カルみと 花火の話
刑事探索者宿舎時空
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
夜になってもビルの灯りが絶えない薄暗い世界に、ぱっと小さな音を立てて柔らかな光の花が咲いた。
「ついた……!」
緑の光に照らされた神無の顔がきらきらと輝く様子を隣で眺めていた縞斑は、庭に立ち昇る煙が隣家に侵入していないことをちらりと確かめる。
花火がしたいと神無が口にしたのは、過去の世界での仕事を終えて帰宅してから間も無くのことだった。
どうやらあちらの世界ではまだ、環境面での取り締まりが厳しくなり始めたばかりの時期らしく、家庭用花火がコンビニやスーパーで気軽に手に入るらしい。
現在は通販で取り寄せでもしない限り手に入らないそれに惹かれた神無は、あちらの世界で花火をしたいと仲間たちの袖を引いたのだという。
最年少の彼を可愛がっている仲間たちは、そんなおねだりを快く聞き入れるつもりで計画を立てていたらしいが、それより早く神無に急ぎの仕事が入って元の世界へ帰ることになってしまったのだ。
そうして当てが外れて拗ねてしまった神無から経緯を聞いた縞斑は、急遽彼の自宅の庭での花火大会を提案したのである。
「見て先輩!見て!綺麗!」
「はいはい、見てる見てる」
「あ!色変わった!見て先輩!!」
「はは、ちゃんと見てるって」
紫色に変わる光に無邪気なはしゃぎ声をあげる神無を微笑ましく見守っていれば、やがて火薬を燃やし尽くした花火の勢いが失速していく。
まだ一本目だというのに寂しそうに眉を下げた神無は、近くの水を貯めたバケツに先端を沈めて消火すると並んだ花火を振り返った。
「次はどれにしよう……」
「好きに選びなよ。神無ちゃん専用バイキングなんだから」
「専用バイキングって響き、王様みたい……!」
選び放題の花火たちを前にうろうろと手を彷徨わせた神無は、長考の末に青と橙の吹き出し花火を手に取る。
「これにする!ディーノとアサギリの色!」
「はいはい、火傷しないようにね」
風除けに囲われた蝋燭の火へ先端を近づければ、美しい青色の光が神無たちの顔を照らした。
橙色へと変わっていくその様子を食い入るように魅入る神無の横顔を見守っていると、不意に彼は自身の持つ吹き出し花火を縞斑の持つそれの先端に触れ合わせる。
「ほら!だらだら先輩にも火分けてあげる!」
「ありがとう」
間も無く縞斑の花火に火が灯り、ふたつの鮮やかな光が庭を照らした。
今でも手持ち花火の扱いについては厳しい取り締まりが存在しており、敷地内での使用かつ隣家に煙が流れない範囲でしか許可がされていない。
その点幸いなことに神無が黒田と共に暮らしていた自宅には広い庭があり、風のない日を選べば煙が周りの家に流れる心配もなかった。
ふたりきりの小さな花火大会を満喫しているらしい神無のきらきらとした笑い声を聞きながら、縞斑は手の中の光をぼんやりと眺めて口を開く。
「久しぶりだなぁ、花火。小学生以来かも」
「だらだら先輩も花火とかで遊ぶ子供だったんだ……意外だ……」
「どんな少年時代を想像してるのか知らないけど、普通の子だったよ?」
縞斑が子供の頃といえば、ちょうど神無が仕事のために移動している過去の世界と同じ頃だろう。
花火にはしゃぐ幼い縞斑の姿がいまいち想像が出来ず首を捻っていた神無は、ふっと燃え尽きた花火を名残惜しそうにバケツに浸して口を開く。
「便利になったこともたくさんあるけどさ……こういう綺麗なものとか、美味しいものとか、色々消えちゃってるのはすこし寂しい」
花火の取り締まりが厳しくなったように、あちらの世界では当たり前にあった『食べ歩き』という文化も、こちらの世界では衛生面での問題が挙げられてすっかり風化していた。
それを寂しいと思えるのは、過去の世界を実際に体験している神無くらいだろう。だからこれはきっと、贅沢な悩みなのかもしれない。
