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その熱の名を恋と呼ぶ

全体公開 みずいこ・単話 3653文字
2025-09-18 00:39:40

お題箱にいただいた「『何度記憶を失くしても』(コピ本)の前日譚」というリクエストを受けて
前日譚だけど別にコピ本の方は読まなくても多分大丈夫 付き合ってないけどルームシェアしてて、水上のみ自覚済みの両片想いってだけです

Posted by @a_yuuzora

「お、あの映画もう公開しとるんや」
水上がテレビを見ながらそう言うので、生駒は夕食分の洗い物を終えて手を拭きながらリビングに顔を出す。すると画面には映画のCMが流れており、『大好評上映中!』とテロップが出ていた。水上が「あの映画」と言ったのは、丁度二週間前に前作がテレビ放映されていたのを覚えていたからだろう。
「それな! 友達が公開日に観たって言っとったわ」
「そうなんすか? なんか感想言ってました?」
「おもろかったって言うてたわ。水上も気になる?」
「テレビでやってたの結構おもろかったんで、評判ええなら観てみたいすね」
「俺も気になってたし一緒に観ようや。俺明日暇やけどそっちなんか予定ある?」
「急っすね。俺も暇ですけど。じゃあネットでチケットとっちゃいましょうか」
「任せてええ?」
「任されました。んー、まあ昼前くらいの回でええですかね。そのあと十五時の回になってまうんで」
「せやな、ほなそれで」
「学割にするんで明日学生証忘れんとってくださいね」
「了解」
水上がさくさく予約を進めるのを横目に生駒は明日の予定に思いを馳せる。映画を観て、その感想を喋りながらどこかで昼食を摂って、せっかくだしどこかで買い物でもしようか。そういえば友人がそんな話をしていたような。
「あー、俺もカノジョ欲しいなぁ」
生駒の口からぽろりとこぼれた呟きに、水上はぴたりと動きを止める。
「それは……どういう意味ですか」
「どういう意味って? 言葉通りの意味やけど。さっき友達が映画観た言うたやん? その友達、彼女との初デートでその映画みたんやって! そんでそのデートがめっちゃ楽しかったってめちゃめちゃノロケてきてん。それがほんまに幸せそうでな、ええなあ羨ましいなあって」
「ああ、なるほど。ちなみにイコさん、付き合いたいような人がいるとかは」
「いや、別におらへんけど」
「はぁ」
正直に答えれば、水上は途端に興味をなくしたように再びスマホを眺め、予約作業の続きをしだした。さっきまでの明日の予定を話していたときのあたたかくてふわついた空気が、なんとなく冷えたように感じるのは気のせいだろうか。だが特に変な話をしたつもりはない。誰だって色恋には多少なりとも興味はあるだろうし、デートにあこがれるのは普通だと思うのだけど。
そういえば水上とはそれなりに長い付き合いで、ルームシェアをし始めてからは特にたくさんいろんな話をしてきたと思うのに、水上のコイバナを聞いた覚えがないことに生駒は気づいた。
「水上は、カノジョ欲しいなーとか思ったりせえへんの?」
「俺は……、好きな人がいてその人と付き合いたいって気持ちなら分かりますけど、好きな人も居らんのにカノジョが欲しいって気持ちは分かんないっすね」
「そうなん!?」
言われてみれば、水上は生駒ほど未知のものに対するワクワクがあまり無いような気がする。それは生駒が夢見がちなところがあり、水上は徹底したリアリストであるからかもしれない。だから、具体的なビジョンがないものを欲しいとは思わないのだろうか。
「でもな、それこそ映画デートしたり、カノジョとおしゃれなカフェいったり旅行したりとか、めっちゃ楽しそうやなーって思わへん?」
「どれもイコさんと一緒に行ったし、どれもめっちゃ楽しかったですよ。イコさんは俺とじゃおもんなかったですか」
「そんなわけないやん、めっちゃ楽しかったで! めっちゃ、楽しかった、なぁ……?」
水上と一緒に映画もカフェも旅行もして楽しかったなら、別にカノジョと行かなくてもいいのでは? という思考が過る。
「いやいや、あと、手ぇつないでみたりとかしたいやん」
「手、つないでみます?」
水上はさらりとそう言って自らの右手を差し出す。
「え、男同士で手ってつないでええもんなん」
「手ぇつなぐったって、握手とそうたいして変わらんでしょ」
「確かに?」
それならいいかと生駒は差し出された水上の手をとって、握手にはならないように左手で握る。するとなんだか心の奥がじわりと熱をもった。人肌のあたたかさが心臓を中心に滲むように染みわたるような、そんな感覚。
「これはなんか、ええなあ」
「ええですねえ」
この幸福感を水上も同じように感じてくれているなら嬉しい。嬉しくて口がむずむずするような、ギターをかき鳴らしたいような、体全部を使って表現したいような、不思議な気持ちになった。
「な、なあ、俺今ハグとかしてみたいんやけど、男同士でやってもええやつやと思う?」
すると水上は目をぱちくりとさせてから、愉快げに口を緩ませた。
「まあ、女子同士でやってるのは時々見るんで、男同士でやったらあかん道理はないんちゃいますかね」
「そっか、せやんな」
水上が立ち上がるのに倣って生駒も立ち上がる。そして「お好きにどうぞ」というように緩く手を広げて待ち構える水上を前に、生駒は俄かに立ち尽くす。ハグってどうやればいいんだっけ。
生駒はしばし手をうろうろと彷徨わせてから、水上の肩に手を置く。なんかこれは違う気がする、と思ったが水上が生駒に倣って生駒の肩に手を置いたので、極小の円陣のようなものが完成してしまった。できてしまったからにはあれをやるしかないだろう。その姿勢のまま生駒はぐっと腰を屈め、母校で聞きなれた掛け声を上げる。
三門第一サンイチィー! ファイッ!」
「オー! ……って何させとんねん」
下がった頭にぽこんとチョップが落とされる。
「よく運動部がグラウンドとかでこういうのやってたよな、ファイッオーってやつ」
「やってましたけど二人ではやってないんすわ」
仰る通りすぎるツッコミにちょっと笑うと少し気が楽になって、生駒は水上の肩から下ろした手を胴回りに移動させぎゅっと抱きしめてみた。唐突な切り替えに水上は一瞬反応が遅れたのか小さく驚きの声を上げ、少しの間の後生駒の背にも腕が回された。
……お望みのハグですけど、どっすか」
「固いな」
「そりゃあ男ですからね」
「でも、なんかええな、こういうの」
今まで親戚の子供を抱き上げたことは何度かあったけど、自分と同じくらいかそれ以上の人間とこうやって密着することなど子供の頃以来なかったように思う。密着した胸からも背に回された腕からも体温が伝わるのがこんなにも心地よいなんて初めて知った。胸にじわりと滲んでいたあたたかさが、ぼうっとさらに熱を持ってろうそくの灯りのようにゆらめく。なんだか心がふわふわとして、体に伝わる感触は固いはずなのに何故だかやわらかいもので包まれているような、起きているのに微睡んでいるような不思議な感覚に陥った。
「なんやろ、なんか、寝そう」
「なんで?」
ふわふわした気持ちを言語化できず思ったままを言えば、当たり前だが疑問符が返される。
「まあいつもよりはちょい早いですけど明日映画あるしもう寝ましょうか。先洗面所使ってええんで寝る支度しちゃってください」
そう言って水上はハグを解いて生駒を洗面所の方にとんと押し出す。急に離れた体温に少し寒さを感じながら、促されるままに歯磨きを始めた。

