一緒に暮らしてるォョ
@kurato0o
「熱出たァ!」
ショウは桶から手ぬぐいを取って、ぎゅうっと強く搾りながら、じっとりと真下を睨めつけた。布団にはぜぇぜぇと荒い息を吐きながら長い睫毛を伏せている美丈夫。だいぶ苦しそうなのだが……。
「熱い、死ぬ、終わりだ、世界が回ってる、終わりだ」
元気そうでもある。
ショウは手ぬぐいを白い額に置いてやって、とんとんと胸を控えめに叩いてやった。
ウォロが熱を出した。理由は明白で、毎夜毎夜情事に耽ったあと、すっぽんぽんで過ごしていたからに違いない。一応慈悲や心遣いの精神はあるのか、眠ってしまったショウには服を着せてくれていたので自分は風邪を免れた。あとショウは裸で部屋をうろうろしたりはしない。
つまるところは、自業自得。しかも毎日もう無理と言っても抱き潰されているのはショウの方なので、今も振り回されているのはショウなので、睨まれても睨み返すだけの権利はあるように思う。
「早く治るといいですね」
「死ぬ」
二言目にはこれだ。
ショウは溜息を吐きたくなるのを堪えながら、ぽんぽんと彼を寝かしつける。
「しんどい、無理、熱い、だるい」
「しんどいなら喋らない方が……」
「ならなにか聞かせてみせろ、暇だろ」
病気の時くらいしおらしくならないものか。
目を閉じているのをいいことに、ショウはなんやこいつという視線でウォロを見下ろしておいた。
病気の時ってもう少ししょぼんとするもんなんじゃないのか?文句を言いたいのはこちらの方では?そう思うものの、やはりぜぇぜぇと息を吐いて顔を紅潮させている男を見ると辛そうなのは辛そうなので、ショウはうーんと空を仰いだ。
「おはなしかあ……なんかあるかなあ……」
「なんでもいい。涼しそうなやつ」
それはなんでもいいと言うのだろうか。
涼しそうな話ってなんだ?
ヒスイは比較的涼しい地域だし、オヤブントドゼルガにれいとうビームを浴びせられるはなしとか?そういうことではないか……。
ぴん、ときたショウは、ウォロをぽんぽんあやしながら、声のトーンを落として語り始める。
「これはあたしが実際に体験したはなしです。といっても、あれは珍しくヒスイが蒸し暑い日で、あたしは水分も食事も摂らず、図鑑に向き合っていたのでもしかしたら幻かもしれません……。それともポケモンが見せた夢だったのかもしれません」
「…………」
「あれはお天道様がいちばん高い場所にあった時間、日陰もなくてあたしはおなかがすいたやら喉が渇いたやらでふらふらと草むらから出ました。確かミツハニーの蜜について調べていたんです。ポケモンたちも流石の暑さだったのか、今思うとあまり姿を見なかったように思います。湖の水を直接飲んではいけない……。とある人に聞いたはなしでした。そのひととはある夜に出会ったのですが、ハマナスの水には不思議なものが映る。そう言っていました。あたしはそれはなんですか?と素直に聞きましたが、彼は黙り込んでしまって、最後まで教えてくれませんでした。朝起きたらそのひとは姿を消してしまって、それ以降出会うことはありませんでした」
「…………」
「暑さに喘いでいたあたしは、そんなことも忘れてふらふらとハマナスへ呼び寄せられました。ミツハニーの蜜のいい香りがふわりと熱を帯びた風に乗って、微かに鼻に届いたのを覚えています。甘い香りにますますおなかが空きました。村までは距離があるし、その頃はまだベースキャンプが賑わう前でしたので、食料や水はいつも自分で調達していました。目の前にはハマナスの綺麗な海が広がっていました。普段なら直接飲もうとはしません。しょっぱいし、それなら森の川の方がいい。でもその時は何故かハマナスが輝いて見えたのです。ポケモンもいないぽかりと島を覆う透き通る水が、一等美味しそうに見えたのです」
「…………」
「あたしはふらふらしながら、地面に膝をつきました。手のひらで海水をすくって、飲もうと思って水面を覗きこみました。……普通、ここでみなもに映るのは自分の顔でしょう。それか太陽か、ハマナスの立派な木か……」
「…………」
「あたしはその場で固まりました。水には見たことのないものが映っていたのです。それは長い髪を生やした魚でした。丸く、白く、濁った目で、あたしを真っ直ぐ、水の奥から見詰めているのです。まるでハマナスの水を汚しにきた罪人を咎めるように。長い髪の魚はあたしがいなくなるまで、静かに、静かに、そこであたしの目を……」
「そういう涼しいはなしじゃない!」
ショウが語り終える前に、ガバッとウォロが起き上がる。ぎょっとして手を離す。
「あれ?元気出ました?」
「阿呆なのかオマエは!そんなはなしで元気が出るか!」
「じゃあ熱下がりました?結構涼しげな記憶を引っ張り出してきたのですが……」
「ロクでもないはなしの間違いだろう!」
何故か怒り狂っているウォロは、そこまで吐き出すとゲホゲホと咳き込んだ。慌てて抱き留めて背中を摩る。
「興奮しないで」
「だっれの、ゲホッ、せいだと……!」
まだなにか言いたそうなウォロを無理くり寝かせて、また胸をぽんぽんと叩く。
「普段丈夫なひとが風邪ひくと大事になるんですね」
咳き込んだ直後で疲れているのか、ウォロは胸を上下させてショウを恨めしげに睨めつける。
「眠れなくなったらどうするんだ」
「…………、もしかしてこわかっ」
「こわくない」
「…………こわか」
「こわくない」
被せてくるウォロに、ショウはぷるぷる震えた。笑うのを堪えるためだ。
怖かったのか……。
ぽんぽん。宥めるように擦りながら、ショウは人差し指を立てた。
「まあその後元気になったあたしは、水質調査もしたんですが」
「まだ喋るのか……」
「あれはコイキングが浅瀬から水辺を見上げてただけだったんですよね。あたしの影と光が重なって、人面魚に見えただけで。後日ぼんやりしているコイキングを見てピンときたのです。賢いでしょ。流石調査隊でしょ」
「……くだらなすぎて反吐が出る……」
「涼しくなったでしょ」
「なってない」
駄々っ子か。
そうツッコミたくなるのを我慢して、そろそろ換えた方がいいかも額の手ぬぐいを取ろうと手を伸ばした。布団からのろのろと這い出した大きな手が、それを阻む。
「?どうし……わわっ」
手を取られてきょとんとしている間に、布団の中に引きずり込まれる。熱い。布団の中はこれでもないほどに熱気に包まれており、本人が熱い熱いと文句を言うのも納得がいった。ぎゅうっと正面から抱きすくめられ、ショウはぐぇと息を漏らした。
「こうなったら上がるとこまで上げてやる。そうしたら自ずと下がるだろう」
「ええ……?」
「付き合ってもらいますよ」
「ええー……」
ぎゅうぎゅうとショウを抱きしめる腕は、いつもより弱々しい。流石に少し可哀想になって、ちょこんと手を添えて、またぽんぽんとリズム良く宥める。
「早く良くなるといいね」
「ふん」
鼻を鳴らした男は、有言実行というかなんというか、次の日の朝けろっとした顔で目覚めた。ショウも風邪がうつるということはなく、これで穏やかな日が戻ってくると安堵した次の瞬間、布団の中へ再度引きずり込まれる羽目に陥ったのはまた別のはなし。