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九十九話目のおはなし

全体公開 神無三十一受け 5 10 5501文字
2025-08-30 16:35:27

カルみと+刑事探索者宿舎
シナリオネタバレあり(🎃と☕️のみ)
微ホラーあり

 

 「……それで、3時くらいかな。夜番の気合入れにコーヒー飲もうとしたら、どん、どんって足元から物音がしたんだよ」

 橙色の小さな灯りに照らされた室内には、固唾を飲む刑事たちの息遣いと、いつもより真剣な色をした聖の声が響いている。
 ソファの上を陣取る神無は、かたかたと小さく肩を震わせたまま隣に座る縞斑の腕に縋っていた。
 
 その日は特に蒸し暑く、怖い話でも行って涼を取らないかと誰かが提案したのだ。
 そのまま非番の刑事や夜に強い刑事たちが巻き込まれたことによってさあれよあれよと規模は大きくなり、現在のリビングには宿舎に暮らすほとんどの刑事が集っている。

 「不審者だったら困るじゃない?だから様子を見に行ったんだけど、物音は地下から聞こえてたんだよね」
 「地下……
 「そう。けど、地下に行くには俺とりっちゃんがいる仮眠室を通らないといけないし、おかしいなと思ったんだよ」

 最後の語り手となった聖は、夜番の際の実体験のように語りを進めていく。

 「さすがに確かめないわけにもいかないし、りっちゃんに待機してもらって俺だけ部屋を出たんだ」
 「一人で行ったのかよ!?」
 「あの時は俺も動揺してたみたいで、部屋空けるわけにもいかないかなと思ってたんだよね」
 「そんな……二人やないと危ないのに……

 他人の心理を読むことに長けた彼は話に引き込む言葉選びが上手く、周囲の人間は固唾を飲んで言葉の続きに耳を傾けていた。
 彼らの視線が集まっていることを確かめて、聖はゆっくりと勿体ぶるように口を開く。

 「階段を降りて、地下に向かって……音が聞こえてたのは、霊安室からだった」
 「っ……!」

 息を呑んだ神無が、ぎゅっと縞斑の腕に縋る。
 隣の縞斑は特に表情を変えることなくそんな神無の頭を撫でながら、内心では聖の話術に呑気に感心をしていた。

 「……その日は、部屋の中に人がいた」
 「霊安室に……?」
 「つ、付き添いの人とか?」
 「いや……事故で亡くなった人のご遺体だよ」
 「ほぉ……

 一部内容より引き込む話術を参考にしようと聞き入っている刑事たちの空気を感じた聖は小さく笑うと、ついに話の盛り上がりへと手を掛ける。

 「気になった俺が扉を開けたら、そこには男の人影が暗闇にぼんやりと……!」
 「っ、ひ!?」

 神無の悲鳴を皮切りに、数人の刑事が飛び上がって身を寄せ合った。

 「……誰がいたんだ?」

 恐々と涙目で縋り付く京札の頭を撫でたアキラは、子供たちを上手く怖がらせることができて満足げな様子を隠せない聖に続きを促す。
 その視線に気がついた聖は、それまでの真剣な表情からころりといつもの笑みに戻ると安心させる声色で言葉を続けた。

 「えっとね、事故じゃなく事件なんじゃないかって再調査しに来てた鑑識さん」
 「か……鑑識?」
 「なんでそんな時間に来たんだよ……
 「気になって調べたかったけど、バレたら怒られると思って忍び込んだんだろうねー」
 「なぁんだ……

 オチを聞いてほっと息を吐いた面々を見回して、頃合いだと帰代は空気を切り替えるように手を叩く。

 「もう遅いから、明日も出勤の者は寝なさい」
 「はーい、おやすみゲロゲロー」
 「大丈夫ですか巻さん、糸冬が添い寝しましょうか」
 「え、いや……だ、大丈夫です……
 
 特に怖がった様子もなくひらひらと手を振って歩いていく啓仕を先頭に、胸を押さえて微笑む糸冬と京札が寝室へ歩いていった。
 床に突っ伏して鼻ちょうちんを作る矢先を背負って部屋に向かう帰代の背を見た神無もソファから立ち上がると、ふむと何かを考え込むように口元に手を当てる縞斑の手を引く。

 「先輩、俺たちも寝よ?」
 「……あぁ、そうだね」

 宿舎は部屋が足りないため、神無の部屋には客用布団を敷いて縞斑も寝泊まりをしていた。
 仲間たちに手を振ってからいそいそと階段を登っていく二人の足音を見送ったアキラは、酒のつまみとして帰代が提供したカプレーゼを食べながら首を傾げる。

