お互いに淡い恋心を抱き始めている、そんなヌヴィリオがカフェで会話を楽しむ話
@otroom0v0
穏やかな秋晴れの午後。カフェ・リュテスで休憩していたリオセスリは、すぐそばで誰かが立ち止まったことに気づいた。
「リオセスリ殿?」
馴染み深い声で呼びかけられて、リオセスリは新聞から視線を外す。見れば、この国で知らぬ者はいない最高審判官、ヌヴィレットがそこにいた。彼と目が合った瞬間、つい表情を緩めてしまう。
「ヌヴィレットさんじゃないか。奇遇だな」
ひらりと手を振れば、彼が「ご一緒しても?」と礼儀正しくたずねてくる。遠慮しなくてもいいのに、と呆れたが、こうした生真面目さがヌヴィレットらしいと思う。
「どうぞ。息抜きにコーヒーとお菓子を楽しんでいたところさ」
笑顔で迎え入れると、ヌヴィレットが対面の席に着き、コーヒーを注文する。リオセスリは読んでいた新聞を畳んで、テーブルの上に置いた。
「私に構う必要はない」
「せっかくこうして会えたのに、会話もなく過ごすなんてもったいないだろ?」
ふふ、と笑って頬杖をつくと、ヌヴィレットが柔らかな微笑みを浮かべた。
「それもそうだな」
「だろ」
この人と関わるようになって随分経つが、最初の厳格な印象はとっくに薄れている。気安く話しかけても許される関係は、とても心地よかった。
「定例会議から半月ほど過ぎたが、メロピデ要塞はつつがなく機能しているだろうか」
「ああ。やんちゃな住民に手を焼くこともあるが、刺激的で楽しい毎日さ。看護師長もやる気に満ち溢れて、元気に暮らしてる」
「それはよかった。彼女によろしく伝えておいてほしい」
「もちろん。今度水の上に来る時は、看護師長を連れて会いに行くよ」
するとヌヴィレットの眼差しがふんわりと優しく緩んだ。愛情を感じさせる表情に、リオセスリの胸があたたかくなる。
「あんた、意外と表情豊かだよな」
ヌヴィレットが驚いた様子で自分の顔に触れる。
「……自覚はないが、そうなのだろうか」
「ああ。メリュジーヌと話してる時や、看護師長のことになると結構分かりやすいぞ。今だって、いい父親って感じの顔だった」
「ふむ……確かに、私は彼女たちを娘のように感じている。無意識に感情が表へ出ていたのか」
今度は気難しそうな顔をして、顎に手を添える。それを見て、リオセスリはつい笑ってしまった。
「何かおかしなことでも?」
「いや、最近のあんたは人間味があっていいなと思ったんだ」
「それは良いことなのだろうか」
「いいんじゃないのか? 少なくとも俺は、そういうあんたが好きだ」
分かりやすくて悩む心配がない。素直な人はそれだけで魅力的だと思う。騙されないか心配にはなるが、最高審判官で水の龍王である彼をゆすろうなんて、馬鹿なことを考えるやつはそういない。
喉を潤すためにカフェオレを飲むと、ヌヴィレットが言った。
「その好意は友愛か? それとも思慕だろうか」
カフェオレを噴き出しそうになった。どうにか呑み込むと、リオセスリは咳払いをして、周囲に視線を巡らせる。幸い、誰も聞いていないようだ。
「ヌヴィレットさん、いきなり変なことを聞かないでくれ」
「私は誤解のないよう、確認をしたかっただけなのだが……」
「そんなの友愛に決まってるだろ。まったく」
晶蝶マドレーヌを頬張って、カフェオレで胃の中へ流し込む。そうしていると、ヌヴィレットのコーヒーが運ばれてきた。
「あんたも食べてくれ」
マドレーヌを勧めると、ヌヴィレットが嬉しそうに笑って礼を言い、ひとつ摘まんだ。優雅に食べる所作を眺めながら、リオセスリはふと思う。
水龍も恋をするのだろうか。相手は人間? それとも元素生物か?
するとヌヴィレットと目が合って、心臓が跳ねる。
「カフェ・リュテスの菓子は、やはりコーヒーに合うな」
ふふっと微笑む姿は、フォンテーヌ中の貴婦人を魅了することだろう。相手に困ることはないだろうな、と思った。問題は本人にその気が全くなさそうなことくらいか。
「……なぁ、ヌヴィレットさんって恋したことはあるのかい?」
するとヌヴィレットの表情が曇る。
「私にそのような感情が備わっているとは思えない。親しみや愛情ならば、思い当たるところはあるのだが」
「へぇ……じゃあ初恋もまだなんだな」
「おそらく」
その答えを聞いて、胸が躍るのは何故だろう。好奇心? それとも――……と、考えかけたところでやめた。
「リオセスリ殿は? 想いを寄せる相手がいるのだろうか」
「俺?」
たずねられて、リオセスリは曖昧に笑った。
「さぁな」
誤魔化されて不満そうにしているヌヴィレットを眺めながら、甘いカフェオレを飲み干した。