【必読・五夏】
怪奇現象専門の相談所に駐在する呪術高専一年ズと、商売仇の夏油と、さしもしらじなと思っている五条の話
第一話 見えないストーカー
第二話 さとるくん
第三話 覚
第四話 さしもしらじな(五条視点)※同人誌のみ
2025年10月19日の俺達最強12で頒布します
ご興味のある方はどうぞ✋
@itou_888
第一話 見えないストーカー
その夏は暑かった。
額を、頬を、顎を汗が伝う。蝉がわんわんと鳴くのに合わせて視界も揺れているような気がする。
誰かに連絡をとらなければならないが、携帯端末は壊れてしまった。ようやく見つけた古びた電話ボックスに入り、薄らと埃が溜まった受話器を持ち上げる。
誰にかけるべきか、分からなかった。
けれど、気づいた時には手が動いていて、十一桁の数字を押していた。暫く続いた呼び出し音の後に、電話先へ繋がる。投下した硬貨が落ちる音がやけに大きく響いた。
「……もしもし、さ——」
*
駅近くのカフェに行ってみないかという誘いに、釘崎は一も二もなく頷いた。
相手は、幼馴染の沙織ちゃんだ。当時、小学一年生だった釘崎が住む村に、都会から引っ越してきた少女。田舎の陰湿な僻みで去ってしまった少女。釘崎にとって、沙織ちゃんは都会の象徴であり、憧れでもあった。
そんな彼女と、ここ東京で再会したのはつい最近のことだった。なんでも、都内の出版社で働いているという。地に足をつけた生活をしている様子が、釘崎には好ましく映った。そのことを伝えると、あの頃と変わらない綺麗な笑顔を見せてくれたのだが、目の下にある隈がどうしても気になった。
釘崎の周りで似たような隈を持つ女性を一人知っている。自身が通う、東京都立呪術高等専門学校、通称、呪術高専の保険医をしている家入だ。家入は多忙な生活ゆえ、いつも目の下に濃い隈をたたえている。
彼女も家入と似たような状況にあるのかもしれない。気分転換になればと、食事に誘った釘崎を見て、沙織ちゃんは大人になったね、と笑ってくれた。そんな彼女からの提案だったから、釘崎は何処にでも付き合うつもりだったのだ。
都内とは思えない山奥にある呪術高専から、下山し、電車を乗り継いで到着したカフェは、なるほどおしゃれな外観をしていた。普段は、ショッピングで散財することが多い釘崎的には、一食の価格がべらぼうに高いカフェは探索範囲外だったのだが、それを差し引いても心躍る内装をしていた。
アメリカナイズの店内は木目を基調とした明るい造りをしていて、カウンター席とテーブル席で分かれている。壁に飾ってある人形はネイティブアメリカンを模しているのだろうか。調度品の全てがオシャレな空間に、釘崎のテンションは上がりっぱなしだった。
更に、注文した朝食メニューのパンケーキが美味しかったのも、高得点だった。雰囲気だけではなく、味も素晴らしいカフェでの食事は釘崎を大満足させたし、沙織ちゃんも明るい表情をしていて、最高の時間だった。
食事もひと段落して、サービスの珈琲を飲み始めた頃。釘崎は不躾だと思いながらも、濃い隈の訳を聞いてみることにした。心配だったのだ。始めは言い渋っていた彼女だったが、ついに決心したのかその重い口を開いてくれた。
「実は、ストーカーに遭っているかもしれなくて」
「スッ⁉」
出しそうになった大声を辛うじて抑える。ここはオシャレなカフェだ。醜態をさらすわけにはいかない。眉を下げて頷いた沙織ちゃんの姿に、釘崎の心の奥がメラメラと燃え盛る音がし始めた。
「というわけで、ストーカーを破滅に追いやりたいんだけど、協力してくれない?」
「いいぜ」
「おい」
ところ変わって、殺風景な事務所の中。来客用のソファに深く腰掛けた釘崎が持ちかけた話を、虎杖は引き受けることにした。近くにいた伏黒は眉をしかめているが、強くは止めてこない。きっと、養子先の義姉である津美紀に絡んでくるけしからんストーカーまがいの人物へ、三人で「厳重注意」をした記憶があるからだ。相手が、同級生の義姉であろうと、幼馴染であろうと、虎杖は同じように助けたいと思っている。
「……警察には言ったのか」
伏黒も協力すると決めたのだろう。向かいのソファに腰掛けて話を進めようとする。その隣に虎杖も腰を下ろして詳細を聞くことにした。
「警察には言ってないの。証拠がないんですって。ストーカーって言っても自分の勘違いかもしれないって沙織ちゃんは言ってた」
「どういうこと?」
「相手は電話越しでしか接触してこないらしいわ。それで、沙織ちゃんが立ち寄った店の話だとか、悩んでいる仕事のことだとかを一方的に話して通話を切るそうなの。電話番号を着信拒否に設定しようとしても駄目。録音しようとしても駄目。どうしようもないみたい」
「どうやってソイツを捕まえんだよ」
「そこなのよね。まあ、仕事の話をしてくるから十中八九、職場の人間じゃないかって睨んでるらしいけど。だから、協力して欲しかったの。人手がいるでしょ」
「しらみつぶしって感じか」
頭の上で手を組み、ひび割れた天井を見上げる。
「俺らには時間だけはたくさんあるもんな」
その言葉に、釘崎と伏黒はため息をつきながら同意した。
虎杖たちが寂れた事務所にいるのは、呪術高専が新しく始めた事業に関係している。呪術高専とは、呪いという人の負の感情から生まれる現象を祓う専門家である呪術師を養成する専門学校だ。通常は、窓と呼ばれる呪いを視認できる協力者や、補助監督という呪術師を支援する役割の人物が調査し、呪いによる被害だと判明した案件について呪術師を派遣する。呪いの被害は多種多様で、日本における行方不明者、怪死者のほとんどが呪いによるものであるという統計も出ている。
そんな被害を未然に防ぐため、大きな被害ではなく、小さな被害のうちに呪いを発見して対応しようというのが、虎杖たちがいる事務所の役割だ。表向きは怪奇現象専門の相談所ということになっており、持ち込まれる内容から、呪術高専の学生や等級の低い呪術師が交代で駐在するシステムになっている。
さて、この相談所。大変に暇なのだ。
それは、怪奇現象もとい、呪いの被害が少ないためではない。もっと有名で広く知られる相談所が近くにあるからである。その煽りを受けた呪術高専の相談所は閑古鳥が鳴く有様だった。
「灰原先生に一報入れといたらいいよな」
「先生なら許可してくれるでしょ」
生徒からの信頼が篤い灰原とは、虎杖たちの担任である呪術師だ。珍しいほど根が明るい青年で、いつも親身になって生徒に寄り添ってくれる。
「呪いを現地調査する練習になるとでも言っとけばいいだろう」
「頭いいわね、それでいきましょう。作戦としては、とりあえず休日の沙織ちゃんを離れた場所から護衛して、該当しそうな相手をあぶりだすって感じなんだけど、明日の予定はどんな感じ?」
「暇!」
「同じく」
「よし! じゃあ、明日の十時に指定した駅前集合で! 灰原先生には私から伝えておくから」
こうして、ストーカー撲滅大作戦が始まったのだった。
翌日、思い思いの格好をしてきた三人は、釘崎の幼馴染の許可を得て、離れたところから護衛と犯人捜しをすることになった。アンパンと牛乳を持参した虎杖に、伏黒が呆れた表情を見せていたが、釘崎も同様の準備をしていることを知ると、渋々鞄の中からアンパンと牛乳を取り出した。なんでも義姉に持たされたらしい。
適宜、栄養補給もしながら、丸一日護衛を続けたが、呪術師の鋭い感性をもってしても怪しい人物は見つけられなかった。
しかし、その日の夜も電話はかかってきた。
事務所で顔を突き合わせる三人の表情は暗い。勇んで行った作戦の結果が芳しくなかったこともある。それに加えて、電話の内容が虎杖たちに追い打ちをかけたのだ。
「俺たちのこと、バレてたんだな」
「三人とも後ろからずーっと着いて来てたって、話題に出たらしいわ」
ぐったりとした様子でソファにもたれかかる釘崎も、渋い顔をしている伏黒も、虎杖と比べて呪術師として活動している歴が長い。つまりは隠密行動にも長けているはずなのだが、あっさりと看破されたことに矜持が傷つけられたのだ。
「……おい、待て。三人とも後ろからっつったか」
「そうよ。私たちが尾行してたのがバレバレだったってわけ」
「いや、それはおかしい」
「どういうこと?」
ソファに座りなおした伏黒が思案顔で二人の顔を見つめる。虎杖と釘崎が顔を見合わせるのを見て、じれったそうに先を続けた。
「俺たちは確かに沙織さんを尾行した。でも、常に後ろにいたわけじゃない。どの場所にストーカーがいても気づけるように色んな場所から見張ってたはずだ」
「ん? 確かにそうね。でも、言葉のあやじゃないの」