 「で……本当は誰がいたんだ?」

 最初は怖がる刑事たちと一緒になって話を聞いていたアキラだが、話のオチに差し掛かったタイミングで聖が嘘をついたことに彼は気がついた。
 おそらくその反応を見て話を作り変えたのだろう。怖いものが苦手なアキラだが、その話術に引き込まれていた彼は聖が咄嗟に隠した真相に興味が湧いたのだ。
 嘘を見破られた聖は、仲間たちが部屋から離れたことを確かめると素直に口を開く。
 
 「あぁ、亡くなった人本人だったよ」
 「……なるほどな」
 「しっかりホラー展開じゃないですか……
 「そ、それどうしたんだよ!?」

 渋い顔で頷くアキラと潔高の一方、青い顔の流石は続きを尋ねた。彼も彼で怖くないわけではないが、真実を知らないままの方が落ち着かない性格なのだろう。
 もう必要以上に脅かす必要はないと考えているのか、聖はけろりとした様子で言葉を続けた。

 「話しかけられたけど、知らないふりしてお線香焚いて手合わせた頃には消えてたかな」
 「あー……自覚なかったんだろうなぁそれ」
 
 おそらく自分が死んだという自覚がなかったのであろう彼は困惑した様子だったが、聖が静かに魂を偲ぶ姿勢を取ると納得した様子で姿を消したらしい。

 「急なことだったし、事件より事故の方が案外多いんだよね。でもまぁ害はないからさ」

 幼い頃は体の弱かった聖にはそういった霊を見る体験が時折あったようで、特に驚いた様子もなくへらりと笑っていた。

 「さてと……俺たちもそろそろお開きにしよっか」
 「うー……この話の後に寝るのか俺たち……
 「お化けなんて私たちが普段相手にしてる奴らに比べたら100億倍ましですよ」
 「たしかにあいつらは明確に害あるもんなー」

 怖さがぶり返すアキラが寝室へ足を向ければ、開き直って恐怖が薄れたらしい潔高と流石がその後に続く。
 しんがりを務めてリビングの明かりを消した聖は、しんと静まり返った薄暗い部屋を振り返った。
 刑事たちの賑やかな話を聞くうちにいつの間にか消えていた気配を確かめた彼は、小さく笑って扉を閉める。

 「……おやすみ。満足してくれたならなにより」

 ※

 ベッドに入ってから一時間が経った。
 ぱちりと目を開けた神無は体を起こすと、眠気の全く訪れない頭を小さく振って項垂れる。

 「……寝れない…………

 リビングにいた刑事たちもとっくに寝静まった時間なのに、どれだけ目を閉じても先ほどの会話が頭の中をちらついて離れないのだ。
 思い出すたびにぞくぞくと背筋が冷えるような感覚を覚えた神無は、今まで一睡もできないままベッドの上で困り果てていた。

 「…………トイレ行きたいな……

 そうして暇を持て余せば、自然と生理現象が訪れる。
 より一層眠気が遠ざかってしまった神無だが、静まり返った暗い廊下を通って一階の手洗い場まで向かうのは相当の気力が必要だった。

 ごとん
 「ひッ……!?」

 そうして神無が躊躇っていると、廊下から重たいものが落ちる音が響く。飛び上がった神無が慌てて息を顰めるが、それ以降は何も起こる気配がない。
 おそらくベッドから矢先が落ちた音なのだろう。時折聞く音であるはずなのに、なぜだか今夜はそれを受け入れられそうになかった。

 「……うー…………

 このまま眠ることができなければ、明日の仕事に間違いなく支障を来たすだろう。
 背に腹は変えられないともぞもぞベッドを這い出た神無は、おそるおそる床に敷いた客用布団で眠る縞斑の肩を叩いた。

 「……先輩、先輩起きて…………

 起きて欲しいけれど、起こしてしまって申し訳ないという罪悪感からひそひそとした声で縞斑のことを呼べば、小さな呻き声を上げた彼が重たい瞼を持ち上げる。

 「ん……なに?」
 「あの……えっと、」

 眠たげな声を上げた縞斑は、不安げな神無の顔を見て頭を撫でながらゆっくりと言葉を促した。
 夜中に揺り起こしてしまったにも関わらず優しい縞斑の様子に危うく涙腺が緩んだ神無は、羞恥に染まる顔を伏せてぽつりと口を開く。

 「トイレ……ついてきて、ほしい……
 「…………え?」

 ぱちりと瞬きをひとつして言葉を聞き返した縞斑は、目が覚めたらしく布団から身を起こして枕元の端末に手を伸ばした。
 画面に表示された時刻を確認した彼は、リビングでのやりとりから一時間近く経過していることに気がつくと僅かに眉を寄せる。

