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ほどける香り

全体公開 神無三十一受け 7 14 4752文字
2025-09-22 18:43:58

カルみと 肌寒い日の話
シナリオネタバレあり

 

 その日、久々の重なった休日を利用して神無と食事に出掛けた縞斑は、会計を済ませて店の外に出た途端ひんやりと頬を撫でる涼しげな風に顔を上げた。

 「日が暮れて冷え込んできたね」

 本日も朝から照りつけるような太陽の日差しが肌を差し、こまめに日焼け止めクリームを塗り直す神無の姿を見ていた縞斑は意外そうに呟く。
 縞斑が支える扉から遅れて顔を出した神無も、そよそよと髪を撫でる涼しい風にぱちりと目を瞬いた。

 「ほんとだ。秋ってやつ?」
 「どうだろう、昼間は相変わらず暑いからなぁ」
 「そうなんだよなー……秋服好きなのに、毎年着る機会逃しちゃうんだよ」

 夏と冬の間から季節が抜け落ちて久しい今日この頃、気に入った服を最適な気候で着こなすことも難しいと神無はげんなりした様子で呟く。
 神無ほどあまり服にこだわりのない縞斑は、そんな彼に苦笑いで相槌を打つと帰路を歩き始めた。
 日が暮れて薄暗い路地裏は、ビル風が強く吹いており少しだけ肌寒い。カーディガンを羽織る縞斑はともかく、日中の気温に合わせて半袖のシャツを選んでいた神無はふるりと小さく身を震わせた。

 「寒い?」
 「んー……ちょっとだけ。でも大丈夫」

 腕をさすって笑う神無の表情からは、本人の言う通り我慢ができないほどの寒さではない様子が汲み取れる。
 しかし、過保護と言われてしまえばそれまでだが、彼の恋人として解決できる問題であれば力になりたいと思ってしまうのもまた事実だ。
 我ながらすっかり絆されていると小さく笑った縞斑は、自身が羽織っていたカーディガンから袖を抜くと神無に差し出した。

 「これ、使っていいよ」
 「え……いやいや、先輩が冷えちゃうだろ」
 「俺はさっきまで着てたから平気。それより神無ちゃんの方がほら、貧弱だし」
 「ひ、貧弱って言うな!」
 
 縞斑が体を冷やしてしまうからと遠慮して突っぱねる神無だが、その肌にはわずかに鳥肌が立っている。
 翌日は互いに仕事であるため、このあとは神無を家まで送って帰宅する予定だったが、店から神無の自宅までは路地を通って十数分の距離があった。

 「神無ちゃんが風邪引いちゃったら、ディーノちゃんとアサギリちゃんに俺が怒られちゃうからさ」
 「アサギリも俺の味方なんだ……

 恋人の前で見栄を張ろうとする縞斑を見守る相棒は、いつだって呆れた様子でため息を吐いている。アサギリにとって神無は、縞斑の恋人である以前に大切な友人なのだ。
 意外そうに呟く神無の肩に有無を言わさずカーディガンを掛ければ、断る理由もなくなった神無はおそるおそる袖を通す。
 それまで感じていた肌寒さがなくなった神無は、ほっと息を吐くと自分には少しだけ余る袖を握って顔を上げた。

 「ありがと先輩」
 「ちょっと大きいかな?」
 「あったかいから大丈夫!」

 手が見えるようになるまで袖を捲ろうとする縞斑だったが、それを断った神無は機嫌良く笑ってカーディガンに顔を埋める。

 「すっげー煙草のにおいする!」
 「そりゃあ喫煙者ですから」

 くふくふと嬉しそうに笑った神無は、改めて縞斑と手を繋ぐと家までの道を歩き出した。いつもより体温の低かった彼の手は、歩みを進めるうちに少しずつぬくい温度へと変わっていく。

 「お店のデザート美味しかったー……
 「そうだね。また今度食べに行こうか」
 「うん!約束だからな!」

 ゆらゆらと繋いだ手を振りながら、二人は穏やかな言葉を交わして顔を見合わせた。
 互いの休みが重なる機会は非常に少ないため、次に会える日はまた少し先になることだろう。
 職業柄屋外で堂々と手を繋いで歩くことも叶わない二人だからこそ、暗闇の助けを借りたこの時間が名残惜しくてたまらなかった。
 いつもより出来る限り歩調を緩めて歩いていた二人だが、やがてその足は神無の家の前に辿り着いてしまう。

