つきあってるみずいこが月見バーガー食べるだけ
@a_yuuzora
食堂の新メニューが好きな生駒は、コンビニやチェーン店の季節限定物も好きだ。食べることが好き且つ新しいもの好きだとそうなるらしい。
つまり、いつの間にか様々なチェーンで展開されるようになった月見バーガーおよびその類似品が一挙に発売されるこの時期は、生駒が目を輝かせるようになる。
「やっぱ月見バーガーが出ると、秋が来たって思うよな」
「今日も元気に熱中症警戒アラート出てたのに秋っちゅー感じはしませんけど」
「それはそれ、これはこれやん」
水上はすっかり溶けた月見シェイクを啜りながらちまちまとポテトをつつき、生駒の動向を眺めている。生駒は今年の新商品である三倍月見バーガーを手に持って、分厚いそれをどこからどう齧るか決めあぐねているようだ。水上はそれを見ながら「よー入るな」とちょっと引いた気持ちで考えていた。
生駒が夕飯としてテイクアウトで買ってきたものは、ベーシックな月見バーガー・チーズ月見・復刻月見・件の新商品・ポテトMをそれぞれ一つずつ、月見シェイクと月見パイを二つずつ。既に二人はベーシックとチーズと復刻を包丁で二等分してそれぞれ食べた後である。つまり既にバーガーが一個半が胃袋に入っている状態だ。いくら運動習慣がある若い男だからといって、そこからさらに特盛のものを頬張ろうとしている生駒はフードファイターか何かなのだろうか。
「イコさん、別に無理して今日中に食わんでもええんちゃいます?」
「別に無理してへんで? ただ肉は時間が経ったら美味くなくなる気ぃするし、そしたら食べ比べとして趣旨が外れるっちゅーか、平等やなくなるやんか」
「そっすか……」
食べ比べをしているのだろうなとは思ってはいたが、別に感想を書き記すでもなく食レポをするでもなく、ただ美味い美味いと言って食べているだけである。実際美味かったが、種類が多いのだから全部一時に買わなくても良かっただろうに。水上はバーガー一個半とシェイクで十二分に満腹だ。パイはとうに冷蔵庫にしまった。
生駒は色々角度を検討したのち、意を決して三段月見にかぶりつく。流石にこの厚みは荷が勝ったのか包み紙の中でバンズがずれ口元を少し汚した。
「ん、ウマい」
「そら良かった」
「水上も食う? 半分は無理でもちょっとくらいいけへん?」
きれいに歯形がついたバーガーを差し出され、水上は一瞬迷ってから「ほな一口だけ」と言って生駒の手ごと受け取る。そして水上もどこからかぶりつこうかやや迷って、生駒の歯型を半分削るような形でかじった。
「どう?」
「肉の味しかせえへん……」
「あ、ほんまや。バンズも玉子も減っとらん。もう一口いる?」
「いや、ええです。あーんされてみたかっただけなんで」
「今の『あーん』だった? 俺の手掴んでたけど」
「俺がそう思ったからそうでええんですよ」
「満足したならええけど」
そう言って生駒は残りの三段月見を次々腹に収めていく。最初の一口で形が崩れ手と口が汚れたからきれいに食べるのは諦めたのか所作はやや雑で、包み紙についていたソースが頬にもついた。健啖家と言えどそろそろ腹が苦しくなりそうな量を食べているのに、あまり仕事をしない表情筋から読み取れる感情は『幸せ』なのが生駒のすごいところだと水上は思う。
頬にソースをつけて幸せそうに頬張る子供みたいな仕草がどうにも可愛く思えて、ふっと頬が緩む。生駒は普段の言動の騒がしさに反して基本的に食事をきれいに行儀よく食べるし、食べかけを誰かに差し出すこともないから、こういったちょっとだけ行儀悪い少年のような姿を見られるのは水上の特権だ。そういうところを見せてもいいと思えるくらい近くにいることを許された、その椅子が与えられたことが何よりも嬉しく得難いことだと思う。
「さっきは軽く流してましたけど」
「ん?」
生駒が三段バーガーの最後の一口をもぐもぐごくんと飲み下すのを待ってから水上は続ける。
「肉は時間が経ったら不味くなる気ぃするんだったら店頭で食ったら良かったんちゃいます? わざわざ持ち帰らんでも」
「飯って一緒に食う人がおるかどうかで美味さが変わるやん? 折角の季節限定物やし、飯食ってて一番美味い相手と食いたいなあ思って」
「……はぁ」
「そんな不思議そうな顔することある? 俺変なこと言うてへんよな?」
「なんか、変ではないけど、イコさんがそういうこと言うのが意外で。イコさんの中でそういう序列があるとは思わんかったもんですから、俺と食う飯が一番美味いとかあるんや、って」
「そりゃあるやろ……」
「誰と飯食っても美味い美味い言うのが容易に想像つくんですけど」
「他の誰かとでも美味いけど、お前は特別に決まっとるやろ。恋人なんやから」
二人が付き合ってしばらく経つが、水上が片想いしていた期間はもっとずっと長い。その長い期間の中で水上は、愛されたがりのくせに博愛主義の生駒を傍で眺めながら、様々に波立つ感情を平然とした顔の下で飲み下すのにすっかり慣れてしまった。
だから恋人という血縁以外が得られる中で一番近くて特別な場所にある椅子を用意してもらえた実感がまだ湧かないところがある。きっとそれは恋人期間が片想い期間を超えるほど時間をかけなければならないだろう。物覚えはいい方だし日々少しずつ実感はしているのだけど、まだ「信じられない」の気持ちが大きい。
ということをぼんやりと考えていると、己の愛を信用してもらえてないように感じたのか生駒がだんだんと眉を下げしょんぼりとしだし、水上は俄かに慌てた。実感が湧かないのはあくまで水上自身の問題であって、生駒は何も悪くない。
「イコさんが俺のこと特別だと思っててくれるのは嬉しいです、ほんまに。イコさんと一緒に飯食うのが一番美味いのは俺も同じですし。せやから、今回みたいに特別な食事楽しみたいって言うなら呼んでください、ご一緒しますから」
するとしょぼんとしていた表情がぱっと明るくなり、生駒の目が輝く。
「ほんま!? 俺今年は他のチェーンの月見も制覇したいって思っててん。一緒に月見巡りしような!」
向こう一か月のフードファイトが急遽確定し、水上は一瞬遠くを見る。
「あー……行くときは前もって言ってください、ちゃんと腹空かせてきますんで」