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寄り添う熱

全体公開 神無三十一受け 6 10 3959文字
2025-10-21 16:52:14

カルみと 微熱の話
シナリオネタバレあり

 

 朝起きて、触れた体が少しだけ熱い気がした。

 「神無ちゃん」
 「なにー?」

 制服に袖を通して鏡の前で身嗜みを整えていた神無が、鏡越しに不思議そうな視線を寄越す。
 その表情に違和感はなかったが、自身の予感を疑うことのなかった縞斑はちょいちょいと彼を手招きして声を掛けた。

 「出掛ける前にちょっと熱測ってごらん」
 「え、なんともないよ?」

 ますます不思議そうに首を捻る神無は言葉通り隠し事をしておらず、体に不調の心当たりなどまるでないのだ。
 しかし、確信を持った様子で一切引く気配がない縞斑を見た神無は、自分を引き留めたいだけではないのだろうと思い直してサングラス型コンピュータを起動させる。

 「体温表示」

 一言指示を飛ばすと、それはすぐに小さな電子音を鳴らして液晶に体温と脈拍を表示した。
 その数字を目にした神無が目を丸くしていれば、反対側から逆さ文字で数字を読み取った縞斑がやはりといった様子で口を開く。

 「やっぱり微熱か」
 「そうみたいだけど……先輩よく気づいたね」
 「起きたときに少し熱かったから」

 神無の体温は平熱に比べて少し高い程度で、本人も自覚ができない程度だった。
 言われてみればいつもより体が気怠い気もするが、それも体温を確認した後のプラシーボ効果だと言われてしまうと否定できない。
 一方縞斑は目を覚まして抱きしめた時からその違和感に気がついていたらしく、心配するように神無の頭を撫でる。

 「その調子を見るに、体は平気そう?」
 「大丈夫だよ。さすがにこのくらいの熱じゃ倒れたりしないし、休まなくても平気」
 「それならいいけど……今日は無理しないようにね。君はもう少し自分のことを大切にすべきだ」
 「はーい。先輩てば過保護だなぁ」

 へらりと笑って頷く神無だが、彼が縞斑に体調不良を隠して悪化させたことは一度や二度のことではない。
 相変わらず自分のことを大事にすることが下手くそな神無の様子に頭を押さえた縞斑は、見たところ今回はまだ風邪の初期段階だから大丈夫だろうと思い直すことにした。
 一方そんな彼の苦労を知らない神無は、迷いのない足取りで玄関に向かうと靴を履いて縞斑を振り返る。

 「じゃあ行ってくるね。戸締まりお願いしてもいい?」
 「あぁ……気をつけていってらっしゃい」

 縞斑にはあらかじめ、家の合鍵を渡してあった。
 付き合う前はあくまで有事の際の保険という意味だったが、現在は互いの家に手軽に行き来する手段という認識になりつつある。
 頷いた縞斑に見送られて家を後にした神無は、扉を閉めると車に乗り込んでシートベルトを締める。

 「……先輩、よく気づいたなー」
 
 指摘をされた今でも、神無にはあまり体調不良の自覚がない。しかし、縞斑の心配やサングラスに表示された体温を鑑みるに、自身の不調は確実なものなのだろう。
 案外神無自身より、縞斑の方が神無のことを理解しているのではないだろうか。
 朝起きて軽く抱き合ったあの数秒で普段より高い体温に気づいた縞斑の勘の良さに感心すると同時に、神無はそれほどに何度も触れ合っているのだと自覚して顔を赤らめる。
 途端、サングラスから体温と脈拍の上昇を知らせる電子音がピッと鳴って、神無は我に帰ると慌てて車に乗り込んだ。

 「……今日は気をつけよ」

 間も無く目的地へ向けて動き出した車の窓に身を預けて火照った体を冷ました神無は、本日はいつも以上にミスに気をつけて仕事に打ち込もうと言い聞かせるのだった。

 ※

 「ゔー……つかれた……
 「お疲れ様です、神無。大丈夫ですか」

 いつもより一時間近く残業をしてようやく日報を提出した神無は、ふらふらと覚束ない足どりで廊下を歩きながらため息を吐いた。
 
 「だいじょぶ……ディーノも疲れただろ、メンテナンス行ってきていいよ」
 「僕に疲労は存在しません。神無の方が重症です」
 「重症って……大袈裟だなぁ」
 
 今日に限ってパトロールが忙しく、神無と相棒のディーノは通報に振り回されるように街を巡ったのだ。
 ただでさえ風邪の初期状態で疲れの溜まりやすかった神無は、いつも以上に重く気だるい体を引きずって道を歩く。

 「はくしゅ、っ」

 特に最後の現場で、喧嘩の仲裁をしている最中に水を掛けられたことが良くなかったのだろう。
 すぐに現場を収めて体を拭いた神無だが、その間に冷えてしまった体温がなかなか戻らず震えが治まらない。 
 くしゃみをした神無のことを心配そうに見上げていたディーノの頭を撫でれば、彼は少しだけ不機嫌そうに唇を尖らせる。