「ストーカーはずっと俺たち三人が後ろから着いて来てたって言ったんだろ。でも、俺たちは三人だけじゃなかった」
伏黒の言葉に、はっとした釘崎が指を鳴らす。
「灰原先生!」
「そうだ。俺たちは万が一を考えて、灰原先生に行動を報告していた。もちろん、ストーカー被害に遭っているかもしれない沙織さんに不安を抱かせないように、事前に伝えずに、秘密裏に動いてもらっていたわけだが、そうなると話は変わってくる」
「確かに。灰原先生は完全に気配を消していたわけじゃなかった。途中、何度も私たちと合流していたし、ストーカーが見ていたなら三人じゃなくて、四人って言う方がしっくりくる」
「えっと、分かりかけてんだけど、こう、つまり?」
「つまり!」
立ち上がった釘崎が、虎杖を指さしながら言う。
「ストーカーは、沙織ちゃんが知っている内容しか知らないってこと!」
「これは、怪奇現象の可能性が出てきたな。本格的に俺らの領域かもしれない」
「やるっきゃないでしょ! と言いたいところなんだけど、沙織ちゃんが呪われている感じは全然しなかったのよね。昨日もそうだけど、カフェで会った時も」
「灰原先生も何も言ってなかったよな」
ソファに座りなおした釘崎が腕を組んで頭を捻る。三人の目からは、彼女が呪われているようには見えなかったのだ。そんな様子があれば、釘崎がカフェで会った際に、いやその前に伝えているだろう。
「状況的には呪いの可能性があるのに、はっきりしないってなると、窓や補助監督の調査待ちにまわされるかもしれないわ」
「実際に被害が出てんのにな……」
行き詰った空気の中、ふいに外の音が聞こえてきた。妙に耳に残る音楽と共に、廃品回収のトラックが事務所下の道路を通っているようだ。この音楽は全国どこでも聞くことができるモノなのだが、こと呪力が一般的な人間よりも多い人には違ったように聞こえる。
『お悩みの怪奇現象、心霊現象はございませんか。相談したいことがありましたら、迷わずに電話番号●●●の——……』
虎杖も、ひょんなことから呪いを視認できるようになるまで気づかなかった。あまりにも身近なところに相談所はあったのである。しかし、この相談所。残念ながら、虎杖が所属している呪術高専預かりの相談所のことではない。
呪術高専が事務所を構えるおんぼろビルの真向かい。立派な高層マンションの一室にある相談所こそが、国内において最も有名で広く知られた怪奇現象専門の相談所なのである。
「……もう、いっそ俺たちで依頼するか」
「えっ。それは、いいの、か?」
「高専の中にはプライド云々であっちに依頼しないって決めてる奴もいるでしょうね。商売敵ってやつだし。でも、私は沙織ちゃんが助かるならどんな方法でもいいわ」
「よっしゃ。そうと決まれば、さっそく行こうぜ! 部屋の階数とか知らねえけど大丈夫かな」
「フロア全部貸し切りらしいし、エレベーターは専用のがあるから問題ないだろ」
「スケールが違うな」
虎杖が事務所をぐるりと見まわして笑う。
「あっちは自由料金だし、こっちは半分国営だからな。色々違うだろ」
「世知辛い世の中ね。もっと景気がいい話を聞きたいもんだわ」
首を鳴らしながら、釘崎が電話をかけている。先ほどの番号に連絡をとっているのだろう。虎杖は、相手の事務所で働く呪術師のことを知らない。通話の邪魔にならないよう、こっそり伏黒に耳打ちすると、親切に答えてくれた。
「商売敵なんていうけど、本来はあっちが先に相談所を始めたんだ。事業が軌道に乗ったのを知った上層部が、面子のために作ったのが高専の相談所だ」
「へえ。すげえ人なんだな」
「そりゃ、特級術師の一人だしな」
「特級、って、五条先生と同じ?」
「そうだ。国内に三人しかいない特級術師のうち一人が、あの相談室で働いている術師だよ。まあでも、この話は五条先生にはタブーっていうかなんというか」
「仲悪い感じなん?」
「——僕の話してた?」
「んわッ⁉ 五条先生!」
こそこそと話を続ける二人の真後ろ。いつの間に現れたのか、話題に出ていた特級呪術師の一人、五条が立っていた。現代最強の無下限呪術使いとして名を馳せている五条は、忙しい身の傍ら、呪術高専の非常勤教師としても働いている。
「連絡着いたわよーって、五条先生じゃない。なんで居るの」
「えっ、随分な言い方じゃない? かわいい生徒たちの様子を見に来たんだけど」
「灰原先生は?」
「ああ、祓除の任務で仙台行きだってさ。アイツ、僕に君らの様子を見るように言うんだよ。僕の方が先輩なのにさあ。まあいいけど。あ、何か甘いモノある?」
担任と五条は随分近い仲のようだった。しかし、先ほど伏黒から聞いた話を考慮するならば、これから商売敵とも言える相手の本拠地に行くとは伝えない方がいいだろう。伏黒も同じことを思っているようで、一つ頷いてみせると、事務所の戸を開きながら言った。
「何もないんで、買ってきますよ」
「ええ? パシリにしちゃうみたいで悪いね~。そんじゃ、よろしく」
長い脚を持て余しながら、来客用のソファに腰掛けた五条が手を振る。いそいそと事務所を出る三人の背中に、五条の言葉がかけられた。
「どれだけ時間がかかってもいいから、しっかり結果を持って帰ってきてね」
ところ変わって、高層マンションのエントランスでは、微妙な表情をした釘崎と伏黒がエレベーターパネルを睨んでいた。
「アレ、気づいてたと思うか?」
「八割がた気づいてたんじゃないかしら。ま、止められてないからいいでしょ。甘いモノさえあればいいみたいだし」
「五条先生って、甘いモノ好きなん?」
「らしいわよ」
ぽん、という軽快な音と共に専用のエレベーターが到着したことが知らされる。平日の午前に制服姿の学生が居ることに対して、管理人が不思議そうな視線を向けていたが、相談所に向かうエレベーターを待っていると知るや、納得した様子で業務に戻って行った。
「やっぱ、管理人さんは知ってんだな」
「まあそうだろうな。このマンションは相談所のために建てたらしいし」
「ええ……規模が違いすぎる」
そうこうしているうちにエレベーターは指定の階に到着していた。ぎりぎり五階建てなせいで、エレベーターが取りつけられていない、虎杖たちの事務所とは大違いだ。
到着したフロアは、一見どこにでもありそうな造りをしていた。もちろん、価格帯としては高い部類のマンションなだけはあるのだが、ごく普通の見た目をしており、ここに怪奇現象専門の相談所があるとは思えない様子だった。
先行して歩く釘崎について廊下を進む。十二階にある一室。表札には何も書かれていないが、ここが件の相談所らしかった。
インターホンを押して暫く待つ。すると、鍵穴から、黒い靄のようなものが現れた。呪霊だ。呪いが澱重なって生まれた、呪術師たちが祓うべき存在。身構えた虎杖をよそに、呪霊が口を開く。というよりも、唇に足が生えたような姿をしているので、開ける部分は口しかないといった方が正しいかもしれない。
『いいいいま、てがはなななせなくなくて。かぎぎは開いているから、はいっておいで』
「喋った……」
「そういう呪霊らしい」
「えっ、これ、大丈夫なヤツ?」
「ここにいる呪霊は問題ないわ。入れって言われてるから入るわよ」
呪霊の言う通り、鍵がかかっていない扉を開いて中に入る。3LDKくらいだろうか。広めの造りをした部屋に虎杖たちは足を踏み入れた。
「いらっしゃい。ちょっと散らかっているが、適当な椅子に座ってくれ」
扉の奥から聞こえてきた声に従って廊下を進む。その先には、事務所として使っているのであろうリビングがあり、来客用と思しきソファが置かれていた。
「ようこそ。怪奇現象専門の相談所へ。釘崎さんと恵君は久しぶりかな」
「その節はお世話になりました」
「ご無沙汰してます」
「二人とも、知り合い?」
「言ってなかったっけ。私のおばあちゃんは術師なんだけどさ。手元で私を鍛えたいおばあちゃんと、東京に行きたい私とで言い争いになって。仲介役として間に入ってくれたのが夏油さんなの」
「俺は、今の家に養子に行くときに、色んな術師に協力してもらったんだが、夏油さんは、当時、手助けしてくれたうちの一人だ」
「自己紹介が遅れてすまない。夏油傑。呪術師だよ。よろしくね」
「虎杖悠仁です! よろしくお願いします!」
「いい挨拶だ。灰原も鼻が高いだろう」
「灰原先生のことを知ってるんですか」
「彼は私の後輩だからね。良い奴だろう」
「はい!」
「フフ。本当にいい学生を持ったものだね」
嬉しそうに笑う夏油は、三人分の茶菓子と飲み物を持ってきてくれた。まるで、友人の家に招かれたときのような、くすぐったい緊張を感じる。どこからどうみても高いであろうケーキに恐る恐るフォークを突き立てる虎杖の隣で、釘崎が話を切り出した。