 「じゃあ、またね。おやすみ神無ちゃん」
 「おやすみ先輩」

 離れた手のひらを埋めるひんやりとした冷たい風を振り払うように手を振った神無は、一度背伸びをして縞斑の頬に口付けると家に入っていく。

 「あ、」

 その背が間違いなく無事に玄関扉の向こうへ消えていったことを見届けた縞斑は、ようやくカーディガンを貸したままの肌寒さを覚える自分自身に気がついた。

 「……まぁ、また今度会うときでいっか」

 わざわざ神無を呼び戻して取り返すほど普段から使い込んでいる衣服ではないため、次に会った時で構わないと考えた縞斑は道を引き返す。
 帰宅したら、明日の自分に回した大量の仕事をやっつけなければならない。楽しい時間が一転して憂鬱な気分になった彼は、小さく息を吐くとアジトへの道を辿るのだった。

 ※

 そんなデートから二週間が経った頃、縞斑は久しぶりに神無と休みを合わせることに成功した。
 カーディガンを貸したことなどすっかり忘れて彼の家に遊びにいった縞斑だったが、玄関扉を開けて顔を出した神無の姿を見た彼は思わずぱちぱちと目を瞬く。

 「先輩いらっしゃい!」
 「あ……う、うん。久しぶり、神無ちゃん」

 笑顔で出迎えた神無は、部屋着の上に縞斑のカーディガンを着ていた。
 確かにあれから冷え込む日が増えたため、室内でも体温調節のために羽織るものを持つことは当然のことである。
 しかし、それは果たして縞斑から借りたものであって良いのだろうか。ツッコミ待ちなのではないかと困惑する縞斑の一方、首を傾げた神無は不思議そうに口を開いた。

 「先輩どうしたの?」
 「いや……えっと、そのカーディガン……
 「カーディガン……?」

 指摘を受けてふと視線を落とした神無は、しばらくの沈黙の後はっと息を呑む。
 みるみる恥ずかしそうに顔を赤らめていく神無の様子を見守っていれば、彼はわたわたと狼狽えた様子でカーディガンから袖を抜いた。

 「ご、ごめん……!えっと、あの、これは違くて!昨日まではちゃんと返そうと思って!洗ってもあって!!」
 「うんうん、怒ってないから少し落ち着いて」

 慌てて弁解をする神無の肩を叩いて落ち着くよう声をかければ、怒っていない縞斑にますます罪悪感が募ったらしい神無は眉を下げて口を開く。

 「その……あれからずっと、こっそり着てて、」
 「そんなに気に入ったの?」

 縞斑のカーディガンは、量販店でアサギリが適当に選んだよくあるデザインのものだ。
 縞斑よりはるかに身だしなみに気を使う神無が特別気に入るとは考え難いと問い掛ければ、意外にも神無は恥ずかしそうに俯いてこくりと小さく頷く。

 「だらだら先輩の……匂いがするから」
 「え、」
 「先輩に包まれてるみたいで、安心するなーって思って……気がついたら、毎日……

 ところが、彼が告げたその理由は予想の斜め上を行くものだった。
 目を瞬いた縞斑が驚いた様子でまじまじと神無の顔を見れば、長い袖を伸ばして赤い頬を隠した彼がふいとそっぽを向く。

 「……ごめん。ちゃんと洗って、明日にでもすぐ返すから」
 「…………それあげよっか?」
 「んー……ううん。もうだいぶ先輩の匂いしなくなっちゃったし……癖で着てたんだと思う」
 
 毎日着ているうちに縞斑の匂いは薄れてしまったらしく、自分に染まりつつあるカーディガンにはあまり興味がないのだろう。
 ぽそぽそと正直に心の内を話す神無の顔を見つめていた縞斑は、やがてようやく頭の整理が追いついた様子で口を開いた。

