@xxxyueyunxxx
「ねえジェフ。もうすぐ夏も終わりだねえ」
「それがどうした、ラン」
冷たい緑茶をひとくちすすって、ジェフは眼前の男――ランフォードを見つめる。また何かを言い出す気配を察知しながら。
「だからね。――夏はもう終わりなのに、やり残したことがたくさんあるなって」
ランフォードはどこかしょんぼりとした様子で、言葉を更に続けた。
「今年の夏も、君とお祭りには行けなかった」
「……商店街の夏祭りには、お前も来ていただろう」
「あのお祭りは、君は出し物をする側じゃないか。そういうのは、一緒に行ったとは言わないんだよ」
……確かにそうかも知れない。ジェフはまだ何かを言いたそうにしているランフォードを促した。
「スイカ割りもしていないし」
「……それは家族でやれ。俺様とやる必要は無いだろう」
スイカを一緒には食べているが、それとこれとは違うと言い返されるのが見えたので、ジェフは言葉を飲み込んだ。
「花火もしていないし」
「……それこそ、家族と一緒にやればいいだろう」
ランフォードを相手に花火をするよりは、隣の衣料品店の娘、この時代でジェフと懇意にしている少女、朝恵と花火をした方が良い――ジェフの本音はそれだったが、賢明にもそれは口に出さなかった。
「かき氷にも行っていないんだよ、ジェフ」
「かき氷なら、昨年行っただろう。それではいけないのか?」
「もちろん駄目だよ。去年の君とは行っているけど、今年の君とは行っていないんだからね」
……それを言い出したら、毎年かき氷に行かないといけないことになる。ランフォードとジェフは半永久的な生命を持つ異種族『魔族』で、その寿命はこれからも果てしなく続いていくというのに。
「ねえ、ジェフ。君は今、その理屈では毎年同じことをしないといけないって思ったのではないかね?」
……思考を読まれている。それも、ばっちりと。ランフォードはときに物凄く鋭いから、油断は全然出来ない。
「……その通りだろう。お前の考えでいくと、毎年かき氷に行き、毎年夏の風物詩を味わわないといけなくなる」
「でもそうなんだよ。何度共に過ごしても、そのときの状況や感情はその時々で違い、一度として同じことは無いからね」
目を細めて、柔和な顔をほころばせて緑茶の入ったグラスに手を伸ばすランフォードを前に、ジェフははっとした。ランフォードの言葉には、説得力があったから。
「まあ――確かに、一度として同じものは、無いか……」
「私はそう考えているよ。だから、君と同じ時を過ごせるときは、何度でも共にそのとき出来ることを楽しみたいんだよね」
ランフォードとジェフは、別の部族の魔族である。それも、双方『長』という責任ある立場の。こうして共に過ごせるのは、この魔界と並行して存在しているこの世界でだけだ。少なくとも、ジェフはそういう条件でランフォードと付き合うことを部族の者に認めさせている。それは恐らくランフォードも同様であろう。
今は幸い、珍しいくらい長い時を、ランフォードの側で過ごせている。それならば――毎年同じようなことを共にするのも、悪くはあるまい――
「……夏はまだあと少しある。今からやれることはやるぞ、ラン。夏のやり残しをな」
「いいのかね、ジェフ? じゃあ今から早速、かき氷に行こうよ」
「おい、ラン。もうすぐ夕飯時なのにか?」
「いいじゃないか、ジェフ。かき氷を食べて、花火を買って帰ろうよ」
ランフォードがそわそわとしはじめた。止めなければ今すぐにでも飛び出して行きそうだ。
「ちょっと待て、ラン。花火もするのか?」
「もちろんだよ。この夏やり残したことを一緒にやってくれるんだろう? 朝恵ちゃんと花火は、また別の日にする方向でどうだね」
「――おい。俺様、朝恵ちゃんのことなど一言も」
「ちゃんと顔に書いてあるよ、ジェフ。朝恵ちゃんと一緒にやりたいこともあるってね」
全く、ランには敵わない――ジェフはその鋭い瞳を閉じると、口の端を自然と上げた。毎度振り回されている気もしないではないが、付き合ってやっても、悪くない。相手が、ランフォードであれば。
「どの店に行く? ひとつ最近聞いた話をしてやると、何でも、この時代にはかき氷なのに食べても頭が痛くならないかき氷が存在するらしいぞ」
「本当かね、ジェフ? それはどこのお店だね?」
「ここからは少し遠いな。もっとも、俺様達なら『転移』を使えば一瞬で行けるがな」
「それは違いないね」
ジェフはランフォードと顔を見合わせると、声を立てて笑った。ヒグラシの鳴き声が遠く響く部屋に、ふたり分の笑い声が満ちる。
「スイカ割り用のスイカも買って帰りたいねえ、ジェフ」
「おい、ラン。本気でスイカ割りもするのか?」
「もちろんだよ。いっそ豪華に、でんすけスイカでやろうか」
「それはまた豪華というか、甚だ勿体無いスイカ割りだぜ、ラン」
ふたりは笑いながら立ち上がる。めいめいの荷物を持ちながら。
そして玄関口で靴を履くと、高らかに『転移』の呪文を唱えたのであった。