釘崎の話を夏油は静かに相槌を打ちながら聞いていた。長い黒髪を後頭部の高い位置でまとめ、耳に大ぶりなピアスを嵌めている様子から想像する人物像とは異なり、穏やかで優しそうな印象を受ける。
最後まで話を聞いた夏油は、山積みになった資料の中から迷わずにいくつかのファイルを取り出してきた。
「似たような案件をウチで取り扱っているよ。電話に関するものだけでもこれだけある。大抵は呪詛師がらみのことが多いけれど、今回は違うようだね」
「やっぱり呪いなんでしょうか」
「恐らくは。そして、私が今、追っている件とも繋がりそうだ。この一件、私に任せてもらってもいいかな」
「むしろ、ありがたいです。あの、それで費用とかは」
「うん? あはは。要らないよ。将来有望な術師との縁ができただけで十分さ。さて、あまり長居をすると高専の奴らからやっかみを受けるかもしれないからね。気をつけて帰りなさい」
「ありがとうございます」
夏油は、釘崎から聞いた詳細を紙にしたためると、近くに居た人ではないナニカに手渡した。いわく、式神というらしい。式神といえば、伏黒が使う十種影法術も、調伏した式神を操る術式だ。同じものかと聞いたところ、とんでもないと返された。
「これは呪力さえあれば、誰でも使える式神だよ。虎杖くんは呪力コントロールは得意かな」
「いやあ、修行中です」
「そうか。こればかりは鍛錬あるのみだからね。応援しているよ」
「あざーっす!」
玄関先まで見送りに来た夏油に別れを告げて、立ち去ろうとした時、釘崎が思い出したかのように声をあげた。
「すみません、夏油さん。この辺で美味しいスイーツが売っている店ってありますか?」
「スイーツ? なんでもいいのかな」
「甘けりゃいいと思います」
「そうか。少し待っていてくれ」
踵を返し、部屋の奥へと姿を消した夏油は、戻ってくる際には白い箱を持っていた。
「さっき、君たちに渡したケーキの余りなんだ。これでよければ持って帰ってくれ」
「夏油さんは食べないんですか」
「この歳になると、あんまり甘いモノをガツガツ食べるようなことはなくなったな」
「じゃあ、遠慮なく」
箱を受け取った釘崎が礼を言うのに合わせて虎杖たちも頭を下げる。また何かあったらいつでもおいで、と見送ってくれた夏油に、虎杖は大きく手を振った。
「夏油さん、なんかいい人そうだったな」
「だから厄介な所もあるんだけどね」
「そうなん?」
帰りのエレベーター内で釘崎がため息をついた。
「あの感じでしょ? だからリピーターっていうか、依頼が終わっても信者みたいになっちゃう人が続出してんのよ。だから、高専の相談所に依頼が殆ど舞いこまないってこと」
「ああ~。そういうのもあんのか」
「沙織ちゃん、大丈夫かしら。いや、大丈夫だと信じるしかないわね」
もらった白い箱を持って事務所に帰ると、出がけと同じ格好をした五条に迎えられた。日の光を浴びて輝く白髪は、先ほど見た夏油とは真反対である。目元も真っ白な包帯で覆われているものだから、余計に対比が目立った。
「おかえり~。甘いモノはあった?」
「はいこれ」
「え」
その時初めて、五条の纏う雰囲気が一瞬だけ変化したのを感じた。いつも飄々としている五条が、じっとケーキの入った箱を見つめている。
「五条先生? 要らないの?」
「要る」
食い気味に答えた五条がそっと白い箱を受け取った。
「ここのケーキ美味いんだよね」
「先生、知ってるんだ」
「毎年、誕生日とか、お祝い事があるときにはこのケーキを食べるよ」
「へえ」
甘いモノを好きだと言ってはばからない五条がそう言うのだから、やはりあのケーキは特別に美味しかったのだ。良いモノをご馳走になってしまった。ケーキの味を思い出しながら、思わず頬を緩めた三人に、五条は慎重にケーキの周りに貼られた透明なシートを剥ぎながら問いかけた。
「それで、結果は得られたの?」
「え」
思わずうろたえた虎杖とは違い、伏黒が平然とした顔つきで、そのケーキを見ればわかるでしょう、と返す。
「へえ。恵も言うようになったね」
上機嫌そうに見える五条は、後は自分が事務所に残るから三人は帰っていいと言い始めた。
「どうせ、新しい依頼も来ないでしょ。僕はもうちょいここで暇つぶしして行くから、君たちは遊んで帰りな」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
時間さえあれば街へ繰り出して買い物をしている釘崎が、いの一番に事務所を出ていく。伏黒も、そういうことならと去って行った。
「先生」
「んー?」
「ケーキ、美味い?」
「美味しいよ。僕が一番好きなヤツだし。君たちの分は買わなかったの? これ、一人用の箱じゃん」
「大丈夫! 俺たちは別で食べたか……あ」
「はは。いいよいいよ。美味しいよね、ここのケーキ」
「うん。スゲー美味かった」
「正直でいいことだ。さ、本当にもう帰っていいよ。せっかく時間があるんだから、目一杯遊びな。若者は青春しないと」
いつの間に出してきたのか、フォークで丁寧にケーキを食べる手とは反対の手で、ひらひらと虎杖に手を振る。虎杖もそれ以上長居する理由がなかったので、素直に扉へ手をかけた。出ていく寸前、ふと気になって問いかけてみる。
「先生も学生の頃は青春してたん?」
「今もしてるよ」
見たことがないくらい屈託なく微笑んだ五条に、虎杖も笑顔を返して元気よく事務所を飛び出た。
後日、釘崎を経由して聞いた話によると、幼馴染の被害は集束したそうだ。いつの間にか電話もかかってこなくなったのだという。どうやら、夏油は直接会うことなく解決したらしい。釘崎はそこに一番安堵していた。
今日も今日とて、事務所には誰も相談に来ない。大きな窓から見えるマンションに視線を向ける。夏油の相談所には依頼がきているのだろうか。それを、全て解決しているのだろうか。膨大な資料を抱えていた姿を思い出す。
灰原が頼れる先生であることには変わりないが、夏油もまた頼れる先輩呪術師なのだろう。いつか、お礼に行こうとまで考えて、気づく。
このビルから、夏油の居るフロアがよく見えることに。
ということは、虎杖が口を滑らせなかったとしても、五条は三人が夏油の元へ向かう様子が見えていたということだ。なんだ、と勝手に安心し、暇にかまけて大きな欠伸をした。
第二話 さとるくん
化け物が見えるのだと気づいたのは、つい最近のことだった。
僕は、所謂B級映画が好きで、地元の寂れた映画館へと足繁く通っていた。
その日はホームルームが長引いてしまい、ギリギリに劇場へ入ることになった。薄暗がりの中、珍しく人の入りが多いなと思いながら鑑賞すること数十分。明るくなった劇場内には、自分以外の誰も座っていなかった。
見間違えたのだろうと言い聞かせる自分と、あれだけの人数を見間違えることがあるのだろうかと疑う自分。誰にも相談できないまま、月日だけが過ぎていった。
それからというもの、ぼんやりとだが化け物の姿が見えるようになっていった。姿は見えなくとも、居るような気がすることも増えた。
悶々とする日々の中、何気なしに検索してみたインターネットで、歳の近い高校生が心霊現象研究会を開いていることを知った。なんでも、東北にある高校らしく、部員が少ないためカツカツの状況で同好会として活動しているのだという。
興味を持った僕は、心霊現象求む、という言葉と共に掲載されていたメールアドレスへ連絡をとってみることにした。
結果として、彼らは化け物を見ることはできなかったけれど、僕に強い関心を持ってくれた。彼らとの交流は続き、僕が体験した不気味な出来事を話したり、一体それは何だったのかを話し合ったりするような仲になった。
心霊現象研究会メンバーとの交流は楽しかったけれど、B級映画巡りも止めたわけではない。それに、心霊現象研究会ではないが、僕も映画好きの同好と部活を立ち上げている。そちらの活動が思いのほか捗り、気づけば帰宅が遅くなってしまった。早く帰るよう急かす教員に背を向け、蜘蛛の子を散らすように解散する。
母親に連絡を入れなければいけないと、取り出した端末は運が悪く充電が切れていた。ただでさえ忙しい母親だ。変に心配させたくない。そう思いながら周囲を見渡すと、一台の公衆電話を見つけた。
「こんなところに、公衆電話なんかあったかな」
独り言ちてみるものの、今は有難い。急いで電話ボックスの中に入って小銭を投下する。押し慣れないボタンの感覚と、重たい受話器に僅かばかり緊張しながら繋がるのを待つ。呼び出し音が途切れ、要件を伝えようとした声を遮り、聞こえてきたのは知らない男の話し声だった。
『えー! それって怪奇現象じゃない⁉』
