ボーダー就職ifみずいこ 🥦🥽
エンジニア×ベテラン戦闘員 多分アラサー
遠征艇が帰還予定の日に🥽さんが帰ってこられないって聞いて拗ねる🥦の話
@a_yuuzora
本来遠征艇が帰還する予定だった日は五日前。
帰還が遅れそうだという連絡が入ったのは二週間前。
その連絡で伝えられた帰還予定日は短くて五日後、長ければ三週間後。
二週間前の連絡を聞いて以降、水上はまともな生活をする意欲をすっかり失ってしまった。
遠征艇にはベテラン戦闘員として生駒も搭乗していて、今回のものは二人が同棲し始めてから一番長い遠征だった。何ヶ月も離れ離れになって連絡すら自由にとれず、早く帰ってこないかと待ち続け、あともう少しで会えると思っていた最中の延長報告。ひどいおあずけだ。
延長になった理由は理解している。遠征艇が帰路についている途中、中継地として滞在していた友好国で天災が起こり、復興の手伝いをしてくれないかと頼まれたためだ。幸い遠征艇に災害による損傷はなく三門との通信も良好、戦闘があるわけではないから人手はあまっている。それならば恩はいくら売っておいても損はない。売った分だけ三門に侵攻してくる近界民は減るしトリオン技術供与もしてもらえる。遠征メンバーには今のうちに売れる恩はいくらでも売っておきたいというボーダーの意向はわかる。
だが、恋人の帰りを今か今かと待っていた心が納得しない。明かりのついていない家に帰るのはもう飽きた。料理をする者がいなければただ湯を沸かすしか仕事のない三口コンロが侘しい。
どうせ最低限の生活ならシャワー室と仮眠室があればどうにかなるのだからと、水上はここ数日職場──ボーダー本部の開発室に泊まり込んでいた。
「お、いたいた。最近はずっと在室してくれてるから助かるぜ」
開発室に足を踏み入れた荒船は深夜の開発室で一人残業している水上を視認し、ニッと笑った。
「あ゛? 別にお前のために居るわけちゃうぞ」
「おー怖。そんなんだからあっちで新人がビビって話しかけづらそうにしてたんだな」
「なんか視界の端でウロウロしとったのそれか。何しとんねんて思っとったわ」
「あんま新人いじめてやんなよ、かわいそうだろ」
「いじめてへんわ。わざわざこっちから話振ってやる心の余裕がないだけや。ほんで、荒船はなんの用や」
「試作ファンネルのデータ収集一通り終わったぜって話」
それを聞き、水上の眠たげな目がやや大きく開く。試作ファンネルとは、前回の遠征隊からもらったデータを元に水上が蔵内と共同開発した、攻撃手援護用の新型トリガーだ。小型で使い捨ての代わりに殺傷能力の高い、移動式地雷のような性能のトリオン兵・ウィゼルが近界で発見されたため、視界に入りづらいそれを自動で見つけ出し弾を射出して攻撃するという性能をもつ。
「訓練室・日中屋外・夜間屋外でシート分けてサーバーに送っといた」
「おお、これか。ありがとな。流石荒船、仕事が早いわ」
「生データはトリガーの方に入ってるけど要るか?」
「一応貰っとく。使い心地はどうや」
「ブラッシュアップしただけあって訓練室での結果は完璧だな。やっぱ弧月は人以上のサイズの敵用だから小物を全部任せられるのはいいな。射手の援護がある攻撃手ってこういう感じかって思った。そういうコンセプトだろ、これ」
「……まあな」
弾トリガーの扱いが不得手な攻撃手を自動で支援するサブ武器の開発者が水上という時点で、それを誰のために・何の代わりとして開発したかなど、彼を知るものからすれば明白である。
「だけど屋外がなー……今回が初試行だろ? 三門でウィゼルはまだ発見されてねえから自動攻撃オフにして探知だけ起動させてたんだけどよ、コイツ野良猫にも反応するぜ」
「うわマジか。あー、生体トリオン反応……レーダーの感度上げたらそうなるわな。映像判定、は夜間やと意味ないな。動きから自動判別させるか? いや……」
「まあ防衛任務に使わねえなら生体認識とか要らねえと思うが、そこらへんの判断は任せた。水上はこのまま修正作業するのか?」
