カルみと+🐸🐏(匂わせ)
☕️と☀️を添えて
シナリオネタバレあり(🐸と🎃)
@popo_trpg_ss
神無三十一に恋人ができた。
相手はなんと、犯罪組織のリーダーである。
「やめておきなさいあんな男!!」
深夜、宿舎のリビングに帰代変の声が響いた。
すでに眠っている刑事もいるため、彼の声は僅かに顰められていたが、その威圧は抑えられることがなくびくりと神無の肩を震わせる。
「で、でも……だらだら先輩はいい人で、」
「いい人は犯罪組織のリーダーなんてやってないでしょうが!」
「ぅぐ……」
「それ言われちゃうとね」
「何も言い返せねぇよなぁ」
室内にいるのは帰代と神無、そして何となく二人の不穏な空気を察して部屋に残った聖心とアキラ・アカツキだ。彼らはひとまず様子を見るつもりなのか、静かに相槌を打って成り行きを見守っている。
助け舟を期待できないこの状況で、神無はしどろもどろと懸命に言葉を選びながら帰代に言い返した。
「先輩が刑事をやめたのには、ちゃんと理由があるんだよ。未来のことになるから話せないけど……そこには間違いなく俺も関係してるんだ」
あの事件の日。神無の決断がもっと早ければ、彼の相棒である白瀬恭雅は死ななかったことだろう。
そうすればきっと、縞斑はまだアサギリと共に公安で刑事として働いていたかも知れない。
縞斑が刑事をやめた原因は自分にあると言っても過言ではないと考えて俯く神無だが、帰代は頭を掻いてつらつらと言葉を連ねる。
「だとしても……犯罪者と恋人になることが何を意味するのか、お前は本当に分かってるのか?」
「意味って……」
「あくまでお前は刑事だ。万が一にも上に命令されたら、あいつの組織を摘発することだってあるんだぞ」
帰代の言葉を聞いた神無がぐっと押し黙った。
その反応から、やはりその点は彼も懸念しているのだろうと察した帰代は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「そうなったとき、お前の恋人が捕まったり、最悪の場合殺されるところを黙って見てることが、お前にはできるのか」
「そ、それは……!」
「助けたりなんてしたら、今度はお前の立場だって危うくなる。お前があいつについて行かなかったのは、それなりに理由があるからなんだろう」
身分の違う二人が共に生きることは、きっとどの時代だろうと関係なく苦労することだろう。
いつか迫られるかも知れない苦しい決断に耐えられないのであれば、彼の手を取るべきではないと説く帰代に、神無はおろおろと言葉を探す。
確かに神無には、警察組織にも守りたい大切な人たちがたくさんいる。自分たちの選択が彼らを巻き込んでしまう可能性だって、考えなかったわけではない。
「そう、だけど……でも、」
「……まぁまぁ、三十一も変も落ち着けって」
神無に負けが濃くなってきた頃、ようやくアキラがそう口を挟んで神無の肩をぽんと叩いた。
「未来の事情を知らない俺らがあんまりとやかく言う問題じゃないだろ」
「うんうん。分かるよ三十一ちゃん、真面目な子ほど悪い男に惹かれちゃうもんだからねー」
「アキラ先輩……聖先輩……!」
助け舟の気配にほっと息を吐く神無の一方、帰代は余計なことを言いやがってと彼に悟られないように聖を睨む。
その睨みに対して苦笑いを浮かべた聖が口を閉ざし、そんな二人の応酬にアキラが肩を竦めれば、帰代は一度咳払いをして神無と視線を合わせた。
「……俺はお前に、苦労してほしくないんだ」
「帰代先輩……」
「お前たちがちゃんと話し合って決めたことなら、俺に止める権利なんてないことは分かってる。……ただ、後悔しないように生きてほしいんだよ」
帰代の言葉は縞斑を嫌う意地悪から出たものではなく、真剣に神無の未来を案じたものだ。
言葉の端々からそれをしっかりと汲み取った神無は、こくりと小さく頷いて帰代の手を握る。
同じ公安の刑事として、犯罪者と付き合うと決めた神無のことを見過ごせないのは当然のことだ。そんな彼が安心するような言葉を選べる自信はなかったが、せめて誠実でありたいと神無は言葉を選ぶ。
「心配してくれてありがとう、帰代先輩」
「……、」
「でも俺、どうしてもだらだら先輩と一緒にいたいんだ」
最初はきっと、生存意欲の薄い縞斑を結びつける何かを探しただけだった。
それが自分との絆であれば仲間として嬉しいだなんて都合の良い言葉で、抱いた優越感と恋心を誤魔化して生きてきたのだ。
恋心を自覚して縞斑に手を伸ばした時、彼は帰代と同じようなことを言った。
きっと苦しい思いをする。犯罪者の手なんて取ったらいけない。そう宥める彼に、それでもと手を伸ばしたのは神無だった。
「今こうして先輩を選んだこと、俺は絶対後悔しない。……選ばなかったときの方が、きっと後悔して消えたくなると思うから」
「……そうか」
意志の強い紫水晶の瞳を見つめた帰代は、頷いて繋いだ手を握ると神無へ空いた腕を伸ばす。
そっと神無の頭を撫でた彼は、自分が思うよりずっと様々なことを考えて決断したのであろう可愛い後輩に改めて謝罪の言葉を選んだ。
「頭ごなしに否定して悪かった」
「……んーん。先輩たちが心配してるってこと、ちゃんと分かってるから平気だよ」