「分からないけど、そういうのも、あるの? っと」
インターネットでやり取りを続けている心霊現象研究会の部長である佐々木に相談してみると、案の定、興奮した様子の返信があった。やり取りを続けるうちに、電話に纏わる怪奇現象や都市伝説が多いことを知る。
『怪人アンサーだとか、さとるくんだとか色々あるぞ』
「へえ……」
もう一人の研究会員である井口からも返信がくる。彼は僕と同じ歳であり、気安く接することができる人物でもあった。
B級映画にも、ホラーを扱ったものは多い。スプラッターやパニックものは観たことがあったけれど、都市伝説ものにはあまり造詣が深くなかったので井口の知識は興味深かった。
『ちなみに、電話先の男は何て言ってたの』
「それが、驚いて受話器を下ろしてしまって」
『そうだよね。怖いし、私でもそうしちゃうかも』
母親が出るとばかり思っていた僕が、思わず電話を切ってしまったのは、もしかしてという思いがあったからだ。
ウチは父親と離婚しているが、息子の僕から見ても若くてエネルギーに満ちている母親に新しい恋人なりなんなりができた可能性を思いついてしまったのだ。
まあ、そんなことを言えるはずもなく、佐々木の返信に合わせておくことにした。二人とのやり取りを終えて、ベッドに潜り込む。考えるのは、やはり公衆電話での一件だ。気になって端末で調べてみると、井口の言う通り様々な都市伝説があるようだった。
通話先から聞こえてきた声を思い出す。あれは怪奇現象だったのだろうか。それにしては、普通の男の声に聞こえた。おどろおどろしい感じもしない、ごく一般的な声色だった、と思う。
時間が経つにつれて、驚いたことよりも興味が勝ってきた。もう一度、あの場所に行ってみようか。そんな気さえ起きてくるのだから不思議だ。
思い立ったが吉日と、翌日、勢い勇んで電話ボックスのあった場所へと向かってみたものの、そこには何もなかった。肩を落とす僕の耳に、着信音が聞こえてくる。画面を見ると、表示されているのは公衆電話の文字。逸る鼓動をなんとか抑えつつ、電話に出る。聞こえてきたのは、こちらに向かっていると話す、聞き覚えのある男の声だった。
*
「公衆電話を見つけてほしいんだ」
長い前髪の少年が頭を下げる。
話を聞いていた虎杖たちは表情を引き締めた。
虎杖が以前通っていた、杉沢第三高校の心霊現象研究会、通称オカ研の先輩から連絡が来たのはつい最近のことだった。
廃部寸前だった心霊現象研究会に名前を貸していたのは、そう昔のことではない。当時、祖父が入院しており、傍で看病やらなんやらと世話を焼きたかった虎杖は、活動が活発な部活に入るつもりがなかった。
今でこそすっかり元気になっている祖父であるが、一時期は弱って、らしくもないことを言うくらいだったのだ。
そんな訳だから、熱烈なオファーを受けている運動部を避け、幽霊部員でも許してくれる心霊現象研究会に在籍していたのである。
たまにオカ研が活動している時は、できる限り参加した。虎杖のそういう真面目さや、物怖じしない性格を二人は買ってくれていたという。彼らとは、虎杖が呪術高専に転校した後も、たわいのない内容の連絡をとりあっていた。
数日前、佐々木たちから本物の心霊現象が起きたと連絡が届いた。彼らは現在、心霊現象研究会のホームページを立ち上げており、活動記録をつらつらと書き連ねているらしかった。どうやら、執拗な活動詮索を行ってくる生徒会に対抗する手段らしいが、効果の程は定かではない。
活動記録というからには、怪奇現象や心霊現象と、それに関する研究を載せなければならないのだが、いまいちインパクトに欠ける内容が続いていたのだという。マンネリともいうらしい。
今後の進退について悩んでいた際に、他県の高校生から接触があったのだそうだ。ホームページに載せていたメールアドレスから連絡を寄越した高校生は、近頃になって化け物の姿が見えるようになったのだという。
B級映画、ひいてはホラーにも造詣の深い相手に、オカ研の二人も好感を抱いていた。体験談のリアルさから情報源としても信用している。だから、ふいにもたらされた、消える公衆電話と、謎の着信に大興奮したというわけだ。興奮のまま虎杖に連絡をし、東北よりもその高校生に近い場所に住んでいることから、興味があれば会ってみないかと掛け合ってくれたのだ。
虎杖自身、この高校生に興味があった。
佐々木たちと気が合うという部分もそうだし、先日、釘崎たちと受けた、五条式呪力コントロールブートキャンプという名の特訓で散々観せられた映画の感想を言いあえるかもしれないと思ったのもある。
膨大な時間を要する特訓だが、こうして事務所に派遣されている暇な時間にはうってつけだった。
やり方はこうだ。
呪骸と呼ばれるぬいぐるみを腕に抱き、映画を観る。それだけ。その間、ぬいぐるみに一定量の呪力を流し込まなければならないのだが、映画の展開に驚いたり感動したりして呪力がブレると呪骸が大暴れして攻撃を受けてしまう。虎杖は何度も呪骸にぶん殴られながら相当数の映画を観続けたのだった。
ちなみに、釘崎も伏黒も、虎杖と比べて遥かに呪力コントロールが上手かったので、すぐにキャンプを卒業してしまった。その後は各々好きなお菓子や飲み物を持ち込んでは、隣でやんや言いつつも特訓に付き合ってくれたのだから、良い同級生を持ったものである。
しかし、映画に対する二人の反応は芳しくなかった。虎杖は一人、その酷さが癖になるんじゃん、と主張を続けていたものの理解は得られなかった。もしかしたら、この映画マニアっぽい高校生なら分かってくれるかもしれない。虎杖は期待に胸を躍らせた。
そして、もう一つの理由は、電話に関する怪奇現象に思うところがあったからだ。先日解決した釘崎の幼馴染にまつわるストーカー事件。あれも電話を介した呪いの案件だったことが明らかになっている。解決に尽力してくれた先輩呪術師の夏油も、似たような呪いを追っていると話していた。もしかしたら、件の高校生が関わっている怪奇現象が、解決の糸口になるかもしれない。ここで得た情報が夏油の役に立つかもしれないと考えたのだ。
あの時、夏油は虎杖たちから依頼料をとらなかった。釘崎の幼馴染も知らないうちに解決していたのだから、当然彼女も支払っていない。代わりと言ってはなんだが、何か協力できることがあるなら、相応のモノで返したいと思っている。
さて、井口を通じて連絡を取り合い、指定されたのは都内のファミリーレストランだった。呪いに関する案件かもしれないと着いてきた釘崎と伏黒には別の席に座ってもらい、その高校生と思しき人物が待つテーブル席へと向かう。
「はじめまして。俺、虎杖悠仁。井口先輩から聞いてる、よな?」
「聞いてる。はじめまして、僕は吉野順平。えっと、そこの椅子に座ってよ」
「サンキュー」
初めはぎこちない様子だったが、虎杖が振った映画の話題は思った通り反応が良かった。マニアならではの視点から放たれる解説は虎杖をうならせたし、他にも興味深そうな作品を教えてもらうことができた。
話は思ったよりも盛り上がった。注文したメニューも全て食べ終わり、デザートに手をつけようとしたタイミングで吉野が話を切り出す。
「その、虎杖ってオカ研に入ってたんだよね」
「うん」
「じゃあ、心霊現象を信じてたり、するの」
「オカ研に入ってた頃は殆ど何も起きなかったけどな。一回だけマジでヤバいのがあって、まあ、そっからは信じてる」
「へえ!」
そわそわした雰囲気の吉野は、自らが体験した怪奇現象について話したいのだろうか。それ以前に、化け物、恐らくは呪霊が見えるようになったことに関して、相談したいのだろうか。様々な可能性を考えた虎杖は、居住まいを正して吉野に続きを促した。
「ちょっと前から化け物の姿が見えるようになったんだ。はっきりとじゃない。もしかして、居るかもしれないって気がするってレベル」
吉野が言うには、化け物が見えること自体は構わないらしい。実害があるわけじゃないし、見間違いの可能性も捨てていないのだそうだ。
本題は、佐々木も言っていた「本物の怪奇現象」の方だった。
「部活の帰りが遅くなったことがあって、親に連絡を入れようと思ったんだ。でも、充電が切れててさ。どうしようかと思っていたら、あの電話ボックスを見つけた」
古びた公衆電話だったんだ。まだ使える様子だったし、気にせず硬貨を入れたよ。電話が繋がって、話そうとしたタイミングで知らない男の声が聞こえてきた。思わず切っちゃって、それきり。
問題は、その後だった。次の日、もう一度公衆電話を確認しようとしても、そこには何もなかった。記憶違いじゃないよ。側にあった道路標識は変わらずにあったし。どういう標識だったかって?
