@xxxyueyunxxx
それは、彩花商店街からの帰り道でのことであった。
「あら? 道を間違えたかしら」
買い物を詰めたエコバッグを提げた黒木紗奈――その正体はこの世界と並行して存在する異世界『魔界』に生を受けし、半永久的な生命を持つ異種族『魔族』であるサティナは、周囲を見回した。どうやら、ぼんやり歩いていて曲がる道を一筋間違えたらしい。
見慣れない家の並び。見覚えのない表札たち。一体ここは、どこなのだろうか。
「来た方に戻れば、多分元の道に戻れるんだけど……」
そうすれば良いものをすぐに動かなかったのは、少し前方に見えているものが原因であった。
そこには、小さな店があったのだ。綺麗な花が咲いている植木鉢に、絡まっているツタ。そして木目調の可愛い看板。魔族であるサティナには、距離があっても看板に何と書かれているか読めた。
『本日のオススメ シフォンケーキ』
……家に帰るのは、寄り道をしてからでも良いだろう。
小さく頬笑むと、サティナは真っ直ぐにその店目指して歩いていった。
白い扉を開けて中に入ると、そこは別世界であった。扉につけられていた可愛いベルの音が、鳴り響いている。
「いらっしゃいませ!」
いっぱいに漂う甘い香り。そして整然とケーキの並ぶショーケース。横を見れば、木目調の棚に焼き菓子が並べられていた。
「お持ち帰りですか?」
「持ち帰りもしたいけど……こちらは、お店の商品をここでいただくことも出来るのかしら?」
奥に喫茶スペースがあるのを目ざとく見ていたサティナは、出てきた店員に問いかける。
「はい。こちらのケーキ類と、あとお飲み物がお出し出来ます」
「そうなのね。それでは、まずは案内してもらえるかしら? すぐに食べてみたいから」
「かしこまりました。お客様入られます!」
サティナは喫茶スペースに案内された。レースの縁取りの白いテーブルクロスが、目に眩しい。
「お荷物、こちらにどうぞ」
「ありがとう。助かるわ」
持ってきてくれた荷物入れに買い物袋を入れてから、机上に置かれたメニューを手に取った。
小さな店だったが、飲み物の種類は豊富であった。紅茶はブレンドティーとフレーバーティーが数種類ずつ、珈琲もいろんな銘柄がある。更にはハーブティーもあったし、子ども向けであろうジュース類もあった。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「そうね。外におすすめと書いてあったシフォンケーキと……あとはアップルティーをいただこうかしら」
「かしこまりました。しばらくお待ち下さい」
注文を控えた店員が下がっていってから、サティナは店の中をゆっくりと見回した。
光がたっぷりと入ってきていて、明るい印象の店は気持ちが良かった。ピアノ音楽が静かにかかっている。これはクラシック音楽だろうか。何の曲なのかサティナにはわからなかったが、その雰囲気は店の雰囲気と合っていた。
「お待たせしました。シフォンケーキとアップルティーです」
サティナの前に注文の品が並べられる。プレーンのシフォンケーキにはクリームが添えられ、ミントの緑が眩しかった。
アップルティーはポットで出てきた。最後にソーサーに伏せられたカップが置かれる。
「ごゆっくりお過ごし下さい」
白いエプロンが眩しいお仕着せに身を包んだ店員が下がっていってから、サティナはカップに紅茶を注いだ。カップはしっかり温められている。内側の白い釉薬に、紅茶の赤がよく映えた。
買い物で喉が渇いていたので、まずはアップルティーを口にする。ふわりと林檎の香りが、鼻腔をくすぐった。苦みと甘みのバランスも程よく、良い飲み口だ。
「あら、美味しい。こっちはどうかしら」
フォークを手に取ると、シフォンケーキを少し切り取った。程よくふわふわの弾力が、フォーク越しにも伝わってくる。これは期待できそうだ。
シフォンケーキを口に入れたら、品の良い甘さが口いっぱいに広がった。甘すぎないその味が、口の中で溶けていく。
次は生クリームをつけて食べてみたが、生クリームの方もしつこい甘さではなく、シフォンケーキの甘みに合わせられていた。甘いのに、全然しつこくない。このシフォンケーキならいくつでも食べられてしまいそうだ。
――寄り道から、思わぬ良い出会いが出来た。サティナは自然と笑みを浮かべる。あとで店の名前をしっかり控えておこう。隠れ家のようなこの店にまた来て昼の時間をゆっくり過ごしたいし、皆にもここを教えたいから。
お土産は何にしようかしら。ランフォードの好きなケーキは二種類くらい買うとして、焼き菓子もいくつかいただいて帰ろうかしら――
そんな思いを巡らせながら、サティナはひとり、優雅なティータイムを過ごしたのである。