 「神無はもう少し、自分を大切にしなきゃダメだよ」
 「あはは……まさか一日に2回も言われるなんてな……

 そんなに自分は自分を大事にしていないように見えるのだろうかと苦笑いを浮かべた神無は、ディーノをどうにか宥めてメンテナンスルームまで見送った。
 おそらく彼には神無の体温が見えているのだろう。普段なら神無の不調を把握するなり何としてもそばを離れようとしない彼だが、今日は何故か不服ながらも神無の手を離してくれた。

 「じゃあディーノ、おやすみ」
 「……おやすみなさい、神無。お大事にしてください」

 名残惜しそうなディーノに笑顔で手を振りかえした神無は、庁舎の裏口から駐車場へと足を向ける。
 ディーノには平気だと言ったが、早く帰って休んだ方が良さそうだ。
 寒気と頭痛に顔を顰めた神無は、不調を訴える体を引きずってどうにか車まで歩き出す。

 「神無ちゃん」

 ところが神無が車を探すより早く、街灯の影から聞き馴染んだ声がした。
 もうこの場所で聞くことはできないはずの声に驚いて顔を上げれば、ふらりと傾いた体を支えるように腕が引かれる。

 「っと、危ない」
 「せん……ぱい……?」
 「大丈夫……ではなさそうだね。早く帰ろう」

 神無の顔を覗き込んだ縞斑は、僅かに眉を寄せるとそう呟いて駐車場の奥へ歩き出した。
 まっすぐに神無の車を目指すその横顔を見上げた神無は、不調により上手く回らない混乱した頭で懸命に言葉を探す。

 「えと、な……なんでここに……
 「ディーノちゃんから連絡が来たからね。まぁそうでなくても、夜に様子は見に行くつもりでいたけど」

 今朝の神無の様子は無理をしているようには見えなかったが、悪化しているのではないかと帰宅に合わせて様子を見に行くつもりではいたのだ。
 しかし、それより早くディーノから連絡が入り、神無の熱が上がってきたこと、彼が水を被ってしまったことを伝えられたのである。
 歩み寄った縞斑は、今日一日の勤務を終えた神無を労うように頭を撫でた。その手のひらに揺られた神無は、それまで張り詰めていた緊張の糸がふっと緩んで縞斑の肩に額を押し当てる。

 「……しんどい」
 「うん」
 「寒いし、頭いたい……

 素直に自身の不調を吐露すれば、もたれる神無の背を撫でた縞斑が服越しに伝わる彼の熱に小さく眉を寄せた。

 「また熱が上がってきたかもしれないな……明日は休みだったよね」
 「……うん」
 「そっか。俺も仕事に区切りつけて来たから、今日明日は家でゆっくり休もう」
 「…………うん」

 人より体の弱い神無は、季節の変わり目に風邪を引くことが多い。以前はいつだって、そんな神無のことを赤星や黒田が看病してくれていたのだ。
 けれど今はもう、あの家に彼らはいない。
 ようやく慣れた一人きりの家だが、体と心が弱った今夜は耐えられないかもしれない。そう心の何処かで思っていた矢先に縞斑から投げられた提案に、神無は二つ返事で頷くと鼻を啜った。
 
 「……いっしょにいてくれる?」
 「そのつもりで迎えに来たんだよ」

 体調が悪いせいで心が不安定になっているのだろう。消え入りそうな濡れた声にそう返事をした縞斑は、安心するよう神無の頭を撫でると帰路を辿るために歩き出した。
 車の助手席をできる限り下げて神無を座らせ、ジャケットを掛けてやれば、泣くのを堪える真っ赤な潤んだ瞳が縞斑を見上げる。

 「せんぱい、ありがと」
 「俺はやりたいことをしてるだけだから」

 素直な神無は可愛らしいけれど、少しだけ落ち着かない。
 やはり彼は少し生意気なくらいが丁度いいのだろう。そう考えて小さく笑った縞斑は、運転席に座ると神無の自宅へ向かうよう自動運転に指示を飛ばす。
 ゆっくりと動き出した車内の空調を整えながら、縞斑は神無の罪悪感をほぐそうと言葉を続けた。

 「さてと……夜ご飯は何が食べたい?」
 「……プリン」
 「…………ご飯を聞いたつもりだったんだけど」
 「大きいプリン…………

 ぽつりと呟いた神無の上目遣いは、体調不良のときにだけ許されるわがままの範囲を無意識に理解している振る舞いだった。
 体調が悪いときはいつもより素直に甘えて良いし、それをある程度受け入れてもらえると分かっているのだろう。
 彼が家族から注がれた愛情の深さを改めて実感して感心した縞斑は同時に、自身がその枠組みの中に加わっていることを少しだけ嬉しく思った。

 「……今日だけ特別だからね」
 「うん……!」

 今日のところは悪戯心を宥めてそう許せば、神無は嬉しそうにふにゃりと頬を緩めて頷く。
 少しずつ熱が上がってきたのだろう。神無の火照った頬が少しでも冷めるように手を当てた縞斑は、果たして彼の所望する『大きいプリン』の大きさとはいかばかりかと内心で首を捻るのだった。



 


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