こう、黄色地にエクスクラメーションマークっていうのかな。アレが描いてあるヤツ。かなり目立ってたから間違いないよ。あんまり見ない絵柄だったし、よく覚えてたんだ。とにかく、その場に電話ボックスは無かった。
すると、突然、電話がかかってきたんだ。相手は公衆電話って表示されてた。緊張しながら出てみたら、今、最寄りの駅に居るって言って通話が切れたんだ。次の日には別の場所にいるって言ってた。それで気づいたんだ。少しずつ、僕の家に近づいているって。
「僕一人ならどうとでもなるけど、家には母さんが居るからさ。オカ研に入っていた虎杖なら、何か情報を知らないかと思って」
そこまで語り終えた吉野は頭を下げる。
「解決の為だと思って、僕と一緒に、公衆電話を見つけてほしい」
「いいぜ」
「いいの⁉」
「え、いいけど。つーか、順平が頼んだんじゃん。なんでそんなに驚いてんの」
「自分で言うのもなんだけど、随分と突拍子もないお願いっていうか……」
「あー、うん。でもさ、実際に起きてることだし、早めに対応した方がいいだろ」
「助かるよ。ところで、どうやって見つけるつもりか、提案はある?」
「そのことなんだけど、助っ人を呼んでもいい?」
虎杖は吉野に確認をとり、離れた場所に居た釘崎と伏黒を呼んだ。簡単に互いの自己紹介を終えた後、人手不足を補うためだと説明する。いくら、呪いが見えるようになっている吉野でも、呪霊や呪術高専、呪術師の存在を理解できるかは別問題だと思ったので、念のためそのような対応をとったのだ。
「吉野、さん、は電話に関する怪奇現象や都市伝説について調べたんすよね」
「吉野でいいよ。僕も伏黒って呼ぶから。そうだね。井口くんから聞いたんだ。これかなって思うモノはいくつかあったよ」
例えば、と吉野が鞄から紙の束を取り出す。そのうちの一つを指さして、吉野は語り始めた。
「これは、怪人アンサーっていう都市伝説。創作ってことが分かってるんだけど、何かの情報になるかもしれないから」
怪人アンサーとは、二〇〇〇年代当初に、インターネット上で拡散された都市伝説である。
内容はこうだ。十人が円になって並び、同時に隣の人物に電話をかける。すると、全員が通話中になるはずだが、一つだけ、通話が繋がる端末があるのだそうだ。その通話先が怪人アンサーであり、どんな質問にも答えてくれるのだという。しかし、最後には怪人アンサー側から質問をされ、答えられなかった場合、今から行くとの連絡を寄こしてから、電話をかけた側の人物を襲い、体の一部をもぎ取っていくらしい。
「電話をかけた相手に近づいていくっていうところが似てるかなって」
「確かにな。ただ、円になって電話はしていないんだろ」
「そうなんだよね。それでいくと、こっちのさとるくんが近いかもしれない」
さとるくんも、二○〇〇年代前半に流行った都市伝説である。公衆電話から、自分の電話番号にかける。繋がったら、「さとるくん、さとるくん、おいでください」と携帯電話に向かって言うのだそうだ。すると、二十四時間以内にさとるくんから、携帯電話へ電話がかかってくる。電話に出ると、さとるくんが今いる場所を知らせてくれるのだ。そんな電話が続き、さとるくんは電話をかけた相手に徐々に近づいていく。最後には後ろに来るので、その時に何でも質問をすれば、どんなことにでも答えてくれるらしい。ただし、振り返ってしまうと異世界に連れ去られるだとか、答えを知っている質問をすると怒って殺されるだとか、そういう噂もあるようだ。
「僕は家の電話番号にかけたはずだけど、もしかしたら自分の番号にかけていたかもしれない。そうすると、このさとるくんが一番近いのかもしれないよね」
「これはまたとんでもない怪奇現象を引き当てたわね」
釘崎がパフェをつつきながら言う。
「参考として聞きたいんだけど、公衆電話を探したいのはなんで?」
「公衆電話から始まったから、それを壊せば大元の怪奇現象が消えるかもしれないと思って……」
「なるほどね。その線もあるけど、一番手っ取り早いのは後ろに来たさとるくんなりなんなりを祓除するやり方かもね」
「ば、ばつじょ?」
「えっと、除霊みたいな感じ。なんとなくニュアンスでイメージしてよ」
「その、釘崎さんはお祓いができるの」
「釘崎でいいわよ。モノによってはできるし、モノによってはできない」
「そうなんだ。虎杖、凄い人と知り合いなんだね」
「あーいやうん。そうなんだよ。うん」
釘崎! と小声で肘を突く。すると、四の五の言ってられないでしょ、と強めな肩パンが飛んできた。
「どう考えても呪いの被害だし、何らかの対策を練らなきゃ吉野の命が危ないかもしれないんだから」
「それは、確かにそうだな。じゃあ、高専に連絡した方がいいよな?」
「本来はな」
アイスコーヒーを飲みながら、伏黒が続ける。
「呪術規定の七条に脅威を発見した場合、学長に報告しなければならないというものがある。報告に基づいた呪術師のチームが編成されて派遣されるんだが、事態が切迫している際には制圧するために必要な措置を行うことができる」
「じゃあ、俺たちがここで動いても問題ないってことだな」
「ちなみに、その電話の相手は今どこにいるの」
「その、前は僕の家に近づいてるんだと思ってたんだけど」
そこまで言った吉野の端末が着信を知らせる。電話に出るよう促すと、吉野の表情が引き攣った。
「い、家に近づいているんだと思ったんだけど、だけど。今、ファミレスの入り口に居るって。家じゃなくて僕に近づいてたんだ!」
吉野の言葉と同時に、ファミレスの入り口付近にあった窓ガラスが全て割れた。途端にあがる悲鳴。勢いよく立ち上がった虎杖たちは、ビリビリとした呪力が近づいていることに気づいた。
「走るぞ! ここでの祓除は被害が拡大しかねない!」
伏黒の先導でファミレスを抜け出す。途中、呪霊と思しき存在に接近したが、向こうから攻撃をしかけてくることはなかった。
『連絡ありがとう。すぐに術師を派遣するけど、念のため伏黒君を軸にして動いてもらえるかな。僕もそっちに向かうからね』
「分かりました」
縦横無尽に街を駆け抜け、たどり着いたのは雑木林だった。伏黒の術式で呼び出した式神を先頭に、ひと気の少ない場所を案内させたのである。
「ここまで来たら一先ずは時間が稼げるだろ」
「あんなに近くにいたのに、攻撃してこなかったな」
「ああ、恐らく縛りだ。座学でこの前やったところ」
「えっと、術式の開示や、自分で課した制限のことだよな。つまり、あの呪いは自分で制約をかけて力を高めようとしている?」
「恐らくは。詳細は分からないが、その制約によって今は被呪者に手出しができないし、できるようになった時にはかなりの力が発揮する可能性がある」
「ねえ。灰原先生、なんて?」
「俺を中心に動けって。術師を派遣するのと、灰原先生も向かってくれるらしいが、その前に呪霊と戦闘なんてことになったら厄介だ。帳を下ろすと電波が繋がりにくくなるからな」
「あっ、それだ!」
「どれよ」
「だから、帳! 先生たちが来るまで、俺たちで帳をはって電波を遮断するんだよ。さとるくんは、電話をかけて近づいてくるんだろ? だったら電話がかけづらい環境にすれば時間稼ぎができるんじゃねーかな」
「まあ、何もしないよりも、やる価値はあるか」
三人が頭を突き合わせて作戦を練っていると、控えめに声がかけられた。吉野だ。
「みんな、霊能力者なのかな。すごいね。本職って言っていいのか分からないけど、初めて見たよ」
「俺はまだぺーぺーの新人だけどな」
「いや、それでも凄いよ。あのさ、違ったら申し訳ないんだけど、最近、妙な宣伝が聞こえるようになってて。昔は廃品回収の音に聞こえてたものが、なんだか、怪奇現象とか心霊現象の相談所の案内に聞こえてくるんだ」
「違わん。順平みたいに、化け物、俺たちは呪霊って呼んでるけど、それが見える奴には、そういうふうに聞こえる仕組みなんだってさ」
「そうなんだ。僕の知らないところで、色んな人が活動してるんだね。月並みな感想になっちゃうけど、世界って広いんだな」
「俺もそう思う」
「そうか。その手もあったな。夏油さんにも連絡しておこう」
伏黒が端末を取り出す。釘崎は帳の準備を始めていた。
「でも、夏油さんの事務所ってここから遠いんじゃねえの」
「あの人の事務所は全国にある。何処にかけても動いてくれるから、一番近い相談所から誰かくるだろ」
「あ、五条先生は?」
「あの人は確かに最強だし、先生が居れば解決するだろうけど、連絡がとれないんだ。五条先生の居場所は基本的には機密事項になってる。存在が呪詛師の抑制になったりするからな」
「は~、そんなのもあるんだな」
「——準備、できたわよ」