「せやな、そうしたいとは思っとるけど」
水上はパソコンの画面から視線を外し、座ったままぐーっと伸びをする。すると開発室のドア付近に、ちょこちょことこちらの様子をうかがう人影が見えた。物陰に隠れている仕草を見せているが、赤い隊服が白基調の室内の中でバカみたいに目立つため全く隠れられていない。その人影と、ゴーグル越しに目が合った。
「なんか、幻覚見えてきたからそろそろ帰った方がええかも」
「おお、そうしろそうしろ。お前ここで何泊してんだよ」
「そんなん数えてへんわ」
「またきゅうり冷蔵庫で溶けてねえか」
「今回は水しか入れてへんから大丈夫」
「それ大丈夫なのかよ」
「泊まり込みのプロが言うにはな、生野菜は最初から買わんほうがええらしいで」
「食生活終わってんなあ」
「毎食カップ麺とコンビニ飯で栄養補給してるのがゴロゴロしてんのが開発室やで、今更や。──なあ、つかぬことを聞くんやけど、俺に見えてる幻覚が俺の頭わしゃわしゃシャンプーするみたいにかき混ぜてんねんけど、これほんまに幻覚か?」
「俺が水上と同じ幻覚見てるんじゃなきゃ現実だと思うぜ。──生駒さん、それ以上スキンシップするなら帰ってからにしてください」
「生駒、了解」
背後からはっきりと声まで聞こえて、水上が目がしらに手を当て深く深くため息をつく。帰還予定日は短くて五日後だったのではなかったのか。何故生駒がこの場にいる?
「報! 連! 相!! 遠征艇帰ってきたら連絡くるんちゃうんか!」
「さっきまでそこでウロウロしてた新人がその連絡役だったんじゃねえか? 報連相しやすい環境づくりも上司の仕事だぜ、水上『主任』」
「くそっ……ぐうの音も出んわ。珍しく荒船が饒舌に世間話すると思ったらこれかい」
「なんだ、バレてたのか。それじゃ、俺は用が済んだから帰るぜ。あんま根詰めすぎんなよ。おやすみ」
いたずらが成功したような顔でそう言って退室する荒船に、水上は手首から先を振るだけで応えた。背後から元気に「おやすみー」と返事をする声が聞こえ、水上はずるずると頽れるようにデスクに突っ伏した。
「イコさんが帰ってくるの、五日以上後やって聞いてたんすけど」
生駒は近くのデスクから椅子を拝借してキャスターで滑ってきて、水上は頬杖をついたままそちらを向いた。
「うん、ほんまはそうやったんやけど、冬島さんがあっちの偉い人に掛け合って短縮してもろてん」
『あっちの偉い人』というのは友好国のトップか高官のことだろう。
どうやらこの友好国というのが、本来遠征艇の帰路における最終補給地になる予定の場所だったらしい。それが天災によって補給もままならなくなり、むしろ支援が必要な状態になってしまった。遠征部隊は人手はあるが滞在するための食糧がほとんどない。被災地から食料をもらうのも悪いから、緊急で最低限の人名救助だけ手助けして、『支援物資積んですぐ戻るから一旦帰らせて』というようなことを言って急いで帰ってきたらしい。
「まあそれは半分建前で、ほんまはな、士気が下がっててこれ以上長居したらヤバイなって判断だったっぽいで」
「士気……?」
「俺な、帰ってる途中、たくさん土産話あるから話したいし、たくさん撮った写真見せたいし、遠征中の節約質素飯から解放されて美味いもん食べたいし、何よりやっと水上のおる家に帰れる、ってずっと楽しみにワクワクしとってん。それなのに遠征延長でーすって言われて、なんかもう、ありえへんくらいガクーッてきてもーて。いや、大事なお仕事やって分かっとるよ? 人命救助やし、外交でプラスになるらしいしな? でももうちょっとで手に入るはずだったお楽しみが無期限延長でおあずけって、もうほんまに落ち込んでしゃーなくて、気晴らしに雑談しようにも言葉も出て来ーへんくなってな……そしたら『生駒がこんな状態なのはマズい』って冬島さんが言うて、ほんで偉い人にかけあってくれたらしい。俺気づかんうちに遠征艇内の空気悪くしてもーたかもしれへんわ」