寝る支度をしながら生駒は先ほどまでのふれあいを頭のなかで反芻する。
水上とはそれなりに長い付き合いのつもりだったけど、こんなスキンシップは初めてだった。手を繋ぐだとかハグをするだとかは、別にしてはいけないことではないはずなのにするという選択肢が今までなんとなく頭に浮かばなかった。だけど実際してみると思ったよりもはるかに心地よくて、幸せな気持ちになった。それならこれからも日常的にやってみたいなと思う。
そして、そもそもなんでそんな話になったんだっけと思考が巻き戻る。確か発端は、生駒が「カノジョがほしい」と言い出したところだったはずだ。しかしよく考えてみれば、今の生活は十分に充実してるし楽しいし幸せなのだから、別に今カノジョが必要なわけではないな、という結論に達した。それに、充実してる分それなりに忙しいのでカノジョとデートする時間があまりとれないだろうと思った。友達の話を聞く分にはとても楽しそうだと思うのだけど。
そういえば水上はカノジョが欲しいかどうかということに関してなんと話していただろうか。確か「好きな人となら付き合ってみたい」というようなことを言っていたはずだ。もしかして、付き合いたいと思うような好きな人でもいるのだろうか。
そこまで思い至って、生駒は何故だか胸がざわりとする感触を覚えた。なんとなく水上はずっと生駒の隣にいるような気がしていたから、水上の隣に女性が立っているのをうまく想像できない。水上はどんな人を好きになるのだろう。
今すぐにでも聞きに行きたくなったけども、丁度消灯して布団に入るところだったので後回しにすることにして生駒は目をつむる。そして一晩ぐっすり眠っているうちに、胸の騒めきもささやかな疑問もすっかり忘れてしまった。


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