「こっちも各方面への連絡は終わった。帳をおろしてくれ」
「任せなさい。『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』」
釘崎の言葉に合わせて、周囲に帳がおろされていく。帳とは、呪術師以外には視認できない呪いをあぶりだす結界のことだ。副次的に電波が遮断されることもあり、今回はそれを応用しようとしたのである。
「夜になっていく……!」
吉野が空を見上げて驚いた様子で呟く。その気持ちがよく分かる虎杖は、隣で強く頷いた。
「びっくりするよな」
「びっくりどころじゃないよ。事実は小説よりも奇なりなんていうけど、僕が見てきた映画よりもぶっ飛んでるよ」
釘崎の呪力消耗を抑えるために、なるべく近づいて範囲を狭くしておく。吉野の端末は今のところ着信を知らせていない。このまま、時間をかせげればいいのだが、現実はそこまで甘くなかった。どうやら、帳の呪いをあぶりだす性質の方が勝ってしまったようだ。唐突に吉野の端末が着信を告げる。視線で出るように促すと同時に、吉野の背後にはっきりと少年を模した呪霊が現れた。
『質問は』
「えっと」
「なんでもいいから、聞きたいことを聞け」
「わ、わかった。じゃあ、明後日の科学の小テストで、先生は満点回避の難問を出すかを教えて」
『出すよ』
「ありがとう」
『他には』
「えっ」
『他の質問は』
「えっと、どうしよう」
「質問で時間をかせぐか?」
「そんなに質問したいことはないよ!」
震える声で吉野が叫ぶ。それはそうだろう。しかも、答えが分かっている質問をすると攻撃をされる可能性があるのだ。
「あっ、あ、思いついた!」
「なんでもいいから聞いてみろ!」
「うん! その、君は本当にさとるくんですか」
途端、シンと辺りが静まり返った。
確かに、虎杖たちはこの現象を都市伝説のさとるくんを軸にして考えていたが、そもそも、吉野は自分の電話番号に連絡をしていないし、公衆電話でさとるくんを呼び出してもいない。つまり、この呪霊が都市伝説から発生した呪いであるかどうかは分からないのだ。
『さ、ささささと、さ、さささ』
さとるくんと思しき呪霊がぼこぼことその形を変え始める。
『ざと、ざざざざどざどる、るるるるるるるるるる』
顔の部分が膨らみ、手足には異常な量の毛が生え始める。骨格も歪み、前傾姿勢をとるような背骨の曲がり方をしている。長く伸びた毛むくじゃらの腕は地面に着いてしまいそうだった。
『ざどるるるるるるるるるうるるうるるるるる……ちがうよ』
「伏せろ! 順平! 逕庭拳ッ」
「噛みつけ、玉犬!」
伏黒と虎杖が一斉に攻撃をしかけると、呪霊がよろける。しかし、決定的なダメージは与えられていない様子だった。
「くそ、どうなってんだ⁉ 攻撃は当たってるのに、手応えがない」
吉野を脇にかかえ、虎杖が呪霊の攻撃を避ける。伏黒が追撃しているが、やはり上手くダメージは与えられていない様子だった。伏黒も帳を維持している釘崎を抱えて攻撃を避ける。このまま、攻撃を避け続けて体力がなくなるのが先か、救援が到着するのが先か、という考えが脳裏を過ぎったとき、突然、帳があがった。
「どういうこと⁉ 私じゃないわよ!」
「僕だよ。術式反転、赫」
轟、と突風が吹き荒れ、呪霊がいたと思われる個所の地面が大きく削れた。帳を解除して現れたのは、五条だったのだ。
「先生! 来てくれたんだ」
「それにしても、五条さんに連絡できる人なんていたんですね」
「まあ、一人だけね」
それより、と五条は虎杖が抱えていた吉野に近づくと、額を軽くつついた。その衝撃で、吉野が気を失う。
「ここで見たことは全部忘れてもらうから」
「……そっか」
映画の話ができて嬉しかった。呪いが見えることの新鮮さや驚きを共有できて嬉しかった。けれど、吉野が知りすぎてしまうことは、他の呪いを寄せ付けることにもなるのだ。寂しいが、仕方がないだろう。
「皆~! 無事⁉」
「あっ、灰原先生! 皆無事だよ!」
「よかった。間に合ったんだね。あ、五条さん。お久しぶりです」
「灰原も元気そうだね」
「はい! 七海も元気に社畜してますよ!」
「うわ、よくやるね、アイツも」
二人のやり取りを見て、本当に先輩と後輩なのだと感じる。けれど、五条が虎杖たちのように制服を着て、学生生活を送っている姿が想像できなかった。始めから、先生として出会っているからだろうか。灰原の学生時代はなんとなく想像できるのに、不思議だ。
でも、五条は言っていた。今も青春を送っていると。想像できねえ、と思いながら吉野を補助監督に預ける。これから病院に運ばれるのだそうだ。一時の間だったけれど、友人として得がたい存在だった。補助監督が運転する呪術高専の車が遠ざかっていくのを、見送る。その背中を見つめた釘崎と伏黒が、視線を五条に向けた。
対する五条はひらひらと両手を振っている。
「若人の青春を奪う気はないよ」
それだけ言うと、その場から去って行った。
吉野が運ばれた病院は、虎杖の祖父が入院していた病院にどこか似ていた。友人です、と言って面会をしていいのか。記憶を失った吉野からしてみれば、赤の他人が突然現れて友達だなんだと言い出すのは恐ろしいことなのではないか。それに、虎杖の存在が、呪霊と関わるきっかけになってしまうかもしれない。
うだうだとらしくもなく悩む虎杖の上に、影ができた。
「ここで何してるの? 怪我した?」
「あ、え、順平」
「僕、虎杖と話してる途中で倒れちゃったんだってね。せっかく楽しく映画の話してたのに、ごめん。運動は得意じゃないとはいえ、ここまでひ弱なつもりはなかったんだけど」
「お、覚えてんの、俺のこと」
「え、なに急にB級映画のお約束展開みたいなこと言ってるの。覚えてるに決まってるだろ。そこまで馬鹿じゃないよ」
「うっ、良かった! 順平が無事でよかった!」
「わっ、ちょっ」
記憶が残っていたこともそうだが、なにより吉野が元気そうな姿を見られたことに心底安心した。ぎゅうぎゅうと抱きしめると焦ったような声が聞こえてくるが、無視だ。虎杖には、この感動を伝える適切な言葉が思いつかない。だから、こうして体当たりしている。
「心配性だな、悠仁は」
「おっ! 名前」
「いいだろ。ていうか、僕の方が年上だし。悠仁が順平って呼んでるのに、なんか、不公平じゃん」
体を離し、笑い合う。吉野を襲った呪いのことは話せないが、少し不思議な怪奇現象や、映画の話はできる。また友達として過ごしていける。そのことが嬉しくて、虎杖は、もう一度大きく笑った。
「え? 五条先生に連絡したのって、先生じゃねーの」
「僕は五条さんの連絡先を知らないよ。向こうから一方的にかかってくることはあるけど、かけなおしても繋がらないし。あれ、どうなってるんだろうね」
今日は灰原主導の元、体術の授業が行われていた。休憩がてら、五条に連絡をしてくれたことへの礼を伝えると、灰原からは意外な言葉が返ってきた。
「じゃあ誰が連絡してくれたんだろ」
首を傾げる虎杖の視界の端に、長身の男が映る。噂をすれば何とやら。話題の中心である五条が呪術高専内を歩いていた。相変わらず忙しいらしく、長い脚を存分に使い、速足で移動している。
「今日も忙しそうだな、五条先生。ん? でもなんか、嬉しそう……?」
「お、よく気づいたね。五条さん、今日は親友と食事に行くんだって」
驚いて手に持っていたスポーツドリンクを落としそうになる。
「五条先生って、友達いるんだ。いや、いるんだろうなとは思ってたけど、実際他の人に肯定されると驚くっていうか。私生活が全然sっていう想像つかねーっていうか」
「いるよ。僕と七海みたいにね!」
きらめく笑顔と共に繰り出されたウインクが眩しく光る。
虎杖の脳裏にも、釘崎、伏黒、吉野、そしてこれまで出会ってきた友人たちの顔が思い浮かんだ。彼らの笑顔を守るためにも、虎杖はもっと強くならなくてはいけない。
「うっし、灰原先生、もう一本お願いします!」
「よしきた!」
晴れ渡る青空の下、学生とそれに負けないくらい元気な教員の声が高らかに響いていた。
第三話 覚
「私に力を貸すという話だったよな」
「貸しただろ」
「呪霊をそのまま持ってくるという約束はどうなった」
「あんなの、ただのコピーだ。取り込んでも意味ないし。つーか、何回この話を蒸し返せば気が済むわけ」
「意味がないかは私が決める。そして、この話をしたのは二回目だ」
いつものように事務所にやって来た虎杖は、あまりの空気の重さに来る場所を間違えたかと思った。慌てて事務所の扉に描かれている文字を確認する。
「合ってるわよ」
「釘崎」
「さっきからあの調子だ」
「伏黒」