「イコさんのことやし、それはないとは思いますよ」
「ほんま?」
生駒はどこにいてもその集団のムードメーカー的な存在になるし、緊張をほぐしていつも通りのパフォーマンスを引き出すことに長けている。基本的にネ何事もポジティブにとらえ、根拠もなく次は大丈夫と言い切る無責任な潔さがある。それを無意識に無自覚にやっているというのは天賦の才とも言えるだろう。
その生駒が言葉少なに落ち込んでいるというのは異常事態だ。生駒が空気を悪くしたのではなく、生駒が空元気を出せる余裕すらないということに他ならない。つまり、おそらく生駒が士気のバロメータなのだ。
「ほんでやっとの思いで帰ってきたら、いつも出迎えに来てくれる水上がおらんくて、俺ほんまにちょっと泣きそうになってん」
「それは……すいませんでした」
「連絡ミスやったんやろ? しゃーないやん。それにお仕事しとる水上の姿見れたからこれはこれで満足やで」
「見たってなんもおもろいことないでしょ」
「そんなことないで? 俺には分からんなんかすごいことやっとるんやなー、かっこええなーって思うもん」
「そりゃどうも」
「そのファンネルってやつ、俺も使ってええやつ?」
「そもそもイコさんのために開発しとるんですよ。もう俺は戦場でイコさんを援護できる立場やないし、イコさんがおらん間俺がイコさんのためにできることなんてこれくらいしかないんで」
何をあたりまえのことを、というつもりで水上がそう言うと、生駒は口をぱくぱくさせたあとむにゅむにゅと何かを言いよどみ、何故か水上の手を取ってスクイーズで遊ぶように握ったり揉んだりし始めた。いつも多弁な生駒は、感情が極まるとうまく言葉が出ず奇行をすることがある。また変なことやっとるな、と水上は黙ってされるがままになっていると、生駒はぽろりとつぶやきをこぼした。
「あかん、泣きそう」
「へ? いや、なんで!?」
「俺があっちで早よ水上といっぱい話したいなー顔見たいなーって思っとるとき、お前も俺のこと考えていろいろ動いててくれてたんやって思ったら、なんかぐっときてもーて」
手のひらをむにむにと揉みながらそう言われ、水上は苦笑する。
いつも遠征前は見知らぬ星で観る景色やあちらで親しくなった人とまた会えるかもという期待でわくわくしている姿しか見せなかったし、帰ってからは遠征中の楽しかったことや大変だったことを無限に喋っているものだから、遠く離れた恋人のことを思って寂しがっていたなんて思わなかった。寂しいのは自分ばかりだと思っていた。けど、わざわざそんなことを言う必要はない。同じ気持ちでいてくれたことが、ただ嬉しい。
「俺がイコさんのこと考えない日なんて、一日もないですよ」
そう言って水上は生駒を抱き寄せる。この体温と質量を腕の中に抱えて、やっとこの人が帰ってきたのだと実感する。
「おかえりなさい、イコさん」
「ん、ただいま、水上」
赤子をあやすようにとんとんと背中をたたくと、抱きしめ返された腕がぎゅうぎゅうと万力のような強さで締め付ける。
「い、イコさん、苦しい苦しい……」
「あ、すまんすまん、お前生身やったな」
「ここ開発室なんでね。イコさんは換装解かないんすか」
「中継地であんま補給でけへんかったから水の使用制限があってな、ちょっとばっちいねん」
「なるほど。ほな一緒に近くの銭湯いって、ついでにどこかで飯食っていきましょ。今家帰っても食えるモンなんもないんで」
「それええな! 清潔でたっぷりの水と美味い飯! あー、日本に帰ってきたーって感じするわ。早よ行こ!」
「海外赴任から帰ってきた邦人みたいなこと言っとるなあ」
そわそわしだした生駒を見ながら水上はパソコンの電源を落とす。すると不意にぐうと腹が鳴る音が聞こえた。忘れて久しかった空腹という概念を思い出した正直な体に、水上は小さく笑う。
「どしたん?」
「いや、なんでも。やっぱ俺、イコさんが傍にいてもらわなあかんなあって思ったとこです」