縞斑にとっては懐かしいと惜しむだけで終わるものも、神無にとっては最近触れたばかりの身近な存在なのだ。
「……みんなは、元気かなぁ」
神無の言葉が差す『みんな』とは、過去の世界で出会った仲間たちのことなのだろう。
時間遡行を行うにあたって、神無は過去の世界で出会った人間をこちらの世界で探してはいけないという契約に同意している。
万が一その人物が怪我を負っていたり、死んでいた時、神無にはいつその時が訪れるかを知ることができてしまうからだ。
歴史を乱さないための対策として当然だと認めていた神無だが、優しい彼らと時間を共に過ごした今なら、過去の出来事を変えたいと望む犯罪者たちの気持ちが少しだけわかる気がする。
「死んでほしくないって思っちゃうよね」
「……それでも、」
「大丈夫、過去を変えたりしないよ。あっちで先輩たちとも約束したから」
未来の世界からやってきた神無のことを受け入れてくれたあの世界の刑事たちと、神無はひとつだけ大切な約束をした。
それは、神無が未来で彼らの姿を探したり過去の事件を変えようとしないことと同じように、彼らもまた神無の過去を知ろうとしたり変えようとしないという約束だ。
刑事として、人としての大切な部分をしっかりと言い聞かせたらしい彼らの顔を思い浮かべた縞斑は、多少の複雑な感情はあるものの笑みを作って神無の頭を撫でる。
「そう。いい先輩たちを持ったね」
「うん!」
屈託のない笑みを浮かべて頷いた彼は、いつの間にか消えてしまっていた花火を水に浸すと花火を選ぶことに意識を向けた。
「うーん……あ!だらだら先輩、次は線香花火やりたい!どっちが落とさずに残るか競争しよ!」
「はいはい、好きねぇ競争」
嬉々として線香花火の先端を揺らす彼はきっと、あちらの世界で花火の楽しみ方を教えてもらったのだろう。
形だけは仕方なく応じる姿勢を取った縞斑は、神無に促されるままに線香花火のひとつを取ると先端を炎へとかざした。
まもなく、ふたつの線香花火に火が灯る。
小さな火花が瞬き一瞬の間にさまざまな形となって咲き乱れるその美しい景色に、神無と縞斑は思わず息を呑んだ。
「きれー……」
「……そうだね」
ぱちぱちと炭酸のようにはじける夏の音を聞き入っていれば、やがて縞斑と神無の線香花火がほぼ同時に消える。
少しの名残惜しさを覚えた縞斑は、二回戦でも誘おうかと神無へ視線を向けた。
「神無ちゃ、」
ところが、その言葉は頬に触れた柔らかい感触によって途切れる。
唖然とする縞斑の隣で、そっと頬に寄せていた唇を離した神無が照れ臭そうに笑った。その赤い頬はきっと、暑い屋外にいたせいだけではない。
「ちゃんと先輩が『いい先輩』の先頭だよ」
「……」
「大天才の大先輩だから!」
得意げな彼をぱちぱちと目を瞬いて眺めていた縞斑は、やがて神無の言動のきっかけに思い当たった様子で口を開く。
「……べつにやきもち焼いたりしてないよ?」
「えーほんとにぃ?」
「彼らと違って、俺は君の恋人ですから」
「やっぱり焼いてるじゃ、んぎゅ」
きゃっきゃとはしゃぐ神無に強く言い返すことができないのは、断じて図星だからではなく、夜も更けてきた頃の庭で騒ぐわけにはいかないからだ。
そう自分の中で言い訳をした縞斑は、楽しげな神無の鼻を摘むことで言葉を途切れさせる。
少し赤くなった鼻先を指でさする彼が文句や揶揄いの言葉を見つけるより早く、縞斑はそばに積まれた花火の山を指差した。
「ほら、次は何やるの?」
「えーっと……じゃあこれ!7色に変わるやつ!」
「はいはい。袖焦がさないでよ」
「平気だって!先輩ってば心配しすぎ!」
色とりどりの花火たちにまんまと気を取られた神無に蝋燭を差し出した縞斑は、自分でも驚くほどの余裕の無さと、それを神無に見破られそうになった事実にひっそりと息を吐くのだった。
終