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水龍のいたずら心

全体公開 ヌヴィリオ 2578文字
2025-10-21 20:21:24

夜のおうちデートで、怪談話をするヌヴィリオの話

Posted by @otroom0v0

「なぁ、ヌヴィレットさんには怖いものってあるのかい?」
 間接照明だけが灯る、薄暗い談話室。ヌヴィレットの私邸に招かれたリオセスリは、窓辺のテーブルでワインを片手に、つかの間の逢瀬を楽しんでいた。
 問いかけられた恋人、ヌヴィレットが首を傾げる。
「唐突だな。気になることでも?」
「ほら、もうじき夏季休暇の時期だろ。子供の頃はよく、兄弟姉妹と集まって怪談話をしたな、と思い出したんだ」
 窓の外へ目を向けて、リオセスリは目を細める。曖昧になった記憶の海できらめく思い出。夏の夜、ひとつのベッドに集まって、怪談話をひそひそと語りあった。偽りの両親に飼われていたが、兄弟姉妹との絆は本物だった。今でも時々、懐かしく思うことがある。
 リオセスリの話を聞いたヌヴィレットが、ふふっと穏やかに笑った。
……そういった話を聞くと、君にも可愛らしい時期があったのだな、と実感する」
「おや? 今の俺は可愛くないのかい?」
「まさか。愛らしいと思っている」
 互いに笑って、ひと息つく。
「私にはそうした経験がない。仲間や家族と呼べる存在が、身近にいなかったからな。今は君やシグウィン、メリュジーヌ達がいるが、最高審判官という立場ゆえに、許されないこともある」
「何もかも許されないってことはないだろ。現に、俺とこうして愛しあっているんだ。今からでも始めればいい」
 そう言って、リオセスリはヌヴィレットの手を握った。すると指を絡められて、強く結び合う。手袋を外した素肌から、ぬくもりが伝わってきた。それはリオセスリの心をじんわりとあたためる。
「それで、ヌヴィレットさんには怖いと思った経験はあるのかい?」
 改めて問うと、ヌヴィレットが困った様子で目を伏せた。
「生命の危機、という意味であれば、スメールの砂漠だろうか。しかしこれは、人間にとっても脅威といえる」
「はは、水龍ともなれば、恐怖のスケールも違うんだな。それなら、ゾクッと背筋が震えるような体験はなかったのかい? 何百年と生きてきたなら、ひとつくらいはあるだろう?」
「ふむ、それなら思い当たることはある。だが、私自身はそれを恐ろしいとは感じていない。君が納得するかどうかは、保証しかねる」
「いいよ、ヌヴィレットさんの体験談なら興味がある」
「分かった。では、エリナスの水兵という話はいかがかね」
「聞いたことないな。続けてくれ」
 ヌヴィレットが頷き、静かに語り始めた。
「これは、私がフォンテーヌに来てしばらく経った頃の話だ。当時の私はメリュジーヌについて調べるため、エリナスによく出向いていたのだが……その日は仕事が立て込み、深夜の訪問となってしまった。結局、村に立ち寄ることを諦め、帰ろうとした時。海に人影が見えて足を止めた。月明かりもないのにぼんやりと見えるそれらは、フォンテーヌの水兵達だった。彼らは私に気づくと、一斉に押し寄せてきて――
「ストップストップ」
 リオセスリはぞわぞわっと粟立った腕を撫でながら、ヌヴィレットを制止した。
「陳腐な話だっただろうか」
「そんなわけないだろ、本当にあった怪談話じゃないか。鳥肌が立ったよ」
「満足してもらえたかね」
「ああ。それで、水兵が押し寄せてきた後はどうなったんだい?」
「魔物の類かと思い、目立たぬよう最小限の権能で吹き飛ばしてしまった。その後、さまよえる亡霊だと気づいたので、謝罪を込めて弔いの儀式をさせてもらっている」
「あんた、肝が据わってるな……
「私は水の龍王だ。受け継がれるべきものを失ってはいるが、人間にはない知識と経験を持つ」
 なるほどな、と納得してしまった。しかし、それならヌヴィレットしか知らない怪談話があるのでは、と好奇心を刺激される。
「それじゃあ、他にもそういった経験があるのかい?」
「リオセスリ殿は好奇心旺盛だな」
 ヌヴィレットが笑って、考えを巡らせる。水をひと口飲むと、彼が再び語り始めた。
「では、ルキナの泉に現れる赤い服の女性、という話はいかがかね」
「あ、それ知ってるぞ。結構有名なやつだよな。夜中にルキナの泉に行くと、赤い服の女性が立ってるっていう噂」
「リオセスリ殿も知っていたのか」
「もちろん。フォンテーヌの怪談話じゃよく聞くよ。でも話がどんどん膨らんで、切り殺されるだの、口を裂かれるだの、いろんな話があるけどな」
「そうだったのか。では、別の話がよいだろうか」
「いや、ヌヴィレットさんの話が聞いてみたい。続けてくれ」
 リオセスリに促されて、彼がゆっくりと語り始めた。
「あれは仕事が終わった後、私用のためにエリュニス島へ出かけた時のことだった。人目を避ける必要があったため、深夜に個人の舟で移動し、ルキナの泉を通りがかったのだが……そこに、赤い服を着た女性が佇んでいたのだ。俯いていたので顔は分からなかったが、明らかに関わってはいけない類のものと判断し、私はそのまま通り過ぎた。用事を済ませて戻ってくると、彼女はまだそこにいてな。帰ろうとすると、先回りをして私の注意を引こうとしてきた。それが舟に乗るまで続いたのだ」
 ヌヴィレットの話が唐突に終わる。耳を傾けていたリオセスリは、拍子抜けして目を瞬かせた。
「ん? もう終わりかい?」
「ああ」
「弔うとか、追い払うとか、そういったこともなく?」
「意識を向けなければ無害な存在だ。そしてあれは、泉に集う情念のひとつでもある。一次的に追い払うことは出来ても、完全に排除することは不可能だ」
「つまり、今もルキナの泉にいるってことか……?」
 ヌヴィレットがグラスを手に取り、すまし顔で水を飲む。彼はリオセスリの問いに答えてくれない。それがかえって悪い方に想像を膨らませ、全身に鳥肌が立った。部屋の温度が下がったような気がする。
 そして、リオセスリは気づいてしまった。
「エピクレシス歌劇場に行かないと、メロピデ要塞に帰れないんだが……
「うむ。リオセスリ殿は親切な人柄ゆえ、くれぐれも用心するように」
 真面目な顔をして言われるものだから、ますます怖くなった。嘘かどうかも分からないのに。
 これぞ藪蛇、というやつだな。
 リオセスリはため息をつくと「今夜は泊まらせてくれないか」とヌヴィレットにお願いするのだった。


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