虎杖の背後から、馴染みの二人が出てきてくれただけで、かなり心が救われた。虎杖はそっと二人に近づく。包帯を巻いているというのに、正確に虎杖たちの方を見た五条が、ほら、と大きな声で言った。
「オマエがそんな剣幕だから、僕のかわいい生徒たちがビビってる」
「は? ビビッてないんですけど。ていうか、誰がかわいい生徒たちよ。とびきり可愛い生徒とその他二人にしなさいよ」
「お前はどこにくいついてんだ」
釘崎たちのやり取りをみて、ばつが悪そうな表情をした夏油が三人に謝罪した。気にしてないと伝えると、もう一度、すまない、と返される。
「不快にさせるつもりはなかったんだ。ああ、立ちっぱなしもキツいだろう。向かいのソファに座ってくれ。話したいことがあるんだ。ほら、君はこっちに移りなよ」
夏油の呼びかけに、五条はつんと顎を逸らす。虎杖はその珍しい態度に驚いた。五条のこんな姿を知らない。噂の通り、呪術高専が夏油を厄介者扱いしているが故の行動だと受けとれなくはないが、虎杖から見ると、そうではないように思えた。
「おい、こっちに移れ」
「……」
「五条さん。問題があるなら私が立ちますから。こちらに移ってください」
「は? なにその呼び方。立たなくていいし、敬語やめろ」
なんやかんやと言いながら、夏油の隣に移動した五条は足を大きく広げて座る。そんな座り方だから、膝が夏油にあたっていた。
この前はあんなに機嫌がよかったのにな。先日、嬉しそうに呪術高専内を歩いていた五条を思い出す。親友との食事はどうなったのだろう。
それに、そんな態度をとるなら離れればいいのに。自ら接触までしているから、最早、訳が分からない状態になっていた。しかし、虎杖は少しだけ似た光景を知っている。それは、自身の祖父だ。五条とは似ても似つかない見た目だが、気を許した相手への態度が分かりやすいところが似ているように感じる。
つまり、虎杖には五条の不機嫌が、夏油への気安さ故だと映るのだ。真相は聞いてみなければ分からないが、大きく外れてもいないように思う。でもまあ、聞いたところで、あの感じじゃ教えてくれそうにないな、と思いつつ、空いたソファに三人で腰かけた。
「三人とも、先週の祓除、お疲れさま。かなり奮闘したんだってね」
「いやあ、でもえてた作戦は上手くいかんかったし」
「そうでもないよ。よく考えついたと、私は思うな。灰原から聞いたんだ。帳の特性を利用しようとしたってね。すご、」
「いやあ、すごいッ! よしよし!」
「いてッ」
「ちょ」
「髪型が崩れるんですけど⁉」
「……悟」
「なに」
「そんなに信用ならないか。学生に触れさせたくないほど? ってなんだいその顔」
虎杖を褒めるついでに頭を撫でようとしていたのだろう。中途半端な位置で手を浮かせた夏油が眉を下げる。対する五条は、オッエーとでも言いそうな表情をしていた。
「ちッげーよ。あと僕の顔はずっとGLGだろ」
「はいはい」
夏油が五条の態度をどう思っているのかは分からないが、その返事を軽く流すと、再び先日の祓除について話し始めた。
「私が電話にまつわる呪いについて調べていると言ったから、連絡をくれたんだろう。ありがとう。君たちの協力のおかげで分かったことがあってね。今日はその報告と、そうだな。祓除の協力依頼で来たんだ」
夏油の言葉になにか言い返そうとしていた五条だったが、口をへの字にしたまま、半身分ほど夏油に近づいて座る。しかし、夏油からは、君の協力のおかげで情報が地面ごと抉れて消し飛んだよ、と言われ、さらに拗ねたようだった。
「さとるくん、だったね。都市伝説の名前は。それにまつわる呪いだと考えたんだんだろう」
「そうなんだけど、でも、最後に違うって言ってた」
「そこが重要なんじゃないかと考えている。さとるくんという名称は、妖怪の『サトリ』からきているという説があるのを知っているかな」
「サトリって、人の心を読むとされる妖怪ですよね」
「その通り。だから、サトリを元にしているさとるくんは、既に答えを知っている質問をすると攻撃を仕掛けてくるんだろう。被呪者の心に答えがあるかどうかを読み取っているんじゃないかな」
夏油は、持ってきた資料を捲る。そこには、巨大な猿の絵が描かれていた。
「これに見覚えがあるかな」
「あ、これ、順平が最後の質問をした時に、呪霊が変化した形に似てる」
「やはり、この姿をとったんだね」
頷いた虎杖を見て、五条と夏油が顔を見あわせる。
「覚と呼ばれる妖怪の姿だ。玃とも表現されるんだが、これは大猿を意味するとも言われているんだ」
「じゃあ、あの場にいたのは、さとるくんじゃなくて、覚?」
「正しくは、そうだと信じられたモノに由来する負の感情から発生した呪霊だね。呪霊の性質が伝承通りならば対策のしようがあるけれど、現代の都市伝説も混ざっているようだ。覚は電話を使わないはずなのに、今回の呪霊は電話を介して被呪者に影響を与えている」
夏油の話を引き継ぎ、五条が口を開く。
「他の書物には、この妖怪サトリを山童と書いて、『さとりわらわ』と紹介しているものもあるよ。人の考えることをよく読む、山神の化身の子という表記も見つかった。つまり、相手は神から派生した呪いかもしれない。こりゃ、ひょっとすると、一級案件かな」
「いずれにせよ、山奥に居たはずの存在が、現代になって都市伝説と合流し、自らが呼ばれていると勘違いして里に下りてくるようになってしまった。虎杖君の友人と似た内容の依頼が、私の相談所にも多数寄せられている。早めに対処しなければ、更に被害は増大するだろう」
そこまで話した夏油は、協力してほしい、と再び五条に向き直った。
「だから、初めから協力するって言ってるだろ」
「でも、あの呪霊を消し飛ばしたじゃないか」
「他の依頼でも取り込んでるんだろ、アレ」
「そりゃね」
「同じような雑魚を何回も取り込まなくていいだろ。旨いもんでもないんだし」
「君は……」
夏油は驚いたような顔つきで五条を見つめた。それから、困ったような、なんとも言えない表情になって、ゆっくりと口を開いた。
「君に呪霊の味を教えたのは間違いだったかな」
「僕たちの間に間違いなんかあるわけないだろ」
「はは。心配してくれたってことか。そこは礼を言うよ。でも、事前に話してくれ」
「オマエは僕が心配してるって言えば、素直にきくわけ?」
「どうかな」
「ほらみろ」
「でも、こうして喧嘩する必要はなくなるはずさ」
「どうかな。また別のことで言い合いになるんじゃねえの」
相変わらず、五条の口調は荒いが、なんとか丸く収まったように見える。夏油もそう判断したのだろう。虎杖たちにも協力してほしいと頭を下げた。
「ここでさとるくんを呼ぶ。覚と呼んだ方が正しいかな。私の経験上、この呪霊は呼び出した人間の呪力に応じた分身を顕現させる。強さを合わせているというイメージだ。だから、呪力が多い人間が呼び出せば、分身では足りなくて本体を出さざるを得なくなるという算段さ。これに関しては、私と悟とが同時に覚を顕現させる。私は自分の事務所で、悟はこの場でね」
「予想じゃ、僕と傑の近くに同じくらいの質量のサトリが現れる。それを叩き続ければいい」
「ああ。私は呪霊で対応するから、虎杖君たちには悟の方の覚を削ってもらいたい。一発で倒されると困るから、悟は極力手出しをしないでくれ。徐々に削って、削って、山から全ての実体をおびき出す。いいかい。適度にいなしながら、完全には祓いきらないで」
言いながら夏油が翳した手の下に、いつか見た唇に足が生えた呪霊が現れた。
「私の術式は呪霊操術。読んで字のごとく、降伏させて取り込んだ呪霊を使役下におくことができるのさ。これをこちらの事務所に置いておくから、合図を送ったら攻撃を悟と変わってくれ。一気に消滅させる」
「はい、質問」
「どうぞ」
「山から全部の実体が出てきたかどうかって、どうやって判断するの」
「いい質問だ。私の呪霊を山に放ってある。ソイツらに対応させる。万が一を考えて、灰原の協力を得ているよ」
「七海も来るかもな」
「どうかな。七海は真面目だから、呪術規定を守って来ないんじゃないかな。他に質問は? ないね。では決行は、今から二十五時間後だ。悟、あと一時間したら覚に電話をかけてくれ」
準備があるからと去って行った夏油を見送る。夏油に置いていった唇の呪霊には、手こそないが、手持ち無沙汰そうに佇んでいた。
「ほら、この中に入れって」
同じく夏油が置いて行ったらしい箱に呪霊を追いやると、五条も準備のために事務所を離れた。
「ふー。大変なことになったな。俺にできるかな」
「私も伏黒もいるんだから大丈夫でしょ。ていうか、私たちなら一級呪霊を祓いきらないだろうって考えられてんのはちょっと癪ね。早く昇格試験を受けたいわ」
