情けない独歩
@tirichann
独歩さんが護身術を紹介してくれたのは、私の通勤路を知ってことだった。シンジュクは治安の悪い場所が多い。独歩さんが教えてくれるわけではなく、知り合いの先生が教えてくれるらしい。独歩さんと二人きりになれるわけではないのだと思うと気落ちするが、心配してくれていたのは嬉しい。私はその先生から格闘技を習い、少しの不審者なら倒せるようになっていた。
独歩さんから声をかけられたのは、その格闘技教室が佳境に近づいた頃だ。私を驚かそうと思ったのか、はたまた恋人らしくイチャつこうと思ったのか、独歩さんは後ろから私の頬に手を伸ばした。その瞬間、私は習った格闘技を繰り出し、独歩さんを地に伏せていた。
「あ、すみません……」
独歩さんだと気付いて慌てて手を離す。独歩さんは地面に寝そべったまま天を仰いだ。
「紹介したかいがあったよ……」
その顔にはどこか自嘲めいた笑みが浮かんでいる。
「情けないな……こういう時に颯爽と受け止められる男じゃなくて」
今では、もしかしたら私の方が独歩さんより強くなっているのかもしれない。だとしても私の気持ちが変わるわけではない。
「そんな独歩さんも好きですよ」
私がしゃがんで言うと、独歩さんは「ははは……」と笑った。地に寝そべるサラリーマンと、それを覗き込む女。私達は周りからどう見えているのだろう。その答えがどうあれ、私は独歩さんの彼女だ。