 「……今まで眠れてなかったの?」

 俯いた神無がこくりと小さく頷いた。
 それを肯定と正しく受け取った縞斑は、思わず額を押さえると布団に項垂れる。

 「言ってよー……
 「だって、先輩すぐ寝ちゃったんだもん」
 「そりゃそうだけど……もっと早く起こしてくれたら良かったのに」

 一時間も眠れないまま一人で怯えていたのであれば、迷わず自分を頼れば良かったのに。そうため息を吐く縞斑だが、しょんぼりと肩を下げる神無からは今も申し訳なさをひしひしと感じていた。
 彼なりに、眠る自分を起こさないように気を遣っていたのだろう。おそるおそる顔色を窺うように縞斑を覗き込む神無へと手を伸ばせば、彼は待ち侘びたようにぽすりと縞斑の胸に収まった。

 「そんなに怖かったの?」
 「……笑いたきゃ笑え」

 呟く神無の声は震えている。胸にじわりと広がる濡れた感触に、彼が涙を浮かべているのだと気がついた縞斑は小さく口元に笑みを浮かべたまま頭を撫でた。

 「笑わないよ。ほら、行こう」
 「……うん」

 縞斑が怒ったり呆れていないことを確かめた神無は、こくんと再び頷くと差し出された手のひらを握り返す。
 手を繋いだまま寝室を出れば、暗くてしんと静まり返った廊下が先まで続いていた。
 その光景に再び恐怖を覚えた神無が足を止めれば、そんな彼の手の甲を指先で軽く叩いて縞斑が歩き出す。

 「大丈夫、扉の外までついてくから」
 「うん……

 縞斑に手を引かれるままに歩き出せば、階段近くにある矢先の部屋の前に差し掛かった頃に、ごそごそと寝床に戻る物音が聞こえた。
 やはり先ほどの物音は矢先がベッドから落ちた音だったのだろう。そう納得した神無を連れて、縞斑は階段を降りると手洗い場の前まで辿り着いた。

 「はい到着。ここにいるから行っておいで」
 「……ありがと、」

 普段の縞斑なら怖い話を聞いて眠れなくなった神無のことを揶揄い倒すはずだが、声を掛けるのを躊躇って夜更かしをするほど本気だと伝わったのだろう。
 そう考えてひとり手洗い場の扉を開けた神無は、縞斑が廊下でゆったりと腕を組んで呟いた独り言を知らない。

 「無理もないか……あれ多分、実話だもんな」

 聖はあくまで実体験のように思わせる話術として振る舞っていたが、おそらく彼の話は完全な実話だった上に、怖がる神無たちを見て結末を咄嗟に書き換えたのだろう。
 刑事という仕事は人の生死に関わる機会が多いからなのか、案外霊感の強いものが多い。実話を聞いて神無が必要以上に警戒を見せることは、今後のことを考えると良い傾向だった。
 そんなことを考えていれば、やがて控えめな水音が響いてそっと扉の隙間から神無が顔を覗かせる。
 ひらりと手を振って微笑む縞斑を見つけた神無は、ほっと安堵した様子で彼に駆け寄った。

 「良かった、先輩いた」
 「おかえり。さすがにここで意地悪しないよ」

 二人は手を繋ぎ直すと、神無の寝室へと戻る。
 過去の世界にいる間だけとはいえ、自分のテリトリーとも呼べる空間に戻ってきた神無は、ほっと肩の力を抜いた様子で息を吐いた。
 そんな神無の横顔を眺めていた縞斑は、繋いだ手をくんと引いて彼のベッドへと視線を向ける。

 「一緒に寝る?」

 ぴくりと肩を揺らした神無が顔を上げた。
 驚いたように数度瞬きをした彼はやがて、僅かに疑うように目を細めて縞斑の顔を見上げる。
 
 「……先輩優しすぎない?本物?」
 「わお、日頃の行いの成果がこんなところで」

 あくまで縞斑に下心はなく、実話を聞いて感覚が過敏になっている神無を心配しての言動だった。
 しかし、普段の彼なら散々揶揄うのにという神無の疑う視線は最もで、思わず縞斑は苦笑いを浮かべてしまう。

 「……うん、こっちきて」

 そんな縞斑の様子をじっと見ていた神無は、やがて警戒を緩めて彼の手を引いた。
 一人用のベッドに大の大人が二人寝転がるのは手狭だったが、縞斑の腕の中でもぞもぞと寝返りを打った神無は安心した様子で息を吐く。
 それまで抱いていた不安が薄れていくにつれて、背筋をずっと舐めていた悪寒が徐々に薄れていく感覚を神無は覚えた。
 怖い話を聞くと霊を寄せ付けやすくなるという話を思い出してしまった神無は、ふるふると首を横に振ると縞斑の胸に顔を埋める。

 「……もう怖い話は聞かない」
 「はは、それがいいね」

 きっともう数分もしないうちに、部屋には二人の寝息が響き始めることだろう。
 静まり返った宿舎の気配を確かめた縞斑は、夜明けまで少しでも神無が穏やかに過ごせるように願いを込めて背を撫でるのだった。




 


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