「長丁場になるかもしれねえから、必要なものは買っておいた方がいいかもしれないぞ。女子は必要なもんが多いんだろ」
「津美紀さんの受け売り? まあでも、そうね。買っておこうかしら。買い物に行きましょ。荷物持ちよろしく」
「よっし! 行くか」
明後日の祓除に向け、虎杖たちも準備に追われることになった。
スーパーで買い物をして、念のために事務所で待機をする。途中、灰原が持ってきてくれた寝袋は、彼の友人である七海がオススメするキャンプ道具の店で売っている代物らしい。経費で落ちるからね! と満面の笑みで灰原が抱えて持ってきたのだ。着々と準備が進むなか、祭壇のようなものが組み立てられていく。寺で見るような、大きな祭壇だ。果物やら鏡やらが担ぎ込まれては陳列されていく。
その様子を見ていると否応なしに全身が緊張してきた。けれど、同級生二人の落ち着いた構えを見ていると、不思議となんとかなりそうな気がするのだった。
祓除当日。
呪術高専の制服に身を包んだ虎杖たちは、普段通りの五条と事務所で待機していた。そろそろ、五条の端末に「さとるくん」から連絡が来るはずだ。そうして顕現した呪霊を祓いきらないようにうまく立ち回り、時間稼ぎをしなければならない。呪術師が弱すぎると侮られても駄目なのだ。本体が表に出てこなければならないと、そう思わせるくらいの攻撃力でなくてはならない。今回も、帳は釘崎がおろした。小柄な彼女ならば、万が一の際に抱えて避難できるからだ。また、釘崎の術式である芻霊呪法の効果で、本体に必要以上の強い衝撃が加わると、山に逃げ帰ってしまう可能性も考えられた。なので、釘崎は今回、帳役に任命されていた。
静まり返った室内で、秒針の音が響く。沈黙を破り、五条の端末が着信を告げた。
「あ~、もしもーし」
答えながら、五条が開いた手で指示を出す。指定された位置について身構えた。
「質問、質問ねえ」
両頬を片手で掴んだ五条が呟いた。
「アンタ、誰」
『ざと、ざざざざどざどる、るるるるるるるるるる』
今回は、呪力量の多い二人が呼び出しているということもあるのか、顕現した覚はかなり大きかった。事務所の天井すれすれの位置で首を大きく曲げた状態でおさまっている。その巨体がぼこぼこと姿を変えるのだから、気持ちが悪かった。
「じゃあ、始めようか」
五条が祭壇の前に胡坐をかいて座る。強すぎる呪力で呪霊が逃げないよう、陣を書いて呪力を隠していた。
呪霊が徐々に姿を変化させていく。単眼の猿に見えるが、吉野のときに顕現したサイズよりも、格段に大きい。
「オラッ! 逕庭拳ッ!」
「玉犬! 虎杖をサポートしろ! 出て来い、蝦蟇ッ! アイツの身動きを制限しろ!」
何もない殺風景な事務所だと思っていたが、こうした祓除の場になるとしたら、おあつらえ向きだった。少しずつ攻撃を加えては、相手からの攻撃を回避する。
吉野の件で戦った呪霊には手応えがなかったが、この覚は、しっかりと攻撃が通っている気がした。夏油が言っていたように、山から本体が引きずり出されているのだろう。
時計を確認している暇はないが、あとどれくらい時間をかせげばいいのか。虎杖や伏黒の呪力も無尽蔵ではない。呪力の使用で息が切れてきた頃、五条の端末に着信があった。
『悟、聞こえるかい』
「夏油さんだ!」
聞き馴染みのある声だ。最近、世話になっている夏油の声に、戦闘中にも関わらず声をあげてしまう。
「違うでしょ」
冷静に返したのは釘崎だった。その後を伏黒が引き継ぐ。
「これは覚が端末に干渉してきてるんだ。今までも電話を介して影響を及ぼしてきた。向こうからの反撃の一部ってことだろ」
「そうそう、野薔薇と恵に二十点!」
『悟』
「あーあー、もううっせえな、」
『こちらの体力がもたない』
その言葉に、事務所にいた全員が端末に視線を向けた。
「……は?」
『恐らく、もってあと数分というところだ。想像以上に覚の力が強大だった。呪霊での反撃も厳しい』
「えっ、ちょっ、これ!」
慌てる虎杖に、釘崎や伏黒も強ばった表情をしている。
『一時的でもいい。こちらに戦力をよこしてくれな』
——ざとる
その時だった。
机の上に置かれていた箱が開き、中から呪霊が出てきた。唇だけの呪霊は、以前、虎杖たちの前でそうしたように話し始める。
『ぎごえるかななな。そそちらの、じょうきょうはどどどどどうだい。ここちららには、さどるをままねたサトリリがきたよ』
「傑ッ!」
祭壇の前に座っていた五条が勢いよく立ち上がる。そのまま、唇の呪霊に向かって、大声で叫んだ。
「こっちは無事だから! つーか、これ聞こえてんのか⁉」
五条の大声に対応したかのように、唇の呪霊が話を続ける。
『はなずのととと、ぎくのは、どどちらかしかむむ無理なんだ。いいたいことがあったたら、二秒後にたのむ』
そう言い残すと、唇の呪霊が箱に戻っていく。次いで現れたのは、耳だけの呪霊だ。五条は、きっちり二秒後に声をあげた。
「こっちにもヤツの干渉がきた。端末の履歴から一番上にある奴の情報を抜いたのかもしれない。アッチの狙いなんか知らねえけど、いいか、傑。何があっても絶対惑わされんなよ。動揺もすんな。俺みたいな声がしても、俺みたいな見た目のヤツが来ても、ソイツらがとち狂ってオマエのことを嫌いだとかなんだとか言い出しても全部無視しろ! 傑のことを嫌いになるなんて天地がひっくり返ってもねえから! ソイツらの言ってること、全部嘘だから! いいな⁉ 信じろよ」
ボン、と音をたてて耳の呪霊が消えたかと思うと、唇の呪霊が代わりに箱から姿を現わした。もぞもぞと動き、ふふ、笑う呪霊は声を発する。
『しんじているよ』
ひび割れた声なのに、夏油の声質とは全く違うのに、それを聞いた五条は心底安心したような顔つきになった。
『さとるが、私をきききらってないなんて、そんんなの、分かっているさ』
「すぐる」
耳の呪霊はもういないため、こちらの声は届かないのだが、五条は思わずといった様子で夏油の名前を呼んでいた。
『どどんな顔をして、言ってくれれれたのか、直接みみれれなかなかったのが残念だな』
そう言うと、唇の呪霊はカウントダウンを始めた。
山から全ての呪霊が引きずり出されたのだ。五条が大きく深呼吸をして、指印を結ぶ。虎杖たちは、五条の術式に巻き込まれないよう、端に避けた。
「術式反転、赫」
雑木林でみせた規模よりも大きな出力で呪霊がかき消される。同時に、窓の外でも轟音が響いたので、夏油の方も上手くやったのだろう。終わったのだ。思わず脱力した虎杖は伏黒たちを巻き込みながら床に倒れ込んだ。
ペーペーの新人には、あまりにも過酷な祓除だった。
*
閑古鳥が鳴いていた事務所とも、今日でお別れだ。虎杖たちの駐在は終わり、別の呪術師がここを担当する。寂しいような、あっという間だったような、そんな気分だ。
ここに来てからの出来事を思い出す。様々な経験を経た虎杖は呪術師として成長したように思う。それに、新しい友人もできた。これからも、虎杖の呪術師人生は続いていくが、相談所での経験は貴重な財産になるだろう。
崩壊しかけた事務所は急ピッチで復旧がなされている。こういう時に、国に顔が利く呪術高専は強いのだと、夏油が言っていた。そんな夏油も祓除の際に部屋を破壊してしまったらしく、修復中なのだそうだ。
「また、夏油さんの力を借りることがあるかもしれないけど、その時はよろしくお願いします!」
別れ際にそう言うと、夏油は快く引き受けてくれた。もっと成長して、いつか夏油の手伝いができるようになりたいのだ。夏油だけではない。虎杖に関わって助けてくれた人たち全員に、恩返しをしたいと考えている。
「そういやさ。二人とも五条先生の親友って誰か知ってる?」
「へえ。あの人、友達いるんだ」
「夏油さんだろ」
「まあ、いるとしたら夏油さんくらいでしょうね」
「やっぱり? 皆、分かってたんだ」
「そりゃそうよ。態度が違うもの」
主に釘崎の荷物が詰まった大きなカートを引きながら、呪術高専の迎えがくる場所まで移動する。移動しがてら、五条の親友について聞いてみたのだが、二人のやり取りを見ていれば分かると返された。それもそうか、と虎杖は納得した。
最後にもう一度、事務所と高層マンションを振り返る。五条は今も青春をしていると言っていた。祓除の際に聞いた夏油の言葉から、向こうも同じように思っているはずだ。
なんだか、そういうのっていいな。二人みたいに、とは言わないが、自分もそうやって大事な人をいつまでも大事にしたい。喧嘩したって、仲直りして。ずっとそんなことを続けていきたい。そう思った。
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