カルみと ドーナツの話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
箱の中で行儀良く並んで化粧をした6つのドーナツを前に、神無はキラキラと目を輝かせて隣の縞斑を見上げた。
「これ、ほんとに5個も食べていいの?」
「いいよ。俺は1個あれば十分だし」
神無の家に行く手土産にと縞斑が選んだそれは、駅前で売っている有名なドーナツ店の品だった。
6個入りのパックがオススメだと店員に言われるがままに購入したため、流石の神無も食べ切れないのではと心配していたが、手を叩いて喜ぶ彼の姿を前にその考えは杞憂だったと笑う。
「じゃ、じゃあさっそく……このチョコのやつ!」
どれから最初に食べるかだけでしばらくうんうんと唸っていた神無は、やがてチョコレートコーティングのされたドーナツを手に取った。
両手に持ってもぐ、と齧り付いた神無は、口の中に広がる柔らかく甘い生地とチョコレートの味にとろけた顔で舌鼓を打つ。
「おいしい!!」
「それはなにより」
「ほらほらっ!先輩も食べなよ!」
「はいはい。じゃあ……この抹茶のをもらおうかな」
見るからに甘い匂いを放つドーナツたちを神無に譲った縞斑は、購入時から目をつけていた抹茶のドーナツをひょいと摘み上げる。
片手で掴んだそれを口に運べば、想像以上に抹茶の芳醇な香りが鼻腔を満たした。独特のほろ苦い後味が味方して、甘いものが特別得意ではない縞斑でも食べやすい品である。
「うん、思ったより甘くないね」
「だろ!これなら食べやすいから100個食べれる!」
「さすがにそれはディーノちゃんが走って止めに来ると思うよ……」
満面の笑みを浮かべて頷いた神無はふと、そわそわと落ち着かない様子で箱の中のドーナツと縞斑の顔を交互に見やった。
どうしたのだろうかと首を傾げて見せれば、彼は少しだけ恥ずかしそうにひそひそ話をするような声色で囁く。
「あのさ……ちょっとだけ行儀わるいことしてもいい?」
「ほう?どんな?」
「……両手にドーナツ」
呟いた神無は、自身の手の中の半分欠けたチョコドーナツと、箱の中で順番を待っているプレーンドーナツをじっと見つめた。
それまで規則正しい生活を送り、おやつは1個ずつ食べると決まっていたのであろう神無のささやかな背徳に縞斑は思わず吹き出す。
「いいよ。今日だけ特別ね」
「……!うん!!」
ぱっと顔を輝かせた神無は、行儀悪いことしてごめん!と一度謝るように目を閉じると、誘惑に負けて空いた手にプレーンドーナツを取った。
おそるおそるぽふりと口に運んだ彼は、甘く優しい蜂蜜の風味にたまらずぷるぷると身を震わせて頬を緩める。
「おいしい……味変したからチョコのおいしさも再確認……最高かも……」
「あはは、そんなに喜んでくれたら俺も贈り甲斐があるなぁ」
両手のドーナツを交互に食べて幸せそうに笑う神無のことを微笑ましく見守った縞斑は、思い出した様子で手の中のドーナツに齧り付く。
そんな彼の姿をもぐもぐと咀嚼しながら眺めていた神無は、改めて気がついた様子で意外そうに口を開いた。
「先輩って一口大きいよね」
「ん?あぁ……刑事の頃は早食いが基本だったから、その名残じゃないかな」
そう話す縞斑のドーナツは、既に4分の3が欠けている。たった4口でドーナツを平らげようとしている彼に、思わず神無は呆れた声を上げた。
「俺みたいに味わって食べなよ」
「神無ちゃんは口が小さいだけでしょ」
「そんなことないし!長くこの幸せを味わうためにわざとちょっとずつ食べてんの!」
けらけらと笑ってからかう縞斑に言い返した神無は、はぷりとドーナツを齧りながら縞斑を見上げる。
確かに思えば、縞斑は外食の際はいつも神無にペースを合わせて食べているような感覚があった。
刑事として勤めているとゆっくり食事をとる時間がないという理由もあるが、おそらく単に縞斑と神無では一口の大きさが違うのだろう。
もぐもぐと両手に持ったドーナツを食べながらそんな推察を繰り広げる神無の視線の先で、縞斑は最後のひとかけらを容易く口の中に放り込んだ。
「ん……」
溶けたチョコレートのついた指を舌で拭った彼は、改めて食べやすいドーナツだったなと頷く。
その仕草から、神無は何故か目が離せなかった。
彼と食事を取る機会はこれが初めてではないはずなのに、改めて意識をして目にしたその姿はどうにも官能的で、自分にはとても醸し出せない色気を孕んでいたのだ。
「っ、」
ふと縞斑と視線が絡む。
思わず肩を揺らして押し黙る神無の顔をじっと見つめた彼は、徐に右手を持ち上げて神無へと伸ばした。
ただの平和なおやつの時間だったはずなのに、そんな言い訳が通用しないほど真っ赤な顔になっているであろう神無は、近づく縞斑と高鳴る心臓に堪えきれずぎゅっと目を閉じる。
するりと縞斑の指先が神無の頬を撫でた。
ところが、キスをされると反射的に肩を揺らして身構える神無の一方で、縞斑の指先は震える彼の唇をなぞって離れていく。
「…………え?」
「ついてた。そそっかしいなぁ」
唖然として目を開けた彼に笑みを返した縞斑は、テーブルの上のウェットティッシュを取ると自身の手を拭いてから神無の口元をもう一度丁寧に拭った。
「俺はもう満足だし、誰も取らないからゆっくり食べな」
「…………、」
「……あれ?神無ちゃん?」
「…………ッも"ー!!!」
数拍置いて、神無は激怒した。
それはただの八つ当たりに他ならなかったが、まだ若い神無にはその羞恥を怒り以外に誤魔化す方法が見当たらなかったのだ。
珍しく察しの悪い縞斑は、神無がキスを期待したことに気がついていないのか、ぱちくりと目を瞬いて首を捻る。
「どうしたの、抹茶も食べたかった?」
「人を!食いしん坊みたいに!言うな!!」
「だってもう3個目食べてるし」
「うるさいばか!」
勢いでチョコレートドーナツを平らげた神無は、怒りの発散先を探してストロベリーチョコのコーティングされたドーナツを手に取った。
小さな口でもぐもぐとドーナツを頬張りながら赤い顔で不貞腐れる神無のことを最初は不思議そうに眺めていた縞斑だが、食い意地の照れ隠しだと納得したらしい彼は微笑ましく見守る姿勢に移る。
そんな彼に今更「キスがしたかったのに」なんて文句を言えるはずもなく、神無は小さな口でちびちびと生地を食みながらせめてと恨み言を呟いた。
「もう俺の前以外でご飯食べないで…………」
「……えっ、そんなに怒る?」
終