@tirichann
今日の侑は、試合が終わってから落ち着かずにいた。試合中は目に入らなかった観客席が気になって仕方ないのだ。観客席の奥でサングラスと帽子を被っている女性にどうしても目が行ってしまう。早い話、心が惹かれている。
一応言っておくと、侑は妻帯者であるし可愛い子には慣れている。今までテレビの取材に来た女子アナや業界で知り合ったモデルに心を奪われたことはない。けれど何故か、あの女性が気になるのだ。
一体どうしてなのだろう。侑には名前がいる。名前の他に浮気などするつもりはないし、名前以外の女に惚れそうになっているなど自分でも予想していなかった。今日のことは心に秘め、あの女性とは二度と関わらずに生きていくしかない。
関係者通路から外に出ようとした時、その女性が出口に現れた。まさか至近距離で会話することになるとは思わず、侑は身を固くする。話などしたら、本当に浮気になってしまう。
予想に反して、彼女の口から出てきたのはよく知った声だった。
「あ、侑!」
侑の嫁、名前の声だ。よく見ればサングラスや帽子の奥は名前の姿をしていた。観客席からは遠くてよく見えなかったのだ。侑は妻相手に一目ぼれし、浮気の心配をしていたということになる。名前のせいでとんた取り越し苦労をさせられたのだ。
「何でお前変装なんかしとんねん! セレブ気取りか!」
今までの焦りをぶつけるように侑が言う。名前が侑好みの容姿や雰囲気をしているせいで、浮気の危機だったのだ。
「そこまで言わなくてもいいじゃん」
唇をすぼめる名前に、侑は怒っているのだか甘えているのだかわからないことを言う。
「好きやって言ってんのや」
切迫した様子で甘いことを言う侑に、名前は「やーもう」と照れた。その姿を見ていたら、無性に苛々するような可愛くていじめたくなるような気持ちになった。