カルみと 髪の手入れの話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
「先輩さぁ……髪のケアってちゃんとしてる?」
ソファに腰掛けてがしがしとタオルで髪を拭う縞斑を隣に腰掛けて見守っていた神無は、じっと探るような眼差しを彼へと向けた。
視線を受けた縞斑は髪を拭う手を止めると、きょとんと不思議そうに首を傾げて見せる。
「このあと乾かすよ」
「……どうやって?」
「温風で適当に」
「最後に冷風当ててる?」
「いや……使ってないけど」
「やっぱり!!」
予想していたらしい言葉を聞いた神無は、わっと癇癪を起こしたうさぎのように声をあげて縞斑に詰め寄った。
尋問が上手くなったなぁと他人事のように考えながら、されるがままに部屋着を掴まれた縞斑は悪びれなく口を開いた。
「乾いてるんだからよくない?」
「よくない!アサギリはそんなことしなかっただろ?!」
「実はそこのところアサギリちゃんに丸投げしてたから、何してたかあんまり知らないんだよね」
「もー!やっぱだらだら先輩ってだらだら先輩じゃん!!」
頭を抱えてそう悲鳴を上げた神無は、深く息を吐いて一度落ち着くと縞斑の髪をひと束手に取る。
さらりと指の腹で髪を撫でて梳いた彼は、僅かに引っ掛かる指通りに眉を寄せると縞斑を見上げた。
「たぶんアサギリ、めちゃくちゃ丁寧にケアしてたんだと思う。長い髪だったときはぜんぜん絡まらなかっただろ」
「んー……言われてみれば確かに?」
「良いヘアオイル使ってたんだろうな……今度ちゃんとアサギリにお礼言っとけよ」
白瀬兄妹を見つけ出す願掛けを込めて長く伸ばしていた髪を切った日から、アサギリは何かを察した様子で髪の手入れを縞斑に委ねたのだ。
それまで髪の手入れを全てアサギリに任せていた縞斑は、ひとまず分からないなりにドライヤーで髪を乾かすことだけは実行していたらしい。
それまでの手入れを無くした髪は、アサギリが触れていた時よりもずっと調子が悪いと神無は感じていた。ところが縞斑本人はその自覚がないのか、不思議そうに首を傾げて自らの髪を雑に梳く。
「こんなもんかなって思ってたけど……」
「全然違う!ちょっとタオル貸してっ!」
縞斑が肩に掛けていたタオルを取り上げた神無は、ソファに座る彼に跨ると髪を包むように軽く叩いて水気を切っていく。
丁寧なその仕草を大人しく見上げていれば、彼は不機嫌そうに手を動かしたまま縞斑に言い聞かせる。
「タオルドライはさっきみたいにわしゃわしゃしたらダメ!こうやってぽんぽん叩いて水気切らなきゃ!」
「ほう」
「あと髪を乾かす前にオイル!ドライヤーは温風で乾かしてから冷風で冷ましてキューティクルを締める!そのあと洗い流さないトリートメントで仕上げ!」
「えっなになに呪文言わないで」
つらつらと神無が連ねていく手入れ方法は特別な工程などを含まず、おそらくアサギリも行っていたことだったが、連なる聞き馴染みのない単語に縞斑は思わず神無を静止した。
しかし、再び話しているうちに熱が入ってしまったのか、神無はタオルを剥ぐと縞斑の鼻先に指を突きつけて説教を再開する。
「みんなやってることだからな!そうしないとどんどん髪が傷んで将来ハゲるぞ!!」
「えー……そんなに?毛量には自信あるんだけど……」
「そんなこと言ってられるのも今のうちだけ!」
ぷんぷんと音が聞こえそうなほど大変ご立腹の神無を微笑ましく見上げていた縞斑は、ふと良いことを思いついて提案を持ち掛けることにした。
「じゃあ神無ちゃん、やり方教えてよ」
「へ?」
「一回やって見せて。ちゃんと覚えるから」
にっこりと微笑む縞斑にいつの間にか腰を支えられていたことに気がついた神無は、自分がようやく縞斑の膝の上に乗って至近距離で話していたことに気がついた様子でぼっと顔を赤らめる。
縞斑に何かを教えるなんてほとんどない新鮮な機会だが、彼と付き合い始めてある程度考えが読めるようになった神無はむっと眉を寄せた。
「……そう言ってケアめんどくさいだけだろ」
「うーん……半分くらい当たり?」
「あーもー!しょうがないなぁ……分かったから下!座って!!」
流れかけた甘い空気を慌てて散らした神無は、ぱっと体を離すとソファ下を指差して縞斑を促す。
「あ、ほんとにやってくれるんだ」
「撫で心地が良い方が俺も嬉しいからな」