 「じゃあそのまま貰うよ」
 「いや……いやいやいや、流石にそれは」
 「そんな汚したわけでもないでしょ。ほら、脱いで」
 「え、え〜……?」

 神無の袖からカーディガンを抜こうとする縞斑に最初は抵抗した神無だったが、自分の分が悪いことは百も承知らしくすんなりと縞斑に従う。
 大人しく神無が脱いだカーディガンを受け取った縞斑は、彼の言う通り纏う匂いがすっかり自分のものではなくなっていることに気がついた。
 神無の大好きな甘いスイーツの匂いと、神無が使っている柔軟剤の匂い。毛玉ができないように丁寧な手入れを行なっていたようで、手触りは貸す前よりはるかに良くなっている。

 「ほーん……なるほどね」
 「せ、先輩……?」

 たしかに、あまり悪い気はしない。
 恋人の匂いに包まれるというものは、心の安心する穏やかな感覚だった。
 神無が同じ思いを自分の匂いで抱いてくれたのだと思うと、少しだけ恥ずかしいが嬉しくて堪らなくなる。
 このまま着て帰ろうと考えた縞斑だが、そんな彼の裾をくいと引いた神無が名残惜しそうな眼差しを向けた。

 「……あの、また貸してくれる?」
 「別にいいけど……抜け殻だけでいいの?」
 「…………意地悪なこと聞くじゃん」

 不服そうに唇を尖らせていた神無は、しばらく視線を泳がせて言葉を探していたが、やがて持ち主の元へ戻ったカーディガンの裾をきゅうと引いて首を横に振る。

 「……本物がいいに決まってる」

 おそらく、神無なりに「寂しい」という理由で縞斑に連絡するのは迷惑だと考えたのだろう。
 神無は自分へ向けられる愛情へ疑いを持たない素直な性格だが同時に、その愛情に対してどこまで甘えて良いかという線引きを探そうとするきらいがある。
 流石に悪戯が過ぎただろうかと考えた縞斑は、ふっと息を吐くと俯く神無をすっぽりと腕の中に閉じ込めて抱き寄せた。

 「まぁ確かに、俺も毎回連絡に応えられる自信はないけど……何も言わずに抜け殻を大事に抱えられると少し複雑かな」
 「……だって、重いと思われるじゃん」
 「神無ちゃんは普段からわりと愛重めでしょ」
 「ゔーーー………!!」
 「ごめんごめんごめん、謝るから物理的に重くならないで。腰が死んじゃう」

 悔しげな呻き声をあげてコアラのように縞斑に飛びつく神無を支えた彼は、苦笑いを浮かべて神無ごとソファに倒れる。
 神無を押し潰さないように向き合って横たわった縞斑は、気まずそうに鼻を啜る神無の頭を撫でて苦笑した。

 「俺だって会いたくなるよ」
 「……ほんとに?」
 「ここで嘘つくほど意地悪じゃない」

 実のところ、愛の重さという話だけならきっと神無よりよほど縞斑の方が重症なのだ。
 それを神無以外の人間が知らないだけで、その実態そのものも含めて周囲の人間からは時々憐れみの眼差しを向けられる。
 相変わらず何も知らないまま縞斑の言葉を素直に受け止めた神無は、小さく頷くと縞斑の胸に顔を埋めた。

 「……今度はちゃんと連絡する」
 「うん。待ってるし、俺もするよ」
 「でもそのカーディガンも時々借りる」
 「はいはい、気に入ったのね」

 貸し出したそれが神無の匂いを纏って戻ってくるというのなら、縞斑もその提案はやぶさかではない。
 話題を切り替えるようにぽんと神無の背を叩いて慰めた縞斑は、テーブルを指差してソファから立ち上がった。

 「ほら、お土産買ってきたから二人で食べよう」
 「……シュークリーム?プリン?」
 「勘がいいな。なんとどっちも」
 「え!?!!?」

 今日の気分が的中した神無が、ぱっと顔を輝かせて飛び起きる。それまでの悩みが喉元を過ぎてしまったのか、彼はいそいそと慌てた様子で紙袋の待つテーブルへ向かった。
 そんな彼の背を追った縞斑は、今回も自身の重い愛情を気取られぬことなくやり過ごすと、ゆったりとテーブルへ歩みを進めるのだ。



 


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