わからず屋だと批判されても文句の言えない否定の仕方をしたにも関わらず、神無は小さく笑ってそれを受け入れる。
そんな素直な神無の姿に、ますます傷ついてほしくないと胸が痛んだ帰代だが、その気持ちは自身のエゴだと言い聞かせてぐっと言葉を飲み込んだ。
そんな帰代の肩をぽんと慰めるように叩いた聖は、この家族会議の閉会宣言を引き受けて口を開く。
「さて……無事に仲直りしたところで、明日も早いし俺たちもそろそろ寝よっか」
「だな。三十一、グラスは片付けとくから先に歯磨きしておいで」
「う、うん……ありがとうアキラ先輩」
聖の助け舟に便乗して、ひょいとココアの注がれていたマグカップを取り上げたアキラは、そのままキッチンへと向かっていく。
申し訳なさそうに席を立った神無は三人を気にした様子だったが、見送る彼らに折れるとおずおずと挨拶をして立ち去っていった。
「おやすみ先輩たち、またあした」
「おやすみー三十一ちゃん」
「おやすみ」
「いい夢見ろよー」
ぱたぱたと廊下から遠ざかる足音が私室の方へ消えていったことを確かめて、聖は小さく息を吐くと手元のウイスキーグラスを傾ける。
「真面目な子ほど悪い男に惹かれるからねー……」
思わせぶりなその言葉が誰に向けたものか薄々勘付いている帰代は、いらいらとした様子で眉を寄せると聖を睨みつける。
「……言いたいことがあるならはっきり言え」
「いやね?真面目すぎて国際犯罪者に惹かれちゃった子が身近にいるから、どっちの肩持てばいいか悩んじゃって」
聖の言葉に、帰代は盛大な舌打ちをして酒を呷った。くらりと心地良く回る酔いに身を任せてどうにか紛らわせようとする彼だが、その赤い頬は酔っただけでは説明がつかない。
そんな帰代の横顔を眺めた聖とアキラは顔を見合わせると、やがてにやりと楽しげな笑みを浮かべる。
その視線と笑みを跳ね除けるように、帰代はグラスの中の琥珀を見下ろしたままぽつりと呟いた。
「……俺は神無に、俺みたいな苦労をしてほしくないだけだ」
「でもさ、変も後悔はしてないんだよな」
アキラの言葉に帰代は押し黙る。
帰代は、国際犯罪者である武器商人の嘉羽羊介と関係を持っているのだ。
公安局の上層部では嘉羽を飼い慣らしたのだと功績を讃えられているが、その実は互いに情を持った上での関係だと聖とアキラは見抜いていた。
「後半から三十一への話も、自分に言い聞かせてるみたいだなって思って」
「……うるさいぞアキラ」
「悪い悪い。これ以上は掘らねぇって」
帰代はもちろん、嘉羽を選んだことを後悔などしていない。
しかし、同じ犯罪者という異質な身分の相手を恋人に選んだ者として、神無に同じ葛藤や苦労を味わってほしくないという気持ちも本物なのだろう。
頑なに自身の感情を隠したがる頑固な帰代を宥めたアキラは、難儀なものだと考えながら彼らの許可を得て煙草に火をつける。
部屋に燻る紫煙を眺めていた聖はふと、酒で湿らせた唇を思い出したように持ち上げた。
「……『諸君は選択を迫られているのだ。科学技術による「勝利の可能性」か、それを放棄することによる「確実な敗北」かを』」
「それってたしか……アイザック・アシモフか?」
「そう。この前りっちゃんから借りて読んだ本にそんなフレーズがあったなぁと思ってね」
博識な相棒を持つ聖は、少し前に彼から借りたいくつかの本の中にそんな言葉が残されていたことを思い出す。
あれは確か現代の環境問題を示唆した言葉だったが、その言葉の根幹は今仲間たちが置かれている状況にも言えることなのかも知れないと聖は言葉を続けた。
「要はさ、大事なのは選択することなんだよ」
「選択……」
「選ばないこともひとつの手段だけど、きっとその決断で泣きを見た時に後悔するだろ。選んだ先にあったものが限りなく低い可能性だったとしてもね」
選択したことで失敗した後悔と、選択しないことで迎えた停滞による後悔の大きさはきっと似て非なるものだ。
納得した様子で紫煙を吐いたアキラは、灰皿に短くなった煙草を押し付けながら言葉を引き継いだ。
「変も三十一も、その先に後悔がある覚悟をして選択したってことか」
「そう。だから俺は二人の選択が最善かは別として、決断したことを称されてほしいと思うわけ」
話す聖は労うように帰代の背を叩く。
神無のことを言えるような立場ではないとどれだけ分かっていても、やたらと他の刑事にマウントを取ってくる性格の悪いあの男だけはやめなさいと言いたくて仕方がないのだ。
ぐぅと顔を顰める帰代の正直な様子に、アキラはへらりと苦笑いを浮かべる。
「ママってのは大変だなー……」
「……母親ならもっと強く止められるんだがな」
「おっと、今日はそっちのモードか。こいつは重症だ」
いつもなら産んだつもりはないと跳ね除ける帰代が、今夜は親であったならもっと強引に縁を切ることを勧められたのにと落ち込んでいる。
これは相当だと冷や汗をかいたアキラと聖は、その場の空気を切り替えるように酒を注いでグラスを重ねた。
「ほらほら変ちゃん、もうちょい飲んでから寝ようぜ」
「そうそう。こっからは大人の時間ってな」
「…………あぁ」
かちんとガラスが重なる。
きっと今頃地球の裏側で、彼の想い人はくしゃみをしているに違いない。
終