることは叶わなかったという。だが、”彼ら”は違った。天から堕ちたその先に、エデンが広がっていないとどうして言い切れようか。
堕天使たちは、いつまでも共にあった。