「……はい」
どうやら頭を撫でてくれるつもりらしい神無に、思わず言及しようとした縞斑は寸でのところで言葉を飲み込むと大人しくソファを降りた。
自分が爆弾発言をした自覚のない神無はふんふんと鼻息荒く縞斑を自身の足の間に座らせると、先ほど自分が使ってテーブルの上にまとめてあった手入れ道具たちに手を伸ばす。
ヘアオイルの瓶を取って手のひらに垂らした彼は、両手を使って大まかに水気を切った髪に馴染ませていく。ふわふわとあたりに漂う爽やかなリンゴの匂いに縞斑が身を任せていれば、やがて神無は洗面所からドライヤーを持ってきて電源をつけた。
「熱かったら言って」
「はーい」
耳元で聞こえる風の音と心地良い距離で当てられる熱は心地良く、眠気をくすぐられる縞斑はされるがままに力を抜く。
ドライヤーを当てながら丁寧に髪にブラシを通した神無は、冷風に切り替えて全体を冷ますとかちりと電源を切った。
「最後にトリートメントつけるから」
「え……つけたら洗う?」
「そしたら意味ないじゃん!洗い流さないやつ!」
咄嗟に聞き返してしまった縞斑は、どうやら本当に髪の手入れに疎いらしい。思わず吹き出してしまった神無はけらけらと笑うと、お気に入りのヘアトリートメントを手に取って中身を毛先に馴染ませていく。
「これでよし、と……先輩と俺じゃ髪質が違うけど、全体の流れは変わらないから覚えて。帰ったらアサギリに使ってたやつちゃんと聞いてよ」
「……あー、うん……そうだね」
道具を片付けながらそう告げる神無だが、なぜか縞斑は唐突に言葉の歯切れが悪くなる。
どうかしたのだろうか、ちらりと視線を向ければ、彼は自身の髪に触れたまま神妙な表情を浮かべて黙っていたのだ。
不思議に思った神無は洗面所に一式を片付けると、元の位置に座り直して足の間から縞斑の顔を見下ろす。
「先輩どうしたの?」
「……なんていうか、上手く言葉にできないんだけど…………うーん」
珍しく歯切れの悪い返事をして考え込んでいた縞斑は、ふと神無へ片手を伸ばした。
大きな手のひらは神無のいつもよりふんわりとした髪を撫でると、感触を確かめるように指で梳く。
くすぐったく焦ったさすら感じるささやかな触れ合いに目を細める神無の一方、相変わらず神妙な顔をした縞斑が口を開いた。
「髪から神無ちゃんと同じ匂いがして、頭がバグりそう」
「へ、」
「手触りまでちょっと似てて、今気軽に触ったことを後悔してるまである」
「は……な、なん、」
同じ匂いと手触りの髪に触れているうちに、縞斑は自身の心の内に燻るなんとも言えない感情に困惑していた。
我ながら余裕がなさすぎやしないかと思わず引いてしまうが、今そうしている間にもふわふわと自信を包み込む神無の甘い香りに頭がおかしくなりそうだ。
神無と特別な関係にあるのだという独占欲と優越感と、言いようのない劣情。それらを努めて冷静に感情として分析しようと試みる縞斑の一方、真っ赤な顔でわなわなと震えていた神無は思わずそんな彼の頭を引っ叩いた。
「いて、」
「ばかなこと言ってないでとっとと寝るぞ!」
「そんなに怒ることだった?」
「うるさいっ!」
ぷりぷりと頬を膨らませてご立腹の神無は、そのままソファを立ち上がると寝室へ大股で歩いていく。
その背を追った縞斑はというと、彼を怒らせたことに対して特に気にした様子もなく、呑気に壁掛け時計を見上げて首を傾げた。
「まだ早い時間だけど、今夜はしないの?」
明日は休みだし、ゆっくり二人の時間を堪能するつもりでいた縞斑が話せば、神無はますます顔を赤らめると勢いよく首を横に振る。
「しない!せっかく同じ匂いなんだからもったいないだろ!!」
「またお風呂上がりに同じ匂いにしたらいいんじゃない?」
「したあとにそんなことする体力が残ってるわけないって、わかってるくせに!!」
「あ、それは確かに」
「そこは加減するとか反省するとか言うとこ!!」
「できない約束はしない主義だから……」
賑やかな応酬は止まることを知らず、ますます怒って悔しげに地団駄を踏む神無の手を引いて縞斑は寝室へと歩き出した。
これ以上揶揄ったらきっと、神無は完全に臍を曲げてしまうことだろう。
今夜は悪戯心をぐっと堪えて彼を甘やかすことに専念しようと思い直した縞斑は、大人しく手を繋がれている神無を促して寝室の扉を閉めるのだった。
終